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[Web版] 新米錬金術師の店舗経営  作者: いつきみずほ
第二章 商売をしよう
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015 新たな商品 (1)

前回のあらすじ ----------------------------------

レオノーラから昼食を奢ってもらい、村へと戻る。

アンドレから柔軟グローブの注文が入る。

アンドレさんを見送った後、私は店番をロレアちゃんに任せて、早速柔軟グローブ作りを始めた。


 思ったよりも数が集まったので、大きい錬金釜を使って作製開始。

 でもこれは、そんなに難しくは無い。


 錬金釜の中に必要な素材をまとめて放り込み、魔力を注ぎながらかき混ぜることしばらく。


 すべての素材が溶けて、ドロリとした茶色の液体が出来上がる。

 次に必要となるのは、手袋の型。

 五本の指を広げた状態になっている、肘から先の部分の木型。

 これが右手と左手で二本。

 と言っても、手にフィットさせる必要は無いので、形は結構適当。

 一応、右手と左手と言っているけど、差が判らない程度には適当。

 この木型を手首の部分まで液体の中に浸けてから引き上げ、しばらく乾かす。

 これを繰り返すこと一〇回ほどで、グローブのベースが完成する。

 乾燥時間も無駄にしないため、更に二組の木型を用意して計六本。

 これを使って大量のグローブを作っていく。

 一枚あたり一〇回。一双で二〇回。一〇双で二〇〇回。

 無心になって、ひたすら単純な作業を繰り返していく。


「サラサさん、お昼ご飯ですよ――わっ、何ですかそれ?」


 そろそろ悟りが開けそう、とかアホな事を考えていると、工房にやって来たロレアちゃんが、テーブルの上を見て声を上げた。


「これ? 手袋の型」


 うん、ちょっと不気味だよね。

 人間の腕がテーブルから生えているみたいで。


「あ、あぁ、木型ですか。……へぇ、こうやって作るんですね」

「うん。もうちょっと待っててくれる? 今中断すると、無駄になっちゃうから」


 グローブの素材になっているこの液体、放置すればすぐに固まる。

 具体的には、常に錬金釜に手を置いて、魔力を注ぎ続けていないとダメ。


 魔力供給が途切れたり、手を離したりしたら、その時点で素材が無駄になるから、自分の魔力量と作業スピードをよく考えて、作る量を決めないといけない。


「そうなんですね。サラサさん、何かお手伝いできること、ありますか?」

「う~ん、これ、単純に浸しているように見えて、一応コツがあるからねぇ……」


 木型に僅かに魔力を通すことで、その魔力と液体が結合、膜となるのだ。

 魔力が足らないと膜が薄くなりすぎるし、多すぎると厚くなりすぎる。

 それはすなわち、品質の低下。

 そもそもロレアちゃんに魔力操作ができるわけも無いし……。


「あ、そうだ。そこに積んである手袋、そっちのテーブルに適度に広げて並べてくれる?」


「解りました!」


 ロレアちゃんに少し手伝ってもらいつつ、残った液体を使い切り、昼食へ。

 いつも美味しいロレアちゃんの昼食に舌鼓を打ち、少しの食休み。

 グローブの乾燥が終わった頃に、作業再開。


 それらを全部まとめて錬金釜へ放り込み、一気に後処理を行えば、後は乾燥させるだけ。


 それで柔軟グローブは完成である。


「……その乾燥が面倒なんだけどね。一体いくつできたんだろう?」


 肩をグリグリと回しながら、出来上がった柔軟グローブを数えてみると、その数六二双。


 つまり私は千回以上、あの作業を繰り返したわけである。


「うーん、肩が痛くなるわけだ」


 かなり長持ちする錬成具アーティファクトだけに、買い替え需要があまり期待できないことを考えると……少し作りすぎたかも?


「ま、いっか。アンドレさんから発注された分だけ売り切れば、素材分の費用は回収できるし」


 残りは正価で店頭に並べておこう。

 新しい採集者が来るかもしれないから。


「でもその前に、乾燥だね」


 出来上がった柔軟グローブをカゴに放り込み、裏庭に。

 紐を張り巡らせて、そこに一つずつ吊していく。

 六二双。計一二四枚。

 ただでさえ肩が痛いのに、なかなかに辛い。

 けど、ロレアちゃんは店番中。

 手伝ってもらうわけにもいかない。


「これで……ラスト! ふぃ~」


 張り巡らされた紐にたくさんのグローブが揺れる姿は……。


「うん。なかなかに、不気味だね」


 環境調整布を干した時のような、爽快さのカケラも無い。

 グローブの色自体、薄茶色だし。


「でも、干すしかないしね。裏庭なら、誰が見るわけでもないし、問題ないよね」


 ゲベルクさんがきちんと塀を直してくれたから、裏庭に干している物は外からは見えない。


 不審に思われることも無い。

 安心である。



 ――もっとも、夕方、帰宅したアイリスさんとケイトさんが、薄闇で揺れるグローブを見て叫び声を上げる事になるんだけど。


    ◇    ◇    ◇


 アンドレさんたちに柔軟グローブを販売してしばらく。

 持ち込まれる氷牙コウモリの牙は順調に増えていた。


 せっかくなので、ロレアちゃんにも柔軟グローブを支給して、氷牙コウモリの牙の買い取り基準を伝授。


 今では私が毎回出て行かなくても、問題なく値付けができるようなっていた。


 その空き時間を利用して私は、ロレアちゃんが取ってきてくれた仕事、共同井戸の汲み上げ機を作製したり、村人向けの錬成具アーティファクトを二種類ほど作製して、店に並べたりしていた。




