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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
入学試験と旅立ち
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嵐の3日間(2)

 イツキは警備隊の馬車に乗り込むと、治安部隊のルドから警備隊本部の詳しい話を聞いていた。治安部隊指揮官補佐に身分を切り替えたイツキは、上官として話す。


「暗殺者は何処から入ったんだ?」


「はい、それは未だ分かっていません。しかし、犯人は警備隊員に変装していた訳でもなく普通の服装でした。事務官の者が名前を訊ねたら、いきなりナイフで斬りつけたようです。近くに居た事務官が大声で叫んだので、多くの事務官や隊員が駆け付けました」


ルドは犯人の3人が死亡したのを確認し、直ぐに警備隊本部から上級学校に向かったので、その後の調べがどうなったのか分からないと告げた。


「ボグは?重傷だと聞いたが、直ぐに教会病院に運んだのか?」


「はい、今現場はゴウテス中佐が指揮を執っています。刺されたボグも、ユダを仕留めたリブルスも、ゴウテス中佐と同じロームズ組です。日頃から連携してユダを監視していましたから、ゴウテス中佐のショックは大きかったと思います。直ぐに病院に搬送しました。先に病院に向かいますか?」


「いや……警備隊本部に向かってくれ。到着したらリブルスと他に2人、腕のたつ者を集めてくれ。敵はまだ……本部の中に潜んでいる可能性がある」


イツキはそう話しながら、寮の部屋から持ち出した治安部隊の黒い制服に着替えていく。前回ロームズ辺境伯杯の時に着た制服を、そのまま寮の部屋に置いていたのだ。




 イツキの乗った馬車が警備隊本部に到着した時、時刻は午後4時を過ぎていた。

 いつもの3倍の人数で固められた入場門を入ると、本部内はまだ混乱している様子で、制服組の隊員達が物々しく動き回っていた。

 イツキは馬車を降りると、戦闘になった場所に向かって走る。


 治安部隊の黒い制服は、正式な式典や祭典、国事が行われる時に着用される。なので、警備隊本部でこの黒い制服を着ているのは唯1人イツキだけである。

 治安部隊は、レガート軍と警備隊のエリートの中でも、緊急時に戦える判断力と行動力、武術は当然のことながら頭脳と指揮力を持つ者だけが選ばれる、特殊部隊でありレガート国最強の部隊である。


 その特別な制服を着て警備隊本部を走るイツキの姿は、見る者に畏怖の念を抱かせる程に殺気を放っていた。

 ヨム指揮官も珍しい黒髪だったが瞳は茶色である。イツキは黒髪に黒い瞳な分、本当に全身黒に覆われていて、剣のホルダーも剣の持ち手も黒だった。


 秋大会で警備隊本部を訪れた時は学生服を着ていたが、大勢の者がイツキをロームズ辺境伯だと知り、治安部隊指揮官補佐だと知った。ロームズ辺境伯杯の時も、イツキは治安部隊の制服を着ていたので、警備隊本部では、イツキの正体を知らない者の方が少ないだろう。

 イツキの登場とともに、現場を仕切る指揮官が来たのだと、隊員達に緊張が走る。



「ゴウテス中佐、大まかな説明は聞いた。ルドが出た後に判明したことを聴こう」


イツキは裁判関連棟の中庭に到着すると、数人の上官と話をしていたゴウテスを見付けて後ろから話し掛けた。

 イツキは指揮官補佐であり、皆の上に立つ者として話をする。その場にいた上官3人と制服組の隊員達が振り返り、イツキに気付くと皆軍礼や普通の礼をとる。

 今日のイツキは守られる立場の領主ではなく、上級学校の学生でもない。上官として完全に命令口調である。そうでなければ指揮など出来ない。


 ゴウテス中佐も現場の制服組も、ロームズでハキ神国のオリ王子と戦争した時や、マサキ公爵子息襲撃事件の時にイツキの指揮下で動いていた。だからそれが当然であり、命令を受けることに何の違和感もない。

 しかし、イツキの役職を分かっていても、初めてイツキの下で動く上官2人は、違和感を感じずにはいられない。


「はい指揮官補佐、犯人の侵入経路は裏門からでした。裏門は常時閉められており、外から解錠することは出来ません。何者かが手引きしたと考えられます。裏門付近で事務官が1人殺されていました。その事務官は、犯人ユダの……上級学校の同期生でした。利用され殺されたと考えて間違いないでしょう」


ゴウテス中佐は、現時点で判明したことはそのくらいですと報告した。


「君は?」


イツキは面識のない、制服組の部隊長の名前を訊く。


「はい指揮官補佐、大尉のボーエンです」


ボーエンは軍礼をとりながら答える。彼は11月から本部に移動してきた為、イツキの……ロームズ辺境伯の噂はいろいろ聞いていたが、顔を見るのは初めてだった。


「ボーエン大尉、至急正門と裏門を閉め、誰も外に出すな!犯人は、まだ他にも潜入している可能性がある。それから、門の警備は自分の知っている人物にしろ。黒幕は制服を着ている可能性がある」


イツキは厳しい顔をして命令する。

 犯人がまだ居るかもしれないというイツキの話に、その場に居た者は目を見開き、様子を窺うように視線を周りに向ける。

 


