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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
領主の仕事と試験
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新たな疑惑(1)

「薬剤店助手ピアラ19歳、薬草園担当を命じる。来年の夏はレガート大峡谷で薬草採取を行う予定だ。真摯に取り組み4年後に薬剤師試験が受験できるよう励め」


「はいロームズ辺境伯様、ありがたき幸せにございます。必ずや薬剤師になれるよう、死に物狂いで頑張ります」


イツキの言葉に、ピアラは再び涙が零れてきたが、きちんと礼をとり挨拶した。

 そして、旅費として仕度金を手渡されると、安堵のあまりその場にへたり込んでしまった。その様子を見たイツキは、ティーラに目配せをした。


「おい、あの娘は4年後に薬剤師の資格試験を受けられるようだぞ」(マサト)

「余程優秀だったんじゃないか?」(既婚者ネムラス)

「薬草園勤務って・・・薬剤師への道が開かれていたんだ」(オーガス)

「羨ましがるなよ。30分前の俺達を思い出せ!俺達は念願叶って助手になれたんだぞ」


ギミックは、キシ領の医院で働く焦燥感を思えば、理想に近い将来が待っているのだと自分に言い聞かせる。合格出来て本当に嬉しかった……はずなのに……やはり薬剤師になれるという話には衝撃を受けた。



「医学大学助手Bに合格した5人は、領主様の前に集合するように」


パルはよく通る声で5人を主の前に並ばせる。


「ラミル上級学校モービル17歳、内科医ノーテス教授の助手を命ずる」

「カワノ領役場マサト20歳、内科医デローム教授の助手を命ずる」

「薬種問屋勤務ネムラス22歳、薬学部ムッター教授の助手を命ずる」

「マキ領子爵家オーガス19歳、基礎医学マーベリック教授の助手を命ずる」

「医院助手ギミック18歳、外科医ソデブ副学長の助手を命ずる」


「ありがたき幸せ、精一杯努力し励みます」


5人を代表して年長者であるネムラスが挨拶を返した。


「君達5人は、各々担当する教授の講義に、助手として受講することを許す。また、マーベリック教授の基礎医学と、私が行う医学・薬学概論の講義を仕事として必ず受けることを義務付ける。5年以上同じ教授の助手として働きながら学んだ後、専門医として医師資格試験を受けることを許す。内科医・外科医・上級薬剤師を目指せ。初年度は教授の教科書作りを手伝い学べ」


イツキは言い終え、5人の顔を順に見ながらニヤリと笑った。

 5人は状況が呑み込めないのか、ポカンとして誰も返事を返さない。


「なんだ……専門医に成るのは不服か?」


イツキはフッと鼻で笑いながら、意地悪く訊いてみる。


「「「「「ええぇ~っ!専門医!」」」」」


「ありがとうございます。必ずや……必ずや領主様のご期待に沿えるよう……努力し、専門医の……資格を取ると……絶対に取るとお約束します」


内定書を貰えず待たされていたモービルは、何故待たせれていたのかを理解すると、嬉しくて嬉しくて、溢れ出す涙を止めることが出来なかった。

 モービルは化学部副部長として、イツキと共にポルムやアタックインを製作していた時、本当は医者に成りたいけど、家族を養う為に文官として働く予定だと話したことがあった。

『あの時のことを覚えていてくれたんだ!奨学生である自分が諦めた医者になる夢を、イツキ君は叶えてくれようとしているのだ!』と、モービルは心の中で叫んだ。そして、感謝の気持ちで一杯になり、自然とひざまずき深く頭を下げた。


 他の4人もモービルに倣いひざまずき「必ず専門医になります」と、息ぴったりで応えて頭を下げた。

 そしてモービルと同じように泣き出したのは、妻持ちのネムラスだった。

 5人は内定書と仕度金を貰うと、意気揚々とロームズへ向かう日程を決めるため、軍医ベルガの待つ受付へと向かった。



 残っているのは、助手Aの4人だけになった。

 4人は全員学生だったので、文官や領地の役場や王宮勤務を希望していた可能性が高い。4人とも優秀だったので、辺境のロームズで働くより、他の合格の方を選ぶことも考えられた。


