嵐の3日間(1)
12月2日の夕食後、イツキは明日から始まる医学大学の受験の前に、自分の部屋にイツキ組の全員を召集していた。
「明日からロームズ医学大学の受験の為、学校は2日間の休みに入ります。先週も上級学校の入試のため学生の殆どは外出しました。その日、治安部隊の者が、カイ領の元伯爵サイシスの息子ニコルを目撃したと報告が来ました。目撃されたのはギラ新教徒の拠点と思われる屋敷ですが、一緒に居たのは1年のルビンでした」
「何だってイツキ君!それじゃあ次はインカ隊長が狙われるのか?」
イツキの親友であり、インカ隊長と同じカイ領の男爵家の長男であるナスカは、驚きと怒りの表情で立ち上がりイツキに問う。
「可能性は充分にあります。それに、ヨシノリ先輩が危険なのも変わりありません。屋敷までの移動は軍の馬車でお願いしていますが、外出は控えてください。ナスカ、インカ隊長を頼むぞ。パル、お前は念のためヨシノリ先輩の馬車に同行しろ」
「了解しました。その後で屋敷に行きます」(パル)
「分かったイツキ君。インカ隊長に指一本触れさせない」(ナスカ)
イツキは厳しい顔で、パルとナスカに指示を出した。
「それなら俺もインカに同行しよう。しかし、これから外出する時は剣が必要だな。イツキ君、軍の迎えの馬車に剣を持ってくるよう頼んでくれ」
「分かりましたエンター部長。明日は間に合いませんので、校長に掛け合って警備用の剣を借りてください」
イツキの物々しい発言から始まった集会に、まだ慣れていないイースターやトロイは顔色が悪くなる。
「しかし……俺は来年から軍本部に就職が決まっているが、早く残党を捕らえないと迷惑を掛けることになるな……」
インカはフーッと息を吐き、困った顔で領主の子息としての立場を憂う。
インカは軍本部の人事部に就職が決まっているが、護衛が必要な状況では働きに行くどころではない。むしろ警護対象者として軍に迷惑を掛けてしまうのだ。
ちなみに、イツキ組の他の3年生の卒業後の進路は、次のように決定していた。
エンター部長は、警備隊本部の要人警護部に就職。
ピドレ(体育部部長)は、軍の新人教育施設で指導員として。
クレタは、技術開発部医療開発課に勤務しながら、ロームズ医学大学の特別医学部の学生をする。
パルテノンは、ロームズ医学大学の薬学部(ロームズ辺境伯枠)に入学。
モンサン(イツキ親衛隊副隊長)は、ロームズ医学大学の警備員に就職。
イツキ組の3年生6人の内3人はロームズへ行くことになり、他の3人は王都ラミルに残ることになった。
「とにかく油断は禁物です。僕のことは2日間上級学校に残っているので心配要りません。最近地方で治安部隊の隊員が襲われています。敵の活動が活発になって来ましたが、王様も軍も治安部隊も、それ以上に敵を追い込んでいます。だからこそ、くれぐれも注意してください」
イツキはもう一度気を付けるよう念を押し、フッと柔らかく笑って話題を変えた。
「ところで、試験明けの15日に僕の屋敷で行う予定の領主就任祝いですが、集合は午前10時にしたいと思います」
「みんな、分かっていると思うが、欠点を取ったらイツキ組は抜けてもらうぞ!試験結果の発表が16日だとしても、決して気を抜くな。今やイツキ組は全学生の知るところとなり、尊敬され一目置かれている。俺達3年が卒業しても、イツキ組は学生達から常に注目されるだろう。精進しろよ!」
今回の祝賀会を仕切るクレタは、イツキの就任祝いという言葉を聞いて、気の緩みそうになったヤンとエンドの顔を見て釘を刺す。
「クレタ先輩、いつまでも俺が欠点を取る間抜けだと思わないでください。今回俺は上位30位以内を狙っているんですから!」
