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[Web版] 新米錬金術師の店舗経営  作者: いつきみずほ
第一章 お店を手に入れた!
15/166

015 風雲急を告げる (1)

前回のあらすじ ----------------------------------

師匠が転送陣を設置して帰っていく。

ダルナさんたちから許可を受け、店番としてロレアを雇用する。

「いらっしゃいませ!」


 商品の補充に店舗エリアに顔を出すと、ロレアちゃんがやって来た採集者を笑顔で迎えたところだった。


 ロレアちゃんを雇用して一週間あまり。


 彼女は予想以上に優秀だった。


 計算ができるので商品の販売に問題が無いのはもちろん、物覚えが良いので、買い取りに関しても、すでにある程度は任せられるようになっていた。


 今のところ採集者の探索範囲はあまり変わらないため、持ち込まれる素材は季節毎に概ね固定されていて、それらの評価の仕方を覚えておけば、値付けも可能なのだ。


 もちろん、錬金術師でなければ判断できない素材は私が出て行くことになるんだけど、その頻度は少なく、私はゆっくりと錬金術に取り組む時間を手に入れることができた。


 おかげで、錬金術大全も一気に熟すことができ、今では四巻も終わりかけ。


 もちろんそれができたのも、師匠から餞別として貰っていた各種素材があったからなんだけど。


 四巻ともなると、私の所持金ではちょっと買えないような素材も必要になるから。


 更に有能なロレアちゃんは、私の食事まで作ってくれようとしたんだけど……まだ台所、カラッポなんだよね。


 ロレアちゃんにも「サラサさん、さすがにこれは……」と呆れたような視線を向けられてしまったので、そろそろ充実させるべきかもしれない。


「どう、ロレアちゃん。仕事には慣れた?」


「はい! 大丈夫です。……うちに比べて扱う金額が大きいのがちょっと不安ですけど」


 ロレアちゃんは笑顔で頷いた後、少しだけ表情を曇らせる。


 確かに錬金術関連の品物は高いよね。買い取りの時にも結構大きな現金が必要だし。


 でも、そんなお店だからこそ、対策もきちんとあるのだ。


「あはは、大丈夫だよ。防犯設備の使い方は覚えてるよね? おかしな人がいたら、躊躇無く使って良いから。――すっごく痛いみたいだけど、死んだりはしないから」


 ロレアちゃんの頭を撫でながら私が口にした言葉に、店に居た採集者数人がギョッとした様な表情を私に向ける。


 そんな人たちに、私も笑顔を向ける。


 不埒なことをしなければ問題ないですからね~。


「何か問題があったら呼んでね」


「はい!」


 うん、良い返事。


 ま、まともな採集者なら問題を起こしたりはしないと思うけどね。


 村人からそっぽ向かれたら、泊まるところはおろか、食事すらままならないんだから。


 こんな小さい村だと悪い噂なんて、一瞬で広まるからね。


「それじゃ、よろしく――」


 商品の補充を終え、私がそう言って再び工房へと戻ろうとしたその時。


「た、助けてください!」


 そんな声と共に、お店の扉を壊しかねないような勢いで入ってきたのは、男性二人に女性一人、それに担がれた女性が一人だった。


「ひっ――!!」


 思わずロレアちゃんが息をのんだのも仕方ないだろう。


 その四人の様子を簡単に言えば“満身創痍”。


 一番酷いのは担がれている女の人で、全身に発疹が出て、顔からは血の気が引き、その右腕は根元からちぎれていた。


 止血こそされているものの、地面には点々と落ちる血の跡が残っている。


「床に下ろして! ロレアちゃん、お客さんたちには外に出てもらって!」


「は、はい!」


 ロレアちゃんは顔を青くして、少し震えながらも気丈に返事をし、即座に動いた。


 私もすぐに床に下ろされた女性に近寄り、観察する。


 何とか息はあるけど、かなり弱い。


 お腹にも酷い傷があるようで、強く巻き付けられた布も血で真っ赤に染まっている。


 そして左腕は黒く焼け焦げ、怪我のない部分の肌には赤い発疹が見て取れる。


「これは……怪我だけじゃなくて、毒もあるね」

「お願い! アイリスを助けて!」


 そう言って懇願するように言うのはもう一人の女性。


