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[Web版] 新米錬金術師の店舗経営  作者: いつきみずほ
第五章 冬の到来と賓客
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5-19 冬山 (1)

 山に登り始めた当初こそ、これまでと同じように歩いていたロレアちゃんであるが、さすがの健康優良児も冬山、それもまともな道もない高い山となると勝手が違うようで、やがてその足取りに覚束なさが見え始めた。


 その変化は足取りだけではなく呼吸や顔色にも出ていたが、それでも何も言わずに頑張るロレアちゃんに私は足を止めた。


「そろそろ休憩を入れようか。ロレアちゃん、そろそろ厳しいでしょ?」

「……っ! すみません」


 私の問いに、咄嗟に反駁しかけたロレアちゃんは言葉を呑み込み、俯いて謝罪を口にした。


「それは気にしなくて良いよ。高度に順応できるかは、体質や慣れも関係するみたいだし。でも、無理するのはダメ。病気になることだってあるんだから」


 私が「めっ」と指を突きつけると、ロレアちゃんは表情を緩めて「はい」と微笑む。


 高い山で無理をすると、『疲れた』だけでは済まなくなり、場合によっては命を落とすこともあると聞くから、ここだけは強調しておきたい。


「うむ。それにこれぐらいで休憩を入れるのは悪いことではない。私たちもそう余裕があるわけじゃないからな」


「そうそう。歩くだけならまだしも、戦闘を行える状態をキープするためにはね」


 ロレアちゃんをフォローするようにそう言う二人だけど、実際、ロレアちゃんのペースで進んでいるからこそ、まだ余裕があるとも言える。


 ここで激しい戦闘行為をすれば、あまり動かずに弓で攻撃できるケイトさんはともかく、前で剣を振るうアイリスさんはかなり厳しいかもしれない。


 もしも戦闘中に動けなくなったりすれば大変に危険なわけで、少しずつ体を慣らしながら登るのが正解だろう。


「アイリスさんたちも、体調に変化があれば言ってくださいね? 今言ったように、体力だけじゃなく、体質の問題もありますから」


「あぁ、もちろんだ」


「えぇ。店長さんもね?」


 それ以降はかなり頻繁に休憩を入れ、お茶やお菓子を口にし、状況次第では日が高いうちから野営の準備をして、その場で一泊し。


 ややゆっくりと時間をかけて、私たちは山を登った。

 そして登り始めて数日ほど。

 ついに私たちは最初の山の尾根を越え――そこを境に景色は一変した。


「おぉ……」


 目の前の光景に、感嘆とも畏怖とも取れるような声を漏らしたのは、私と共に先頭を歩いていたアイリスさんだった。


 最初に目に飛び込んでくるのは、完全に雪に覆われた斜面。

 その斜面を降りきり、更にその向こうに聳えるのが、目的地の山。

 その山は完全に白く沈み込み、そこに至るまでの困難さを暗示していた。


「ここまでくっきりと変化があるなんて……」


 私の隣まで来たロレアちゃんが、正面と後ろを見比べて目を丸くする。


「うん。山を越えると、こういうこともあると聞いていたけど……それでも凄いね」


 距離にして数十歩。僅か一つの尾根を超えただけなのに、背後は雪よりも土の地面が多く、正面は隙間なく深い雪が積もり、雪山靴(スノー・ブーツ)が大活躍しそうな状況。


 実際に見ても、かなり驚く。


「ここからはしっかりと雪山眼鏡(スノー・グラス)を掛けて、日焼け止めも塗り直していきましょう。雪は侮れないですから」


    ◇    ◇    ◇


 山を下り始めて数時間ほど。


 雪の積もった斜面を下りることは、慣れない私たちには困難を極める――かと思ったら、そうでもなかった。


「店長殿! この靴の性能は凄いな!!」

「ですねぇ。実は私も使うのは初めてなんですけど」


 学校の実習だと、支給されるのは最低限の装備のみ。

 それ以外は自前で準備するしかない。


 当然、節約生活中だった私に雪山靴(スノー・ブーツ)なんて高級品を用意できるはずもなく。


 でも、用意できなくて良かったのかも。


 雪山靴(スノー・ブーツ)を履いていると、深い雪の中に踏み入っても、足は僅かに沈むだけ。


 滑ることもなく、砂地を歩くのと同じぐらいの労力で普通に歩ける。


 もし実習の時にこんな経験をしていたら、冬山を甘く見るようになったかもしれない。


「ちょっとだけ、地面に比べると踏ん張りが利かないのね」

「そうですか? 私はあまり気にならないですけど」


 ロレアちゃんはぴょんぴょんとその場で跳び、小首を傾げる。

 その動きに何ら違和感はないけれど、これはケイトさんが正解。

 普通に歩くだけならまだしも、戦闘時のように強く踏み込むと、やや頼りない。

 このあたりは消費魔力と効果のトレードオフ。


