嵐の3日間(10)
警備隊本部に到着したイツキは怒っていた。それは恐ろしい程に冷気まで漂わせて。
「ヨム指揮官、僕はこれから先、王様と秘書官とはロームズ辺境伯としてしかお会いすることはありません。僕は治安部隊指揮官補佐として認められておらず、教会の使命を果たすための連携を拒否されたので、ギラ新教との戦いは教会の人間として単独で行います。ですからこれ以後、領主としての責務以外、レガート国の干渉は一切お断りいたします」
イツキは第一声でヨム指揮官にそう言うと、ソウタ指揮官の病状を伝え、治安部隊指揮官補佐の仕事を辞退すると断言し、レクスを護衛に置いて屋敷に戻っていった。
残されたレクスは、茫然とするヨム指揮官に今日の出来事を話し、イツキの怒りの原因を推測して説明した。
「それでは、ボンドンはラミルを去るのか!チッ!何てことだ……どうしてそこに頭が回らなかったんだ!俺は今日、残った治安部隊をキシ領に向かわせてしまった……そしてボンドンの担当者をソウタの護衛に回してしまった……」
イツキの指示で上級学校に行ったレクスが、ボンドン男爵の息子ルシフが転校すると校長から聞いたと報告すると、ヨム指揮官は己の失策に腹をたて、執務机をドンドンと何度も拳で叩いた。
だが頭を直ぐに切り替え、部下にボンドンの屋敷や内偵していたアジトの捜索に向かわせようと動く。
「いいか、奴等を絶対に取り逃がすな!もしも既に逃げていたら、聴き込みをして必ず足取りを追え!仲間の仇をとるんだ」
昨日の警備隊本部襲撃でまだ混乱していた部下達に、犯人はボンドン男爵だと断定し命令する。そして同じ命令をレガート軍のギニ司令官にも伝えるよう手を打った。
そして当然ヨムは、どうしてイツキをあそこまで怒らせたのかを確認する為、護衛のレクスを連れて王宮に向かった。
午後10時、イツキは屋敷の執務室で、医学大学の論文試験の採点をしていた。
明日の午前9時までに採点して、教育部に届けなければならないのだ。イツキの論文採点結果と、教育部の一般試験の採点結果の合計点で合格者が決定する。
受験者の人生が懸かった重要な採点である。イツキが適当に採点するはずもなく、集中して論文を読んでいると、ヨム指揮官が報告にやって来た。
「申し訳ありませんロームズ辺境伯様、ボンドン男爵一行を取り逃がしました。内偵していたアジトの全ては処分されており、近所の者の話では、正午過ぎには荷車3台と使用人らしき供や護衛を連れ、何処かへ旅立ったようです。方角は現在調査中で分かり次第ご報告いたします」
ヨムは弟子であるイツキのことを、領主になってからもイツキ君と呼んでいた。しかし、イツキがレクスと警備隊本部を訪れた後から、ヨムはイツキをロームズ辺境伯様と呼んでいる。
王宮に怖い顔をして押し掛けたヨムは、王様と秘書官に面談したが、脱け殻のようになっていた2人からは何も聞き出せなかった。
そして仕方なくレガート軍本部へ行き、ギニ司令官と面談した。
ギニ司令官は難しい顔をして唸ると頭を抱え、ヨム以上に後悔した。
ソウタ指揮官が襲撃された事件を、知らせない方がいいと秘書官に進言したのはギニ司令官だった。
ギニはイツキがレガート国の王子であると知ってから、何を置いても最優先で守るべき人物であると、イツキのことを考えるようになっていた。
国王や秘書官よりも強く、臣下として王子であるイツキを守ることを当然だと考え、イツキを治安部隊指揮官補佐に任命し、危険に曝すようなことをした自分を後悔していたのだ。
だが、ヨムの話を聞いて愕然とした。
イツキ君はリース様であり、レガート国のものではなかった……分かっていたはずなのに、臣下として欲が出てしまった。その欲のせいで、取り返しのつかない過ちを犯してしまったとギニは気付いた。
結局ヨムは、イツキの怒りの原因の説明を受けることはなかった。
でも明白なことは、重要な情報をイツキに隠し、関わらせないようにしたことで、警備隊本部では犯人との死闘になり、アルダスとフィリップを危険に曝し、ソウタは襲撃され・・・そして犯人を取り逃がした。それが全てなのだとヨムは思った。