 女性を床に下ろした人ともう一人の男性は少し離れて、所在なさげに立っている。


「右腕は?」

「あるわ!」


 そう言って、女性がマントに包まれたちぎれた腕を差し出す。


 強引に引き千切られたような状態で、かなり状態は悪い。


 でも、無いよりはマシ。


「助けることはできるよ」

「本当!? なら――っ」


 私の言葉に顔を輝かせる女性に対し、私は手を上げて言葉を遮り、その顔を見て確認する。


「ただし! 良いの? かなりのお金がかかるよ?」


 状況は悪い。


 でも、確認を欠かすことはできないんだよ、錬金術師として。


「お前っ! 緊急事態に金とか――」

「素人は黙ってて!!」


 口を挟んできた男性に、女性は強く言葉を叩きつけた。


「俺たちは素人じゃ――!」

「アイリスが怪我したのだって、あなたたちが勝手に突っ込んだからでしょ!」

「「………」」


 女性にキッと睨み付けられて、男性たちは気まずそうに視線を逸らし、口を噤む。


 なるほど、この四人、二人と二人で臨時に組んだという感じなのかな?


「お願い。助けてください」


「うん。方法は二つ。命だけ助ける。完全に治す。解っていると思うけど――」


「お金は私が必ず払う! だからできる限り完全に!」


「解った。じゃあ、まず、あなた――」


「ケイトよ」


「ケイトさんは水を汲んできて。裏庭に井戸があるから。ロレアちゃん、案内してあげて」


「解ったわ!」


 お客を追い出し終わったロレアちゃんとケイトさんが裏へ向かい、私は錬成薬ポーションを取りに倉庫へ。


 今回は怪我だけじゃないから、ちょっと面倒。


 まず腕をくっつけて、足りない部分を再生するための錬成薬ポーション、次に病気を予防するための錬成薬ポーションに体力を回復するための錬成薬ポーション、最後に毒を消すための錬成薬ポーションが必要になる。


 怪我と毒の合わせ技で大幅に体力が減少している点が特にまずい。


 どちらか一つなら、錬成薬ポーション一つか二つで済むんだけど……。


 必要になる錬成薬ポーションや道具を袋に詰めて戻ると、ケイトさんとロレアちゃんが桶に水を汲んで戻っていた。


 その桶から新しく持ってきた桶に水を半分移す。


「ケイトさん、そのちぎれた腕、切り口付近を綺麗に洗って。できる?」


「はい! やるわ」


 慣れない人には結構きつい作業だと思うけど、ケイトさんは気丈に頷き、ちぎれた腕を手に取った。その手つきは案外しっかりしている。


 その間に私は女性――アイリスさんのちぎれた腕の部分の服を切り、その付近を洗う。


 そんな作業をしていても、アイリスさんの反応はほとんど無い。


 ――バイタルがちょっと良くないね。急がないと。


 ケイトさんから腕を受け取り、両方の切り口に錬成薬ポーションを半分ほどふりかけ、残りを口移しで飲ませる。


 すると、見る見るうちにちぎれていた腕が綺麗に繋がった。


 このレベルの治癒、見るのは三度目だけど、やはり不思議だ。自分で作った錬成薬ポーションながら。


 更に毒消し用の錬成薬ポーションを飲ませ、体力回復用の錬成薬ポーションは少しずつ時間をかけて口に含ませるようにして飲ませていく。


「ちっ! 普通、命がかかってる状況で金を取るか?」

「金の亡者がっ。これだから錬金術師は」


 なんかが外野がうるさい。

 役に立たないならどっか行けば良いのに。


「あんたたちっ! ふざけ――」


 声を上げ、掴みかかろうとしたケイトさんを抑え、私はその男を指さす。


「そこの男の人、今度から大樹海で採集した物は全部うちに持ってくると良いよ。全部人助けに使ってあげるから。もちろん、タダで良いよね? 命がかかってるんだから」


「なっ! それとこれとは話が違うだろうが!」


「そうだそうだ! 命懸けで取ってきたものをタダでやれるわけねぇだろうが!」


「何が違うの? 命の危険があれば私はタダで治療する、そんな噂が立てばどれだけの人が集まって来ると思ってるの? 第一、あなたたち採集者が大樹海に入るのは、錬金術師が適正価格で買い取るからでしょ? 『人助けに使ったから、今回は金は払わない』と言われて納得できるの?」


 私の言葉に男たちは絶句する。


 この人たちは、錬金術師が無尽蔵にお金を持っているとでも思っているのかな?


