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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
入学試験と旅立ち

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爵位授与式

 色々あった試験も終わり、イツキは全学生と教師に在学を認められ、安心したからか詰め込みで勉強したからなのか、午後2時から夕食前の午後6時まで爆睡していた。

 午後6時、パルがイツキの部屋に来て、校長室へ呼び出されたと告げる。


「イツキ君、王様からの呼び出しが来た。私も一緒に王宮へ呼ばれている。書類上イツキ君は12月12日が誕生日なので、正式な爵位授与が行われるようだ」


ボルダン校長はそう説明しながら、イツキ宛に届いた書状を手渡した。

 イツキが書状を確認すると、そこには3つの爵位の正式な授与式をすると書かれていた。そして19日の領主会議の後で、ロームズ辺境伯の任命式と就任式を、国事として執り行うと書いてあった。


「ボルダン校長、明日の衣装は制服でもいいですよね?」

「ああ、制服で構わないだろう。でも、領主任命式は正装で出席しなければならないだろう。それにしても余程王宮内は混乱しているのだな……こんな大事な知らせを、直前に届けてくるとは……イツキ君は何も聞いていなかったのだろう?」


「はいボルダン校長、仕方ないです。今レガート国は、軍と警備隊の立て直しで混乱しているでしょうから」


イツキは作り笑いを校長に向け、明日の午前8時に迎えに来る、王宮の馬車で一緒に登城することになった。

 それからイツキは、教頭と新しい副教頭になったダリル教授を呼んで、今後の領主としての予定を告げた。

 新年度はかなり遅れて学校に戻ることや、専門スキル修得コースは経済と文官の両方を学びたいこと、武術は剣と体術を選ぶこと、北寮の部屋はリバード王子の部屋を1番奥にして、その隣にして欲しいこと等を頼んだ。


「部活は発明部のままでいいのかね?」


「はいダリル副教頭。まだまだ新しい物を作りたいので。ところでボルダン校長、特産品の販売は上手くいっていますか?」


「まあ、2人ばかり偽の仮予約証と予約券を持ってきたが、警備隊が直ぐに連行していった。順調に販売できたので、食堂の拡張工事と武道場の補修工事が始められそうだ。ありがとうイツキ君。君はもっと、自分の功績に自信を持った方がいい」


校長は嬉しそうにそう言いながら、数々の利益を国や上級学校にもたらしているのに、威張るどころか学校を辞めようと考える謙虚さ……?を、通り越した自己評価の低さに、自信を持てと笑いながら付け加えた。





 イツキがやって来る少し前の午後6時50分頃の食堂では、ロームズ辺境伯杯の時に、イツキが治安部隊の黒い制服を着て、キシ公爵様、フィリップ秘書官補佐様、警備隊の隊員と一緒に、校内を見回りする姿を目撃していた3人が、その時のイツキ君は凄く格好良かったと自慢し、緊急事態Aを発動したのは、イツキだったとナスカが暴露して、食堂内は大騒ぎになっていた。


「それでイツキ君はポルムゴールの試合に遅れたんだな。いやーでも、あの時のイツキ君の活躍は凄かったったよな」(学生A)


「そうそう、そして表彰式でロームズ辺境伯様だと分かった時は、驚き過ぎてパニックになりかけた」(学生B)


「うんうん」(その他の皆さん)


「でも、領主になってもイツキ君は変わらなかった。今年は夏大会も秋大会も大きく変わったけど、イツキ君のお陰で楽しい思い出が出来たし、様々な経験と勉強をさせて貰えた。俺は、イツキ君と同じ時を過ごせて本当にラッキーだった」


しみじみと思い出を辿りながらそう語るのは、イツキ第2親衛隊の副隊長であり、イツキからロームズ辺境伯杯の優勝杯を受け取った3年のネロスである。

 その場に居た3年生は皆ウンウンと何度も頷き、卒業式までわずか4日となった寂しさを感じてしまう。

 もっともっとイツキと学校生活を過ごしてみたかった……と残念な気持ちになる。


 そこへ、校長との話を終えたイツキが食堂へやって来たので、3年生を中心にイツキを取り囲んでいく。

 特に親が軍や警備隊の上官をしている者達は、同じように軍や警備隊に就職する者が多いので、今日まで治安部隊指揮官補佐であるイツキから、少しでも話が聞きたいとキラキラした瞳で押し寄せてきた。