 いつの間にか時刻は昼になっていた。

 イツキとパルは受け付けにベルガとハモンドを残し、リンダが作ってくれたサンドイッチを持って、レガート城の外門の中の、一般人が入れる見学コースの途中にある池に向かった。


「残りは学生だから、辞退する可能性もありますね」

「そうだなパル。でも、僕は全員ロームズに来ると思うよ」


そんな会話をしながら歩いていると、イツキは偶然侍女長と出会ったので、パルと別行動をすることになった。



 パルは目的地の城の池の側のベンチに座り、1人でサンドイッチを食べ始めた。

 すると、隣のベンチに座っていた学生らしき2人の男の会話が耳に入ってきた。

 

 「せっかくロームズ医学大学の助手に合格したのに、親は文官としてラミルで働けと言うんだ。俺は……どうすればいいんだ?文官に合格したことは、親も見に来たから知っているんだ」


ラミルの騎士爵の三男であるノッテス18歳は、ラミル上級学校に合格出来なかったので、ミノス上級学校に行っていた。三男ではあるが兄弟の中では1番優秀だった。兄達は軍と警備隊で働いていたが、上級学校を卒業していなかった。なので両親は、ノッテスには文官として王宮で働いて欲しいと願っていたのである。


「俺だって……親は俺に期待している。兄はマキ領の子爵家の警備をしている。一生出世することもないだろうから、俺に出世して欲しいんだ。でも、俺の親は文官に受かったことを知らないから、不合格だったと言えばロームズで働ける」


マキ上級学校のラディアン17歳は、準男爵家の次男だった。何処の親もロームズで働くより、王宮や国の関連部署で働いた方が良いと思っていたのだ。

 2人は特大の溜め息をつく。貴族とは名ばかりの貧乏な家に生まれたが為に、親が期待するのも理解できた。



「こんにちは、大きな溜め息をつかれていますが……もしかして合格出来なかったのですか?」


こっそりと話を聞いていたパルは、思い切って2人に話し掛けた。


「いや、そうじゃないよ。2つ合格したんだけど、どっちを選ぼうかと思案中だ」


突然話し掛けてきた学生らしき男に視線を向けて、ノッテスは力なく答えた。


「凄いじゃないですか!2つも合格できるなんて優秀なんですね。好きな方を選べばいいんじゃないんですか?」


パルは然り気無く持っていたサンドイッチを2人の前に差し出し、お腹が空いていては良い判断は出来ませんよと付け加えた。サンドイッチは2人分あったので、2人の学生は顔を見合わせて「じゃあ少し」と言って手を伸ばした。

 そしてお互い名乗り合い、ノッテスとラディアンは、パルがラミル上級学校の学生だと分かると驚いた。そう言えば、学生服ではなく何となく貴族っぽい服を着ていると思った。


「それが……そうもいかないんだ。君は?君も合格発表を見に来たのかい?」

「いいえラディアンさん。俺はまだ2年生です。でも、学生をしながら働いています。今日も仕事です」

「えっ?パル君は貴族だろう?ラミル上級学校だよね?」(ノッテス)


「俺の親は平民だから奨学生で入学したんです。今は良い主に恵まれ、こうして働きながら学校に在籍しています。俺の主はとても変わっていて、貴族なのに冒険者をしながら学生をしています。今も貧乏だけど誰よりも働き者で、睡眠時間が2時間なんてざらだし、発明したり軍で働いたり、多忙過ぎてしょっちゅう学校を休んでいます。まあ、学校一の秀才だし……先日の武術大会では剣で1位だったし……凄すぎて……俺なんかじぁ全然追い付けない天才です。でも、主は身分で人を差別せず、自分が貴族であることさえ忘れている感じの時がある。でも、平民の俺を従者に選んでくださった。誰にも真似できないカリスマ性と、指導者としての天性の才は、全学生が憧れ尊敬している。俺は命を懸けて主を守り、主の目指す未来を、共に歩んでいける幸運を、いつも神に感謝している」


パルはしみじみと語ると、何故か溢れてきた涙を指で拭いた。


「・・・き、君のご主人ってラミル上級学校の学生?」(ノッテス)

