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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
入学試験と旅立ち

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上級学校入試の日

新章スタートしました。

 11月25日、今日はラミル上級学校の入学試験である。

 学生達は休みで、出来るだけ早目に外出するよう指示を出されている。

 イツキはいつもの従者パル、クレタ先輩と一緒に、どうかリバード王子が合格できますようにと祈りながら、早朝屋敷に戻った。



「イツキ様、ホン女学院のマリアは、昨日教会の馬車で出発いたしました。ファリス様の手紙を校長に渡すよう言ってあります。ピアラ姉妹は、そのまま【教会の離れ】で生活しています」


「ありがとうティーラさん。忙しいのに仕事増やしちゃって」


イツキはティーラに礼を言いながら、女性の事務長にして本当に良かったと思う。


「午前中はフィリップさんと薬種問屋を回って、来月から上級学校の授業で始まる、特産品と薬草納入証明書との交換の確認に行き、午後は王宮で会議です」


「イツキ様、ラミル上級学校直営の特産品販売ショップは、明日完成の予定です。警備担当のダリル教授から、先生方の奥さんに交代で店番を手伝って貰うけど、警備の手筈はどうなっているのか確認して欲しいと頼まれました」


パルはダリル教授の伝言をイツキに伝える。

 特産品販売ショップは学生の安全を第1に考え、上級学校で働く職員の住宅がある、学校の裏門の直ぐ外に作られた。裏門には警備隊が1人配置されているが、それでは警備が不充分なので、警備隊に増員の要請が校長から出されていた。


 今朝も皆で朝食を食べながら、これからの予定を詰めていく。




「フィリップ、特産品販売ショップの警備の件はどうなっている?」

「はい、午前9時から17時まで2人体制で店の前で警備します。それとは別に、職員居住地の出入り口の2ヶ所に検問を作り、本物の仮予約証と薬種問屋の引換券を持っているか調べます。警備員は合計4名ですが、いずれも中尉以上の手練れを配置しました」


 朝食後間も無くやって来たフィリップと馬車に乗り、イツキは警備体制を確認する。

 今日のイツキは、ふんわりとした上品な白い服を着た美少年風の出で立ちである。フィリップは、完璧な美貌を引き立たせる治安部隊の黒い制服姿である。

 対照的な外見の組合せの2人は、独特なオーラを纏いながらラミルで1番大きな薬種問屋に入っていく。

 店の奥には少し広めな客間があり、ドアを開けると5人の薬種問屋の店主達が待っていた。店主達は2人の高貴なオーラに圧倒され一斉に礼をとる。


「おはようございますロームズ辺境伯様、秘書官補佐様。皆揃っております」


5人を代表し、この店の主が挨拶をした。


「ご苦労様です。いよいよ特産品との交換の日が近付いてきました。薬草の入荷は増えていますか?」


イツキはそう尋ねながら、笑顔で奥の椅子に座る。そしてフィリップが座ったのを見て、店主達も笑顔で座っていく。


「はいロームズ辺境伯様。お陰さまで信じられないくらいの量が入荷してきています。ただ……仮予約証を持たない者が、仮予約証を持っている行商人と組んで、一緒に卸そうとする者が出てきました。想定内の事態ではありますが、あくまでも、予約券を発行するのは仮予約証を持っている者にだけです。しかし、たった金貨2枚分の納品で、ポルムの予約券1枚を渡してもよろしいのですか?」


「はい店主の皆さん。ポルムを大陸中に広めることも大切なのです。それに、ポルム代金はきちんといただきますから。ところで、アタックインは金貨5枚以上の納品者に売ることになっていますが、希望者がいそうですか?」


 店主達によると、アタックインを欲しがる行商人が意外と多く、必死に薬草を集めているのだとか。

 ポルムを欲しがっているのは、ハキ神国やカルート国からやって来る行商人で、アタックインを欲しがっているのは、隣国の工業国ミリダと商業国であるイントラ連合国と取引がある行商人のようだった。


「最後にお願いがあります。実は本物の仮予約証の裏面には、特殊な文字と数字が記入してあります。これと同じ文字と数字が書いてない仮予約証は偽物です。ですから、偽物の仮予約証を持参した者は、直ぐに警備隊に引き渡してください。折角薬草を納入してくれたので、少し取り調べはしますが、罰することはありません」


