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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
怒濤の後期スタート
9/222

イツキ、仕事を頼む

 午前3時くらいまで騒いでいた記憶があるが、いつの間にか寝ていたようで、目覚めたイツキはクスリと笑った。

 自分の寝室のベッドに、ヤンとエンターが一緒に寝ていたのだ。確かにキングサイズのベッドだから、3人で寝てもゆとりはあるが……それにしても……と、イツキは可笑しくてクスクス笑いだした。

 時刻は午前7時半、まだぐっすり眠っている2人を置いて、イツキはスルリとベッドを降りて1階に向かう。 


 リビングで寝ていたのは、パルとクラスメートのナスカだった。きっとナスカは1年だから強制的にリビングになり、パルは領主の子息であるインカやヨシノリに遠慮し、自分からリビングを希望したのだろう。

 イツキはキッチンで水を飲むと、自分の為に駆け付けてくれた友のことを想い、心から有り難いと思った。そして上級学校へ入学するよう命じてくださったリーバ(天聖)様にも、感謝の気持ちで一杯になった。


 領主という思いもしない新たな任務を与えられたが、それもブルーノア様が自分に与えられた使命なのだろうと思い、精一杯やるしかないのだと決意を新たにする。

 応援してくれる友のためにも、期待してくれている王様やエントンさんのためにも、そして自分を信じてくれているロームズの領民のためにも、力を尽くさねばと気合いを入れ、「ヨシッ!」と言って両頬を叩いてコップを洗う。

 リンダが居たら領主様が食器を洗うなんてと叱るに違いない。


 再びリビングのドアを開けると、パルが起きていた。

 パルは小声でおはようとイツキに声を掛け、イツキも挨拶してパルを手招きする。


「まだみんな寝てるから、執務室で話をしない?」

「執務室?ああいいよ。何だか……本当に領主様なんだねイツキ君」


パルは執務室という言葉に、どこか寂しさを感じた。平民の自分とは住む世界が違い過ぎて、学校以外の場所では話をすることも出来ない領主様になってしまったイツキが、遠い存在に感じてしまう。

 自分が卒業したら2度と会うこともないだろう……そんな想いが、ふと頭の中を過る。


 イツキは執務室の窓を開け、朝の爽やかな空気を入れる。

 驚いたことに事務長は、執務室の机や書棚や応接セットを、買って直ぐ家具屋に納入させていたのだ。なんでも家具屋の夫婦の縁を取り持ったのがティーラさんだったらしく、夕方には運び込まれていた。


「パル先輩、先輩は卒業したらレガート軍に入隊希望でしたよね?」

「ああ、そうだよ。上級学校を卒業すれば少尉からのスタートだし、頑張れば大尉まで出世出来るかもしれないしな」


いきなり卒業後の話をしてきたイツキに、再びパルは寂しい気持ちになる。


「軍以外で、貴族の家に仕官する話が来たらどうしますか?」

「そうだなぁ、俺には弟が居るんだが、出来れば弟をミノス上級学校に入れてやりたいんだ。俺は中級学校の校長推薦でラミル上級学校に入学出来たが、弟の実力では無理だと思う。ラミル上級学校で奨学生になるには、常に成績が5番以内に入っていないとダメなんだ。だから俺は、弟の学費を稼ぐ為に軍を希望している」


パルはミノスに居る弟の顔を思い出しながら、自分の希望をイツキに教える。


「少尉の給料は金貨2枚くらいですよね?」

「ああ、軍は何処に行っても住むところがタダだから、家に送金してやれる。貴族の家に仕官したら、自分で住居を借りなきゃいけない。同じ給料なら軍の方がいい」


 パルが軍を希望している意外な理由を知り、イツキは小さく微笑んだ。


「それじゃあ、もしも住居付きで給料が金貨2枚の話がきたらどうしますか?」

「フッ、イツキ君、そんな話は怪しい傭兵だったり、後ろ暗い貴族が用心棒に雇う話くらいだよ。せっかくラミル上級学校を卒業するんだ。俺は友に恥じるような仕事はしたくないよ。それに金貨2枚有れば充分食べていける」


パルはイツキが教会の養い子だと知っている。だからイツキがお金の話をしても、不快に思うことも嫌味に思うこともない。今年子爵として貴族の仲間入りをしたが、それでも貧乏で冒険者になったことも知っている。急に領主にまで登り詰めたが、ロームズは貧しい領地だし、きっと苦労するだろう。そう考えると貴族も大変だなと思う。