 まず一つ目は、以前ロレアちゃんにも話した“虫除けベール”。

 被っているとその周囲には虫が寄ってこないという、夏場にはなかなか便利な代物。


 採集者向けに販売している虫除けの錬成具アーティファクトが二万レアするのに対し、こちらは二八〇〇レア。


 効果範囲が大幅に狭い代わりに、かなりお安くなっております。

 これを作るのに必要なのが、掲示板で募集中のスパイトワーム。

 これもそれなりに順調に集まっている。


 体長と性別で値段が決まるから、採集者も高い物が判りやすいし、ロレアちゃんが値付けするのも簡単だしね。


 もっとも、簡単な事とできる事は別なんだけど。

 だって、イモムシだよ?

 最初の頃は私も、実習がかなりキツかった。

 『報奨金、報奨金』と心の中で何度も呟いて、何とか乗り切ったけどね!

 今では普通に掴めるようになりましたとも!

 ……人間、何でも慣れるもんですね。


 そんな経験があったので、ロレアちゃんに『大丈夫?』と訊ねたんだけど、戻ってきたのは『何がですか?』という返事。


 曰く、『この程度のイモムシ、気にしていたら田舎では暮らせません』との事。


 農家じゃないロレアちゃんでも、虫の駆除に駆り出される事はあり、毒も無いイモムシ程度、何の問題も無いらしい。


 そしてその言葉通り、素手で普通に触っていて……。

 さすが田舎育ち。トテモツヨイ。



 村人向け錬成具アーティファクト、第二弾は“冷却帽子”。


 これは氷牙コウモリの牙を使う錬成具アーティファクトで、頭から上半身にかけて冷やしてくれる。


 夏場の農家には正に救世主。

 ただし、虫除けベールに比べると少しお高めの、七千レア。


 レベル三で作れる虫除けベールに対し、こちらはレベル四が必要だから、どうしても高くなっちゃうのだ。


 問題にならないギリギリの値付けが七千レア。

 決して私が暴利をむさぼっているわけじゃない。



 けど、その甲斐もあってか、両方の錬成具アーティファクトは共に村人に受け入れられ、臨時収入があったおかげか、ボチボチと売れた。


 でもこれって、私がヘル・フレイム・グリズリーの毛皮に支払ったお金が、私の所に戻ってきているだけなんだよね。


 その分だけ村の人の生活が快適になっているのは良いと思うんだけど、もうちょっと村に流通するお金を増やしたいという、私の希望とは少しズレている。


 縁あってこの村に来たのだから、村全体が豊かになって欲しいし。

 村の人がお金を持つようになれば、結果的に私の商売もプラスになるだろう。


 そもそも、『錬成具アーティファクトは高い物』という意識があるから、村の人がウチのお店に来る機会ってほとんど無いんだよね。残念ながら。


 今回、虫除けベールと冷却帽子が売れたのは、たぶん、ロレアちゃんのおかげ。

 正確に言うと、ロレアちゃんのお母さん、マリーさんのおかげ。


 お値段と効果を口コミで広めてくれた上に、店番をしているのは、小さな頃から知っているロレアちゃん。


 そのおかげで、初めて来る村の人も入りやすかったみたい。

 この流れを逃さないためにも、何か良い方法を――。



「考えてくれないでしょうか、皆さん」


 数は力。頭が一つより、四つの方がきっと強い。

 私は素直に、ロレアちゃんたちに相談した。


「お金、ですか。この村って、お金が無くても生活できますからね。お父さんのお店も、メインのお客さんは採集者ですし」


「そうなんだよねー。食べ物もほとんど、物々交換だから」


 ウチで食べる物に関しては、ロレアちゃんにお金を渡して、猟師のジャスパーさんや農家から直接仕入れているけど、他の人たちは大抵物々交換。


 お金を払っているのは、宿屋のディラルさんや雑貨屋のダルナさん、それに村長さんの所ぐらいみたい。


 その少ない現金も、税金の支払いとして利用されるため、なかなか村に現金が残らないんだとか。村長さんに訊いたところによると。


「一応、先日のヘル・フレイム・グリズリー、あれの肉を使った干し肉が出来上がる頃ですから、お父さんが売りに行くと思いますが……」


「あの肉か……そこまで美味くはないよな?」


「はい。残念ながら、あまり高くは売れそうにないみたいです」


「保存食だからね。でも、干し肉にしないと、とてもじゃないけど処理できない量だったから、仕方ないんだけど」


 量だけは多いけれど、錬金術の素材にはならない普通の肉。

 いや、食肉として考えるなら、少しクセがあるので猪などよりランクが落ちる。


 上手く売り切る事ができたとしても、その総額は私が毛皮に支払ったものに及ばないだろう。


 それに、肉を売って得られるお金は一時的な収入であり、本質的には私が払ったお金と何も変わらない。


 これでは、問題の解決にはならないのだ。

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