嵐の3日間(8)
アルダスは、キシ領で起こった事件を知らなかったファリス様に状況を話し、帰り次第伯爵家の葬儀とキシ公爵家も葬儀をする可能性があると告げた。
そして、直ぐ近くに殺し屋が待ち伏せしているが、教会の馬車が襲われることは無いと思うので、是非馬車に乗せて欲しいと頼んだ。
ファリスは少しだけ考えていたが、ミムが運んできた手紙を見せて欲しいと頼んだ。
キシ公爵様が、ひざまずいて礼をとる相手とは誰なのだろう?と興味が湧いた。
普通に考えれば王様しか居ないはずだが、何故だか分からないが、その手紙を見る必要があるような気がした。いや、見ろ!と声が聞こえてきたのである。
ファリスのマーリック55歳は、緊張しながらアルダスの手にある手紙を覗いた。
「…………ああ」と声にならない声を漏らし、【リース イツキ】という文字を見たファリスのマーリックは、両膝をついて礼をとり深く頭を下げた。
そして、ハッと何かに気付き、馬車の方を振り返ると、震える手で馬車のドアをそっと閉めてみた。
「あぁっ……」とだけ呟き、きちんと閉まったドアを見て、再び礼をとった。
「キシ公爵様、何なりとお申し付けください。ブルーノア教会はどんな協力でもいたします」
引き締まった顔をしてキシ公爵に返事をし、フィリップに向かって礼をとった。
「ガルロ、手紙屋に変装して1人で出発し、キシ領のレガート軍30人を完全武装させ、緊急出動させてくれ。警備隊の2人はその5分後、私服に着替えて出発する。俺とフィリップはファリス様の馬車で次に出発する。ドグは2人を連れ俺達の馬車の200メートル後方を付いてこい。服装は……御者のマント姿で。残りの者は、5分、10分、15分と5分おきに私服で1人ずつ続け」
アルダスは全員に指示を出す。キシ領のレガート軍基地は、キシの中心地より少し離れた、王都ラミルに向かう街道沿いに在った。
全員がバラバラになり、応援部隊との合流を目指すことにしたアルダスは、30人の集団が潜んで襲撃出来る場所の候補地点を、フィリップと絞り込み全員に教えた。
「いいか、敵は必ず見張りを街道に置き、馬車や軍服、警備隊の制服を着ている集団を待ち伏せている。歩かず立ち止まっているか座っている者を見掛けたら、場所を覚えておけ。最後の者が通過しても、同じ場所に留まっていたら、そこが敵の潜む場所だ!」
「「はい、分かりましたキシ公爵様」」
アルダスの気合いの入った指示を受けて、全員が軍礼をとり返事を返す。
アルダスとフィリップ以外の者は、着替えのために準備を始める。
手紙屋の服装は、赤いハチマキをして赤いたすきを掛けているだけなので、村で簡単に用意できた。御者のマントも、馬車の修理に来る御者の為に、馬車関連グッズを売っている店があったので、用意には何の問題もなかった。
「もしも敵が馬を止めたり、攻撃を仕掛けてきた時の対策を言う!」
フィリップは先行するガルロの出発を見届け、残りの部下に新たな指示を出す。
そして予定通り、時間差で全員が出発した。
◇ ◇ ◇
ギラ新教徒の暗殺者集団が、採石場の事務所に潜んでから1時間が過ぎた頃、見張りの人数は2人に増えていた。
「なかなか来ないなあ……馬車は辻馬車と教会の馬車しか通過していない」
「軍服も警備隊の制服の奴も来ない。少し遅過ぎるんじゃないか?」
見張りの2人はそう話しながらも、抜かりなく長い下り坂の先を監視していた。
「どうなっている!まだ来ないのか?」
「これはお頭、はい、それらしい馬車も警備隊らしき奴等も通りません」
「俺は昨夜、奴等が宿に入るのを確認してからシルバの町に来た。だから、もう来なければおかしい。キシ公爵は間違いなく屋敷の馬車を使っていたし、部下は警備隊の服を着ていた。全部で12人居るはずだ」
頭のヴァルガは、イライラしながら坂の下を睨みながら首を捻る。
すると、坂の下から馬が来るのが見えた。馬は1頭だけで、乗っている男はのんびりと馬を駆けさせている。どうやら急ぐ旅ではなさそうだと思ったヴァルガは、見張りの男に馬を止めるよう命令した。
「すみませーん!止まってください!」と大声で叫びながら、馬の行く手を阻むように街道に立ち塞がり、見張りの男は馬を止めた。
「なんだ急に。危ないじゃないか!」
止められた男は、不機嫌そうに馬を止めて文句を言う。身形からすると何処かの貴族か金持ちの商人のようである。
「すみません、少しお訊きしたいことがあるんですが……来る途中で貴族が乗る豪華で立派な馬車を見掛けませんでしたか?」
見張りの男は仕方なく丁寧に、機嫌を損ねないよう気を付けて尋ねた。
「はあ?豪華な馬車だと?……ああ、キシ公爵様の家紋入りの馬車が止まっていたな。ありゃ……車軸をやられていた感じだった。これからビトダ村で修理するしかないだろうな」
「えっ?馬車の車軸が?・・・ええっと、それで、供の警備隊の人間はどうしていたのでしょう?」
思いもよらない情報を聞いた見張りの男は、欲張って他の情報も聴こうとした。
「お前、なんでそんなことを訊くんだ?怪しい奴め」
「いいえ、怪しいだなんて、私はお渡しする物があってお待ちしているだけです」
見張りの男は慌てて言い訳すると、懐から小銀貨を数枚を取り出し、馬上の男の手に握らせ、困っているので教えて欲しいと頭を下げた。
