嵐の3日間(6)
「リブルス、こんな下っ端から聞き出せる情報なんて無さそうだ。隣に連れていけ」
イツキは無駄な時間を過ごしていることに気付くと、困ったような、辛そうな表情をして時計を見た。
「ええっと……それでは、もう殺してもいいと?」
リブルスは恐る恐るイツキに訊ねる。
「クッ……このくそガキが、お前たちなど今に我々の足元に平伏すのだ。明日になれば偉大なる高師様のお力を思い知ることになる。ハーッハッハ」
「明日になってもお前達の計画など成功しない。キシ公爵を襲って生きている者など居ないだろう!」
痛みに顔を歪め、悪人顔が余計に醜くなっている暗殺者の男に向かって、イツキは余裕の表情で断言する。そして重要な手懸かりを掴もうとする。
「バカか!30人の武装した殺し屋に勝てる訳がない!」
男は勝ち誇ったように言って、イツキを睨み付けた。
「バカはどっちだ?誰がわざわざ待ち伏せされる街道を通ると言った?お前らの企みなど、違う道を通れば何の問題もない!それともキシ領にも30人以上の殺し屋を配置してあるとでも言うのか?」
「う、うるさい!迂回路なんてありはしない。明日には全員皆殺しだ!」
男は高笑いしながら起き上がろうとして、固まりかけた傷口を広げ悶絶する。
イツキは再びリブルスに視線を向け、早く男を連れ出せと合図を送る。
気絶しそうでしない男の襟元を掴み、リブルスは隣の会議室へ引き摺って行く。
きっと、警備隊の皆さんが死なないように取り調べ(拷問)をするだろう。
「イツキ君、今の話は……奴等は、ア、アルダスを狙っているのか!」
ギニ司令官は椅子から立ち上がり、絶望的な顔をしてイツキに問う。
「そうですギニ司令官。やられました。奴等の目的はアルダス様とフィリップの命です。僕がもっと早く情報を知っていれば……今日の襲撃は、我々の視線を王都に向ける為の囮に過ぎなかったのです」
イツキは悔しそうに顔を歪ませ、ドンと机を叩く。
日頃冷静なイツキが珍しく感情を表に出し怒っているので、ハモンドとレクスとパルは、これは大変なことになっているのだと理解した。
「キシ領で起こった事件は、フィリップとアルダス様を誘き寄せる為の罠です。アルダス様が動けばフィリップも動く。フィリップはきっと……僕は医学大学の試験があるから、動かないと思ったはずだ」
「それは、どう言うことだイツキ君?」
隣の会議室で会議をしていたはずのヨム指揮官が、青い顔をしてドアの前に立っていた。その隣には治安部隊のルドとイノも居た。
イツキはギニ司令官や屋敷の者達と一緒に、王宮へと移動することにした。
◇ ◇ ◇
レガート城西棟3階の作戦室には、バルファー王、エントン秘書官、ギニ司令官、ヨム指揮官、ソウタ指揮官、治安部隊のゴウテス中佐、そしてイツキが居た。
隣の控え室には、治安部隊であり【奇跡の世代】でもあるイノとルド、ハモンドとレクスとパルが待機していた。
「しかしイツキ君、今から行っても追い付くことは出来ないぞ。夜明けと同時にハヤマをキシ領に飛ばし、レガート軍を向かわせよう」
エントン秘書官は冷静にそう言うと、今にもキシ領に向け飛び出しそうなイツキを落ち着かせようとする。
「でも、警備隊本部で捕らえた暗殺者は、明日と、明日と言ったのです。今はまだ元気でいるはず。夜通し馬で駆ければ間に合うかも知れません」
イツキはそんな悠長なことなどしていられないと焦る。朝になれば……朝になればフィリップが襲撃される。そう考えただけで居ても立ってもいられない。
「それでも、夜通し走れる馬も、腕のたつ者も直ぐには集められないぞイツキ君!敵の数が30なら、それ以上の者が必要だ。それにこの件は、君の……イツキ君のすべき仕事ではない。君はロームズ辺境伯なのだ!」
バルファー王は、無理なことをしようとするイツキに現実的な話をする。そして心の中で、キアフをロームズ辺境伯に任命していて良かったと安堵する。
「俺が行きます王様」
「それはダメですヨム指揮官。貴方が居なければ警備隊の指揮を執る者が居ません」
治安部隊のゴウテス中佐は、今日の警備隊本部の混乱を思うと、それは絶対にさせられないと声を大にする。
「ならば俺が行こう!うちにはギニ司令官が居る」
「ソウタ指揮官、俺は王宮を守らねばならない。誰が軍の指揮を執るんだ?俺は現場には出られんぞ。頭を冷やせ!」
ソウタ指揮官は自分がキシ領に行くと言って立ち上がったが、即ギニ司令官から却下される。
ヨムもソウタも親友であり領主であるアルダスの危機に、今直ぐ飛び出したいという思いはイツキと同じだった。
共に苦楽を乗り越えてきたフィリップは、何があってもアルダスを守るだろう。しかし、倍以上の数の訓練された殺し屋や、完全武装した傭兵は脅威である。
もしも弓部隊が居て、突然横から襲われたら、馬に乗っている者は避けられない。
「どのみち間に合わない。だが俺は、あのアルダスとフィリップが、易々とヤられるとは思わない。それにアルダスは、出発する前に俺に言った。出来過ぎた事件だと。それにキシ領に向かう街道は、アルダスにもフィリップにも庭みたいなものだ」
今夜のギニ司令官は落ち着いていた。本当は先程までかなり疲れていたのだが、イツキの祈りを聞き涙を流してから、信じられないくらいに疲れを感じなくなっていた。
むしろ、どんな時も冷静なイツキが取り乱している様子を見て、不思議なくらい落ち着けた。落ち着きを失っているイツキが、まるで不安に怯える子どもに見えた。するとギニ司令官は冷静になり、自分こそが指揮を執る立場の人間なのだと自覚できた。
「分かりました。病院にケガ人の様子を診に行きます。明日は医学大学の試験で……僕にはすべきことがありました」
ギニ司令官の話を聞いて、イツキは抑揚のない声で答えると、無表情なまま作戦室を出ていく。バルファー王は、この件はイツキのすべき仕事ではないと断言したのだ。
納得なんて出来ない!
