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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
領主の仕事と試験

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新たな疑惑(2)

 事務長のティーラが、ピアラのことをラミル正教会で相談していた頃、イツキは王宮の侍女長に案内されて、侍女長の執務室に来ていた。

 侍女長ともなると、王宮内で勤める侍女やメイドを100人近く束ねる上官であるため、執務室を与えられていた。


「ロームズ辺境伯様、王様から聞きましたよ。お見合い話を断るために、先に秘書官様や指揮官達を結婚させろと仰ったとか……よくぞ仰ってくださいました。現在王宮内の侍女の内20人はヨム指揮官を恋い慕い、ソウタ指揮官と付き合ったがダメだった侍女やメイドは数知れず・・・10年以上も秘書官を想い続けている者もおります。フィリップ秘書官補佐様のことは、もう皆諦めましたが、王宮で働く侍女の幸せと若返りの為に、この3人を結婚させましょう!」


妙に熱く語る侍女長は、どうやら本気で燃えているようだった。

 この罪作りな3人が結婚すれば、3分の1の侍女が諦めて結婚するはずだから、力を合わせて頑張りましょうと訴えられた。

 何でも侍女達の親から(殆どが貴族)、このままでは完全に嫁ぎ(いき)遅れるから、仕事を辞めさせてくれとか、なんとか良い縁を紹介して欲しいと懇願され、日々頭が痛いのだとか……


 イツキはあまりの熱意に少しビビリながらも、ソウタ指揮官……何やってるんですか!と心の中で突っ込み、フィリップさんのことは諦めたんだ……何でだ?と首を捻った。


「そうですね侍女長。年内にエントン秘書官の相手を見付けましょう!僕は9歳の時から秘書官を見てきたし、今僕の屋敷に来てくれている管理人の夫婦は、元々エントン秘書官の屋敷の管理人だったので、きっと協力してくれるはずです」


イツキは苦労している様子の侍女長に同情しながら、伯父であるエントン秘書官には、心から素敵な女性(ひと)と結婚して欲しいと思っていたのだ。


「それは幸運です。私の方で秘書官様に合いそうな、侍女や貴族の娘の候補を至急10人程ご用意いたします。ティーラさんに渡しておきますのでよろしくお願いいたします。直ぐに昼食を運ばせますので、キシ組の皆様のお話もよろしいでしょうか?」


侍女長は急に明るい顔になり、机の上に置いてあったベルをチリンチリンと鳴らした。すると、何処からやって来たのか、豪華な昼食を載せたワゴンを押しながら、メイドさんが2人入ってきた。

 侍女長によると、今日は来賓担当メイドの新しいメニューの試食日で、誰か一緒に試食してくれる人を探していたらしい。偶然イツキに出会えて本当に良かったと、45歳、独身の侍女長は楽しそうに言った。

 どうやら食べ終わるまで、お見合い大作戦パート2の話は続くようだった。





 午後1時半、イツキは武道場に戻って来た。

 そこには手続きを終えた2人の学生とホン上級学校長が、内定書と支度金を受け取るためにイツキを待っていた。


「お久し振りですロームズ辺境伯様。前回の校長会議では、お屋敷にまでお邪魔しお世話になりました。そして、ロームズ辺境伯杯お疲れ様でした」


ホン上級学校長は、8月に行われた校長会議で、イツキの特異性や天才振りに驚き、ロームズ辺境伯杯ではポルムゴールで活躍するイツキを見て、すっかりファンになっていたので、にこにこと嬉しそうに礼をとり挨拶をする。


「こちらこそ、校長会議では椅子に座ったままで失礼しました。今日は?」

「はいロームズ辺境伯様、うちの学生のサートルが、医学大学の助手に合格させていただきました。本人が来れなかったので私が手続きに参りました」


校長は自校の学生の代わりに手続きに来たと告げた。

 ホン領は遠いので、合格発表を見に来れない学生の方が多く、先に軍や警備隊や文官の手続きをしたので、ロームズ関連の手続きが午後からになってしまったと、申し訳なさそうに説明した。


「それで、サートル君は王宮よりロームズを選んでくれたのでしょうか?」

「ハハ、お見通しですか。本人から両方が受かっていたら、ロームズ医学大学の手続きをして欲しいと頼まれました。10年近く校長をしていますが、王宮の文官の合格を辞退したのは初めてでした。どうやら、ここに居る2人の学生も同じようです」


