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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
入学試験と旅立ち
82/222

医学大学入学試験(1)

 1098年11月26日、今日は薬学部のロームズ辺境伯枠の入学試験である。

 午前9時から開始された筆記試験は、午前11時半には終了した。

 会場は勿論ラミル上級学校の特別教室棟で、今回は2階の実習室で行われた。

 募集人数3人に対し応募者数は20人だが、既にパルテノン先輩の合格は決定している。しかし、そんなことは極秘なので、パルテノンは普通に試験を受けている。


 面接は12時半からスタートし、会場は風紀部室で受験者は図書室で待機している。1人10分の割り当てで、午後4時には完了させる予定である。

 イツキは筆記試験の最初に書かせた【医師と薬剤師の関係について】と【薬草の未来】というテーマの各200字以内の文章題を見ながら、面接に臨んでいた。


「薬剤師とは、医師の指示した薬草を用意し、医師から信頼される為に努力するものだと書いているが、もしも腹痛を訴える患者に、医師が咳止めの薬を出すよう指示したら、君はどうするのだろう?」


面接している領主が、噂通り学生なのだと分かると、少し舐めた態度でニヤニヤしている学生に、イツキは無表情で質問した。


「薬剤師ですから、医師の指示通りの仕事をしますよ。当然でしょう?」

「分かりました。面接は以上です。結果は明日の午前には発表されます」

「ちょっ、そんなことより、俺の学校での活躍とか質問しないのか?」

「必要ありません。面接は終了です。退室しなさい」


イツキは無表情なまま終了を言い渡し、僅か2分で次の受験者の名前を呼んだ。




「失礼します。キシ上級学校のダンです」

「君は薬剤師は医師と連携し、より良い薬草を処方すべきだと書いているが、医師が自分の意見を受け入れてくれると思うのかな?」


「9割の医師はダメだと思います。でも、僕は残りの1割の医師の元で働きたいと思います。薬がなくては……正しい薬草をきちんと処方出来る薬剤師が居なければ、患者の病は治せません」


「ロームズ辺境伯枠で入学した者は、薬草園を作ったり、薬草採取にも出掛ける。来年は夏休みにレガート大峡谷に行く予定だ。体力に自信は?」


「はい大丈夫です。毎年夏休みは材木問屋や運送屋でバイトしてました。私は平民ですから、力仕事と体力には自信があります。武術もそれなりにやってます」


平民なら当然ですと爽やかな笑顔で答えるダンの調査書には、剣も体術もA評定と記入されていた。



 12番目の面接者は、2年前にラミル上級学校を卒業した先輩だった。

 ロームズ辺境伯枠の受験には、現役の学生又は上級学校を卒業して2年以内の者という制限があった。

 出身はカワノ領で、現在は薬剤店で助手をしている。ナイトの家の次男である。


「失礼します。カワノから来たヤスト19歳です。薬剤店で働いています」


「薬草の未来について、君はとても斬新な意見を書いているね。1つの薬草の発見は何万人もの命を救う。新しい薬草の発見と栽培は、国策として取り組むべきことである。レガート国は薬草栽培において、他国に大きく遅れをとっている……か。……そうだね。だから僕は薬草の第一人者を育てたいと考えた。しかし、その為には最低2年の勉強と、3年以上の研究が必要だと思う。君は2年後、研究者に挑戦する気は有るかな?」


「はい有ります。私は妹を病で亡くしました。医者には治せる薬が無いと言われました。だから俺は、失礼しました。私は必ずあの病気を治せる薬草を見付け出すと、死んだ妹に誓いました」


ヤストは綺麗な瞳で、イツキを真っ直ぐ見てそう言った。だから薬剤師になりたいのだと。山でも谷でも大峡谷でも、必ず薬草を捜し出すのが自分の使命だと言った。



 最後はパルテノン先輩との面接だった。


「どうですパルテノン先輩、同期生としてコイツはいいなと思う者は居ましたか?」


イツキはリラックスした感じで質問する。


「そうだなあ……俺が1年の時3年で、植物部の先輩だったヤストさんは、昔から薬剤師に成りたいと言っていたから、まだ諦めてなかったことに感心したよ」


パルテノンは少し戸惑っていた。後輩から面接を受けることの気恥ずかしさと、こんな緊張感の無い面接でいいのだろうかと。


「えーっ……それでは、文章題の薬草の未来について、安定した供給が出来る薬草園と、薬草研究施設の必要性を書かれていますが、卒業後は薬草研究施設で働く気はありますか?それと、来年は夏休みにレガート大峡谷に行きます。新しく採取した植物の研究は、動物を使ってやりたいと思います」


「えっ?動物で実験するの?」

「そうです。いきなり人間で試す訳にはいきません。兎とかネズミとか……出来れば小動物でと考えています。ロームズ辺境伯枠の学生は、最先端の研究をしてもらいます」


イツキは入試の面接というより、これからの予定や計画を話していく。

 この時代、薬草といえば人の噂を重要視して探されていた。

「あの草を煎じたら傷が治った」とか「あの実が腹痛に効いた」というような噂話を元に、囚人や病気の牛や馬等に試してみて、少しでも効けば薬草として認定されていた。


 しかし、イツキはもっと多くのデーターが必要だと考えていた。その為には同じ条件のケガや病気の動物を集め、又は同じ条件を作って、投薬して効果を比較する。そして有効であると分かれば、必要な分量をまた調べる。その繰り返し実験の後で薬草と断定しようと思っている。