イツキは実物の仮予約証をテーブルの上に置き、用紙を裏返しにして見せながら、誰も知らなかった事実を告げお願いをする。

 用紙の裏側には誰も見たことがない文字が7つと数字が書かれていた。

 文字はブルーノア文字である。このブルーノア文字、イツキ以外の者が書こうとしても何故か上手く書くことが出来ないのだ。イツキは屋敷の者やイツキ組の数人に試しに書かせてみたが、誰もきちんと書くことが出来なかった。

 文字の意味は【転写拒否】である。今のところ、ブルーノア文字はイツキにしか読めず、書くことも出来なかった。

 イツキは薬種問屋の店主達と、1時間半はじっくりと話をすることができた。





 次にイツキとフィリップはレガート城に向かった。

 ロームズ辺境伯杯以降、イツキがロームズ辺境伯であると公になり、途中ですれ違う者は軽く礼をとってくれるようになった。これまでは、学生が何の用だ?とか、子供が何故王宮に?と、怪訝な顔をされていたが、すっかり時の人になってしまっていた。


「いやー、今回の職員募集では、城で働く大多数の者が、ロームズ領や医学大学の職員に合格しても、文官や軍や警備隊に合格すれば、合格を辞退するだろうと予想していました。ところが蓋を開けてみると、ロームズ領も医学大学も誰一人として辞退者はなく、文官や軍や警備隊の方を辞退しました。結局、慌てて補欠合格者を発表することになったのは、文官・軍・警備隊の人事担当者の方でした。ロームズ関連の担当をしていた教育部の部下は大喜びでしたよ。はっはっは」


先日イツキが渡したペンを持った教育部部長のエザックは、満足そうに高笑いしながらイツキに報告する。


「これも試験の時からお世話になった皆さんの御尽力のお陰です。ありがとうございます。それで、医学大学の志願者は何人になりましたか?」


「はい、明日の薬学部ロームズ辺境伯枠3人に対し20人、学校推薦の奨学生17人以外の一般受験者は、医学部7人に対し31人、薬学部12人に対し33人、看護学部4人に対し12人、特別医学部3人に対し18人です」


エザック部長は、これが最終の志願者数ですと言ってイツキに集計表を渡した。

 それを見ると、レガート国立病院が出来る予定のキシ領の志願者の数が1番多く、他の領地は似たり寄ったりだった。意外だったのは薬学部の志願者が、学生より一般人の方が多かったことだろう。


「一般人の受験者が多いのは、イントラ連合高学院を受験出来なかった者や、受験したけどダメだった者が、再度挑戦しようと思ったからでしょうね。その気持ちは分かります。奨学生とロームズ辺境伯枠以外は、年齢29歳までという年齢制限しかありませんし、奨学金制度が使えますから」


お茶をテーブルの上に置きながら、職員採用試験の時にお世話になったイシリア21歳がしみじみと言う。


「ありがとうイシリアさん。それで、ロームズ領行きの話はどうなりましたか?」


イツキは教育部のイシリアとアンジュラ、人事部の男性2人、財務部から2人の計6人を、ロームズ医学大学に出向させて欲しいと願い出ていたのだ。

 元々ロームズ医学大学はレガート国立だし、新人ばかりで事務仕事が出来る訳がない。指導する先輩と上司が必要なのだ。

 上司である医学大学事務部長には、人事部のエンケル副部長39歳の赴任が決まっている。来週末にはロームズに出発する予定で、今日から準備の為に休んでいた。


「はいロームズ辺境伯様、私もアンジュラも喜んでロームズ領へ行きますわ。アンジュラは先発のエンケル副部長と一緒に行くことになり、家族に説明する為に実家のカワノ領に戻っています」


イシリアは笑いながらロームズへ行くと了解してくれた。もう1人のアンジュラ22歳は、なんと伯爵家の令嬢だった。イシリアいわく、アンジュラは実家が嫌いで、大反対を押し切って王宮で勤務しているらしい・・・