 多くの錬成具(アーティファクト)を身に着ける関係上、負担にならない程度に調整しているので、雪山靴(スノー・ブーツ)の効果も程々に。


 意識して足に魔力を込めれば問題なくなるけど、私以外だとちょっと難しいかも。

 そちらに意識が行って、他のことが疎かになったら本末転倒だし。


「若干の慣れは必要でしょうね。取りあえず、慣れるまでは魔物には遭遇しないようにするつもりですが、警戒は怠らないでくださいね?」


 魔法での探知はかなり信頼性が高いけれど、絶対ではないからね。


「もちろん。――というか、無理して避けるぐらいなら、少しぐらいは戦っても良いと思うけど?」


「今回の目的は、魔物を斃して素材を得ることではなく、ミサノンの根ですからね。少なくとも、往路では可能な限り戦闘は避けていきます」


「ふむ、そうだな。特に今回は失敗できない依頼。避けられるならば避けておくべきだろう」


「はい。相手は王族ですからね。失敗はちょっと怖いです」


 そんなわけで時々休憩を入れたり、やや遠回りをして怪しい反応を避けつつ先へと進む私たちだけど、すべての生き物を避けて行動するわけではない。


「わぁ! 見てください、兎さんがいますよ!」


 ロレアちゃんが雪原の向こうを指さして、小さく声を上げる。

 その指さす方を見れば、雪の上をぴょんぴょんと跳ねる、真っ白な兎がいた。

 そこまで大きな兎ではないが、ふわふわの毛で包まれたその身体は丸々としている。


「ん? 今日の夕食は兎肉のソテーか?」


 それを見たアイリスさんがどこか嬉しげに応えれば、ロレアちゃんは慌てたように首を振る。


「ち、違いますよ! 真っ白ですよ? 可愛くないですか!?」


 同意を求める彼女の背後で、そっと弓を下ろすケイトさんの姿が。

 うん、狩人としてその行動は間違っていない。


 さすがに、『可愛い!』と喜んでいるロレアちゃんの目の前で、射殺す心臓の強さは持ち合わせていなかったようだけど。


「ロレアちゃんは、白い兎を見るのは初めて?」


「はい。私が見るのは茶色とか、黒っぽいのとかです。時折、ジャスパーさんが狩ってくるので。――美味しいんですよね」


 そう言って、そっと目を伏せるロレアちゃん。

 可愛いは可愛いけど、お肉はお肉。

 そのあたりは心に棚を作るということかな?


「……狩りましょうか?」


 再び出番が来たかと、弓を手に取るケイトさんと、悩むロレアちゃん。

 そうして、しばらく経って出した答えは――。


「ま、任せます……。狩れたら、料理します」

「そう? それじゃ――」


 狩人ケイトさんは容赦なかった。


 ロレアちゃんがそっぽを向いたその一瞬で放たれた矢は確実に兎を捕らえ、その命を即座に刈り取る。


 トサリと雪に倒れる兎と、それを回収に向かうケイトさん。


 拾い上げた兎の首を掻っ切り、その場で血抜きをすれば、白い雪原が赤に染まり、さっきまでのほのぼのが一掃された。


「うぅ……」

「がうがう」


 目を背けたまま、しかし微妙に視界の隅に捕らえつつロレアちゃんが呻けば、その背中に張り付くクルミが慰めるようにポンポンと彼女の肩を叩く。


 ロレアちゃんは心を癒やすかのように、そんなクルミをぎゅっと抱きしめた。


 そんな彼女を見て微妙な表情になったのは、手早く兎を解体して戻ってきたケイトさん。


 その両手には、毛皮と肉に分けられた兎がぶら下がっている。


「……なんか、私が悪いことをした気分になるんだけど」

「いえ、全然悪くないですよ、ケイトさんは」


 見た目はアレだけど、猟師としては正しい姿。


 普段から狩りをしているケイトさんと、狩ってきた物を受け取るだけのロレアちゃんという違いだけのことだろう。


 とはいえ、たった今、『可愛い!』と見ていた動物を切り刻めというのはちょっと可哀想。


「ロレアちゃん、やりにくいなら、私が料理しようか?」


 そう提案した私に、ロレアちゃんは僅かに言葉に詰まったが、すぐに首を振った。


「……いえ、料理は私の仕事ですから。それに、狩った以上は美味しく食べるのが礼儀だと思いますから」


 それは、私が料理すると、美味しく食べられないということかな?

 一応、料理はできるんだよ?

 普段全然やってないけど。


 ――まぁ、その日の晩、ロレアちゃんが調理した兎肉は、とっても美味しかったんだけどね。

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新米錬金術師の店舗経営 7巻 書影

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― 新着の感想 ―
[一言] 兎ってどんな味がするんだろうか
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