イツキ、前に進む
キシ公爵アルダスとフィリップは長椅子に座り、ティーラ、ハモンド、レクス、ベルガは応接セットに座り、テーブルに食事を並べたところでイツキは話し始めた。
「これから暫くギラ新教は、レガート国で大きな活動をしないでしょう。ボンドン元男爵はハキ神国に行きました。なので僕は、ロームズ辺境伯の仕事に専念し、軍や警備隊の仕事はしません。ただし、フィリップさんとソウタ指揮官には、引き続きギラ新教の動向を探っていただきます」
「ボンドンはハキ神国に行ったのですか?その情報は何処から?」
アルダスは水の入ったグラスを持ったまま、何故そんなことが分かったのかと問う。
「アルダス様、眠っている間に視ました。どうやらボンドンは、ギラ新教の大師に次ぐ地位に昇格したようです。ギラ新教も人手不足なのでしょう。これから金庫番の仕事はボンドンが行うようです」
「夢の中で・・・」(アルダス、ベルガ、ティーラ)
「でもイツキ先生、ソウタ指揮官は動けませんよ・・・」
ソウタ指揮官の直属の部下でもあるハモンドが、動けない指揮官をどうやって働かせるのかと、恐る恐る質問する。
「動けなくても指示は出来る。ソウタ指揮官がロームズに来てくれれば、ハキ神国のラノス王子の身は安泰だ。ロームズの軍備や警備面の強化も頼めるし……超一流の医師団に任せて早く歩行訓練をして貰う。現場に復帰するためにも、ソウタ指揮官には責任ある仕事をさせるのが1番だ。それに、ソウタ指揮官が歩けるようになったら、ハキ神国に潜入して貰う。ギラ新教の活動を監視し先手を打たなければ、レガート国に未来はない」
「では、ソウタは動けるようになるのですか?」
フィリップは、親友の将来が開けるかもしれないと期待して問う。
「自信はないが、眠っている時……ソウタ指揮官はハキ神国の王都シバに居た。既に時代は、国と国が争っている時ではない。レガート国は、カルート国やハキ神国、ミリダ国と連携して、ギラ新教と戦わなければならない。だから僕はリースとして、王様と秘書官とは距離を置く。我々は、レガート国の人間だが、ランドル大陸の一員なんだ。全大陸の平和を考えて動かないと……レガート国は負ける!ギラ新教の大師は、レガート国だけを欲しているのではなく、全大陸を欲しているのだ。戦おうとしている相手のレベルの違いを知るべきだ」
「…………」
イツキの話に対して、誰も何も意見を返せない。
考えている次元が違い過ぎて、直ぐに頭が整理できない。ただ、やはりイツキ先生(君)は、王様と秘書官の指示に従う気がないということだけは明らかだった。
「それでは具体的にどうすれば……レガート国はどうやってギラ新教と戦えばいいのでしょうか?リース様」
アルダスは立ち上がると正式な礼をとる。それは、レガート国の臣下として教えを乞うための礼である。
アルダスが礼をとれば、他の者もそれに続く。アルダスは今、リース様に教えを頂こうとしているのだから、他の者も当然礼をとる。
「治安部隊の名前を改め、指揮官にはロームズに居る建設部のレン大佐を。彼は直接ギラ新教の大師イルドラと戦っている。そして国内のギラ新教徒の取り締まりに、副指揮官として前衛部隊のフジヤ中佐を。そして、国外の諜報活動をする部隊の副指揮官として、現治安部隊のルドさんを。でも・・・その新しい部隊を実質的に指揮するのは、フィリップさんと僕です。アルダス様、【奇跡の世代】をこのまま僕に、極秘で預けてください。その為に【王の目】のメンバーを全員、新しい部隊に入れてください」
イツキは輝く黒い瞳で、アルダスに教えという名の指示を出す。
「それではリース様は……レガート国を……見放されてはいないのですね」
「勿論ですアルダス様。でも、ギラ新教の恐ろしさが分からない、平和ボケしている3人(バルファー王、秘書官、ギニ司令官)には、暫く頭を切り換える時間が必要です。内政が安定しているレガート国に於いて、優秀な人材は全て国難であるギラ新教との戦いに充てるべきです」
「レガート国は、ギラ新教と戦争をしていると考えればいいのですね」
アルダスはイツキの考えを聞いて、大きく思考を変えていく。国内に潜むギラ新教徒を取り締まるのではなく、ギラ新教そのものと戦うのだと。これは大陸を挙げての戦争なのだと
「そうです。だから、こちらの戦闘準備が整うまで、相手を油断させる為に、フィリップさんとソウタ指揮官には死んでもらいます。アルダス様、申し訳ありませんが、暫く怪我人を装ってください。恐らくボンドンに代わる人材は、今はまだ存在していないと思います」
「承知しました。15日までに全ての段取りを終えます」
アルダスは立ち上がり軍礼をとると、イツキにそう約束し、準備に取り掛かるために王宮に戻っていった。
アルダスと入れ替わるようにリンダがやって来て、ベッドに座ったままのイツキのために、小さなテーブルにシチューを載せて、そっとイツキの前に置いてくれた。
「いい匂いだねリンダ。お腹が空いてきたよ。さあみんなも食べよう。食べ終わってから話を続けよう」
イツキは優しい顔でにっこり微笑み、シチューの深皿を覗き込んで匂いをかぐ。その微笑みに安心したティーラ達は、自分達も目の前に並んだ夕食に口をつけていく。
◇ ◇ ◇
12月9日午後、イツキはなんとか歩けるようになり、ハモンドに支えられながら学校に戻った。
到着した馬車に気付いた従者のパルが飛んで来て、イツキを抱えるようにして校長室まで連れていく。