ヨムは本気で頭にきていた。
王様にも秘書官にもギニ司令官にも。そして無能な自分にも。
キシ領の主であり親友のアルダスと、幼馴染みのフィリップは生死も分からず、ソウタは死にかけている。その上、良き協力者であり頼れるイツキ君の信用を失ってしまったのだ。
心の半分は絶望し、半分は責任ある治安部隊指揮官として、辛うじてロームズ辺境伯の前に立ったヨムは、項垂れてイツキの言葉を待った。
「ギラ新教の追撃をかわすため、秘書官補佐のフィリップは死亡、キシ公爵は重傷、ソウタ指揮官も死亡したと発表してください。ソウタ指揮官は命を繋ぎ止められたとしても、現場復帰は難しいでしょう。バルファー王にお伝えください。ソウタ指揮官が助かったら、その身はロームズ領でお預かりすると。そして……フィリップさんは僕を守るため辞表を出すでしょう。ギニ司令官には、自分で治安部隊を立て直せと伝えてください。これは……リースとしての伝言です。ロームズ辺境伯としては、何も申し上げることはありません。ヨム指揮官、どうか僕のために命を大切にしてください」
イツキはそう言うと、ヨム指揮官に背を向けて論文の採点作業に戻った。
立ち尽くしていたヨム指揮官は、深く頭を下げポタリと涙を零した。
初めてイツキの口からリースだと聞いたヨムは、その最後の言葉が自分を気遣う言葉だったことが、嬉しいと同時に悲しくて、気付かぬうちに涙を零していた。
イツキとヨム指揮官のやり取りを側で見ていたレクスは、双方に掛ける言葉が見当たらず、黙って項垂れたまま屋敷を出ていくヨムを護衛するため、同じく黙って警戒しながら馬車に乗り込んだ。
◇ ◇ ◇
同じ頃、フィリップ率いるキシ領のレガート軍は、20人の殺し屋を捕らえ(内12人は死亡・6人は重傷)、レガート軍基地に到着していた。
【王の目】のドグは、ラミルから連れてきた警備隊の精鋭部隊10人と、レガート軍の兵士10人を率いて、遅れて来た残りの殺し屋10人を、全くの容赦なく捕らえたところだった。
ドグはアルダスから、生かしておく必要なしと言われていたので、手加減なしで剣を抜いたが、仲間の5人が斬られたところで、殺し屋の残りの5人は武器を捨て投降した。ドグは仕方なく捕らえて縛り上げていた。
キシ公爵アルダスは【王の目】のガルロを連れ、日付が変わろうとしている頃に、キシの屋敷にようやく到着した。
そして屋敷に入るなり、イツキの手紙に書いてあった地下牢へ行き、見たことのない木箱に入れられ、変わり果てた姿の執事を発見した。
キシ公爵邸には、外交や領地内の貴族の管理を任されていた家令38歳(ソウタ指揮官の2番目の兄)と、屋敷内の全てを取り仕切っている執事45歳が居た。今回殺されたのは執事の方だった。
「明日の夜明けと共に、キシ領中に前マグダス伯爵の葬儀を伝えろ。そして葬儀後、子爵家以上の貴族に召集をかける。警備隊は教会周辺の警備をし、レガート軍は引続き捕らえた殺し屋の尋問をせよ。死ぬまで尋問を続けろ!フィリップの兄を、マグダス伯爵を朝1番に呼んでこい」
アルダスは自分の執務室に集めた、家令、屋敷の警備隊長、侍女長、キシ領の警備隊長とレガート軍の隊長に向かって指示を出した。
12月5日、今朝は霜の降りる寒い朝で、駆け付けたフィリップの兄であるマグダス伯爵と、捕らえた殺し屋の尋問が終わって報告に来たフィリップ立ち会いの元、キシ公爵邸自慢の白い庭園で、フィリップの母親の捜索を開始した。そしてわずか5分で母親の遺体が発見された。
「マグダス伯爵、急なことだが本日中に葬儀を行う。キシ正教会のファリス様には伝えてある」
「はい領主様、そのようにいたします」
変わり果てた母親の亡骸の前で、マグダス伯爵は返事を返した。
キシ公爵邸に残ると言い張ったフィリップを、アルダスは母親の亡骸と一緒に実家に帰るよう命じた。
軽く朝食をとった後、アルダスは半焼した役場を見に行くことにした。
アルダスが役場に到着すると、役場で働く職員や街の人々が、白い息を吐きながら、協力し合って片付けをしていた。
