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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
入学試験と旅立ち

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嵐の3日間(4)

 イツキが警備隊本部で暗殺者と対峙していた時、ギラ新教の【高師リグド】と呼ばれるようになっていたボンドン男爵は、まだ治安部隊や教会情報部に知られていない屋敷で、今日の報告を受けていた。


「カイ領主屋敷の襲撃は、子息にケガを負わせましたが殺せませんでした。一緒に馬車に乗っていた学友の腕がたったようで……」


インカの屋敷を見張っていた男は、作戦が思うようにいかなかったので、伏し目がちに報告する。


「きっと1年のナスカや、他の風紀部の者が一緒だったんだろう」


そう口を挟んだのは、ボンドンの長男である上級学校の1年生ルシフだった。

 部屋の中で男から報告を受けていたのは、ボンドン男爵、殺し屋グラフ、ボンドンの息子ルシフと、ギラ新教の本部から来ていた男の4人だった。


 ギラ新教の本部から来ていた男は、【高師】と呼ばれるボンドンの下に位置する、【師教】と呼ばれる地位にある男で、名をエッジと名乗っていた。

 年齢は30代前半くらいで、暗い感じの長い赤髪を後ろで括り、整った顔立ちだが眼光鋭く、紫色の瞳は冷たい印象を与える。身長は170センチくらいで、焦げ茶色の騎士のような独特の衣装を着ていた。体は鍛えられており、見た目で言えばとても宗教家には見えない。


 エッジはキシ領で大事な作戦を終え、最後の仕上げのため今日ラミルに来ていた。

 エッジは元々イントラ連合国の伯爵家の次男だったが、商人の方が権力を持ち国を統治しているイントラ連合国に嫌気が差し、裏商売でハキ神国と貿易しているところを、大師イルドラに気に入られ【師教】になっていた。


「別に領主の息子が生きていようが死のうが、大した問題ではありません。領主屋敷と警備隊本部の襲撃は、ただの囮に過ぎません。我々の目的は、秘書官補佐のフィリップを捕らえ、キシ公爵とソウタ指揮官を始末することですから」


エッジは高級そうなカップでお茶を飲みながら、高級な椅子に座りそう言った。


「それで、サイシスの息子はどうなった?」

「はいボンドン男爵様。レガート軍に……連行されました」


インカの屋敷を見張っていた男は、おどおどしながら答えた。


「フッ、まあいい。今宵は新月、軍に忍び込み殺せばいいでしょう。朝になれば騒ぎになり、混乱しているところを狙い……ブスッとソウタ指揮官を刺し殺せばいいのです」


いつものようにテーブルの上に自慢のナイフコレクションを置き、その輝きを満足そうに眺めながら、殺し屋グラフは事も無げに言った。

 本当はグラフが、キシ公爵とフィリップ秘書官補佐を狙う予定だった。

 しかし、度重なるフィリップとの戦いで勝利出来なかったことから、殺さずに捕らえることなど出来ないと思い止まり、ソウタ指揮官を殺すことにした。


「明日の午後には、我々の手の者30人が、完全武装でキシ公爵の馬車を待ち伏せする。報告では警備隊員が10人程随行しているようだが、倍以上の人数の我々に勝てるはずがない」


高師リグドことボンドン男爵は、勝ちを確定したように余裕で微笑むと、使用人を呼び旅立ちの準備を急ぐよう言い付けた。


「残念だな、僕はこの手でロームズ辺境伯を追い詰めていたのに、副教頭の奴がしくじりやがって……あんな奴、何時だって殺れる。そうさ、次にラミルに戻ってくる時には、必ず僕の手でイツキを殺してやる!」


ルシフは残念そうにそう言うと、誓うようにイツキを殺すと宣言した。

 急に旅立つことになったルシフは、もうラミル上級学校には戻れないと知ると、いつか自分が執行部の役員になり、上級学校を意のままにするという夢が潰えたことが、残念で仕方なかった。


 殺し屋グラフは、ロームズ辺境伯であるイツキが、自分が狙っている治安部隊の男ではないかと疑ったが、それを否定したのは他でもないルシフだった。

 ルシフは、ロームズ辺境伯杯の時、イツキは軍の施設で風紀部役員として働いており、軍会場の試合が終わってから上級学校に戻って来て、ポルムゴールの試合にも出場していたと、父親とグラフに話していた。