 今回使った錬成薬ポーションに使われている素材だって、本来であれば今の私が買えるような物じゃない。


 たまたま師匠が餞別にくれたから作れただけで、普通ならお店に常備してあるような錬成薬ポーションじゃないのだ。


「ごめんなさい。馬鹿な奴らで。私が謝るから許して」


「ケイトさんが謝る必要はないけど……いても役に立たないし、出て行ったら良いんじゃないかな?」


 そう言って私が出口を指さすと、何やら不満そうな表情を浮かべる男の人二人だったが、ケイトさんに睨まれると、すごすごと退散した。


 ホント、自分勝手だよね。


 私には文句を言うくせに、即座にお金を払うと言ったケイトさんに対し、自分たちは一切お金も出さないし、負担するとも言わないんだから。


「ロレアちゃん、入口の鍵、閉めて、窓のカーテンも引いて」

「はい」


 ロレアちゃんが素早く動き、鍵とカーテンを閉める。


 そして少し薄暗くなった店内に魔法で明かりを灯し、アイリスさんの服をナイフで切り裂いて、お腹に巻かれていた布も取り去る。


「これは、爪痕?」

「はい、熊みたいな、腕が四本ある獣だったわ。炎まで吐いてきて……」

「腕が四本、毒があって、炎……ヘル・フレイム・グリズリー?」


 この近辺で出会うような相手じゃないんだけどなぁ。


 そんな疑問を感じながらも、私はお腹の傷を綺麗に洗い流していく。


 多少は体力が回復してきているのか、傷口を洗う度に少し反応を返すアイリスさん。


「しかし、かなり酷いね。これは、もう一本使うしかないか」


 最初に使った再生用の錬成薬ポーションのおかげで大分回復しているみたいだけど、それでも傷が塞がってないところを見ると、ほとんどお腹が無くなるレベルで傷を受けていたんじゃ……?