ヤンは堂々と胸を張り、自分の目標を全員の前で発表する。
「ほっほー……それは楽しみだな。軍本部で働きたければもっと順位を上げろ」
エンター部長はにやりと笑うと、遣る気になっているヤンに、30位以内では軍本部は無理だと厳しく言う。
「3年首席のクレタ、2位と3位を争っている俺とエンター、そして4位のパルテノン、モンサンだって前期試験では25位だったぞ……2年生、もっと頑張れ!そう言えばピドル……お前は前期試験は何位だったんだ?」
「えっ?嫌だなーインカ隊長……順位はあ、あれだけど、け、欠点は無かったぞ。でも、軍本部に就職できたじゃないか」
突然インカ隊長から話を振られたピドルは、あわあわしながら言い訳をする。
「ピドル先輩が新人教育担当に成れたのは、ポルムゴールのお陰でしょう?」
「な、何を言うんだエンド!お前こそ来年もポルムゴールで優勝できるとは限らないぞ。俺の学力はお前よりましだ。お前はもっと勉強しろ!」
ピドルの就職に、ポルムゴール大好きで常に競い合っていたエンドが突っ込みを入れ、突っ込み返されてしまう。
そんなこんなで盛り上りながら、イツキ組の集会は終了した。
12月3日、いよいよ医学大学の入学試験の日がやってきた。
今日は医学部を目指す上級学校9校の校長推薦者9名と、女学院4校の医学部を目指す4名と、看護学部を目指す4名の校長推薦者8名の、奨学生面接試験である。
午前9時から11時半まで、1人10分の面接をする。
面接の後、領主選定の時に使われた性格診断テストをする。これはギラ新教徒かどうかを確認するテストで、ギラ新教徒であれば、ABCの3つから答えを選ぶ時、ほぼCを選んでしまう。
イツキもレガート国も、医学大学にギラ新教徒を入学させることなど有り得ない。その為、面接だけでは分からない心の中を探るのである。
17人の候補者は、イツキが思った通りに優秀だった。
17人には事前に論文を提出させており、医学に対する情熱、正義感、使命感、そして文章力を、イツキはチェック済みであった。
ラミル上級学校の推薦者はデニス(18歳)といい、専門スキル修得コースで、パルテノンや医学大学の助手に合格したモービルの次に成績が良かった。
自分より奨学生に相応しい2人が、医学部の奨学生を選ばなかった。デニスにとってそれは幸運ではなく、納得できないことだった。校長から推薦者に選ばれた時、デニスは何故自分なのかと校長に尋ねたが、本人達に訊いてみなさいと言われてしまった。
悩んで答えの出せないデニスの背中を押したのは、ずっと医者に成りたいと公言していたパルテノンだった。
「俺は薬学部で研究者になる。俺はイツキ君の夢を叶えることにしたんだ」
パルテノンが明るい顔でそう言ったから、デニスは肩の力を抜き奨学生となった。
奨学生の面接も性格診断テストも無事に終了し、イツキは教育部から応援に来ていた3人と昼食を食べながら、今日の様子を話していた。
午後からは、明日の打ち合わせと試験問題等に不備がないか、最終チェックをする。
明日は一般試験で、4学部26人の募集に対し94人が挑戦する。
試験は学部毎に会場が分かれ、特別教室棟の1階と2階で行われる。各会場には2人の試験官がつき、受付と採点は教育部が担当し、試験官は人事部が手伝ってくれる。
明日の試験は面接が無い。しかし、明後日の正午には合格発表しなくてはならない。
午前中に行われる普通の筆記試験の採点は、教育部の皆さんが総出で行ってくれる。
午後から行われる論文(医学部は1,200字、薬学部800字、看護学部800字、特別医学部1,000字)の採点は、イツキ1人で行うため、当然徹夜を覚悟しなくてはならない。そして明後日の午前10時までに合格者を決める。
