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[Web版] 新米錬金術師の店舗経営  作者: いつきみずほ
第四章 ちょっと困った訪問者
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023 サラマンダーの棲み処 (5)

「まぁ、良い。それで、ノルドのやりたい実験はこれで終わったのか?」


「そうだね。生きているサラマンダーの調査の方は、前回の調査地で概ね終えてるから。そこでは斃すことができなかったから、今回の実験が残ったんだよ」


「なら、体力が回復したら、早めにここを出よう。サラマンダーの巣にいるなんて、落ち着かない」


「そうですね。サラマンダーが追ってきたら困りますし」


 その言葉通り、ケイトはそわそわと落ち着かない様子で、来た方向を何度も確認しているが、ノルドラッドの方はしっかりと地面に腰を下ろし、ゴソゴソと自分の荷物をあさると、あめ玉を取り出して口に放り込む余裕を見せている。


「なかなか巣から出てこない魔物だからね、サラマンダーは。討伐のときは、逆に引っ張り出すのに苦労するぐらい」


「ってことは、安心?」


「だと良いよね?」


 ニヤリと笑い、もう一つあめ玉を口に含むノルドラッド。


「含みがある言い方だな?」


「巣からは出てこないんだけど、どこまでが巣の範囲だと思う?」


「……それは何か? この洞窟内は巣の範囲、巣から出てこないサラマンダーも普通に徘徊するかも、と?」


「可能性はありそうじゃない?」


「嫌な可能性だな。否定できないが」


 顔を顰めるアイリスを安心させるかのように、ノルドラッドは笑って肩をすくめると、あめ玉の入った袋をアイリスたちに差し出す。


「ま、低い可能性だよ。ボクたちみたいな小物をサラマンダーがわざわざ追ってくることなんて――」


「グオォォォォ!」


 まるで、ノルドラッドの言葉を否定するかのように、洞窟内に響き渡る咆哮。


「「………」」


 ノルドラッドの動きが止まり、アイリスたちの冷たい視線が彼に突き刺さる。

 余計なことを言いやがって、とばかりに。


「いや! ボクの言葉は関係ないよね!?」


「……言葉はともかく、誰とは言いませんが、サラマンダーの顎をぶん殴った人がいましたよね? 誰とは言いませんが!」


「あぁ、いたな。誰とは言わないが。普通、あんなことやられたら怒るよな?」


「いや、でもさ! あの一撃がなければ、ブレスが危なかったと思わないかい?」


 慌てて言い訳をするノルドラッドだったが、アイリスたちの視線は変わらなかった。


「むしろ、唐突に攻撃されて、私たちが危なかったんですけど?」

「初動が遅れたからな。……これは、私たちが未熟とも言えるのだが」


 どんな状況でも冷静に対処する。


 それは必要な能力だろうが、ノルドラッドの行動は、思わず呆けてしまうのも仕方がないと思えるような暴挙である。


 触れるだけで大火傷するようなサラマンダーに、誰が素手で殴りかかるのか。

 ――いや、ここにいるわけだが。そんな非常識が。


「しかも、ブレスはブレスで、しっかり吹きかけられましたしね。店長さんの錬成具(アーティファクト)がなければ、危なかったです」


「チラリとしか見てないけど、あれは?」


「店長さんが預けてくれた、『氷壁(アイス・ウォール)』の魔法を封じ込めた魔晶石です」


「あれだけの魔法を……やはり、さすがというしかないね」


 魔晶石を加工して魔法を封じ込め、錬成具(アーティファクト)にすること自体は、大半の錬金術師が行えるのだが、その対象は自分が使える魔法のみ。


 その上、封じ込めた魔法の威力は、魔晶石の品質、大きさに加えて、加工を行った錬金術師の技量に依存する。


 ここで言う『技量』とは、錬成の技量はもちろん、魔法の技量も含むため、込められる魔法の威力は、自分が扱える威力の範囲に制限される。


 つまり、強力な魔法を封じた魔晶石を作れる錬金術師は、同時に強力な魔法使いでもあるのだ。


「ですが、あれは一つしかありません。ついでに言うと、私の耳には、微かな地響きが聞こえるのですが?」


「そ、そうなのかい? ボクには聞こえないけど……」


 ノルドラッドは首を捻るが、ケイトの耳には、何か大きな生物が歩くような重々しい音が確かに届いていた。


 そしてこの状況で、その生物が何かなど、考えるまでもないだろう。


「ケイトの耳は、かなり良いから信頼できる。あの氷の壁が突破されたと考えて、間違いないだろう」


「この気温だもの。放置していても解けるわよね」


「どうする? 今からでも出口に向かって走るか?」


「ちなみにノルドさん、サラマンダーを斃せたりは?」


 微かな期待を込めてケイトは訊ねるが、当然というべきか、ノルドラッドはあっさりと首を振る。


「しないよ、さすがに。見ただろう? ボクの拳がほとんど効いていないのを。あれが精一杯。挑発程度ならまだしも、ダメージにはならないだろうね。ついでに言うと、ボクの防熱装備だと、サラマンダーのブレスは耐えられない」