「ある貴族が、従者を探しています。その貴族の家は貧乏な上、問題をたくさん抱えていて、中々従者に成ってくれる者が居ないそうです。仕事の内容はその主が出掛ける時のお供をしたり、主に代わり領地へ行ったりすることなのですが、その貴族は今直ぐにでも従者が必要なのです」


「今直ぐじゃあ、俺には無理だなあ……その貴族はイツキ君の知り合いなのか?」


「はいそうです。時には馬車の御者をして貰ったりすると思いますし、学校も時々休むことになると思います。だから、奨学生ではいられないと思いますが、学校を続けながら給金も払うと言っています」


イツキは優しく微笑んだまま、どこか不安そうな瞳でパルを見つめる。パルはイツキの話の意味が分からず、いったいどんな貴族が従者を探しているのだろうと首を捻る。学校を続けながら働く?そんなことは絶対に無理だ!


「パル先輩、僕は一昨日レガート城に行ったんですが、正門の警備隊に怪しい奴だと思われ、連行されそうになりました。王様から、領主が馬車にも乗らず、従者もつけずに登城するなんて考えられないからな……と笑って言われたんです。は~っ、……【治安部隊指揮官補佐】としての僕には、助けてくれる【奇跡の世代】のメンバーや軍の人達が居ます。でも、ロームズ辺境伯としての僕を支えてくれる人は……まだクレタ先輩のお母さんと、管理人のドッターさんだけです」


「…………」


イツキ君も苦労してるんだ可哀想に……と、パルは胸が詰まる。


「昨日買ったこの大きな屋敷で、僕は今夜から1人で休まねばなりません・・・食事も1人で食べます。仕事は山積みで学校に戻る30日までに、絶対片付けられそうにありません」


段々哀愁が漂ってくるイツキに、パルは思わず涙ぐんでしまう。日頃は絶対に弱音なんて吐かず、いつも自信に満ちて強気なイツキしか見たことがないパルは、自分まで辛くなっておろおろする。


「イツキ君、俺は今日も明日も暇だよ!宿題も片付けたから仕事を手伝うよ。俺に出来る仕事があれば遠慮なく言って!良かったら、いや迷惑じゃなかったら、もう1日泊めてくれないかな?ほら、学校は明日29日からじゃなきゃ戻れないし」


「本当ですかパル先輩?本当に僕を手伝ってくれるんですか?時々学校を休んでお城へ行ったり、僕のボディガードをしたり、事務処理したり、一緒にご飯を食べたり、給金としては金貨2枚しか払えませんよ。それでもいいんですか?」


「えっ?……それって……さっきの貴族の従者の話は、イ、イツキ君の話なの?」


驚き過ぎて混乱するパルは、頭を抱えて考える。「えっ?」「ちょっと待てよ」と独り言を呟きながら、落ち着きがなくなる。

 3分くらい経ったところで、パルは勇気を出して視線をイツキに向けた。

 すると視線の先のイツキは、ニコニコと笑っていた。



 そうか、イツキ君は始めから俺を従者に迎えるために話をしてくれていたんだ。でも俺は平民だ。そんな俺がイツキ君の側に居ることは、イツキ君にとってどうなんだろう……?


「イツキ君、俺は平民だ。貴族のことは何も分からない。エンター先輩やインカ先輩に相談させてくれ。いや、相談させていただけませんでしょうか?」


「パル先輩、パル先輩はどうしたいですか?それだけ聴かせてください。僕を助けたいか、助けたくないか?僕と共にロームズを、ランドル大陸一の学都にしてみたいか、興味がないか?身分ではなく、先輩の気持ちを教えてください」


イツキは真剣な顔をして、真っ直ぐパルの瞳を見る。パルはゴクリと唾を呑み込み、イツキの瞳を見つめ返した。


『ずるいよイツキ君……僕は君の大ファンなんだ。そんな美しい瞳で……真っ直ぐ見つめられたら、絶対に断れないよ。僕だってヤンやエンター先輩に負けないくらい、イツキ君の崇拝者なんだ。君は気付いてないだろうが、僕のケガを治療してくれた時から、イツキ君の為ならどんなことだって……って思っているんだ』


