008 魔導コンロ (4)
前回のあらすじ ----------------------------------
業務用魔導コンロと魔導オーブンを作製。
翌日。
朝のお客さんが多い時間帯が終わる頃を見計らい、私は魔導コンロの納品に出かける。
荷車なんて持ってないので、二つ重ねた物を、背負って。
その様子がちょっとアレだったのか、アイリスさんとケイトさんが『手伝おうか?』とか、『店長さん、潰れません?』とか言ってくれたんだけど、問題ないと伝えて、彼女たちには仕事に行ってもらった。
一〇〇キロ以上はあるけど、持てないわけじゃないし。
しかし……やっぱり、ちょっと重い。
荷車をご近所から借りてくる事も考えたけど、落ちたら壊れるし、ガタガタと揺れる道も怖い。
手間を掛けてしっかりと梱包するぐらいなら、まだ手で運んだ方がマシだよね。
同じ村の中だから、距離も知れてるし。
結構大変だけど。
万が一、気が抜けて身体強化が切れようものなら、私、潰れること確実だから。
そんな緊張感の中、歩くこと十数分。
道中、何人もの村人から、「どうしたの!? サラサちゃん!」とか、「て、手伝おうか?」とか声を掛けられたけど、下手に手を出されても逆に危ないので固辞し、何とか無事に食堂へと辿り着いた。
「おはよーございます。ディラルさん、納品に来ましたよぉ」
「おは――っ サ、サラサちゃんかい? とりあえずそれをここに置きな!」
慌てたように空いていたテーブルを指さしたディラルさんの言葉に甘え、私は慎重に背負っていた魔導コンロを降ろす。
テーブルがギシリと軋み、背中が軽くなる。
「ふぅ~~~。さすがにちょっと疲れました……」
大きく息を吐いて、汗を拭う私に、ディラルさんは腰に手を当て、少し呆れたような表情を浮かべる。
「サラサちゃん、連絡をくれりゃ、若いのを数人連れて取りに行ったのに。値引きもしてもらったんだからさ!」
「いえ~、注文を受けた以上は、きちんとお届けしますよ」
高い物だけに、運搬中に壊れたりしたら、運ばされた人も可哀想だし。
「それで、このコンロ、どこに置こうか?」
「いいよ、いいよ。使い方さえ教えてくれりゃ、設置ぐらい自分でするさね。普通に置けば良いんだろ?」
テーブルの上の魔導コンロを指さす私に、ディラルさんが気軽に言うけど……。
「大丈夫? これ、かなり重いよ? 多分、ディラルさんより」
「あっはっは、そいつぁ、重量級だねぇ」
心配げに言った私の言葉を冗談だと思ったのか、気軽に笑うディラルさん。
「いや、本当だよ? ちょっと持ってみる? 本当に重いから、腰痛めたりしないようにね?」
十分に念を押して、魔導コンロを置いたテーブルの前をディラルさんに譲る。
多分私が持ってきたから大丈夫だと思ってるんだろうけど……不安なので、フォローできるように身構えておこう。
「よっ……! んんっ!?」
ディラルさんがコンロを二枚とも持ち上げようとするけど、ピクリとも動かない。
「重いでしょ? それ、二つ合わせたら、軽く一〇〇キロ超えてるからね?」
「はぁ!? そんなに重いのかい!?」
私より大分体格の良いディラルさんでも、さすがに持ち上がらないでしょ、普通の女性だと。
「ダッド、ちょっと来ておくれ!」
ディラルさんが奥に向かって声を掛けると、厨房からダッドリーさんが顔を覗かせた。
彼はディラルさんの旦那さんで、この食堂の料理を受け持っている人。
美味しい料理を作る、温和で優しそうな人なんだけど、かなり無口で、私はほとんど話したことは無いんだよね。
「あぁ、構いませんよ。私が運びますから」
こちらへやって来ようとしたダッドリーさんを制し、私はコンロを一つ持ち上げる。
「えぇ!? サラサちゃんがこの……って、持ってきたんだったね」
「うん、これでも錬金術師、身体強化ぐらいできるからね。ダッドリーさん、厨房に入っても大丈夫?」
ダッドリーさんがコクリと頷くのを確認して、厨房にコンロを運び込む。
「えーっと、どこに設置したら……」
初めて入った厨房の奥には、家庭用よりも大きなコンロが二つ並んでいた。
少し低めの土台に焚き口が二つあり、上部に穴が空いていて、そこに五徳が設置してある。
今の時間はあまり客がいないからか、火は落とされていて、そこには鍋も置かれていない。