校長は一緒に内定書を貰うために待っていた、マキ上級学校のラディアンとミノス上級学校のノッテスの方を見ながら、憧れの王宮勤務を蹴ってまで、ロームズ行きを選ばせたイツキのカリスマ性に感心した。



 午後3時、就職手続きが完了してないのは、医学大学助手のマリアだけになった。

 イツキ達はレクスの淹れてくれたハーブティーを飲みながら、のんびり3時の休憩をしていた。

 イツキがちょうど飲み終えてカップを置いた時、何やら思い詰めた感じのマリアがやって来た。この時間まで来なかったと言うことは、辞退しに来たのではないかとイツキ以外の者が思った。

 イツキは何を思ったのか席を立ち、入口で俯いているマリアに近付き声を掛けた。


「マリア、君は看護師に成りたかったんじゃないか?」

「えっ?……あっ、ロームズ辺境伯様・・・」


突然領主に声を掛けられたマリアは驚きと同時に、看護師という言葉に戸惑った。

 マリアはホン領の子爵家の次女で、ホン女学院でも群を抜く成績だった。マリアは全寮制の女学院に入学した当初から、イントラ高学院の看護学部を目指していたが、父親が急逝し、子爵を継いだ兄から金が勿体無いから進学を諦めろと言われた。

 それでもロームズ医学大学が出来ると知り、看護学部の国選看護師(奨学生枠)の推薦を勝ち取った。しかし兄は、妹は卒業後直ぐに結婚させると勝手に学校に報告し、推薦は取消された。

 マリアの家は子爵家だが商会も経営していて、野心家の兄は商会を大きくするため、豪商の主人、しかも45歳の男の妾として妹を差し出そうと考えていた。


 推薦取消しと兄の企みを知ったマリアは、失意のあまり死を考えたが、ロームズ医学大学助手の求人を見て、ホン領から逃げることにしたのだった。

 しかし……合格出来ても、どうやって兄から逃げればいいのかが分からない。今日だって、自分の持っていたお金を全て使い、兄には内緒でラミルに来ていたのだ。


 ただ何も言わず涙を流し始めたマリアを見て、イツキはレクスにハーブティーのお代わりと追加を頼んだ。


「マリア、内定書を渡そう。君の担当は看護学部リーズ教授だ。君はリーズ看護教授の元で実務的な助手を3年経験し、3年後に看護師の資格を取って欲しい。そして、そのまま大学病院で働き、将来はブルーノア本教会病院発行の看護師資格を取り、ブルーノア教会からの派遣助教授として、ロームズ医学大学で看護学生を教えて欲しい」


イツキは優しい声でそう話すと、黙って泣いているマリアをステージ前の椅子に座らせ、ハーブティーの入ったカップをテーブルの上に置いた。


「実は3日前、ホン女学院の校長から僕宛に、1通の手紙が届いた。手紙には、君の将来を案じる校長の想いが綴られていた。子爵である兄は、実質君の親代わりであり、看護学部の推薦を取消すよう言われて、従うしかなかった無念の思いと、君に何もしてやれない無力な自分が、情けなくて仕方ないと書かれていた」


「えっ?校長先生が……領主様に手紙を?」


マリアはようやく顔を上げ、涙に濡れた顔をイツキに見せた。そして、校長に心配させ、情けない思いまでさせてしまったことが申し訳なくて、「も、申し訳ありません……こう、校長先生……」と呟いて、詫びるように床に座り込んでしまった。


 イツキは優しく微笑みながらマリアの肩に左手を置き、癒しの能力【金色のオーラ】を発動した。

 イツキはホン女学院の校長の手紙を読んで、力とは……貴族とは何だろうと考えた。

 マリアと同じような境遇の娘は、他にもたくさん居るに違いない。女性(少女を含む)を道具のように考える権力者はたくさん居る。だからこそ、イツキは女性の地位を向上させたかった。その手始めとして、医師資格を女性でも取れるようにし、事務職員や助手も女性を採用した。

 

 イツキの目指すロームズ領とは、女性や子供を軽視することなく、金や権力の為に利用されることなどない、そんな領地である。


「君はこれから僕と、ラミル正教会に行く。そしてファリス(高位神父)様に教会で働きたいと願い出るんだ。そうすれば教会が君を保護し、卒業式前日の夕方、ホン正教会のファリスが君を女学院に迎えに行く。そしてホン正教会は保護した君を、ラミル正教会に送ってくれる。ロームズに出発するまで、マリア、君はラミル正教会病院で働いていればいい」


