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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
入学試験と旅立ち

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嵐の3日間(11)

 イツキが全ての採点を終えたのはギリギリ午前9時前で、急いで結果を王宮の教育部に届け、合格者を確定したのが午前10時半だった。

 合格発表が貼り出されたのを確認し屋敷に戻ったイツキは、ハモンドと一緒に朝食兼昼食を食べながら、これからのレガート国を憂い溜め息をついていた。


 そこへ「ただ今戻りました」と努めて明るい声でダイニングに顔を出したベルガは、疲れた顔のイツキに、ソウタ指揮官の容態を報告していく。

 報告しながらベルガは、イツキの雰囲気がどこか違うような気がして、探るように様子を見ながら話をしていく。 

 正直顔色は悪い。でもそれは寝ていないからだと察しがつく。しかし、それだけではない何かがあるような気がして、医師であるベルガは不安な気持ちになった。


「ベルガ、ハモンドと交替して部屋で休め。ハモンド、ソウタ指揮官に毒による症状が出たら直ぐに知らせてくれ」


「「はい、承知しました」」


「あのうイツキ先生、体調が悪いのではありませんか?」


ベルガは念のために確認してみる。


「いや、寝てないから……寝たら……?ミム?」


イツキはベルガに返事をしながら、待ちに待ったハヤマ(通信鳥)のミムの声が聞こえた気がして、2階の自分の寝室に向かって走っていく。

 イツキがミムをキシ領に向けて放っていたことを誰も知らなかったので、何事だろうかと心配になり、ベルガもハモンドもイツキに続いて2階に上がっていく。


 イツキはバルコニーの窓を勢いよく開けると、ミムの姿を確認し右腕を差し出した。


「お帰りミム。フィリップに会えた?」

〈 ピィーピィーポー 〉


ミムは元気よく鳴いてイツキに応え、イツキの腕に嬉しそうに停まった。

 イツキは祈るような気持ちで、ミムの足に取り付けられている手紙箱を開こうと手を伸ばす。

 震える手でゆっくり開いた手紙箱の中には、小さな手紙が入っていた。

 その紙が自分の出した手紙の紙とは違うことを確認すると、イツキはごくりと唾を呑み込み、ゆっくりと……祈りながら手紙を開いた。



 犯人を捕らえて、5日で帰ります。

 ありがとうございました。フィリップ



「ああぁ……神様、ありがとうございます」


イツキはそう言うとひざまずき、深く頭を下げ神に感謝の礼をとった。

 顔を上げると、ぽろぽろと大粒の涙を溢しながら「ありがとうミム、ありがとう」と、肩に移動したミムの頭を何度も撫でる。

 そして、イツキの体はゆっくりと横に倒れてゆく。

 慌ててベルガが走り寄り、イツキの体を支えるが、イツキは涙に濡れたままの顔で、意識を手放した。


 イツキはフィリップの危機を知ってから、呪文のようにブルーノア語で祈り続けていた。声には出さないが、ずっとずっと頭の中で……フィリップとアルダスの安全を祈りながら、長い時間能力(ちから)を使い続けていたのだ。

 王宮から帰って自分の寝室のバルコニーで祈り始めてからずっとである。

 そこに昨日はソウタ指揮官の命の危機が加わり、イツキは自分で意識することなく、能力(ちから)を使い過ぎたのである。


 イツキを大きなベッドに寝かせたベルガとハモンドは、イツキが持っていた手紙をそっと見てみる。


「そうか、やっぱりイツキ先生はフィリップ様をずっと心配していたんだ」


ベルガは納得したように言ったが、イツキには休む暇なんて全く無かったので、フィリップ様のことを考えないようにしているのかと思っていた。


「そう言えば昨日も今日も、キシ領の件がどうなったのかを口に出されていなかった。3日は午前中医学大学の奨学生試験の面接、午後から警備隊本部の襲撃で犯人と死闘を繰り広げ、夜にフィリップ様とキシ公爵様の危機を知り、王宮で遅くまで会議。4日は軍本部の襲撃にソウタ指揮官の手術、その後は、王宮と警備隊本部に行かれたようだが……帰宅してからは休む間も無く医学大学の論文試験の採点。それも徹夜で今日(5日)の9時まで頑張り、直ぐに王宮へ行き合格者を決定した。・・・思えば嵐のような3日間だった」


ハモンドは、この3日間のイツキの状況を言葉にしながら振り返り、は~っと大きく息を吐いた。


「普通じゃないよな・・・イツキ先生はずっとずっと、フィリップ様やキシ公爵様のことを心配していたんだ。とても近い存在のソウタ指揮官の大ケガだって、凄くショックだったはず。だからこそ、レクスをヨム指揮官の護衛につけているんだ。俺は、イツキ先生が、あんな風に泣いた姿を初めて見た。イツキ先生は凄すぎてつい忘れてしまうけど……まだ14歳なんだ。ずっと不安を抱えていたから、なんだか変だったんだ。俺達がしっかりとイツキ先生を守らなきゃ……そうだろうハモンド?」


ベルガが同意を求めるようにハモンドを見ると、ハモンドはイツキ先生の右手を握り締めて泣いていた。

 ハモンドは2度もイツキ先生と一緒にカルート国に行っている。だから俺なんかよりずっとイツキ先生のことを見てきたはずだとベルガは思った。


「俺は、俺はイツキ先生の何を見ていたんだ!フィリップ様はイツキ先生を守る使命を神様から与えられた人なのに……そんな……そんな大事なフィリップ様に……き、危険が迫っていて、でも助けに行けなくて……だからミムを……代わりに飛ばして…………イツキ先生は人に甘えられないと知っているのに……俺は……俺は……すみませんイツキ先生!」


