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[Web版] 新米錬金術師の店舗経営  作者: いつきみずほ
第二章 商売をしよう
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009 氷牙コウモリ (1)

前回のあらすじ ----------------------------------

ディラルの食堂に魔導コンロを納入。

「――って事なんだけど、ロレアちゃん、何か良いアイデアはないかな?」

「私としては、今、サラサさんが作っている物も十分に良いと思いますけど」

「これ? 水の汲み上げ機?」


 今私が作っているのは、井戸から台所、そしてお風呂場まで、自動で水を汲み上げてくれる錬成具アーティファクト


 便利なことは間違いないとは思うけど――。


「でも、井戸がある家って少ないんだよね?」

「……そうでした。売れても数個、ですね」

「それにこれ、地味に魔力使うしね」


 私は当然として、ウチでこれを使うロレアちゃん、アイリスさん、ケイトさんの三人に関しては、この程度の魔力であれば問題ないと判っている。


 でも、共用の井戸に取り付けるのであれば、やはり誰でも使えるべきだろう。

 魔力をほとんど持たない人ってのも、多少はいるからねぇ。


「もしくは魔晶石を組み込むか、だけど、そうすると高くなるし……」


「う~ん、そこに関しては、使えない人がいても構わないと思いますけど。普通なら、家族の誰かは使えるでしょうし、その人が水汲みに行けば良いですよね?」


「……なるほど、そういう考え方もあるね?」


 ロレアちゃんの考え方は私とは違ったらしい。


 『地味に魔力を使う』とは言っても、大半の人にとってその量は、魔力が枯渇するほどではない。


 特にこの村の場合、他の錬成具アーティファクトを使っているのはディラルさんなど、極一部。


 魔力が減ったからと言って、困ることはほぼ無いだろう。


 難点を挙げるなら、一人暮らしで魔力が無い人が困る事だけど、それに関しても、この村だと問題は無いかな?


 一人暮らしの人なんてほとんどいないみたいだし、全員顔見知りという村故に、水を出すところだけ、近くにいる人に頼む、なんて事もやりやすい。


「いえ、でもちょっと待って……?」


 兄弟の内、どちらか一人だけしか使えなかったら?

 片方だけが水汲みをさせられて、私、その子に恨まれない?


 ――てな事を言った私に、ロレアちゃんから返ってきたのは、少し呆れたような視線だった。


「気にしすぎです。汲み上げが簡単になるのなら、後は運ぶだけです。一緒に行って運べば良いじゃないですか」


「それも、そうだね?」


 一人っ子である私。そういった経験の少なさが露呈した。


 孤児院でも、水汲みなどの日常的作業は人任せだったから……師匠、きちんとお金届けてくれたかな?