だけど……自分はロームズ辺境伯だった。明日は大事な医学大学の試験がある。それに、論文の採点は自分でなければ出来ない仕事だった。
イツキはフーッと深く息を吐き出し『そうだ、あの2人ならきっと大丈夫だ』と、2人を信じる方に考えを切り替えた。
『大丈夫だ、フィリップは必ず帰ってくる。僕を守る使命のフィリップが死ぬはずがない。それにアルダス様は【印】持ちだ』と、イツキは心の中で繰り返し呟く。まるで自己暗示を掛けるように、何度も何度も。
◇ ◇ ◇
時刻は午後10時。後のことは王様に任せて、イツキ達はラミル正教会病院に向かう。
病院に到着すると、警備隊制服組のよく知る隊長が居た。
「これはロームズ辺境伯様、今日はいろいろありがとうございました。少し前まで副隊長が来ていて、本部で起こった事件の詳しい報告を聞きました」
「ご苦労様です。それで、様子はどうですか?」
イツキはそう言いながら、病室で寝かされている隊員のケガの容態を診ようとする。
隊員の隣には、ロームズで共に戦った教育課長のボグが、苦しそうな呼吸をしながら眠っていた。
「2人とも今夜が峠のようです。隊員は正面から斬られ、ボグ大尉は後ろから腰の右上を刺されました。幸い2人とも急所は外れていたようですが、油断は出来ないと言われました」
隊長は悔しそうに拳を握りしめ、かわいい部下と同僚の苦しそうな顔を見て説明した。
「これで奴等の攻撃が終わったとは考え難い。2・3日は気を抜かず用心して欲しい」
「はい、了解しましたロームズ辺境伯様」
隊長がロームズ辺境伯と名を呼んだので、イツキの口調は治安部隊指揮官補佐ではなく、領主としての対応になっていた。
イツキは一通り自分でケガ人を診察し、これなら助かりそうだと安堵すると、パルに御者を勤めさせ、ハモンド、レクスと馬車に乗り屋敷に向かった。
馬車に乗ったイツキは何も喋らなかった。
ハモンドもレクスも、分かっていた。イツキはフィリップのことが心配で堪らないのだと。
フィリップの、イツキ第一主義は明らかで、自分の命もイツキのためなら投げ出すことも厭わず、いつも側に居て、イツキの無茶振りを心配していた。
それが当然だと振る舞っていたフィリップに、今度は危険が迫っているのだ。
ハモンドもレクスも、掛ける言葉が見付からなかった。
屋敷に到着したイツキは、心配して待っていた事務長のティーラやクレタに、心配掛けたことを詫び、今夜は疲れているので休むと言って寝室に向かった。
イツキの表情が、明らかに暗く疲れているように見えたので、事務長もクレタも「おやすみ」と言うだけに留めて、事情は他の者から聞き出すことにした。
イツキは寝室に入ると直ぐ、バルコニーに出て月のない冬の夜空を見上げた。
そしてひざまずき手を胸の前で組むと、イツキは一心不乱に祈りを捧げ始めた。
時間にして1時間くらい経った後、イツキはバルコニーから部屋に入ると、小さな紙を取り出し何かを書き始めた。
2時間も眠れただろうか・・・イツキは東の空が白み始めると、バルコニーに出てハヤマのミムを呼び、足に付けられた手紙箱を開け、祈るように、いや、ブルーノア語で祈りながら、小さな手紙を手紙箱に入れた。
「ミム、フィリップが危ないんだ。キシ領に向かって急いでくれ。フィリップを見付けたら、緊急を知らせて手紙を渡して欲しい。僕の想いを一緒に連れていってね」
イツキの緊張感や苦しみが伝わったミムは、ほんの少しだけ頭をイツキの頬に擦り付けると、肩から腕に移動し「ピイピイポー」と元気よく鳴いて、任せろ!という表情でイツキを見た。
イツキは願いを込めて、ミムを南の空に向けて飛ばした。
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