 医学大学の入学試験の最終打合せをしたイツキは、西棟3階の作戦会議室に向かった。




 これから昼食をとりながら、ギラ新教の新しい活動に対する対抗措置と、治安部隊の拡充についての話し合いが行われる。

 出席者はエントン秘書官、ギニ司令官、キシ公爵、ソウタ指揮官、ヨム指揮官、フィリップ、治安部隊からゴウテス、ルド、イノ、ガルロ、ドグ、そしてイツキの12人だった。


「2日前の23日、ラミル正教会からの報告でギラ新教徒の新しい拠点が判明した。表向きは商会で、先日ロームズ医学大学で働くことになった者の家だったが、ギラ新教徒と思われるエイベリック伯爵に、半年前に騙し盗られたと判明した。今度こそ黒幕であるボンドン男爵との関係を調べあげ、ラミルの拠点を潰していく」


ギニ司令官は皆に報告しながら、店の場所を大きな地図を使って示した。

 イツキは、調査をする切っ掛けとなった、ピアラの家に起こった悲劇の話をした。


「完全に仕組まれたな」(キシ公爵)

「なんて奴等だ!初級学校に行っている子供を売ると脅すなんて」(ルド)

「それよりも、警備隊本部に勤務している、エイベリック伯爵の紹介で入隊した息子が問題だ。調査の結果、その息子のユダはロームズ辺境伯杯の時、ラミル上級学校で馬車係りをしていたと判明した」


ムスッとした顔で調査結果を言うヨム指揮官は、間違いなく殺し屋を学校内に招き入れたのは、エイベリックとボンドン、ユダであると断定する。


「それと今月に入って、ホン領に入っていた治安部隊の2人が、何者かに殺害された。明らかにプロの犯行だと思われる。1人は人混みを歩いていて擦れ違いざまにナイフで刺され、もう1人は宿で首を折られていた。どちらも何の痕跡も残っていなかった。そして、警備隊本部の治安部隊担当の事務官が、3日前から行方不明だ」


治安部隊の隊員の配置をしているゴウテス中佐は、他にも1人がミノス領で行方不明になっていると告げた。


「とうとう動き出したと言うことだな。これで奴等が組織的に動いていると考えて間違いなさそうだ」


エントン秘書官はフーッと息を吐いてから、治安部隊の増員の決定と、治安部隊とは別にギラ新教徒の摘発を専門に行う、別動隊をつくると決定した。


「部隊の名前はどうするギニ司令官?それと責任者は?」

「秘書官、責任者はヨム指揮官でいいんじゃないですか?」

「無理です。誰が警備隊の指揮官をやるんですか?きっぱりとお断りします!」

「それなら僕が、フィリップさんと一緒にやります。名前は【金色のナイト】とか【レガート騎士団】とか、カッコいいと思うんだけど……どうでしょう?」


ヨム指揮官が即答で断ったので、イツキは嬉しそうに自分とフィリップがやりますと名乗りを上げた。そして何時もの微妙なネーミングセンスを披露する。


「イツキ君……その名前って……ど、どうなの……かなぁ……」


ソウタ指揮官は肩を震わせ笑いを堪えながら、なんでナイトを付けたいのかと訊く。


「イツキ君、過労死したいのか?それに、敵に知られたら命を狙われるぞ!」


キシ公爵は、ネーミングよりイツキの命の心配をする。


「ギラ新教に直結する活動は、僕が知っていた方がいいと思います。それに僕は、殺し屋のリーダーと2度も直接戦っている。どのみち戦うしかないんです。上級学校で戦った時、僕は治安部隊の黒の制服を着ていた。だから僕の所属先を治安部隊だと思ったはずです。アイツは、僕に傷を負わされたことが絶対に許せないはずです」


先程の嬉しそうな表情から一転、戦う者の厳しい顔つきで、覚悟を決めたように言う。


 2時間の会議で決まったのは、ユダには監視を付け、教育課長になったボグが働く教育棟の事務補助をさせること。騙し盗られた商会を取り戻すのは、ラミル正教会が表で交渉し、治安部隊はその商会に出入りしている人物を、裏で徹底的に調査すること。

 そして、新しいギラ新教専門部隊は、イツキが医学大学の入学試験を終えてから決定することの3つだった。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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