「ちょっと待て!イツキ君に話し掛けたい気持ちは分かる。だが、それは食後にしろ。先ずは食事だ」


インカ隊長がトレイに夕食を載せて、取り囲まれているイツキを助けるように注意した。今日の夕食は、3年生のリクエストが多かったハンバーグである。


「分かったよ。じゃあイツキ君、我等3年生の為に少し時間を作ってくれるか?」

「分かりました先輩方。機密事項以外でしたら、質問にお答えしましょう」

「「「やった~!」」」


30人くらいの3年生が歓喜の声を上げ、自分のテーブルに戻って食事を食べ始める。

 これまでイツキの側には、イツキ組か親衛隊がガードするように一緒に居たので、話し掛けたくても話し掛けられない者が多くいた。そのせいなのか、イツキは自分が人気者で、尊敬され憧れの存在になっていると気付いていなかった。

 正規の親衛隊のメンバーは30人、隠れ親衛隊(通称第2親衛隊)に至っては50人近い数が居るのだが、物好きな人達くらいにしか思っていない鈍いイツキだった。



 夕食後は、3年生が中心ではあるが、1年や2年も含めた100人近い数の学生が、イツキにいろいろ質問したり、イツキからの話を聞いた。

 イツキが質問に答えなかったのは、イツキが治安部隊指揮官補佐になった経緯や、ハキ神国との戦争に関する軍事的作戦、現在の軍や警備隊の状況、治安部隊に関する情報等だった。

 その反面、イツキが詳しく話したのは、医学大学の職員として就職が決まっているある人物が、ギラ新教徒から受けた酷い脅迫や騙しの手口については、怒りを込めて話をした。


 これまで軍や警備隊に就職しない者は、あまりギラ新教徒の暗躍に興味が無かったが、商人を騙して殺したり、店や住居を騙し取ったり、いたいけな少女が頑張って働いた金を巻き上げ、子供まで売ると脅した遣り口を聞き、文官希望者や商店で働く予定の者も、決して他人事ではないのだと実感した。

 そして大いに怒った。

 よく考えてみればギラ新教の薬草の買い占めだって、国民の生活と経済に多大な影響を及ぼしている。


「商人だって、これから受けるギラ新教の攻撃に対し、しっかりと備えたり対策を考えたりしなくてはなりません。また、多くの先輩が役人に成られると思いますが、国民が騙されて酷い目に遭わないよう策を練り、弱者を助け、被害に遭う者が居たら、共に解決方法を考えてください。最も大切なことは、正しい情報を知ることです。先輩方の能力が試される時は近付いています。僕は皆さんを信じています」


イツキは期待するような視線を先輩方に向け「お願いします!」と強く言った。

「任せろ!」と3年生達は力強く返事を返す。

 困難な日々が待っているかもしれない……それでも、この後輩に誓ったことは決して忘れないと、卒業間近の3年生は自分自身に言い聞かせた。



「人の上に立つ人間というのは、人たらしであり、希望であり、そして道を照らす者であると、イツキ君を見ているとしみじみ思います」


「そうですねフォース先生。私は来年度から新しく出来る農業技術開発部に出向しますが、少し残念な気がします。本来なら大抜擢だと思うのですが、私はあの教え子と共に、もう少しこの学校で過ごしてみたかったです」


イツキの担任であるポート30歳は、食後のお茶をのんびり飲みながら残念そうに呟く。

 イツキの推薦で新設の農業技術開発部に移動するポートは、後任がまだ決まっていないことより、これからのイツキの将来が気になってしまうのだった。


「ポート先生、来年度は私がイツキ君の担任をしますので、様子をお知らせしましょう。それにイツキ君は、薬草栽培に力を入れるようですから、農業技術開発部にも顔を出すことでしょう」


東寮の寮監であり、剣の指導者であり、イツキの理解者のひとりであるフォース41歳は、優しく微笑みながら後輩であるポートを慰める。

 イツキの成長を見守れる自分は幸運なのだと思う。そしてそれと同時に、何がなんでもこの教え子を守らなくてはと思っているフォースである。






 12月15日、イツキはボルダン校長と一緒に王宮にやって来た。

 4日に来て以来だが、まるで長いこと来ていなかったような気がするイツキは、思わずフーッと溜め息をついてしまう。

 爵位授与式というと、普通であれば晴れやかで希望に満ち溢れ、この上無い慶びの式である。しかも子爵・伯爵・辺境伯と、3つの爵位を同時に賜るなど、レガート国の長い歴史の中でも、聞いたこともない特例中の特例、お祭り騒ぎをして喜ぶべきことである。