「指揮官補佐、ロームズでは命を救ってくださりありがとうございました」


そこに、ルドの指示により駆け付けた精鋭部隊のリブルスが、緊張感を漂わせながらも嬉しそうに、イツキの前で軍礼をとり頭を下げた。

 リブルスは、ロームズでギラ新教の大師イルドラの部下と戦い、殺される寸前でイツキに命を救われていた。そして誰よりもイツキの剣の腕の凄さを知っていた。


「指揮官補佐、実は本日リブルス以外の精鋭部隊は、キシ公爵と一緒に出掛けているようです。なので私が一緒に回ります」


リブルスと一緒に戻ってきたルドが、他に特別腕のたつ者が居ないと報告する。


「分かった。敵は全て調査済みで今日という日を狙ったのだろう。ゴウテス中佐、顔を知らない職員や隊員が居ないか至急調べてくれ。見付けても手出しはするな。相手はプロで毒も使う。30分後、門の警備の者以外、全職員と全隊員を中庭に集合させてくれ。1人残らずだ。集合しない者はギラ新教徒とみなすと脅せ!よし、行くぞ!」


イツキはゴウテスと法務部事務部長に指示を出すと、ルドとリブルスを連れ残党が居ないか探すため、実践施設に向かってゆっくり走り出した。

 イツキは走りながら【裁きの能力】を使って悪意の有るものが居ないか確認する。 


 実践施設は模擬訓練を行う施設で、1階にはレストランに模した部屋や廃墟のような部屋がある。2階は会議室になっている。

 イツキは2階、ルドとリブルスは1階を確認する。勿論、剣を抜いてである。

 イツキは足音を立てないように階段を登っていく。2階には大会議室と資料室があり、会議室から声が聞こえてきた。


「ビックリだよ本当に。まさか警備隊本部を襲撃する者が居るなんてさ」

「事務官も襲われたらしいから、ここも安全じゃあないな」


法務部の事務官2人は、書類を机の上に並べながら事件の話をしていた。


「俺は今週ここに配属されたばかりで……やっぱり王都は物騒だと驚いたよ。俺は下っ端だからよく知らないんだが、治安部隊の者も本部に居るんだろう?」


制服組の警備隊員の男は、2人の事務官の仕事を手伝っているのか、一緒に書類を並べている。


「ああ、でも俺達は法務部の事務官だから、誰が治安部隊の人間なのか分からない」

「えっ?治安部隊って黒い制服を着ているんじゃないのか?」


警備隊員の男は、事務官の男に治安部隊の質問をしながら最後の1枚を並べ終ると、窓際に移動し外の様子を窺い、腰の剣に手を掛けた。


「ああそうだ。治安部隊の者は私のような制服を着ている。ただ、警備隊は予算が少ないから、まだ5人分くらいしか制服が出来上がっていない。そこの事務官の2人、法務部の上官が緊急召集を掛けていたぞ」


イツキは警備隊員が剣に手を掛けたと同時に会議室に入り、警備隊員の質問に答えて事務官に指示を出した。


「えっ?緊急召集ですか?分かりました。おい直ぐに行くぞ!」


事務官の男は仲間に声を掛けると、イツキの指示に従い会議室を急いで出ていく。


「じゃあ俺も戻らなきゃ……」


「何処に戻るんだ?ギラ新教徒の拠点か?それともボンドン男爵の所か?」


「…………」


逃げ出そうとする警備隊員の行く手を阻むように、イツキはニヤリと笑いながら問う。

 男の全身を包んでいる黒い悪意を視ながら、外に出すと死者が増えることになるので、ここで戦うしかないと決めイツキは剣を構えた。


「上官に対し挨拶も出来ない隊員は、レガート国には居ない」

「チッ!まあいい……治安部隊は全員死んでもらう予定だから手間が省けた」


正体を現した男は腕に自信があるようで、剣を抜き嬉しそうに右口角を吊り上げた。 

 図々しく警備隊員の制服を着た男は、グレーの髪にグレーの瞳で長身。如何にも貴族だと思われる外見だが、目付きも悪いし悪ぶる態度が板に付いているところをみると、親に勘当された不良の成れの果てだろう。


 イツキは敵の情報を吐かせる為、出来るだけ殺さないようにしなければと剣を握る。

 剣がぶつかり合うカンキンという音が室内に響く。

 その音を聞いたルドとリブルスは、出来るだけ足音を立てないよう階段を上がって行く。しかし2人は、イツキから決して手を出すなと命令されていた。手を出していいのは、自分が斬られた時だけだと。


 2人の戦いは、イツキがバランスを崩したと見せ掛け、前のめりになったことで決着がついた。

 イツキは男の剣を素早くしゃがんでかわしながら、男の両太股を剣で振り抜いた。

 一瞬のことで、何が起こったのか分からない様子の男は、仕損じたのが悔しくて「チッ!」と再び舌打ちをする。

 ゆっくりと立ち上がり姿勢を正したイツキは、剣を鞘に納めると「連行しろ!」と階段の方を向いて低い声で言った。


「貴様、何を……」と言い掛け、止めを刺そうと1歩前に踏み出した男は、激しい痛みに「ギャーッ!」と大声で叫んだ。そして恐る恐る自分の足を見ると、両太股のズボンが切り裂かれていた。

 あまりの激痛に立っているのもやっとだったが、血が噴き出していないので傷は浅いと勘違いし、剣を鞘に納めたイツキに斬り掛かろうと1歩飛び出したところで、信じられない量の血が噴き出した。

 イツキは、男の踏み出していた足の方を、骨に届くまで深く斬っていた。神経も当然切れている。

 最早立つことさえ叶わぬ男は、会議用の机に腕の力ですがっていたが、何の抵抗も出来ずルドとリブルスに縄で縛られていく。


「警備隊医は残っているか?」(イツキ)

「はい、まだ1人残っています」(ルド)

「止血だけするよう伝え、コイツは……教育棟の会議室に運んでおけ。まだ敵の残党が居るかもしれない」


イツキは名前を言わないよう、視線をルドに向け指示を出す。そして男が自害しないよう猿ぐつわをした。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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