 殺し屋グラフも、上級学校で堂々と治安部隊の黒い制服を着ていたので、やはり学生ではないだろうと思っていた。



 そこへ、商人に扮して警備隊本部に潜入し、事件後直ぐに上手く脱出した男が戻ってきた。


「報告します。警備隊本部の襲撃は成功しました。死者、重軽傷者多数。襲撃役の2人は殺され、邪魔になったユダも警備隊が殺してくれました。先程ユダの父の商会と、エイベリック伯爵の家に、ヨム指揮官とレガート軍が突入しましたが、ユダの親もエイベリックも既に殺されていました」


「分かった。警備隊本部に潜入した他の3人にも分けてやれ!」


報告した男に、ボンドンは上機嫌で金貨の入った袋を投げた。そしてお気に入りのナイフの血を拭いていたグラフにも、金貨の入った袋を渡し「新しいナイフ代だ」と言った。


 ボンドン達は翌日の昼頃まで、警備隊本部の襲撃は成功したと思っていた。





◇  ◇  ◇


 商人に扮して潜入していた暗殺者エドスと、治安部隊の制服を着たイツキは、お互い微妙な間合いを保ちながら、斬り込むタイミングを測っていた。

 時刻は午後5時半になり、辺りは暗くなり始めていた。

 ゴウテス中佐は、手の空いている隊員や事務官に、松明(たいまつ)を焚くように指示を出す。

 暗がりで襲われると危険なので、ありったけの大型の鉱石ランプも持ってこさせる。


 静寂の均衡を破ったのはエドスだった。エドスは右手で剣を持ち、太股に隠してあったナイフを左手で素早く取り出し投げようとした。

 その一瞬の動作を待っていたイツキは、エドスより1秒早く太股ではなく、剣のホルダーに附けられていたナイフを投げた。

 まさかナイフを投げられると思っていなかったエドスだが、自分の投げたナイフは、決して的を外さない自信があった。

 それに比べてイツキは、ナイフ投げを練習したことなど殆どなかった。


 カーンと音がして、イツキの投げたナイフを、エドスは余裕を持って剣ではらっていた。イツキの投げたナイフのスピードなど、まるでスローモーションのように見えるエドスだった。

 対するイツキは、左手でナイフを下投げしながら、その勢いで左足を前に出し体を左に捻り、体半分右にずらすと、直ぐに右足を前に踏み出し、前傾姿勢のまま一気に駆け出していく。


 エドスの投げるナイフは、必ず眉間か心臓を狙ってくる。プロならば決して外さないと踏んだイツキは、敵の腕を信じてエドスの投げるナイフを剣ではらわず、体でかわしながら斬り込んでいく。

 エドスの投げたナイフは、イツキの治安部隊の制服の背中部分をかすめた。


 エドスが余裕でイツキの投げたナイフをはらい正面を見た時、そこに見えたのは、心臓にナイフが突き刺さったイツキの無惨な姿ではなく、目の前に迫った剣先だった。

 イツキは真っ直ぐ、疾風の如き早さで、迷い無く剣を突く。

 イツキの渾身の突きをかわそうと、エドスは剣を正面へと移動させるが、ナイフを払って一旦動きを止めた剣が、自分の正面に戻るより早く、イツキの剣はエドスの心臓に突き刺さった。


 エドスの剣は、自分に突き刺さった剣に当たりはしたが、30秒くらい過ぎたところで、力無く地面に落ちた。


 ちょうどその時、ゴウテス中佐が松明を手に持ち、警備隊の事務官や隊員達が鉱石ランプを持って駆け付けてきた。

 ピクリとも動かないイツキとエドスに、ゴウテスが恐る恐る近付いて行くと、「ワーッ!」と大歓声が起こった。

 2人の戦いを遠巻きに見ていた制服組の隊員や、リブルス、怖いもの知らずの事務官達が、一斉にイツキの勝ちを確信し、叫んだのだった。


 既に辺りは薄暗いというより暗くなっていた。冬の夕暮れは一気に夜へと姿を変えていく。

 2人の戦いを真剣に見ていた者達は、暗殺者の投げたナイフも、イツキの投げたナイフも、予想すらしていなかったので、まさかのナイフの動きは目で追えず、イツキの渾身の突きも速過ぎて、何がどうなったのか……どう決着したのか分からなかった。分かっていたのは近くに居たリブルスくらいだった。


