イツキ、自分を語る
少し長くなりました。
12月10日から始まった卒業・進級試験を、イツキは2年生の教室A・B・C・A組の順に移動して受けた。
突然自分の教室にイツキが現れ、自分達と同じ試験問題を受けるのだと知った2年生は、親衛隊を中心にプレッシャーが凄かった。
1度も受けていない授業の試験を受けるのは、いくら天才でも無理があるだろうと誰もが思った。
「さすがにレガート文学史とレガート経済史は解答できなかったよ。1日で覚えられることなんて限界があるし、自分の勉強不足を思い知った」
と、イツキは最終日に2年A組の教室で疲れた顔をして言った。
「飛び級って大変だな……でも、欠点だったらイツキ君も補習を受けるのか?」
「いいえ、得点は公表されますが、欠点扱いにはならないそうですヨシノリ先輩」
2年A組は文官コースのクラスで、イツキ親衛隊の化学部や植物部の学生も多く、そんなイツキとヨシノリの会話に聞き耳を立てていた。
「今日の科目はどう?数学は得意だよねイツキ君」
「そうですね。でも習っていない問題もあると思うので、全力を尽くすのみです」
「とかなんとか言って、最高点をとったりするんじゃない?」
「いえいえ、さすがにそれはないでしょう……数学は教科書さえ見てないですから」
「・・・そ、そうなんだ。でも最終日だから頑張ろう!終わったら総会があるらしいけど、全学生と全教師が出席するなんて、何の話だろうか?」
ヨシノリは少し不安そうにイツキに総会の話を振った。
本来であれば、試験終了後は部活もなく自由時間になるはずなのに、総会を行うなんて余程のことに違いないとヨシノリは思っている。
昨日のホームルームで突然総会をすると告げられたが、その内容について教師は何も語らなかった。何故なら、担任の教師達にも極秘になっていたからである。
全校総会は昼食後、食堂で行われた。
「試験も終わり昼食も食べたので、皆眠くなってくると時間だが、今日はこれから特別講義を聞いてもらう。講義を行われるのは治安部隊の方だ。今月に入りギラ新教徒の活動が活発になってきた。卒業する諸君には是非、今のレガート国の現状を知り、仕事に臨んで欲しいとの思いから、特別講義を行いたいとの申し入れがあった。校長として私がそれを了承した。それでは、よろしくお願いいたします」
ボルダン校長は何の前置きもなしに、治安部隊の人間が講義をすると説明し、ストレートにギラ新教の名前を出した。
「おい、治安部隊だってさ」
「えっ!治安部隊が学校に来て話すなんて、大丈夫なのかこの国は……」
「治安部隊って、軍と警備隊のエリートだろう?」
「インカ隊長を襲撃したのもギラ新教だろ?許せねーよな」
「じゃあ、警備隊本部と軍本部が襲撃に遭ったって、本当なんだ……」
学生や教師達は、全校総会の議題がギラ新教関連だと知り、ざわざわと騒ぎ始める。
そして、どんな人物が治安部隊から来たのだろうかと興味を持つ。
きっと強面の屈強な軍人に違いないと想像し、その人物の姿を探すようにキョロキョロと辺りを見回す。すると、皆が知る治安部隊の黒い制服を着た人物が、ツカツカと食堂に入ってきた。
「「「えっ!イツキ君?」」」
驚いて立ち上がり、最初に声を上げたのは、執行部のエンター部長、ヨシノリ副部長、親衛隊隊長のクレタだった。
従者であるパル以外、今日のことを誰も知らなかったので、どうして……?という顔をして茫然とする。
他の学生達は、イツキが近くに来て初めて、黒い治安部隊の制服を着ている人物がイツキだと認識し、「えっ!イツキ君?」「何でイツキ君が?」と同じように驚きの声を上げた。1番驚いていたのは教師達だろう。
「学生の皆さん、先生方、試験お疲れさまでした。今日これから僕が話すことは、レガート国の極秘情報だったことが含まれています。ですから、お話しする前にお願いしておきます。これから話す内容を人に話す時は、人を選んでください。そうでないと混乱を招きかねません」