 なのに、隣で溜め息をつく教え子に、ボルダン校長はおめでとうと声を掛けられず、困った顔をして王との謁見を待っていた。


 謁見の間では、イツキ、ボルダン校長が中央の椅子に座り、右側の椅子には、国務大臣、ギニ司令官、法務大臣、教育大臣、財務大臣、国防費担当大臣、国務費担当大臣、人事部長らが座っている。左側の椅子には、キシ公爵、キシ公爵の従者としてヨム指揮官、ヤマノ侯爵とヤマノ侯爵の従者としてルビン坊っちゃんの父親であるシンバス子爵が座っていた。

 本来なら親や親族がイツキの隣に座るのだが、今日はボルダン校長が介添人として同席していた。


「王様のお越しです」と、王宮警備隊の責任者ヨム指揮官が告げ、重厚な扉を開く。

 入室してきたバルファー王の後ろに、秘書官のエントンが続いて入室してきた。

 全員席を立ち、その場で正式な礼をとる。

 王が椅子に座るのを確認した秘書官が、お座りくださいと声を掛け、秘書官は右側の1番上座の椅子の前で、今日の式の進行を始めた。


「それでは、ラミル上級学校のイツキ君は領主の前に出て、領主から直接爵位を授かるように」


エントン秘書官の言葉に従い、イツキはキシ公爵の前に進み出てひざまずいた。


「イツキ・ラビター、キシ領の子爵として、ラビグの子爵位を授ける。これよりキアフ・ラビグ・イツキと名乗り、キシ領の子爵としての責務を果たせ」


「はい、キシ公爵アルダス様。キシ領の子爵の名に恥じぬよう、力の限りその責務を果たします」


左腕を吊り、左足には副え木をしたキシ公爵は、ヨム指揮官に支えられながら立ち上がり爵位証を渡す。イツキは恭しく爵位証を受け取る。

 続いてイツキは、隣に立つヤマノ侯爵の前に移動し、再びひざまずく。


「キシ領の子爵キアフ・ラビグ・イツキに、ヤマノ領の伯爵としてヤエスの伯爵位を授ける。これよりキアフ・ヤエス・イツキと名乗り、ヤマノ領の伯爵として、レガート大峡谷を任せる。ヤマノ領の伯爵として、その責務を果たせ」


「はい、ヤマノ侯爵エルト様。ヤマノ領の伯爵の名に恥じぬよう、力の限りその責務を果たします」


嬉しそうに微笑むヤマノ侯爵から、イツキは恭しく爵位証を受け取った。

 その場に居る全員が、イツキに向かって「おめでとう」と声を掛けながら拍手をして、イツキの貴族への仲間入りを祝う。

 続いてイツキは正面を向くと、バルファー王の前に進み出てひざまずく。

 秘書官から爵位証を受け取ったバルファー王は、自分の前で深く頭を下げているイツキを見て、爵位証を読み始める。


「キシ領の子爵であり、ヤマノ領の伯爵であるイツキに、辺境伯としてルバの辺境伯位を授ける。これよりキアフ・ルバ・イツキ・ロームズと名乗り、ロームズ領を統治するものとする。ロームズ辺境伯としてその責務を果たせ」


「はい、レガート国王バルファー様。ロームズ辺境伯の名に恥じぬよう、領民を正しく導き守り、レガート国の領主として責務を果たします」


厳しい顔をしたバルファー王から爵位証を受け取ると、イツキは再び深く頭を下げた。


「おめでとうございますロームズ辺境伯様」と全員から祝福の言葉と拍手を貰い、滞りなく爵位授与式は終了した。

 本来であればこの後、授与した側の領主や国王主催の、簡単なお祝いのパーティーが催されるところだが、キシ公爵、ヤマノ侯爵、バルファー王の申し出をイツキはきっぱりと断った。

 断った理由は、ソウタ指揮官、フィリップ秘書官補佐の喪に服すためである。キシ領の子爵であるイツキがそう言えば、国王だとしても了承せざるを得なかった。


 ソウタ指揮官とフィリップ秘書官補佐の死は、昨日(12月14日)発表されていた。 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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