 パルは椅子から立ち上がり、イツキの前でひざまずいた。


「ロームズ辺境伯イツキ様、俺、私は、イツキ様のお役に立てるのであれば、どんな困難なことがあろうとも・・・全力で・・・全力でお支えし、この命尽きるまで・・・お側で御守りしたいと思います。お側で尽くせる僥倖を、神に感謝申し上げます」


パルは泣いていた。深く頭を下げたまま、嬉しくて……嬉しくて、自分がイツキに必要とされたことが嬉しくて、声を出さずに泣いていた。

『イツキ君が俺を選んでくれた……』こんな幸運が自分に訪れるなんて……これが夢なら、どうか覚めないで欲しいとパルは願った。



 パルが礼をとったまま声を出して泣かないよう堪えていると、「おーいイツキ君居る?」とドアの外からナスカの声がした。


「居るよ。ちょっと待って直ぐに行く。ああ、やっぱりリビングで待ってて」


イツキは明るく元気な声で返事をしながら、パルの肩に優しく手を置き「ありがとう」と小さな声で言った。


「リンダさんが朝食の準備が出来たって!俺は先輩達を起こして回るから、早く下りてこいよ。よーし先ずはヤン先輩とエンター先輩だー!」


ナスカはそう言うと、隣の寝室に突入していった。「俺はまだ眠いんだ!」と文句を言うヤンの声が聞こえてくる。「あーっ!イツキ君が居ない!」と残念そうに叫ぶエンターの声に、イツキとパルは可笑しくなり、顔を見合せて吹き出した。

 パルは両手で涙を拭き立ち上がると、イツキが差し出した右手を固く握り握手を交わした。

 そしてイツキは茶色の革で出来たファイルを手に持つと、パルと一緒に執務室を出た。



 リビングに行くとクレタが大きな欠伸をしながら、窓の外を見ていた。


「クレタ先輩、昨日は色々とありがとうございました。お陰さまで本当にいい思い出ができました」


「イツキ君、これからもたくさん作ればいい。今まで以上に忙しくなるだろうが、僕達は仲間だ。1人で抱え込まず頼ってくれよ。頼りない先輩だけどさ」


クレタは少し恥ずかしそうに言いながら、イツキの後ろに控えている感じのパルに視線を向ける。『おや?』とクレタは首を捻り、いつもとどこか違うパルの雰囲気を感じ取った。


 なんだかんだと文句を言いながら、全員がリビングに集合してくる。多少の睡眠不足など若さでカバー出来るので皆元気だった。

 全員が集合したところで、イツキはヨシノリに向かってお願いをした。


「ヨシノリ先輩お願いがあるんですが」

「えっ?イツキ君のお願い?勿論いいよ。僕に出来ることなら何でも言って!」


いきなりお願いを振られたヨシノリは、ちょっと驚いたが笑顔で了承する。


「実はパル先輩に、僕の、ロームズ辺境伯の従者になって貰うことにしたんですが、僕もパル先輩も貴族のしきたりや作法を知りません。そこで、マサキ公爵様の家でパル先輩を勉強させて欲しいんです。先日マサキ公爵様から、貴族について御指導頂けると御言葉を頂いています。今日と明日、そして学校が休みの日もお屋敷に伺い、従者としての仕事を厳しく教え込んで欲しいんです」


「「「ええぇーっ!従者!?」」」


全員が叫びながらイツキとパルの顔を交互に見る。そしていつの間にそんな話になったのだろう?と、驚いたり羨ましがったりと複雑な表情をする。


「ああ、勿論いいよ。そう言うことなら父上も了承されるだろう。そうかパルを…………イツキ君がそう決めてパルも納得したのなら、俺は応援するよ」


公爵家の子息であるヨシノリは、領主になったイツキの側で仕える者が少ないのが気になっていた。同じ客室で休んだインカも同じことを気に掛けていて、その事について少し話をしていたのだ。領主の子息である2人からしたら、あまりにも何も持っていないことと、特に領主であるイツキを支える人材がラミルに居ないということが、どれ程大変か想像出来るだけに心配だった。


「だが、従者として働くパルの・・・」


インカはそこまで言って口をつぐんだ。パルが平民のままでは活動し難いぞ……と言いたかったのだが、それは皆の前で言うことではないし、ロームズ辺境伯の家の事情もあるのだからと判断した。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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