「もしかして……君の主は、領主様だったりする?」(ラディアン)


「はいそうです。今回の試験問題も全てご自分で作られました。主は医師資格も薬剤師資格も持つ天才なんです。あっ、このことは決して他言しないでくださいね。今回とても優秀な受験者が多くて、選ぶのが大変だったと、俺に嬉しそうに言っていました」


パルはそう言うと、そろそろ行かなきゃとベンチから立ち上がり、よかったら残りのサンドイッチもどうぞと言って、にっこり微笑みながら去っていった。



「なあ、今のってロームズ辺境伯様の話だよなあ……」(ノッテス)

「間違いない……でも、冒険者までしてたんだ。それに武術大会で1位って……確か今年の剣の個人戦優勝者はラミル上級学校だったよな?」

「いや、それよりラディアン、ロームズ辺境伯様って医師資格を持ってたんだ……だから、試験官がこの問題はロームズ辺境伯様が作られたと説明したんだ」


ノッテスもラディアンも、暫く呆然としていたが、2人は同時に立ち上がると「「俺はロームズに行く!」」と、これまた同時に宣言した。




 その頃、事務長のティーラは、薬草園勤務が決まったピアラを連れて、今日1日だけ出ている屋台で昼食をとっていた。


「ピアラさん、あなたの事情は私から領主様に報告しておきます。支度金は2人分だから金貨2枚あるはず。これから直ぐに私と一緒に支払いに行きましょう。金貨1枚をしっかり支払いなさい。その前に教会に寄ります。付いてきなさい」


ティーラはフツフツと怒りが込み上げてきたが、それを出来るだけ表情には出さないようにしてピアラに言った。

 ティーラは昨夜、ピアラという女性は何か困り事がありそうなので、合図をしたら事情を聞いて欲しいと主に頼まれていた。そして、その事情が助けるべきことであれば、ラミル正教会のファリス(上位神父)様に相談するようにと指示を受けていた。


 お金、特に借金に関わることであれば、女2人で解決しようとすると舐められる。

 ここはそういう相談事を数多く解決している、教会に話を持ち込むのが安全だとティーラも思った。下手にロームズ辺境伯の名前など出すことは出来ない。



 ティーラとピアラの対応をしてくれたのはファリスのグラープだった。

 ティーラとファリスのグラープは当然顔見知りである。しかし、一般人のピアラからすると、一般神父様でもなくモーリス(中位神父)様でもなく、いきなりファリス様だったので、かなり恐縮していた。


「それでは、亡くなった父親は商会を営んでいて、仕入れ代金を払うために、客である伯爵に商品代金の回収に行き、途中で何者かの馬車にひかれた。直ぐに駆け付けた警備隊によると、父親は金を持っていなかった。そして、支払期限まで10日以上あるのに、仕入れ先が父親が死んだので、金の代わりに店兼住居だった建物を勝手に奪った。後日母親が伯爵の家に行って確認したが、伯爵は支払ったと言い取り合ってくれなかった。そして警備隊に調査を依頼しようとしたら、母親は通り魔によって殺された……と」


難しい顔をしたファリスのグラープが、話の内容を確認するように調査書に記入していく。


「そして、何故かその伯爵が残っている借金を逆に肩代わりしたから、毎月金貨1枚を2年間払えと言ってきたのですね?」


ティーラは段々とこの事件?のからくりが分かってきた。それはファリスのグラープも同じで、悪質な詐欺に遭ったのだろうと判断した。何も分からない上級学校を出たばかりの娘と12歳の子供では、さぞかし騙し易かったことだろう。


「伯爵の名前はエイベリック伯爵。そして、あなた達を監視しているのは、エイベリックの息子か部下で、警備隊に勤務しているユダで間違いないですね?」


「はいファリス様。ユダ様は、自分は警備隊に勤務しているから、もしも逃げたら必ず捕まえて処罰すると……1回でも払えなかったら……妹を売ると言われました」


ピアラは震えながら詐欺師と思われる者達の名前を言った。

 ティーラもファリスのグラープも、その名前は治安部隊とブルーノア教会がマークしている名前だと直ぐに思い出した。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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