「ですよね。――私としては、そんな装備でサラマンダーに殴りかかったことが信じられませんけど」


「同感だ。だが、ノルド。サラマンダーが復活することは判っていた……いや、少なくとも、復活させようとは思っていたんだよな? どうするつもりだったんだ?」


 アイリスのもっともな指摘に、ノルドラッドはスッと目をそらす。


「……あまり考えてなかった。走って逃げれば良いかと」

「まさかの無計画!?」

「ノルド、実はバカだろう!?」


 目を剥く二人に、ノルドラッドはフッと笑って、肩をすくめる。


「研究者なんて、バカにならないと成果が上がらないものさ」


「そっちは研究バカ! お前のは考えなしのバカ! 同じバカでも全然違う!」


「大して違いはないと思うけどなぁ。他人に迷惑をかけるという点では」


「自覚があるなら、もっと考えてくれ!」


「まぁまぁ、アイリス。今は時間がないから。それよりも、ノルドさん。逃げ切れると思いますか?」


 だんっ、だんっ、と地団駄を踏むアイリスを、ケイトが頭が痛そうに額に手をやりつつ宥める。


 心情的にはケイトもアイリスとまったく同じなのだが、ノルドラッドを問い詰めたところで状況は変わらない。


 今は脱出方法を、とノルドラッドに尋ねたが、ノルドラッドは少し考えて首を振った。


「狭い通路でのブレスは危険だからね。装備の良い君たちはともかく、背負ってる荷物とボクは危ないかもしれない」


 その言葉を聞き、アイリスとケイトがニヤリと笑う。


「ふむ。ノルドはともかく、荷物が失われるのは困るな」


「えぇ。店長さんから借りている物もあるし……。ノルドさんはともかく」


「君たち、ボクの護衛だよねぇ!? 護衛料、払ってるよね!?」


「護衛対象の無謀な行動までは、面倒見きれない」


「第一、まだ支払ってもらってませんし。――そっか、きちんと連れ帰らないと、支払いが?」


「そうそう。帰り着くまでが依頼の対象だからね」


 ホッとしたようなノルドラッドに、アイリスはこてんと首をかしげ、真面目な顔で提案する。


「だが、どうだろう? 仕事は半分以上終わったんだ。このあたりで、内金を払ってもらうのは?」


「そうよね。長期契約だもの。全額一括じゃなく、途中で支払いを求めるのは当然よね」


「それ、見捨てる気、満々だよね!?」


 仕事を請ける前に言うのならともかく、この場でそんなことを言い出せば、そう思うのも当然だろう。


 焦るノルドラッドをアイリスはじっと見つめ、ふっと表情を緩める。


「……冗談だ。二割ぐらいは」


「八割本気!?」


「これ以上おかしなことをしたら十割になる。気をつけてくれ」


「りょ、了解。さすがにボクも、研究成果を持ち帰れないのは困るから、脱出に注力するよ」


 鼻白んだノルドラッドを見て少し気が収まったのか、アイリスはこくりと頷くと、ケイトを振り返る。


「そう願う。ケイト、少しでも早く走れるよう、持ち帰る物を厳選しよう。ノルドの荷物は置いていくべきだろう。私たちの前を走りたいのなら」


「かなり高価な錬成具(アーティファクト)もあるんだけど……仕方ないか。調査結果だけ持ち帰ることにするよ」


 単純な体力でいえば、ノルドラッドはアイリスたちを上回っているだろうが、持っている荷物の量が比較にならない。


 さすがにその状態で、アイリスたちよりも速く走れるはずもなく。


 だからといって、アイリスたちも命が懸かっている状況で、ノルドラッドの走る速度に合わせる、なんてことはしたくない。


 荷物を捨てろというのも、当然の要求だろう。


 ノルドラッドは荷物からノートなどの紙類を取り出して懐の中に抱え込み、ケイトもまた、手早く荷物を分類していく。


「重い物は置いておくとして、店長さんから借りた物はできる限り持ち帰らないと。フローティング・テントはさすがに無理だけど」


「借金、一気に増えかねないものな。――なぁ、ノルド。これで失われた荷物は、補償してくれるのか?」


「普通の荷物なら補償するけど……要相談で。さすがに、サラサ君が作った錬成具(アーティファクト)となると、値段が読めない。ボクの研究道具も放置していくことになるし」


「水は、水場まで保つ最低限として……」


「食糧は……何日分、必要だ? 何日で森を抜けられるか……」


「ボクなら、毒のない植物も見分けられるよ? 毒がないだけで、味はまったく考慮できないけど」


「状況によっては、それに頼るしかないか。死ぬよりはマシだ」


 そうやって荷造りを終え、そろそろ行こうかと、立ち上がりかけたその時だった。

 その音は響いてきたのは。

 ズズズズ……。


「なん――」


 ドガンッ!! ゴゴゴゴッ!

 低く響く地鳴りのような音に、突き上げるような衝撃。

 それに続く振動。

 咄嗟に頭を抱え、しゃがみ込むアイリスたち。

 次の瞬間、彼女たちにもうもうとした土煙が襲いかかった。

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ファンタジア文庫より書籍化しました

新米錬金術師の店舗経営 7巻 書影

新米錬金術師の店舗経営 コミック6巻 書影

コミックヴァルキリーにてコミカライズ版が連載中です。


以下のような作品も投稿しています。よろしくお願いします。

『異世界転移、地雷付き。』

異世界転移、地雷付き。 11巻 書影
― 新着の感想 ―
「この気温だもの。放置していても解けるわよね」 溶けるでは?
[気になる点] 危険域で悠長に休み続けてるのもだけど 向かって来てるのが分かってるのに、逃げ出しもせずに延々と会話してるのが理解不能 逃げ出す描写無かったけど、当然逃げながら会話してるんだよなコレ…と…
[一言] そういう事(サラマンダー復活)をやらかすんなら事前に用意してからやるべきだし ブレスを防ぐ為につかった魔道具はノルドもちでいいと思うんだけど 普通の実験ならあらかじめバリケード築いたりさっ…
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