午後2時、試験問題を確認していたイツキの元に、驚愕の報告が治安部隊のイノから校長とイツキに届いた。
「カイ領の侯爵ラシード様のご子息が、屋敷の庭で襲撃されました。インカ君は右腕を矢で射られましたが軽傷です。学友のエンター君とナスカ君は無傷。犯人3人の内2人は、エンター君、ナスカ君、屋敷の警備員に斬られ死亡。首謀者と思われるカイ領元伯爵の息子ニコルは、レガート軍によって捕らえられました」
イノは一気に報告すると、ケガは軽いので心配は要らないと付け加えた。
「また屋敷の庭で?それでインカ先輩以外のケガ人は他に居なかったのですか?」
「はいロームズ辺境伯様。軍の馬車を降り、役目を終えた馬車が屋敷を出た直後に襲われたのですが、エンター君とナスカ君の活躍で事なきを得ました。インカ君も強かったようですが、ニコルは屋敷の外から矢を射たので、気付くのが遅れたようです」
イノの報告に、イツキも校長もショックを受けたが、インカが軽傷と分かり安堵した。
「少し前まで学友だった者を矢で射るとは……ニコル君は本当にギラ新教徒だったのだな……この事実を全学生に伝えよう。その方がギラ新教徒の異様さを理解できるだろう」
ボルダン校長は肩を落としながらも、事実を学生に伝えると言った。
インカは風紀部の隊長であり、学生達からの信望も厚い。だからこそ事実を知った学生達の怒りは大きいはずだ。そしてギラ新教徒を敵だと改めて認識するだろう。
午後3時半、イツキは胸騒ぎが抑えられないまま仕事に戻っていた。
試験問題を確認し終わり、論文に対する学生からの質問の対応の仕方を、試験官の人事部4人に説明していると、治安部隊のルドから信じられない続報が入ってきた。
「午後3時前、警備隊本部に暗殺者2名が潜入し、隊員と交戦になりました。隊員の死亡者2名、重傷者1名、軽傷者3名。重傷者は教育課長のボグです。ボグは侵入した暗殺者と戦う為現場に向かっていた所を、マークしていたエイベリック伯爵の部下ユダに後ろから刺されました。暗殺者は隊員との交戦で死亡。ユダは同じ教育課のリブルスが仕留めました」
ルドは要件だけをイツキと校長に告げ、イツキには警備隊の馬車で現場の来て欲しいと頼んだ。
イツキは胸騒ぎの原因はこれだったのかと、ハーッと短く息を吐き両手の拳を握り締め、奥歯を強く噛む。
ルドによると警備隊のヨム指揮官は、領主屋敷襲撃の調査に出掛けており、警備隊所属のフィリップ秘書官補佐は、キシ公爵と一緒に急ぎの用件でキシ領に帰っているとのことだった。
「分かりました直ぐに行きます。校長先生、明日の試験に僕は立ち会えないと思います。そのことを教育部と人事部の皆さんに伝えてください」
「どうしても行かねばならないのかねイツキ君?」
イツキの立場は分かっているのだが、懸命に準備をしてきた明日の試験のことを思うと、なんだか納得出来ない気持ちになる。勿論、危険な現場に教え子を向かわせたくなどない。
「指揮官が居ない場合、指揮官補佐である僕が指揮を執るのは当然のことです。レガート軍は非常事態を宣言し、王宮を守らねばなりませんから」
イツキの顔は既に学生の顔ではなく、戦う治安部隊指揮官補佐の顔になっていた。
「校長先生、ユダは……ラミル上級学校の……去年の卒業生です。洗脳とは、ギラ新教の洗脳とは、こうも残酷で、決して許せないものです」
イツキは辛そうに、校長にとって耐え難い真実を伝えた。同じ日に2人の教え子が、殺人者として暴挙に出たのだ。
校長は大きく目を見開いたまま、言葉を失った。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