 最初に使った物ほどでは無いけど、それなりに高価な錬成薬ポーションを傷口にかける。


「体力を消耗するから、あんまり使いたくないんだけどね」


 とんでもない効果を発揮する錬成薬ポーションではあるが、いくら使っても問題ないってわけではない。


 何種類もの強力な錬成薬ポーションを一気に使う事は、本来、とても危険な行為なのだ。


 それぞれの効果が干渉し合い、思ってもいなかった副作用が出る危険性もある。


 だからといって使わなければ死ぬのであれば、使わざるを得ない。


 できるのは、その副作用を極力少なくなるように調整することだけだ。


 私は怪我の治療用の錬成薬ポーションを掛けたあと、再びアイリスさんの口に、体力回復用の錬成薬ポーションを少しずつ含ませる。


 それに伴いアイリスさんの発疹が治まり、顔色もだんだん良くなってきた。


 その様子にケイトさんもやっと安心したのか、ホッと息をついて私に頭を下げた。


「彼ら素人みたいで。気を悪くしたわよね?」

「いいえ、錬成薬ポーションが高いと思うのは仕方ないと思いますから」


 申し訳なさそうな表情で私を伺うケイトさんに、私は首を振る。


 正直、腹は立ったけど、実際に錬金術師の売る品物はかなり単価も高いし、利益率も高い。


 だけど、安易に値引きすることはできないのだ。


 さっき私が言ったように、誰かが安く売ればそこに人が集中するし、他の錬金術師にも値引きしろという圧力がかかる。


 そうやって値引きをしていくと、利益率が下がり、大変な思いをしてまで錬金術師になろうという意欲が削がれる結果になる。


 それは、錬金術師の数を増やしたい国としては許容できない事であり、当然、そんな値引きをする錬金術師が許されるわけがない。


 それにそもそもの問題として、錬金術に使用する素材は基本的に高い。


 なぜ高いかと言えば、大樹海のような危険な場所で採取する必要があったりするためで、そこに採集者が入るモチベーションとして高い価格を設定しているわけである。


 以前、ロレアちゃんに話した事もあるが、“利益率の高さ”も“その商品単体で見れば”であり、錬成の失敗によって失われる素材も算入すれば、実際にはそこまででもない。


 売れ残りや在庫の事を考えれば、七、八割の成功率でギリギリの採算ライン。


 高価な素材を使う高難度の錬成具アーティファクトを扱おうと思えば、かなりの資金を貯めておかなければ、一度錬成に失敗しただけで破産する。


 なので、マジメにやっている錬金術師ほど、案外その台所事情は厳しかったりするのだ。


 残念ながら、一般人にはなかなか理解してもらえないんだけど。


 私自身、学校に入って勉強するまでは『錬金術師ってすっごく儲かる!』というイメージしかなかったし。


 ま、計算ができる人自体がほとんどいないんだから、利益率云々言っても無理だよね。


「あの人たち、パーティーじゃないんですか?」


「今日初めて会った相手なの。私とアイリスがペアで、今回初めて大樹海に潜るから、慣れてるって言った彼らと組んだのに……完全に足手まといだったわ」


「ロレアちゃん、あの男二人、見たことある?」


「いえ、初めて見る顔です。多分、新しく来た人でしょうね」


「だよね」


 私も見覚えが無い。


 大樹海に潜っていてウチの店に来ない採集者なんてほぼあり得ないから、「慣れている」なんて言葉は嘘だろうねぇ。


 少なくとも、この村から大樹海に潜ったことは無かったはず。


「やっぱり、そうなの?」

「少なくとも、ベテランじゃないですね。外れを引いちゃいましたね」

「はぁ……動きが素人っぽい時点で、引き返すべきだったわ」


 ケイトさんは額を手で押さえ、大きくため息をつく。


「まぁ、見捨てて逃げなかっただけでも、マシですよ」


 そんな話をしている間に体力回復用の錬成薬ポーションは飲ませ終わったので、今度は病気予防用の錬成薬ポーションを取り出す。


 これは一度に飲ませても問題ないので、再び口移しで飲ませ、軽く口元を拭う。


 アイリスさんは傷こそ塞がったものの、やはり血が足りないのだろう。顔色がまだ若干悪い。


 それでも、全身に出ていた発疹はすでに治まり、息も大分落ち着いてきている。


 脈や呼吸も……何とか正常な範囲かな?


