嵐の3日間(7)
12月4日午前7時、朝食を終えたキシ公爵アルダスは、出発の準備を終えたフィリップ秘書官補佐と、馬車の車輪を見ながら打ち合わせをしていた。
通常王都ラミルからキシ領までは、辻馬車なら2日半を必要とする道程である。自前の馬車やチャーターした馬車であれば、2日で到着できる。
アルダス達は今日の夜にはキシ領に到着できるよう、昨夜は無理してギリギリの場所まで進み宿を取っていた。その無理が災いしたのか、車輪が少し傾き速度が出せなくなっていた。
「昼食は少し早いがビトダの村にする。本来ならその先のシルバの町にするのだが、調子が悪い馬車を直せる職人はビトダにしか居ない。調整に時間が掛かるようなら、俺とフィリップは馬で戻る」
アルダスは警備隊精鋭10人と、【王の目】のガルロとドグに向かって予定を告げた。
昨日キシ領から届いた始めの知らせは、フィリップの父親が何者かに殺され、母親が行方不明であるというものだった。
知らせを受けたフィリップは、12月19日に行われる領主会議が終わるまでは帰らないと決め、王様にもそう報告をしていた。
フィリップは次男であり、キシ領の伯爵家は兄が継いでいた。フィリップの現在の伯爵位は、バルファー王から授かったものであり、正式にはラミルの伯爵なのである。
家長でなく重要な役職に就いている場合、親の葬儀であろうと帰らないことは普通によくあることだった。
しかし届いた2報目は、キシ公爵にとって放っておける知らせではなかった。
自領の子爵家と伯爵家が同時に放火され、役場まで焼かれてしまったのだ。そうなると、これはキシ公爵に対して誰かがケンカを売ったか、領内で内乱が起こったとしか考えられなかった。
「どうしてもお前と俺をキシ領に戻らせたい奴が居るようだ。フィリップ、王様の許可が出たので、警備隊の精鋭を10人連れて戻るぞ。護衛にドグとガルロを呼んでくれ。1時間後には出発する」
アルダスはフィリップにそう命じて、昨日の午前10時にラミルを旅立っていた。
出発してから3度の休憩をとったが、宿までは何の問題も起こらなかったし、怪しい者の存在も確認できなかった。
だがアルダスもフィリップも、今回の事件の目的は、キシ領にケンカを売ったのではなく、自分達をキシ領に帰すことが目的ではないかと考えていた。起こした事件があまりにも派手過ぎたのだ。
「やはりキシ領に何か罠を仕掛けているようだ。もしも道中で仕掛けるなら、昨日の方が狙い易かっただろう」
アルダスは街道の地形を考えると、これから先は見晴らしの良い道が続くので、襲撃には向かないだろうと考える。
ラミルからキシまでの街道は、レガート国の大動脈の中でも最も整備されており、人通りも多く盗賊や強盗が出没することもほぼない。7キロから10キロの間隔で村や町があり、街道の至るところに露店や屋台も出ている。
「油断は禁物だ。こちらはキシ公爵だと一目で分かる馬車で移動しているのだから」
【奇跡の世代】のメンバーでもあるドグは、楽観的な考え方など決してしない。なにせドグはアルダスに忠誠を誓う熱狂的なアルダス信者なのだから。
目的地であるキシ領の村ビトダに到着したのは午前11時だった。
予定より30分も遅れたのは、馬車の車輪がギーギーと音をたてるようになっていたからで、安全のためアルダスとフィリップは途中から馬で移動していた。
ビトダ村には馬車を修理する工房が3ヶ所あり、その中でも1番腕のいい職人の居る工房に向かうと先約がいた。
「こ、これはキシ公爵様、ご無沙汰しております」
「これはファリス様。今日はどうされたのですか?」
工房に到着した時、先に他の馬車が修理に入っていた。その馬車はブルーノア教会の馬車で、乗っていたのはキシ正教会のファリス様だった。
ファリス様によると、この先のシルバの町の教会に2日前に来て、今朝帰ろうとしたら馬車のドアが閉まらなくなり、修理のために立ち寄ったそうである。
「ご領主様、申し訳ないですが、車軸の修理と車輪の取り替えをしなければ、キシの街までは持たないと思います。車軸の調整には4時間以上掛かりますが、如何いたしましょうか?」
工房の主は申し訳なさそうに、馬車の車輪と車軸を見て正直に必要な時間を告げる。
「4時間か……急ぎの用で屋敷に帰らねばならない……分かった。警備隊の先発していた2人は、今度は馬車の修理を待って、後からキシに向かってくれ。俺とフィリップはお前達の馬で移動する」
「アルダス様、馬車に護衛は必要ありません。どうぞ全員をお連れください」
キシ公爵家の御者であり、アルダスの護衛も兼ねているラムダス38歳が、笑いながら申し出た。
「キシ公爵様、よろしければ教会の馬車にお乗りください。私は正教会に戻るところでございます。ドアの修理が終われば直ぐに出発できます。公爵様の馬車のように早くは走れませんが、お2人なら問題なく乗れます」
キシ正教会のファリスは、優しく微笑みながら教会の馬車を指しながら提案した。
「アルダス、教会の馬車なら安全だ。ぜひ、そうさせて貰おう」
ファリス様の話に直ぐに賛成したのはフィリップである。もしも誰かが狙っているとしても、教会の馬車で移動しているとは決して思わないだろうと喜ぶ。