イツキはそうハッキリと前置きをする。表情は決して怖くないが、いつものよく知るイツキとは明らかに違っていた。制服を着ていることも大きな要因かもしれないが、全身黒ずくめの姿が、他者を容易に寄せ付けないオーラを放っている。
よく見ると、その黒い制服には血の痕のようなものが全身に付いていた。もちろん洗濯はしてあったが、どうしても染みが残ってしまっていた。
「僕は皆さんに謝らねばならないことがあります。僕はこの学校に入学した時、既に治安部隊に所属していました」
「ええーっ!!」(食堂内のほぼ全員)
「僕はギラ新教の暗躍を知り、レガート国と学校を守るため、学生と治安部隊の人間という2つの顔を持って入学しました」
「…………」
大多数の者は、どういうことだ?と思考を巡らせるが、14歳の治安部隊の人間が居たことの方に衝撃を受けた。
そしてイツキは、銀色のオーラを静かに放っていく。
1分という長いような短いような沈黙の後、イツキは1人の教師の名前を校長の耳元で囁き、食堂から連れ出すようにお願いした。
校長はそれを教頭に伝え、教頭は黙って頷き席を立つと、その教師の元へ行き「ちょっと来てくれ」と言って食堂から連れ出していく。
何事だろうと全学生と教師の注目を浴びながら、その教師43歳は「何をする教頭!私は生意気なロームズ辺境伯の話を聞くのだ!貴族の権利を邪魔するつもりか!」と怒りの表情で暴言を吐きながら引き摺られていく。
「あれがギラ新教に洗脳された者の特徴です。自分をギラ神に選ばれた特別な人間だと思い込み、上司である教頭にさえ暴言を吐き、自分の立ち位置を見失う。は~っ……ギラ新教徒の1年ルシフ親子には逃げられましたが、副教頭以外にもまだギラ新教徒が居たようだ」
イツキは大袈裟にため息をつき「まあ、副教頭のように剣で襲い掛からないだけましですが」と付け加えた。
その言葉に1年A組の学生は、剣を抜き狂気の形相で教室に乱入してきた副教頭の、恐怖の瞬間を思い出し青くなった。
しかし、その後話し始めたイツキの話を聞いて、学生よりも大人である教師たちの方が顔色を悪くする。
「キシ領でそんな大事件が……」
「キシ公爵様が襲われて大ケガ……」
「ソウタ指揮官が襲われて危篤・・・」
「学校にも来てくださったフィリップ指揮官補佐も危篤……」
教師も学生も、信じられないという表情で、この国の重要人物を襲撃したギラ新教徒に怒りを覚えると同時に、これからのレガート国はどうなるのだろと不安にかられる。
「ソウタ指揮官も警備隊本部の課長も後ろから刺されました。ギラ新教徒は卑怯という言葉を知りません」
イツキは無表情でたんたんと話を進めていく。だが、イツキ組のメンバーと1年A組のクラスメートは、これは怒っている時のイツキの表情だと気付いた。
「12月3日の警備隊本部の襲撃の時、インカ先輩が襲われた現場に行かれて留守だったヨム指揮官に代わり、僕は治安部隊指揮官補佐として、警備隊本部で指揮を執り、殺し屋2人と対決しました。その時の返り血が制服に残っています」
イツキの制服の染みが血だと気付いていなかった者は、改めて制服を見て絶句する。
そして【治安部隊指揮官補佐】という役職名を聞き、大きく目を見開いた。
「もうひとつ、僕は夏大会の途中から休んでいましたが、本当の理由は仕事でロームズに行っていたからです。ロームズは、オリ王子に寝返ったレガート国のギラ新教徒の貴族に乗っ取られ、ギラ新教徒であるハキ神国のオリ王子に戦争を仕掛けられました。これらの事実を国民に知らせなかったことで、国民はギラ新教徒の異常さも恐ろしさも知りません」
イツキは真実を隠蔽している国を批判するつもりはないが、今回の襲撃の悲劇を生んだ原因に、認識の甘さがあったと反省の意を込めて説明する。