「オホン。まあ困っているなら仕方ないな。確かに10人くらいは馬車の側に居た」
「ありがとうございます。馬を止めてすみませんでした」
見張りの男は礼を言って、愛想よく頭を下げた。
「チッ!こんな時に馬車の故障か。それなら当分時間が掛かるな……仕方ない。お前がビトダ村に行き、本当に馬車が修理されているか確かめてこい!くれぐれも気付かれないよう、馬車の確認だけしてこい」
頭のヴァルガは、事務所の裏に隠してある馬で直ちに確認しに行くよう、見張りの男に命令した。
折角高まった皆のヤル気と緊張感が緩むことを懸念したヴァルガは、「クソッ!」と忌々しげに呟き、地面の石を思い切り蹴り付けた。
1時間後、見張りの男が馬を飛ばしてビトダ村から帰ってきた。
「お頭、確かにキシ公爵の馬車は修理工場にありました。御者の男と職人の男が話している内容を、偶然聞くことが出来ました。奴等は午後4時まで待っても直らなかったら、馬車を置いて馬でキシに向かうようです」
帰ってきた見張りだった男は、いい情報を持って帰れたと誇らし気に報告する。
「今が2時過ぎ……直れば30分、長く待っても2時間でここまで来るんだな。よし、全員打ち合わせ通りに行くぞ!我々が狙うのは皆殺しだ。分かったな!」
「「はい、お頭、任せてください!」」
ちょっと緊張が緩んでいた殺し屋達は、再び気合いを入れ直した。
が、2時間待ってもキシ公爵の一行は姿を見せなかった。
痺れを切らした頭のヴァルガは、自らがビトダ村まで様子を見に行き、修理工場でとんでもない話を聞いた。
「ああ、キシ公爵様は供の2人と辻馬車でキシに向かわれたぞ。3時くらいだったかなぁ……他の警備隊員は、ラミルで事件が起こったとかで、慌てて王都に戻っていったぞ」
修理工場で働いている職人を演じているのは、キシ公爵家の御者兼護衛をしているラムダス38歳である。修理が終わった馬車を磨きながら、完璧に役目を果たしていた。
それからヴァルガは、怒りで体を震わせながら手下の元に戻ると、辻馬車を全員で追い掛けるはめになった。
「いいか、馬は10頭しかいない。2人乗りをしても10人が乗れない。残った10人は2キロ先のシルバの町で馬車をチャーターしろ!キシに向かったのは3人だけだ。今から急げばキシの街の少し手前で追い付ける。絶対に逃がすな。必ずキシ公爵と秘書官補佐を殺すんだ!」
イライラが爆発したヴァルガは、3時半頃に通った辻馬車を思い出し、怒りで顔を歪め事務所の机の上にあった物をぶちまけた。
待ち疲れていた殺し屋達は、ヴァルガの鬼のような怒りの表情を見て震え上がり「はい、殺します!」と姿勢を正して応えた。
午後8時、すっかり暗くなった街道を急ぐ殺し屋ヴァルガ一行は、キシの街の手前20キロにあるリアラの街を、出発しようとしている辻馬車を発見した。
ヴァルガはニヤリと笑い手下に合図を出し、その辻馬車を挟み撃ちにするため、5頭の馬に乗った10人が辻馬車を追い越していく。残りの10人は、辻馬車の後ろを付いていく。
そしてリアラの町から4キロくらい離れた場所で、辻馬車との間合いをじわじわと詰め始めた。
少し先には、昼間だけ屋台や露店が並ぶ広場がある。そこなら襲い易いと、ヴァルガは決戦の場所を決め、先行する手下に向かってランプを振った。
「なんと、都合よく辻馬車が休憩するようだ」
路肩の広場に向かって移動していく辻馬車を見たヴァルガは、運は我にありと勝利を確信し、辻馬車が停車したところで馬に鞭を打った。
停車したと同時に、辻馬車の御者は御者台から飛び下り、暗がりの中を林の中に向かって走り出した。
その様子は辻馬車が邪魔になり、ヴァルガ達からは確認出来なかった。
「全員辻馬車から出てこい!さもなくば皆殺しにするぞ!」
勝ち誇ったようにヴァルガは叫んだ。
叫んだが、何故か誰も辻馬車から降りてこない・・・?
聞こえなかったのかもしれないと、ヴァルガはもう1度大声で叫びながら、辻馬車の直ぐ側まで寄っていく。
手下達は全員が馬を降りて、剣やレガート式ボーガンを構えながら、じりじりと辻馬車を囲んでいく。
「お頭、御者が居ません!」
「な、なんだと!」とヴァルガが驚いて叫んだのと同時に、林の中からヒュンヒュンと音をたてて矢が飛んできた。
一切の手加減も容赦もしない矢が、20人の殺し屋達に突き刺さっていく。
何が起こったのか分からないまま、まだ馬に乗っていたヴァルガは、急いで手綱を引きその場から離脱しようとする。
しかし、馬の鼻先を街道に向けたヴァルガは、街道に大勢の人間が居る気配を感じ、一瞬出遅れてしまった。
後ろからは、手下達の逃げ惑う声や、矢を受けてギャーッと叫ぶ声が聞こえる。
我に返ってヴァルガが馬に鞭を入れようとしたその時、街道に居たレガート軍の兵士が、一斉に鉱石ランプを覆っていた布を取り払った。
ランプの明かりに浮かび上がった兵の数20、不敵に笑いながら全員が武器を構え、行く手を完全に塞いでいた。
そして林の中からは、赤々と燃える松明を持ったフィリップと、10人のレガート式ボーガンを構えた兵士が姿を現した。
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