 医学大学の使命として、より安全な薬の処方を捜し出す。それが大事であると。


 予想より面接時間が余ったイツキは、自分の望む薬草研究の将来を、パルテノンに色々と語った。

 パルテノンにとって、想像もしていなかった考え方に、驚き、愕然としたかと思うと、納得し、そして凄い!と感動した。

 イツキの言っていた、薬剤研究の第一人者という言葉の意味が、パルテノンはようやく理解できた。


 薬剤師として医師の元で働いたり、薬剤師として薬草店で薬を売るのと、薬草を捜し出し研究するという行為は、全く違うものだった。

 いったいどれだけの時間と根気が必要なのだろう……でも、それを誰かがやらなければ、人の命は助けられないのだと思うと、パルテノンは気が遠くなりそうになる。


 俺の目指す道は、いや、イツキ君が目指そうとする薬学の道は、終りのない遥かなる道程(みちのり)だった。




 11月27日午前9時、ロームズ医学大学薬学部、ロームズ辺境伯枠の合格者3名が、レガート城の外門内の掲示板に張り出された。

 合格者、キシ上級学校のダン、カワノ領ヤスト、ラミル上級学校パルテノン。

 不合格になった17人中14人は、12月4日に行われる一般試験で再び薬剤師を目指すことになる。


 午前中には、ロームズ辺境伯枠の合格者3名に合格通知書を渡し、ロームズ領へと出発する日程を伝えた。

 就職と違い支度金など支給されないので、必要ならバイト代の前借りとして、1人金貨1枚を貸し与えるとイツキが告げると、申し訳なさそうに平民のキシ上級学校のダンが手を上げた。

 ヤストは働いているし、パルテノンは何だかんだ言っても男爵家の長男である。


「ダン、レガート大峡谷での植物採集は半分バイトだ。これから3人は冒険者登録をしに行く。そして自分の生活費くらい自分で賄う。それがロームズ辺境伯枠で入学した者の通常だ。薬草採取は結構儲かるぞ。これから僕が冒険者登録をしている、ラミルで1番大きなドゴル不死鳥に行く。全員身分証明書は持っているな?」


イツキは至極当然のような顔をして、手続きが終わった3人に指示を出した。


「ええっ!ぼ、冒険者登録をするのですか?」(ヤスト)

「領主様は、本当に冒険者登録をされているのですか?」(ダン)

「ハハ、なんだか……大学生のイメージから遠ざかっているような……」(パルテノン)

「お前達、何を言っているんだ?ロームズ辺境伯屋敷で生活するということは、学費も寮費も食費も掛からない代わりに、イツキ様の下僕として働くということだ!」


当たり前だろうが……という顔をして、医学大学で講師として働く軍医のベルガが、腕組みをして上から目線で言い渡す。ここは下僕の先輩として、きちんと上下関係を思い知らせておく必要がある。

 ロームズ辺境伯屋敷で暮らすことになるベルガは、3人の目付役という名の指導教官をイツキから頼まれていた。

 当然この3人は、ハキ神国のラノス王子や王子の従者クロダとも、同じ屋敷で暮らすことになる。学部こそ違うが、間違いなく濃い付き合いをしていく。だから成績は勿論だが、イツキは人間性を重視して合格させたのである。




 ロームズ辺境伯屋敷の無駄に豪華な馬車に乗せられた3人は、なんだか居心地悪そうだったが、不死鳥の少し手前で降ろされ(流石に屋敷の馬車で横付けは目立つので)、ドゴル街をキョロキョロと見回す。

 イツキは元気よくドゴル不死鳥の扉を開けると、戸惑っている3人を引き連れて、受付カウンターの前でにっこりと笑った。


「おはようリーサさん。新人登録に3人連れてきたのでよろしくお願いします」


イツキはすっかり顔馴染みになった受付のリーサに挨拶して、店長さん居る?と聞いてから、勝手に店長室を目指して奥に向かって歩きだす。

 今日は薬草担当のホームズさんは居ないようだと思いながら、店長室の前まで来ると、何やら言い争うような声が聞こえてきた。

 イツキが構わずドアをノックすると、「誰じゃ?」とホームズさんの声がした。


「イツキです」と声を掛けると、ダタダと走るような音がして、バンといきなりドアが開いた。と思ったら、副店長に右腕を掴まれ室内に引き摺り込まれた。


「なんじゃお前さん、わしらの悪口が聞こえたのか?」

「ホームズさん……領主様ですよ、領主様!」


困った人だという視線をホームズに向ける副店長も、礼もとらずに領主を部屋に引き摺り込んだ気がしたが、イツキは全く意に介することなく、いつもの席に座って「は~っ」と息を吐いた。


「それで、今度は何をしましたっけ?」


「いや、ロームズ辺境伯が前回持ち込んだ【子宝ダケ】を、誰に売るかが決まらないんだ……5人まで候補を絞ったが3人が決められなくて……」


店長は頭を抱えて深い溜め息をついた。

 副店長は高額な金を払ってくれる者に売るべきだと言い、ホームズさんは年齢の高い者に売ってやるべきだと主張し、店長は長年不死鳥と付き合いのあるお得意様に売りたいと譲らない。


「分かりました。それでは僕が誰に売るか決めましょう。大事なことは、本当に子宝に恵まれる運勢を持っているかです。せっかく売るなら結果が出る人にしましょう」


イツキはニヤリと微笑むと、候補の5人の男性の名前と奥方又は側室の名前を書いてくださいと、店長に指示を出した。ポカンとしている3人に、書かないなら、今後【子宝ダケ】は持ってきませんときっぱり言った。


 10分後、イツキは5人の候補の中から2人を選び、もう1人は残った56人の候補の中から選んだ。

 そして最初の候補だった5人のうちの1人に宛て、手紙を書き始めた。


「この手紙を、【子宝ダケ】の代わりにメイデン伯爵に渡してください。必ず渡してくださいね。人の命が懸かっていますから」


そう言ってイツキは手紙に封をした。封印紋はブルーノア教会の五星であった。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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