 少し魔力が少なくなっているけど、問題はない程度。


 魔法で軽く診察して異常が無いことを確認し、私はホッと胸をなで下ろした。


「ふぅ……取りあえずはこれで大丈夫だと思います」

「ありがとう! 本当、もうダメかと……」


 実のところ、実習こそしてはいるけど、私自身、ここまで酷い状況は初めてだったんだよね。


 でも、“治療する者は焦ったり、不安そうな様子を見せてはダメ”と言う原則に則り、必死に冷静さを装っていたのだ。


 ――できてたよね? きっと。うん、大丈夫なはず。


「ひとまず、身体を清潔にして、寝かせましょう。着替え、ありますか?」


「えっと、宿に……」


「じゃあ、取ってきてください。……何でしたら、うちに泊まりますか? 部屋は空いてますけど」


「いいの? 正直、代金を払うためには節約したいから、ありがたいけど」


「えぇ。しばらくはアイリスさんの様子を見た方が良いと思いますし」


 たぶん大丈夫だとは思うけど、副作用の事もある。

 近くにいた方が私としても安心できる。


「解った。荷物、取ってくるから!」


 そう言うやいなや、ケイトさんは店から飛び出していく。


 その時チラリと、店の外で待っていた男二人が見えたけど、ケイトさんは完全に無視してたし、入ってこられても困るので再びしっかりと戸締まり。


「ロレアちゃん、この桶を洗ってきてくれる?」

「解りました」


 ロレアちゃんが戻ってくるまでに、アイリスさんの服を脱がせて素っ裸に。


 一応、他に怪我が無いか、全身をチェックする。


 普通の怪我なら錬成薬ポーションで回復しているはずだけど、毒針とかそう言った物が残っていると、そこには毒消しの効果も及ばないから、注意が必要。


 せっかく治した毒が、再びそこから注入されちゃうからね。


 ヘル・フレイム・グリズリーの毒は爪だから、大丈夫だとは思うけど確認は必要。


「……うん。問題なし。しかし、なかなかにプロポーション、いいね?」


 さっきは気にしている余裕がなかったけど、なかなか綺麗な人。


 採集者だけに身体は引き締まっているし、顔も整っている。今は血に汚れているけど、髪も綺麗な金髪。そういえばケイトさんも美人だった。


 ――さっきの男たち、絶対容姿目当てで声を掛けたな。


「サラサさん、洗ってきました」

「ありがとう。ここに置いて」


 ロレアちゃんが持ってきてくれた桶に、今度は魔法でお湯を出す。

 そのお湯で布を濡らし、全身を綺麗に拭いていく。


 本当ならお風呂に入れたいところだけど、アイリスさん、結構大きいんだよね。


 筋力的には身体強化でなんとかなるけど、体格の差は如何ともしがたい。


 なので、自分で動けるようになるまでは我慢してもらおう。


 血に汚れた髪もできるだけ綺麗にし、ロレアちゃんの手も借りて、二階のベッドへと寝かせる。


「ふぅ。ロレアちゃんもお手伝い、ありがとうね」

「いえ、大したことはできませんでしたし……」


 少し伏し目がちに言うロレアちゃんの顔色は、まだ少しだけ悪かった。


 考えてみればあんな大怪我を見る機会なんて、普通は無い。にもかかわらず、茫然とすることも、騒ぐことも無く、きちんと手伝いをしてくれたわけだから、それだけでもスゴイ。


「ロレアちゃんには、ちょっと刺激が強かったよね?」


「はい、驚きました。――錬金術師って、ああいう対応もできるんですね」


「まぁ、治療を求められる事もあるからねぇ。実習もあるし。あそこまで酷いのは初めてだけど」


「そうなんですか? 落ち着いて見えましたけど」


 不思議そうに言うロレアちゃんに、私は苦笑を浮かべた。


 ロレアちゃんにそう見えていたなら、私の虚勢も上手くいっていたみたい。


「一杯一杯だったよ。――でも、ケイトさんがお金を払う、と言ってくれて良かったよ。私も見捨てたくは無かったし」


「……もし、ケイトさんが払わない、と言ったらサラサさんは治療しませんでしたか?」


 私の顔色を窺うように訊ねるロレアちゃんの言葉に、私は一瞬言葉に詰まる。


「――難しい質問だね。でも、錬金術師としてはそれが求められるんだよ。より多くの人を助けるために」


 今一人を助けることができても、錬金術師と採集者という仕組みが無くなってしまっては、より多くの人が被害を受けることになる。


 そのために、助ける手段があっても助けない、という選択肢を取らざるを得ない場合もある。


 その“手段”が無尽蔵でない限り。


「幻滅されちゃったかな?」


 少し考え込んだロレアちゃんに、私は声を掛ける。


 方針を変えるつもり無いし、変えることもできないけど、できればロレアちゃんには理解して欲しい。今後も仲良くやっていくために。


 だけど、私のそんな不安を他所に、ロレアちゃんはあっさりと首を振って、頷いた。


「あ、いえ。サラサさんの言っていることは解ります。『命が掛かっているから』なんて、言い訳に過ぎないと私も思いますから。むしろ、口約束だけであれだけの錬成薬ポーションを使うサラサさんが凄いというか……高いですよね?」


「え? あぁ、うん。高いね。ロレアちゃんだと……一〇年ぐらいは必死で働かないと買えない、かな?」


 実際には、一〇年間の給料をすべて集めても素材の価格にも達さないけど。


「ですよね。そんな錬成薬ポーションを初めて会った人に使うとか……踏み倒されるとは思わないですか?」


「う~ん、あの男たち相手なら使わなかったかな? でも、ケイトさんなら信用できそう、そう思ったから」


 ただの直感。


 でもアイリスさんのために、躊躇無く頷いたからね。


 きっと、ケイトさんにとってアイリスさんは大切な人なのだろう。


「ま、これで踏み倒されるなら、私の見る目が無かったってだけだよ」


 ロレアちゃんにそう言って、私は笑った。

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