ダッドリーさんに目を向けると、彼は頷いて、素早く五徳を取りのけると、その上に横に立てかけてあったぶ厚い板を敷き、竈の穴を塞いだ。
「サラサちゃん、悪いねぇ。そこに二つ並べておいてくれるかい?」
「はい。よいしょっと!」
でっかい鍋を使うだけあって、魔導コンロを二つ置けるだけのスペースはある。
もう一つもすぐに運んできて設置。
「ふぅ~」
これで一応納品は完了。
後は動作確認だけ。
「お疲れさん。ありがとね」
「いやいや、仕事だから。こちらこそ、お買い上げありがとうございます。使い方、説明しておくね」
魔力補充の仕方、火力の調節方法、停止方法、掃除の仕方など、二人に説明したんだけど、素直に反応してくれるディラルさんに比べ、反応の乏しいダッドリーさんはイマイチ読めない。
早速鍋をのせて、火力を強くしたり、弱くしたりしてたから、喜んではいるみたいだったけど。
「火力調節は便利だねぇ。薪だとそのへん、面倒だからねぇ」
「強から弱は少し時間が必要ですけどね、鉄板が冷めるまで」
魔導コンロに加熱機能は付いていても、冷却機能は付いていない。
だから、温度を下げる方向への切り替えは、熱くなった鉄板が自然に冷める程度には時間が必要となる。
そのことも説明したんだけど、ディラルさんは問題ないと頷いた。
「大丈夫さね。弱火が必要な少し前に弱にすれば良いんだろう? 慣れれば何とでもなるさね、ダッド?」
話を振られて、鷹揚に頷くダッドリーさん。
ホント、話さないよね、ダッドリーさんって。
おしゃべりなディラルさんと一緒だと、バランスは良いけど。
ちなみに、薪を使うコンロの場合、燃えている薪を引っ張り出したり、戻したりして火力調節するのだが、一般家庭では面倒くさいのでそんな細かい火力調節をせずに料理する。
焦げそうなら火から下ろす、火加減なんて大して影響しない煮込み料理にする、など、庶民の食卓なんてそんなもの。
孤児院だと、ほとんどの食事は色々放り込んだスープとパンの二品だけだったからね。
それなりに具は入っていたけど、孤児たちが自分たちで作る物だから、そんなに美味しくはなかったなぁ……。
今はロレアちゃんが美味しい料理を作ってくれるようになったので、とても助かっております。
ホント、ありがとう。
「そいじゃサラサちゃん、確かに受け取ったから、これ、代金ね。確認しとくれ」
「あ、はい」
私があの頃の貧相な食事を思い出していると、ディラルさんが奥から革袋を持ってきた。
受け取ったそれを覗いてみると、たくさんの硬貨がジャラジャラと。
代金は二七万レアなので、最小枚数なら、大金貨二枚と、金貨七枚で済むわけだけど、大金貨は普通の商売ではまず使われない。
ここみたいな庶民向けの食堂だと、金貨も珍しいんだけど、革袋の中には……数枚あるかな?
残りは銀貨と小銀貨。
なので、革袋はずしりと重く、枚数も多い。
私はテーブルを借りて、それを数え、間違いの無いことを確認。
「――はい、確かに頂きました。お買い上げ、ありがとうございました」
「はいよ。こっちも助かったよ、思ったよりも安く買えて。これで、楽になるよ。薪割りは大変だからねぇ……」
しみじみと言うディラルさんの後ろで、早速魔導コンロを使って料理をしていたダッドリーさんもまた、深く頷いている。
このぐらいの規模の食堂で一年に使う薪の量がどの程度になるのか私には判らないけど、決して少なくない事は簡単に想像が付く。
それを自分たちで割っていたら……あぁ、なるほど。
ディラルさんの腕っ節はそうやって鍛えられたのかも?
「便利だとは思うんですけど、ディラルさん以外に買ってくれそうな人がいないのが問題ですね」
「この村だとねぇ。けど、今回の件であたしたちも多少金を持っているからね、あまり高くなくて、ちょっと便利な物なら売れるんじゃないかい?」
「かもしれませんね。考えてみます」
ちょっと便利な物として、初級解毒薬を店に並べたけど、もう少し違う物があっても良いかもしれない。
ただ、村のことを考えると、払う方向でも何か考えたいところ。
私が現金を全部回収してしまったら、村の発展という意味ではマイナスだし……。
「良い物ができたら教えておくれ。余裕があれば、買うからさ!」
「はい。その時はお願いします」
ポンとお腹を叩いてそんな事を言うディラルさんに別れを告げ、私はお店へと戻った。