「いや~本当に不思議なんですが、昨日までは全く異常がなかったドアが、馬車に乗った途端に閉まらなくなったんです。工房の店主も原因が分からないと言うんです」
ファリス様は「ほらね」と言いながらドアを閉めようとするが、何故か残り5センチが閉まらない。外見からでは異常箇所が見当たらないので不思議なのだと言って首を捻る。
とりあえず昼食をとって、それまでにドアが直らなくても、ファリス様は出発しましょうと言ってくれた。
20分後、アルダス達が工房に戻ってみると、やはりドアは閉まらず、原因は分かっていなかった。
◇ ◇ ◇
アルダス達がビトダ村で馬車の修理を依頼していた頃、キシ領に向かう次の町であるシルバの手前2キロ地点に、ギラ新教徒達が待ち構えていた。
「いいか、奴等は間もなくやって来る。必ず皆殺しにせよとの命令だ。指導者グラフ様も、我々の殺し屋としての腕を認めてくださった。今回の作戦が成功すれば、我々は偉大なる【高師リグド】様の元で、この国を恐怖に陥れ、支配する者となるのだ」
今回の作戦を仕切っている頭のヴァルガは、勝ちを確信しながら部下に活を入れる。
殺しも盗みも……あらゆる罪を犯してきたヴァルガ40歳は、捕らえられることなく上手く流れ者として生きていたところを、殺し屋グラフに認められ、20人の部下を持つ程になっていた。剣の腕が特別たつ訳ではないが、捕まらずに生きてきた強運と、部下に恐怖心を与えられる冷酷さを買われて頭になっていた。
「はい、お頭。手始めにキシ公爵を殺し、キシ領を叩き潰します。その次はホン領、そしてミノス領。腕が鳴ります」
悪人顔で自信満々に応えるのは、つい先日役場に火を放った男である。
この30人を仕切ってフィリップの父親を暗殺し、母親を拐い、貴族の家に放火し、キシ公爵家の家令を拐わせたのは、ボンドン男爵の家に居た【師教エッジ】である。
あまりにも容易く作戦は成功していた。だから30人は、領主を殺し領地を奪うことなど、難しいことだとは思えなかった。
30人の内5人は弓の腕を磨き、10人はナイフ投げの腕を磨いた。10人は剣の腕を磨き、残りの5人は盗みや屋敷への侵入が得意で、殺しは専門ではないが、ケンカはそれなりに強かった。
弓を携えていた5人は、一般人が入手出来ないはずの、レガート式ボーガンを持っていた。
「キシ公爵の馬車が来たら、弓部隊は御者を狙え。馬車の前を護っている奴等は無視していい。異変に気付いて戻ってきてから殺せばいい。馬車と馬車の後ろを護っている者を、先に確実に仕留めるんだ」
「「「はい、分かりました!」」」
29人の殺し屋達は、街道の側に建っている採石場の管理事務所の中で、作戦の最終確認をする。
事務所の中には、採石場で働いていたと思われる2人の遺体が転がっていた。
1人で街道の見張りを任されていた男は、見詰める先の緩く長い坂の下から、凄いスピードで走ってくる馬に注目する。
目の前まで来ると、その馬には殺す予定の警備隊の制服でも軍服でもない、緊急の郵便を運ぶ手紙屋と思われる男が乗っていた。
「何かあったのかな?」と呟き、見張りをしていた男は首を捻る。
◇ ◇ ◇
ちょうど正午に出発することになった一行は、先行する2人に続き、教会馬車の前方に4人、後方に6人という警護体勢で出発しようと、工房の前から移動し始めた。
ビトダ村の出入口に差し掛かった所で、何か聞き覚えのある音が聞こえてきた。
ピーピーピーと高い声で鳥が鳴いている……?あれは……ハヤマの危険を知らせる鳴き声?と、気になったフィリップは、少し開いたままの馬車のドアを開け空を見上げる。
そこには青く美しい羽根を広げて上空を旋回する、よく知るハヤマの姿があった。
「止まってくれ!」とフィリップは御者に向かって叫ぶと、馬車から飛び降りた。
「いや、まさか……でも」と呟きながら上空を見て、「ミム、来い!」と言って右腕を伸ばして差し出す。
するとハヤマは、目的の人物を見付けたぞと喜ぶようにピーピーポーと鳴き、当たり前のようにフィリップの腕に舞い降りてきて停まった。
「ミム!やっぱりミムか?」と驚きながらも優しくハヤマの頭を撫でて声を掛けた。
イツキ様に何かあったのだろうか?と、逸る気持ちを抑えて、手紙箱を開け中から手紙を取り出した。
*****
街道に30人の殺し屋の待ち伏せあり。
アルダス様の家令は屋敷の地下牢。母君は、白いバラ園に眠っている。
フィリップ、お前が死ぬのは、私と共にある時でなければならない。
5日待つ リース イツキ
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「イツキ様・・・」
手紙を読んだフィリップは目頭を押さえた。
アルダスも馬車を降りて、フィリップの持っていた手紙を覗き込む。そして手紙を読んだアルダスは、その場で王都ラミルの方を向いてひざまずき礼をとった。
「フィリップ、生きて帰るぞ!」
アルダスはフィリップの背中を叩きながらそう言って、自分にも活を入れた。
きっとイツキ様はキシ領の危機を知り、お能力を使われたのだ。そして、我々を助ける為に無理をされたのに違いない。アルダスはイツキに感謝の礼を再びとると、指揮官として気持ちを切り替えた。
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