「最後に、ロームズ辺境伯杯の時、僕がこの制服を着て学校内を歩いていた姿を見た学生が何人か居たと思います。あの時、ギラ新教徒の殺し屋が潜り込み、警備隊の2人が殺されていました。・・・もう平和な場所なんて何処にもないんです!自分達の直ぐ側に、レガート国ばかりでなく、大陸中を崩壊させようとしている敵は潜んでいます」
イツキの顔は悲しみに満ちていた。もしかしたら泣き出してしまうのではないかと思えるほど辛そうで、学校内で殺人があったという話の内容にショックを受けながらも、皆は大変なことに気付いた。
目の前の領主様は、いや学友(学生)は、自分が開催した楽しい大会の時でさえ戦っていたのだと。
「どうか現実を受け入れ、洗脳され殺されたニコルやユダのようにはならないでください。3年生の皆さんは、苦難の時代に卒業することになりますが、ラミル上級学校の卒業生としての誇りを胸に、どうかギラ新教と戦う勇気を持ってください。そしてこの国を、両親や友や仲間や愛する人を守ってください」
イツキはそう言うと深く頭を下げ、暫くの間そのままの姿勢でいた。
領主様なのに、治安部隊指揮官補佐様なのに……
『まさかイツキ君は学校を去るつもりか・・・』という思いが、イツキと親しいイツキ組や親衛隊や部活仲間や教師達の頭を過る。
「イツキ……学校を辞めたりしないよな?」
立ち上がってそう呟いたのは親友のナスカである。
「ギラ新教徒のせいで、治安部隊指揮官補佐の仕事が忙しくなるのか?それで……」
それで……の次の言葉を発することが出来ないのは、親衛隊長のクレタである。
「ダメだイツキ君、君は働き過ぎなんだ。15歳になったばかりの君が、どうしてそんなに何もかも背負おうとするんだ!君はこの学校だって救ったじゃないか」
イツキの担任であるポートも、イツキが治安部隊指揮官補佐の仕事に専念するのだと思い、立ち上がり大きな声で訴える。
「ポート先生、僕だって辞めたくありません。……僕はこの学校も友も大好きなんです。先生方のことも好きです。僕は治安部隊指揮官補佐の仕事を今日限りで辞め、今後は領主の仕事に専念する予定です。でも、こんな異質な僕を皆は……皆は学友だと思ってくれるでしょうか?」
顔を上げたイツキは、大きく輝く黒い瞳に涙を溜めていた。
「それじゃあ、治安部隊指揮官補佐はもう辞めるけど、それを秘密にしていたから、僕たちがイツキ君を追い出すとでも思ったのか?」
少し怒りの隠った声で、執行部部長のエンターが訊いた。
「イツキ、お前は俺達を何だと思っているんだ?お前は天才で武術の腕だって天才級だ。風紀部の役員であり、俺達の憧れであり、俺達の誇りで……俺達の自慢のクラスメートじゃないか!俺は怒るぞ!お前にとって……お前にとって俺達は、大事な友じゃないのか!?」
泣きながら叫ぶように文句を言うのは、意外にも同じクラスのルビン坊っちゃんだった。
「俺達イツキ組は、イツキ君の任務のことも治安部隊指揮官補佐であることも知っていた。イツキ君が学校を去るなら、俺達だって同罪だ。だけどよく見ろ!この場にイツキ君を認めない奴が居ると思うのか?もしもこの国の全ての人のために頑張ってきたイツキ君を、追い出したいと思う奴が居たとしたら、それはギラ新教徒に洗脳された奴ぐらいだ。そうだろうみんな?」
「「「そうだ、インカ隊長の言う通りだ!」」」
学生も教師も全員が一斉に立ち上がり、インカの問いに応える。
「辞めるなイツキ君」「頑張ってイツキ君」「これからも俺達はイツキ君に付いていく!」「俺達は学友なんだ!」と、あちらこちらからイツキを励ます声が飛ぶ。
「これがラミル上級学校だ!我々の誇りはイツキ君と共にある」
ボルダン校長はイツキの隣に立ち、イツキの肩をポンと叩いて宣言した。
食堂中の全員が拍手をして、イツキの在学を望み(承認し)、イツキの瞳からは大粒の涙が零れた。
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