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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
入学試験と旅立ち
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イツキ目覚める

 12月8日、なかなか目覚めないイツキを心配して、ハモンド、レクス、ベルガは、泊まり込みでイツキの様子を看ていた。


「今日で4日目だ。俺の知る限りでは、これまでで1番長い眠りだ」(ハモンド)

「ベルガ、体温はまだ上がってこないのか?」(レクス)

「まだ変わらない。しかし、こんなに室温を上げているのに……汗をかくこともない」


ベルガはイツキの首に手をやり、体温と心拍を確認する。


「いや、余分な汗をかかせると水分が不足する。呼吸は安定しているから大丈夫だと思うが……こうなったらハビテ様に祈りを捧げていただくしかない」


イツキの様子を診に来ていたラミル正教会病院のパル院長は、医者として打つ手がない状況に頭を抱える。


「10日から進級試験だ。明日には上級学校に帰らねばならない。いったいどれ程の力を使われたのだろう?」


レクスはそう呟いて、心配そうにイツキの顔を覗き混む。



「レクス、それはな、俺達の乗っていた馬車を故障させたり、キシ正教会の馬車のドアを閉まらなくさせたり……有り得ない速さでミムを飛ばしたり……行方不明だった俺の母親とキシ公爵邸の執事の遺体の場所を特定したり……ラミルからキシ領を視られたんだ。他にもあるのかもしれないがな」


「「「フィリップ様!」」」


声のするドアの方に視線を向けると、そこには待ち焦がれたフィリップ秘書官補佐の姿があった。恐らくキシ領から直接駆け付けて来たと思われる。


「やはり・・・この前からの不安はこれだったのか……イツキ様、どうして……」


フィリップはそう言いながらイツキのベッドに駆け寄ると、心配そうに左手でイツキの手を握り、右手でイツキの顔を撫でる。

 そしてベッドの上に上がり、愛しい人を抱くようにイツキの体を優しく抱き締めた。


「ありがとうございましたイツキ様。私もアルダスも無事です」


フィリップはイツキの耳元で囁くように礼を言うと、体をゆっくりと寝かせた。


「いったい何が起こった?いつからイツキ様は眠っているんだハモンド!」


ベッドを下りたフィリップは、怒気混じりの低い声で3人に問う。


「フィリップ秘書官補佐、きみはソウタ指揮官が刺されたことは聞いているか?」


「な、何ですってパル院長!ソウタが……ソウタが刺されたのですか?」


パル院長の質問に、金色の美しい瞳を大きく見開き、フィリップは質問で返した。


「それでは3日に起こった、ギラ新教徒の警備隊本部襲撃から順にお話しいたします」


ハモンドはそう言うと長椅子にフィリップを座らせ、イツキの大好きなハーブティーを淹れテーブルの上に置いた。

 それから15分、ハモンドは大まかな3日間の出来事を説明した。

 途中でレクスやベルガが補足を加え、パル院長がソウタ指揮官の病状を詳しく説明していく。



「なんだと!ボンドンに逃げられただと?」


「はい。それでヨム指揮官はご自分を責められました。そして王様と秘書官とギニ司令官に談判されました。でも、イツキ先生に情報を伝えなかったことに対する、納得のいく説明は得られませんでした」


2日間ヨム指揮官の護衛をしていたレクスは、イツキがヨム指揮官にリースとして伝えた言葉と、イツキの願いを話す。


「それで、王宮から何か言ってきたのかレクス?」


「いいえ、何も・・・イツキ先生はロームズ辺境伯以外の関わりを拒絶されましたので」


「・・・フーッ。ちょっと警備隊本部に行ってくる。パル院長、イツキ様の指示に従い、ソウタをロームズに連れていきます。動けないなら暴れることもないだろう」


フィリップはそう言うと、もう1度イツキの手を握って体温を確かめ、少し高くなってきたのを感じると、「よし!」と頷き部屋を出ていった。


「イツキ様の体温が上がってきた……凄い。やはりフィリップ様が側に居るだけで、イツキ様は安心されるのだろう」


パル院長はもう大丈夫だろうと言い残して、教会病院に帰っていった。




◇ ◇ ◇


 午後6時、フィリップはキシ公爵アルダスを伴って帰ってきた。

 2人はベッドの横でひざまずき、自分の決意を眠っているイツキに伝え始めた。


「イツキ君、命を救ってくれてありがとう。キシ領を騒がせた犯人は全員捕らえた。逃げている主犯も、必ずこの手で捕らえてみせる。だから、暫く休んでロームズ辺境伯の仕事をしてくれ。俺も今回の件はギニ司令官や王様に責任を取って貰おうと思う。……どうか早く目を覚ましてくれ」


アルダスはそう言いながらイツキの頬を優しく触り、申し訳ない気持ちで早く目覚めてくれと神に祈る。

 アルダスは立ち上がってイツキに向かって深く礼をとると、ソファーに座り疲れきった顔をして溜め息をつき、さっきまでのことを思い返した。 


〈 アルダス視点 〉

 午後ラミルに到着すると、直ぐにキシ領での顛末を王様と秘書官に報告に行った。

 その時、警備隊本部と軍本部に刺客が潜入し、死傷者が出たことや、ソウタが刺されて重傷を負ったこと、ギラ新教徒のボンドン男爵がラミルを離れたことなどを聞かされた。

 当然イツキ君からの手紙で命拾いをしたと報告したが、国王も秘書官も「そうか……」と言っただけで、それ以上何も言わなかった。


 なんだか様子がおかしいと思いながらも、執務室で溜まった仕事を片付けていると、鬼のような形相のフィリップが、ノックも無しに部屋に入ってきた。そして、自分達が旅立った3日以降の話を聞き、ヨムに確認するため警備隊本部に出掛けた。