 ゴウテス中佐の松明がイツキとエドスを照らした時、イツキの剣はエドスの心臓を貫き、背中を貫通していた。そして落ちていた剣を見て、やっと皆はイツキが、治安部隊指揮官補佐が勝ったのだと確信できた。



 イツキはエドスの体から剣を引き抜き、血の滴る剣を右手でザシュッと地面に突き刺した。すると立ったまま事切れていたエドスが、バタンと仰向けに倒れた。

 正直言って、その様を見た者の大半は、目の前に立っている黒ずくめの指揮官補佐に恐怖を覚えた。

 全身に返り血を浴び、イツキの瞳が黒く、より黒く闇色に沈んでいたのだ。



「恐らく他にもギラ新教徒が潜入していたはずだ。受付と調査部は、明日から今日の来客者の捜査を命じる。各部署の大尉以上、事務次官以上は、これから教育棟の会議室で会議を行う。その他の者は、夜勤に来た者と交替しろ。くれぐれも今日のことは口外するな。では解散!」


イツキは全員に向かって解散を告げた。

 ようやく皆は緊張から解かれ、安堵の息を吐くことができた。

 警備隊本部の長い1日が終わったが、イツキを含めた上官達は、これからが正念場だった。

 教育棟の会議室には、捕らえた暗殺者が待っているのだ。



「ボーエン大尉、副隊長、遺体の検分は明日の朝行う。2つの部隊は暫くの間、緊急事態を想定し訓練を中止する。そして部隊を3つに分けて3交替とする。すまないが今夜も20人体制で夜勤をしてくれ。会議の後で指示を出すので、夜勤の者には食事をさせろ。今夜は特別な上官以外の門の出入りを禁止する」


「「はい、承知しました!」」


始めはイツキに従うのを戸惑っていたボーエン大尉も、イツキの強さと指揮者としての能力に感服し、素直に従うことが出来た。副隊長は元々イツキの信望者である。



「ルド、王様にことの次第を報告に行ってくれ。それから、うちの屋敷に使いを送り、ありったけの食料を掻き集めて、従者のパルとハモンドとレクスに持ってこさせてくれ。出来ればギニ司令官に来て欲しいが……今日の事件は序章かもしれない……」


次にイツキは、捕らえた暗殺者の見張りをリブルスと交替した、治安部隊のルドに指示を出す。


「分かりました。きっとギニ司令官は王宮にいらっしゃると思うので、お伝え出来ると思います」


イツキの不吉な序章という言葉を聞き、ルドは顔には出さないが緊張する。目の前の治安部隊指揮官補佐は、尊い神父様でもあると知っているルドは、イツキのその言葉を絶対にギニ司令官に伝えねばと思った。



「それでは皆さん、会議室に行きましょう。実は少し前、警備隊員の制服を着た暗殺者を実践施設で捕らえて、教育棟の会議室に転がしてあります。殺した3人の暗殺者の他に、分かっているだけでも他に3人が居たことになります。僕はあれほど……平和ボケしている時代は終わったと言ったはずなのに……フーッ……」


イツキは集まっていたゴウテス中佐、警備隊の上官6人、法務部の事務次官以上の2人に向かって、【何やってんのアンタたち】と嫌味と言うか愚痴を言った。

 エドスに突き刺した剣を抜いたイツキは、全身血濡れだった……正直言って怖すぎる。全員『ヒーッ!』と心の中で叫んだが、決して声には出さなかった。


「ああ、亡くなった事務官のご遺体は何処ですか?」

「は、はい。ヨム指揮官が戻られるまで動かせないので、救護室に安置しています」


部下を殺された法務部の事務次官は、下を向いて目頭を押さえた。


「そうですか、明日は早朝から遺体の検分をして、早くご家族の元にお返ししましょう。亡くなった事務官達も……家に帰りたいでしょう。会議の前にご遺体に祈りを捧げましょう」


イツキはそう言うと、遺体が安置してある救護室へ、9人の上官達と一緒に向かった。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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