イツキの金色のオーラの力で、マリアは緊張と不安から解き放たれていた。

 そして聡明なマリアは、目の前の領主様は、全てを知っていて自分を助けてくれるのだと理解した。




 イツキは御者をハモンドに任せ、マリア、パルと一緒に自分の馬車に乗り込んだ。

 ラミル正教会に到着した3人は、ちょうど話し合いが終った事務長のティーラとピアラに出会った。

 イツキはティーラから簡単に話を聞くと、ハモンドにピアラと一緒に、妹のミリム12歳を初級学校まで迎えに行き、そのまま教会に戻ってくるよう命じた。


 イツキはティーラとマリアを連れ、ファリスの執務室に入ると、マリアに指示通り教会で働きたいと自分から願い出させた。

 ブルーノア教会は、教会で働きたいと願い出た者を保護する決まりがあった。

 それを許可する権限を持っているのは、ファリス以上の神父である。

 願い出た者は、正当な理由があれば認められ、教会で下働きをしたり、教育を受けさせたりして、独立出来るまで援助する。本人が希望し優秀であれば、ずっと教会で働くことも出来る。


 ファリスのグラープは、マリアを保護対象者として認め、将来ブルーノア教会の看護師として、病院で働くことを約束させる書面を作った。

 その書面にマリアがサインし、ティーラは保証人欄にサインした。保証人がいれば、ラミル以外の場所で働くことが出来るのだった。


 イツキは、マリアと戻ってくるピアラと妹ミリムを、ラミル正教会の【教会の離れ】に暫く匿うとティーラに告げ、服や必要な物を買ってきてくれるよう頼んだ。

【教会の離れ】とは、教会が保護を必要と認めた者や、教会専属の商人、訳ありの貴族などを宿泊させる施設である。

【教会の離れ】は、一般の人間は利用出来ない。教会警備隊が厳しく管理し、その施設は正教会の近くに在るが、場所は極秘にされていることが多い。 


 イツキはマリアに、パルと一緒に控え室で待つよう指示した。

 イツキはピアラにも、マリアと同じように教会で働きたいと願い出させ、将来教会病院で薬剤師として働くという書類を書かせることにした。


「それでは、ギラ新教の資金源として、ピアラの家は奪われたと?」


グラープから詳しいピアラの状況を聞き、やはり……と、自分の感じた嫌な予感の正体を知ったイツキは、新たなギラ新教の活動に怒りを覚えた。


「はいイツキ様。イツキ様が命じていただければ、現在ラミルに潜入している情報部隊(通称・隠密部隊)が直ぐに調査致します。昨日からサイリス(教導神父)のハビテ様は、マキ領の侯爵の葬儀に出掛けられております。お戻りは3日後の予定です。ですから、情報部隊を動かせるのはイツキ様だけです」


ファリスのグラープは、元々ブルーノア教会の情報部に居た。イツキがラミルに戻って来たので、今年からファリスとして赴任していた。

 しかし情報部隊は、サイリス以上の神父でなければ、指示を出すことが出来ない決まりだった。

 グラープは、ラミルに居る情報部隊の責任者を直ぐに執務室に呼んだ。


「ダルトンです。御無沙汰しておりますイツキ様。昨年のハキ神国ラノス王子襲撃事件以来でございます。先週ラミルに入りました」


焦げ茶の髪と瞳のダルトンは、嬉しそうにイツキに向かって礼をとった。何処にでもいそうな、人懐っこい雰囲気の28歳は、あらゆる職業の人間に化けて潜入できるスペシャリストだった。

 肘という珍しい場所に【印】を持っていて、手作業であれば何をやっても器用にこなせた。料理・大工・鍛治職人・植木職人・事務仕事・宝石職人など、細かい作業は特に凄い腕を持っている。勿論、剣や弓の腕は超一流である。


「副隊長のダルトンさんが来てくれたんだ。心強いですね」


イツキは昨年本教会に戻った時、ギラ新教に洗脳された【印持ち】の能力者を、ダルトンと一緒に捕縛していた。その時、偶然ラノス王子を助けたのだった。

 気心の知れたダルトンがラミルに来てくれたと分かり、イツキは嬉しそうにニヤリと笑った。これからは、調査依頼を直接出すことが出来るのだ。

 早速イツキは、ピアラの件を調べるようダルトンにお願いした。


「イツキ様、何度も言っておりますが、お願いではなく命令してください」


イツキは教会に居ても、ついダルトンと話す時は敬語のような話し方になってしまうので、その都度ダルトンに注意を受けていた・・・

いつもお読みいただき、ありがとうございます。


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