 その時の話し合いで、ヨムは警備隊の指揮官と、治安部隊の仕事を両立するのは無理だと言い出した。今回ボンドン男爵を逃した責任を取り、治安部隊の指揮官の任を辞すると言い、フィリップは全ての(王の目の仕事を含む)仕事を辞めると宣言した。


 正直俺も辞めたい・・・

 イツキ君の言う通り、レガート国は軍も警備隊も組織改革が必要だ。

 フィリップとソウタが辞めるとなると、後任を早く探さねばならない。軍の指揮官はなんとかなる。だが、治安部隊の仕事を仕切れる者はいない。

 元々ギラ新教に特化した仕事が大部分の治安部隊は、イツキ君が仕切っていたようなものだった。


 ギラ新教に関して、これからイツキ君なしでどう対処していくのか……早急に答えを出さなければならない。これ程までに奴等の活動があからさまになってきた今、レガート国は最優先でギラ新教の問題に取り組まねば、国の根幹が揺らぐことになるだろう。


 ずっとイツキ君が居てくれて、都合のいい時だけ助けて貰おうなんて……王様も秘書官もギニ司令官も、本当に平和ボケしている。

 イツキ君はレガート国の皇太子にはならないのだと、何故諦めないんだ!



◇ ◇ ◇


 フィリップが帰ってから徐々に上がり始めたイツキの体温は、ほぼ平熱まで戻っていた。呼吸も心拍も平常に近くなっている。

 

「イツキ様、私は15日付けで秘書官補佐の仕事を辞めることになりました。バルファー王から頂いた伯爵位を御返しし、元の名前に戻ります。これからは、イツキ様の片腕として共に在りたいと思います。アルダスとヨムが許してくれたので、これからはこの屋敷が私の家です」


フィリップはどこか嬉しそうな表情で、イツキの左手を自分の両手で包み報告する。

 その様子を見ていたレクスとベルガは、『やはりこの2人の関係は、神が選ばれたものなのだ』と心から思えた。

 主従というのとも違うし、友達でもない。強いて言えば愛する人に近い、絶対的な存在なのかもしれない。そう思える教え子の2人は、尊敬する恩師であるイツキの顔色が、だんだん良くなってきたと感じホッとする。


「フィリップ、じゃあベッドを買って来なきゃ……特別にこの部屋に置いてもいいよ。僕は普段居ないから」


少し掠れた声だが、確かにイツキの声がした。


「イツキ先生!」(レクスとベルガ)

「イツキ君!」(アルダス)


「おはようございますイツキ様。何処か痛いところはありませんか?お水を飲まれますか?」


フィリップは早速いつものように甲斐甲斐しくイツキの世話を始める。

 

「じゃあ水を。今日は何日だフィリップ?」

「はい、今日は8日です。お約束通り5日で戻って来ました」

「おかえりなさい……アルダス様。おかえり、フィリップ。体を起こしてくれ。ソウタ指揮官はどうなったベルガ」


イツキはフィリップに体を起こしてもらいながら、自分がまる3日も眠っていたのだと知り、ソウタ指揮官のことが気になった。


「はいイツキ先生、下半身は思うように動かせませんが、毒による命の危険は無いようです。皮膚の腐蝕が拡がらなかったのは奇跡だとパル院長が仰っていました」


「そうか……良かった。明日の午後には学校に帰る。その前に病院に寄って、最高の医師団が居るロームズへ来て貰うよう、ソウタ指揮官を説得しよう」


イツキはまだ体が思うように動かせず、クッションを背凭れにして座ると、フィリップの差し出した水を飲む。声も徐々に元に戻り、イツキに笑顔が戻ってきた。

 そこに軽食をトレイに載せたティーラとリンダがやって来て、目覚めたイツキを見て抱きつき、安堵の涙を溢した。


「心配させたねリンダ。もう大丈夫だよ。ティーラさん、ずっと泊まってくださったんでしょう?いつもすみません。そしてありがとうございます」


「イツキ様、うちの嫁は家事が得意で、すっかり家の中のことを仕切ってくれています。私が家に居ると却って気を使わせてしまうので丁度いいのです」


ティーラはそう言うと笑って、自分の息子を抱くようにもう1度抱き締めて、「あまり無理しちゃダメよ」と、小さな声で母のようにイツキを叱った。

 イツキは「うん、分かった」と恥ずかしそうに答えて、皆に話があるので夕食をここに運んで欲しいとティーラに頼んだ。


 レクスとベルガは一緒にダイニングに降りていき、自分達の夕食とお茶の準備をして、ティーラと共に再び2階に上がって行った。

 リンダは、いつイツキが目覚めてもいいようにと作っておいたシチューを、より柔らかくなるよう煮込み始める。

 ちょうど病院に行っていたハモンドも戻ってきたので、食事をしながらイツキの話を聞くことにした。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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