「イツキ君大丈夫かね?自力で歩けないほど体調を崩していたのかね?」
「はい校長先生。忙しくて寝ていなかったのが原因だと思います。明日には普通に動けると思います。ところで、明日の進級試験ですが、僕は1年の試験を受ければいいんでしょうか?それとも2年生の試験を受ければいいのでしょうか?」
来年から飛び級して3年になることが決定しているイツキは、どちらの試験を受ければいいのかを確認していなかったことに気付いた。
「あっ!それは考えてなかった・・・どうなんだろう教頭?」
「ええっ!でもイツキ君は2年生の授業を受けてないですよね……1年の試験で良いのでは?いや、待てよ……どうなんだろう……今後の前例となるわけですから、簡単には決められませんね。今から教育部に確認に行った方がいいのでは?」
教頭は飛び級についての準備が出来ていなかった現実に、慌てて王宮に確認に行こうと言い出した。
「いや、きっと教育部に行っても結論は直ぐに出ないだろう。どうするかねイツキ君?今回はイツキ君の好きな方でいこう。来年度から教育部で決めてもらおう」
「分かりました。全教科2年生の試験を受けるのは無理かもしれません。レガート経済史とレガート文学史は何日ですか?明日でなければ今から勉強します。欠点ギリギリになるかもしれませんが」
イツキはう~んと首を捻りながら、2年生の教科を思い出そうとして、隣に座るパルの顔をじっと見て、パルに全教科の名前を言ってもらう。
「まあ、欠点さえなければ……そうですね明日のレガート文学史だけは1日では無理ですかね……」
「分かった。イツキ君は欠点があっても、欠点扱いしないことにしょう。一応得点は発表するが、それでいいかねイツキ君?」
2年生の試験を受けることで合意はしたが、これでいいのかと思案しながら、イツキに選択を任せた校長である。
「はい校長先生、それでいいです。ああ、先日の警備隊と軍本部の事件は学生達に話されましたか?もしもまだなら、僕から話させてください」
急に厳しい表情に変えたイツキは、これから社会に出ていく3年生に対して、どうしても卒業前に話しておきたいことがあった。なので、事件の概要を話していないのなら、自分から話させて欲しいと考えた。
「いや、事件があったことは話したが、詳しいことを聞いていなかったので、説明まではしていない」
初めてイツキがそんなことを言い出したので、校長はその目的と真意を計りかねる。
「それは単に、どんな事件が起こったのかを話すということだろうか?それとも他に何か特別な意図があるのだろうか?」
教頭はイツキに全幅の信頼を寄せている。しかし、ここは学校である。もしも政治的な思想や、片寄った考えに基づく批判であれば容認できない。話の内容を確かめなければ、軍や警備隊の機密事項が含まれていたら大変なことになる……可能性もあると教頭は慎重に考える。
「特別な意図?そうですね……そうかもしれません。僕は今回の事件後、治安部隊指揮官補佐の仕事を退くことにしました。僕の体はひとつしか有りませんし、そもそも、学生である僕に頼っているようではダメだと気付きました。いくら長いこと平和が続いていたからと言って、14歳の僕が指揮しなければ回らないような組織では、ギラ新教には勝てないと思い知ったのです」
イツキは少し疲れた感じで、3日からの事件を詳しく校長と教頭に話した。
「それでは、首謀者はルシフ君の父親なのか!」(教頭)
「キシ領でそんな大事件があったとは……ソウタ指揮官とフィリップ秘書官補佐が重傷で死に掛け……キシ公爵も大ケガだなんて……」(校長)
「はい、だからこそ、学生達は知らねばなりません。特に卒業する先輩方は、現実を知らずに就職すると大きく戸惑うことになるでしょう。これからはギラ新教と戦争するくらいの心構えが必要なのです。残念ですが……平和なレガート国など、既に存在していないのです」
「…………」
イツキの話に校長も教頭も、そしてパルも言葉を失う。
現在のレガート国が、そこまで危機的な状況になっているとは思ってもいなかった。
「しかしイツキ様、その話はロームズ辺境伯としての立場で話されるのですか?例え領主様でも、その内容は他の領主様でさえ知らないことが多いと思いますが」
パルは従者としてイツキを心配する。国の重大事項を、ましてや正式発表もされていないことを、領主としての立場で話してもいいのだろうかと不安になる。
「いいや、僕は治安部隊指揮官補佐としての立場で話す。正式には14日まで役職に就いている。今回の事件を含め、警備隊も軍も王宮で働く者も、僕がロームズ辺境伯であり治安部隊指揮官補佐だと知った。うちの学校の学生の3分の1以上の親が、軍や警備隊で働いているんだ。口には出さないが知っている学生も居るはずだ。それに、これだけ派手な事件に関わったのだから、冬休みに親に会えば知ることになる。それに、もう隠しておく必要が無くなった」
イツキはまるで何かの覚悟を決めたような顔で話して、事件の詳しい内容より、ギラ新教がここまで力を誇示してきたことを伝えたいのだと言った。
「もしも僕が今回の話をして、学生達が異質な僕を受け入れられないと思えば、僕は学校を辞めるしかない。でも、僕は残りの学生生活を賭けてでも、この国のため、ランドル大陸の平和のために、前に進まなければならない」
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