 一応、師匠には私が送る素材の買い取り金額、その一割は孤児院に、と頼んでいるんだけど。


 もっと稼げる様になったら、ドンと還元したいところ。


 直接協力してくれた同期の子たちはほとんど卒院してると思うけど、院長にはお世話になったし、上の世代の頑張りによって、下の世代に寄付が来るのが孤児院だからね。


「共同井戸に設置するなら……村長に売り込んでみようかな?」


 そのあたりの事にお金を出すのは、村長の役目だよね。

 でも、払ったお金は村の人に分配したみたいだし、あんまり余裕が無いかも。

 村長とは言っても、贅沢してる感じじゃないからね、この村は。


「あ、それなら今度、私がちょっと訊いてみますよ。脈がありそうなら、お知らせしますね」


「良いの?」


「はい。私もこのお店の店員ですし、サラサさんが話すより、遠慮も無いでしょうし」


「それは、あるかもね。じゃあ、お願い」


「解りました」



 その後、完成した汲み上げ機を井戸に設置した私は、台所とお風呂場に送水管を設置、きちんと汲み上げられることを確認して、次の錬成具アーティファクト作りに取りかかる。


 台所錬成具(アーティファクト)シリーズのラスト、冷蔵庫と冷凍庫。


 ラストと言いつつ二つなんだけど、この二つの違いは、冷却力をどの程度に設定するかだけだから、物としてはほぼ同じ。


 まぁ、用途の違いから、冷凍庫の方が小さいんだけど。


「大きさは、ロレアちゃんの意見を聞こうかな? ロレアちゃん、どれぐらいが良い?」


「え……そう訊かれても、使った事が無いので……」


「それも、そっか。どれぐらいの食料を保存しておくかなんだけど……」


 ある意味、大きければ大きいだけ入れる物はありそう。


 ちょっと森に入って猪の一頭でも狩ってくれば、小さい冷凍庫なら簡単に埋まるし、熊なんか狩ろうものなら、小さな部屋ぐらいの冷凍庫が欲しくなる。


 冷却できるなら、錬金術素材の処理にも余裕ができるし……あ、いや、それはダメか。


 食べ物と一緒に入れるには、ちょっと……って素材も多いから。


「サラサさん、置く場所から考えれば良いんじゃないですか? 台所に置ける大きさは限られますから」


「おぉ、さすがロレアちゃん。主婦目線だね?」


「主婦じゃないですけど、私が主に使ってる場所ですからね」


「うんうん。ロレアちゃんのお料理には助かってるよ」


 魔導コンロとオーブンが設置されて以降、私たちの食事は毎食ロレアちゃんのお手製。


 もちろん、ディラルさんの料理の腕には敵わないけど、少なくとも私が作るよりは美味しいので、何も問題は無い。


 アイリスさんたちもそれは同様な様で、不満を口にしたりはしなかった。

 何より、ディラルさんの所に食べに行くよりも安いしね。


「それじゃ、測ってこよう!」


 実のところ、台所の空きスペースは結構ある。


 置いてあるのはテーブルや椅子ぐらいで、後は最近追加された食材の入った木箱ぐらい。


 食器類も洗って乾かした状態のまま、出しっぱなしだし……食器棚ぐらいは注文すべきかも?


「そのへんも考えて……」


 食器棚を置くスペース、冷蔵庫と冷凍庫を置くスペース。

 私やロレアちゃんの身長も考慮に入れると。


「高さは私の身長と同じぐらい、幅は一五〇センチぐらいにして、二対一で冷蔵庫と冷凍庫にしよう。どうかな?」


「えっと……たぶん、良いんじゃないでしょうか?」


 使った事の無い錬成具アーティファクトだけに、判断が難しいのか、ロレアちゃんは曖昧に頷く。


「邪魔にはならない? ならいっか」


 冷蔵庫の機能を大まかに分けるなら、冷却部分、断熱部分、そして外枠部分となる。


 前二つは錬金術で作る物だから、当然私がやるとして、最後の外枠部分は、完全な木工製品。


 厚めの板を使って隙間無く作る事以外、普通の戸棚との違いは無い。


「外枠はゲベルクさんにお願いするとして……」


 自分でも作れるけれど、家具用の木材を入手する手間や、持っている工具の数などを考えると、プロに頼んだ方がきっと良い。


 あのゲベルクさんなら、出来の方も心配無用だし。


「冷却部のコア部分はどうしようかな? 素直に魔晶石を使うか、別の物を使うか……」


「作り方って、何種類もあるんですか?」


「うん、そうだね、何種類ってほどに多くは無いけど、大抵は二種類ぐらいはあるよ。一種類しか無いと、素材が一つ手に入らないだけで、作れなくなっちゃうから」


 普通は最も効率的な作り方をするけど、例えば病気に対応する錬成薬ポーションとか、代用品があると無いとでは安心感も違う。


 王都みたいな都会ならともかく、こんな田舎だと、必要な素材がすぐに手に入るとは限らないんだから。


 もちろん代用品だから、余計にコストが掛かったり、効果が若干劣るとか、そういった問題点はあるんだけどね。


「今回は冷却するコア部分。最も汎用的な作り方は魔晶石を使う方法なんだけど、魔晶石が高い事と、手間が掛かる事が問題かな。魔晶石に冷却機能を持たせるための細工が必要だから」


 魔導コンロを作る時に描いた回路。

 あの回路と同じように、冷却用の回路を描く必要がある。


「もう一つは、元々氷属性のある素材を利用する方法。こっちはずっと簡単。一般的に、魔晶石よりも安く付くしね。手に入る場所では」


「この村だと?」


「たぶん、氷牙コウモリの牙が手に入るはずなんだけど……持ち込まれた事が無いんだよねぇ。それで、どうしようかな、と悩んでいたの」


 店頭に募集の張り紙でも出したら、誰か取ってきてくれるかな?

 それとも、自分で取りに行こうかな?