領主であるアルダスの姿を見付けると、皆は手を止め申し訳なさそうに頭を下げた。
職員たちは、役場を守れなかったことが申し訳なくて「領主様申し訳ありません」と謝ってきた。
焼けた役場は、アルダスが領主になってから建てたので、まだ新しかったのだ。
アルダスは「悪いのはギラ新教徒であって皆ではない。建物はまた建てればいいんだから」と優しく笑って言った。
キシ領の領民にとってアルダスは、自分達を悪の領主から救ってくれた恩人であり、大好きで自慢の領主様だった。
日頃は忙しくて殆どキシ領には居ないけど、王様の片腕として活躍していることを皆は知っていた。それに、留守を預かっているマグダス伯爵やローテス伯爵(ソウタ指揮官の兄)は優秀だったので、キシ領で大きな問題などほぼ起こることはなかった。
「おはようございます領主様、焼けていたのは役場の入り口付近や会議室部分で、大切な資料や書類を保管してあった部屋は無事でした」
「役場長ご苦労様。それは不幸中の幸い。皆も無理せず片付けてくれ。犯人は昨夜、無事全員捕らえた。犯人はギラ新教徒の命令で役場や貴族邸に火を放ち、マグダス伯爵の両親を殺害し、領主屋敷の執事をも殺害した。俺とフィリップ秘書官補佐まで殺害しようとした殺し屋30人は、俺とフィリップの指揮により返り討ちにしておいた。みな安心せよ」
アルダスの言葉を真剣に聞いていた役場の職員や街の人々は、犯人が捕らえられたと知り歓声を上げたが、領主様やフィリップ様のお命まで狙っていたと聞かされ、「ギラ新教徒め!」と怒りを新たにした。
そして関係者の葬儀を午後から行うと告げると、次に向かう執事の家の方向に馬を駆けさせた。
執事のカズキ45歳は独身で、男爵家の次男だった。(長男のボラス男爵は、執行部副部長ミノルの父親である)
「カズキの遺体が見付かった。突然で申し訳ないが、葬儀はキシ公爵家で今日行うことにした。14年間よく仕えてくれた。これくらいのことしかしてやれないが……」
アルダスは言葉を詰まらせながら、対応に出てきたミノルの父ボラス男爵に、遺体の発見を告げた。
「そんな、領主様に葬儀を出していただくなど、とんでもないことでございます。弟は役立てて死んだのであれば本望だと思います。領主屋敷の執事であることを……ほ、誇りにして励んでまいりました。どうぞ葬儀はボラス男爵家にお任せください」
「ボラス、今日の葬儀は……同じように殺害されたマグダス伯爵の両親と一緒に行う。だから、私に従ってくれ」
「えっ!前のマグダス伯爵夫妻が?本当に殺害されたのですか……?」
ボラス男爵は信じられないという顔をして大きく目を見開き、そして分かりましたと深く頭を下げた。
前の最悪だった領主の手から、アルダスと共にキシ領を奪い返し、キシ領を見事に復興させたマグダス伯爵を、ボラスはとても尊敬していた。
弟の死は本当にショックだが、前のマグダス伯爵様の死も、相当にショックだった。
◇ ◇ ◇
12月5日正午、レガート城の外門内の掲示板に、ロームズ医学大学の合格者の名前が貼り出された。
同時刻、ラミル上級学校の教員室棟前の特設掲示板でも、合格発表が行われていた。
レガート城の外門の前で、今か今かと待ちわびていた受験者達は、一斉に掲示板へと走り寄り、自分の名前を探す。
喜びの涙もあれば悔し涙もある。そんな様子を眺めていたロームズ医学大学の講師として働く予定のベルガは、無事に入学者が決まっていたことに安堵の息を吐いた。
昼前にようやく目を覚ましたソウタ指揮官は、意識もはっきりして喋れたが、下半身を動かすことは出来なかった。聖水のお陰か傷口の毒は広がってはおらず、高熱なども出てはいなかった。
パル院長からソウタ指揮官の容態をイツキに知らせて欲しいと頼まれていたベルガは、イツキの様子が気になり急いでロームズ辺境伯屋敷に向かった。
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。