ハモンドは、イツキの不安や苦しみを察することが出来なかったことを泣きながら詫びる。自分だって上官のソウタ指揮官のケガを知って動転し、その病状を聞いて犯人を許せないという思いに、支配されていたじゃないかと反省する。


「それに王様は、イツキ先生を部外者扱いされた。治安部隊指揮官補佐なのにだ。だからイツキ先生は、ヨム指揮官に治安部隊指揮官補佐を辞任すると言われた。今後イツキ先生は、ギラ新教に関する調査や取締りを、レガート国とは連携しないと断言された。今回イツキ先生を部外者扱いしたことで、フィリップ様を危険に晒し、ソウタ指揮官は刺され、結局ボンドン男爵を逃がしてしまった。レガート国は……ブルーノア教会のリース(聖人)様の信用を失った」


そう言いながら部屋に入ってきたのは、ヨム指揮官の護衛をしていたレクスである。

 レクスはベルガの話の途中から、部屋の入口に立って話を聞いていた。そして2人がまだ知らない話を2人に聞かせた。


「えっ!治安部隊指揮官補佐を辞任した?」(ベルガ)

「なんだって!ボンドンを取り逃がした?」(ハモンド)


2人はイツキから聞かされていなかった話に驚いた。

 レクスはヨム指揮官から聞かされた2日間の話を、ベルガとハモンドに聞かせる。


「どうして今更ギニ司令官は、イツキ先生に情報を伝えなかったんだろう?」


「ベルガ、ヨム指揮官も首を捻っていたよ。ヨム指揮官は……イツキ先生以上に怒っている。最大の協力者を失うことになったのに、納得できる理由の説明を誰もしないと」


レクスは溜め息をつきながら、ベルガに状況を話す。

 3人は重い空気の中、イツキの様子を心配そうに見詰めて、顔色の悪さに気付いた。


「これは、この容態は……イツキ先生がリース様として力を示された時の容態と同じだ。どんどん体温が下がって、呼吸数も心拍数も減っていく……いつに間に……」


ハモンドは慌てて体温と心拍を確認し愕然とする。


「なんだって!じゃあ、フィリップ様の生存を知って、安心して眠られたんじゃないのか?」


軍医であるベルガも、慌てて診察する。ベルガはイツキが能力(ちから)を使って倒れた時の状態を見たことがなかった。

 倒れたばかりの時は気付かなかったが、僅か10分で容態は激変していた。


「この状態になったら、ご自分で目覚められるまで待つしかない。今日目覚められるのか2日先になるのか……誰にも……いや、フィリップ様でないと分からない。イツキ先生は、俺達の知らないところで神の力を使われていたんだ」


ハモンドは想像する。イツキ先生が使った力について。ミムを飛ばしたことに関係があるかもしれない……ソウタ指揮官の大ケガだって充分可能性がある……う~ん……


「ハモンド、交替で教会病院に行ったら、パル院長にイツキ先生のことを伝えてくれ。きっと、パル院長かサイリス(教導神父)のハビテ様が様子を見にこられるだろう」


レクスはそう言うと、自分がイツキ先生の部屋で休みながら様子をみるからと2人に告げ、寝室の暖炉に火を入れた。

 ベルガもソウタ指揮官の看病で寝ていなかったので、事務長に事情を説明してから、新しく作った1階の部屋で少し休むと2人に告げる。

 ハモンドは心配そうにイツキの顔を見て、冷たくなった手をそっと握ると、イツキの命令に従いソウタ指揮官の看病に出掛けた。



 事務長のティーラは、食事が済んでいないレクスのために軽食を2階に運び、この3日間の出来事の説明を受けた。


「それではイツキ様は、リースのお力を使われると倒れられるのですね?」


「はい、しかし、それは大きな奇跡を起こされた時で、力の大きさで眠られる時間は異なります。小さな奇跡なら数時間、大きな奇跡なら数日です。ご自分の命を削るように……人々のために……」


イツキがロームズの墓地で起こした奇跡のことを思い出し、レクスは心配する。あの時は、意識が戻っても2日は思うように動けなかった。今回はどうなんだろう……と不安になる。


「それにしても、イツキ様が治安部隊の仕事を辞められるとは……忙し過ぎることを思えば、事務長としては歓迎すべきなのでしょうが、かえって無理をされそうで怖い気もします」


「確かに……」


ティーラとレクスは、青い顔をして眠っているイツキを見て、不安が募るのだった。





 午後3時、屋敷の前に王宮の馬車が停まった。

 慌てて出迎えたティーラは馬車を見て緊張する。その馬車は王族専用の馬車だったのだ。そして、降りてきた2人の名前を聞いて倒れそうになった。


「はじめましてエバと申します」

「はじめまして、リバードです。イツキ先輩……いや、ロームズ辺境伯様はいらっしゃいますか?」


国王の側室エバとリバード王子は、にこにこといい笑顔でイツキとの面会を希望した。


「ようこそおいでくださいました。エバ様、リバード王子様。主は……体調を崩し休んでおりまして、お出迎え出来ず申し訳ありません」


ティーラは深々と頭を下げ、今日は上級学校の合格発表だったと思い出した。


「何ですって!イツキ様が?」

「ええ~っ!イツキ先輩が?」


2人はショックを受けたようで、どうしよう……と顔を見合わせる。


 結局2人は、眠ったままのイツキを見舞い、「ロームズ辺境伯が目覚められたら、リバードもケンも無事に合格したとお伝えください」と、エバ様は伝言を残して帰っていかれた。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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