 待ってるだけだと、何時になるか判らないし……。


「とりあえず、ケイトさんたちに聞いてみてはどうですか?」

「……そうだね、そうしようか」


    ◇    ◇    ◇


「氷牙コウモリ?」

「そう、知らないですか?」

「私は……アイリス、知ってる?」

「む、すまない、知らない」


 夕食の時間、二人に訊ねてみたところ、返ってきたのはそんな答えだった。


「それは、大樹海で……いや、この村の近くで得られる物なのか?」


「はい。この村からあまり遠くない場所に洞窟があるはずなんですが、そこに生息していると聞いています」


「そんな物が……私たちもまだまだだな」


「まだここに来て日が浅いからね、私たち。アンドレさんたちベテランなら知っているかしら?」


「たぶん、知ってると思うけど……いや、どうかな? 知ってたら持ち込んでるかも?」


 その性質から、氷牙コウモリの牙は暑くなっていくこの時季、少し値上がりする素材で、上手くすればそれなりに稼げる。


 採取も難しくないし、知ってたら売りに来てるよね、普通なら。


「店長さん、明日の朝、アンドレさんたちを呼んで来ようか?」


「うーん、わざわざ来てもらうのも、申し訳ない気がするけど……」


「そこは問題ないだろう。仕事に行くのなら、この店に寄るぐらい、大した手間でも無いだろうし」


「そうですか? なら、アンドレさんたちが良いと言うようなら、お願いします。無理強いはダメですからね?」


「あぁ、任せてくれ」


 私の言葉に、アイリスさんは力強く頷いた。



 翌日の朝、アイリスさんたちがアンドレさんを呼んでくるまでの間、私はチラシ作りに勤しんでいた。


「『求む、氷牙コウモリの牙』っと」


 さらさらっとタイトルを書き、ついでに採取方法や採取できる場所も記しておく。


 アイリスさんたちも知らなかったようだし、これを読んで採取に行く人が増えれば、私としても助かる。


 そのチラシを掲示板に貼った私は、それを眺めて少し考える。

 そこに貼ってあるのは、件の悪徳錬金術師の注意喚起と、今作ったチラシのみ。

 あんまり余裕も無かったから、そのままだったんだけど……。


「もうちょっと募集を増やそうかな? えっと……『求む、スパイトワームの全身』」

「それはどんな物に使うんですか?」


 私がチラシを作る傍ら、ロレアちゃんが興味深そうに訊いてきたので、私は簡単に説明する。


「色々使えるけど、今考えているのは虫除けベールの素材として、かな? 農家の人向けに売り出そうかと。今売っている虫除けは、ちょっと高いからね」


「あぁ、それは良いですね。私はあまり農作業をしませんけど、それでも夏場は虫に悩まされますから」


「ベールだから、範囲は狭いんだけど、その分、安くできるから、お薦めかな?」


 ロレアちゃんと話しながら、チラシに注意点を追加。


「『注意、下半分に傷がある場合は、買い取れません』と」


 素材として必要なのは、スパイトワームの下半身にある器官。


 ここに傷が付いているとまったく無意味だし、そこだけを無傷で取り出すなんて事、森の中でやれと言われると、私ですら厳しい。


 なので、まるごと持ってきてもらうのが一番安全なのだ。

 そこまで大きい虫じゃないし。

 生息場所は色々あるはずなので、特に記述は無し。

 外見の説明とかは……必要ないか。


「……うん、これで良し」


 スパイトワームのチラシもペタリと追加。


 中途半端な説明を書いて、スパイトワームを知らない人が間違った物を持ち込んでも困るし、知らないなら知らないで、勉強して欲しいところ。


 採集者であるならば。


 他の素材に関しても勉強してくれれば、持ち込まれる種類も増えるだろうし、採集者としても収入が増えて良い事ずくめなのだから。


 問題点は、勉強に使う本が高価で、そうそう買えない事。

 だから普通の採集者は、先輩から教えてもらって知識を増やす。


 ――う~ん、私のお店で買って、貸し出し……は盗まれかねないから、店頭で閲覧とかできた方が良いかな?


 採集者が知識を身に付ける事で増える素材と、それを私が買い取る事によるお店の利益、そして本を揃えるために必要なコスト。


 割が合うのか悩ましいところ。

 今のところは、こうやってチラシを貼るぐらいが妥当なところかなぁ。


 私が掲示板を眺めながらそんな事を考えていると、お店の扉が開き、野太い声が響いた。

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