イツキと合格者
医学大学の事務職員の学長と副学長の秘書を発表したイツキは、続いて残り2人の担当を告げる。
「王宮侍女ユリーサ21歳、特別医学部及び聴講生担当を命じる。他国からの入学者の担当もすること」
「はい領主様。ありがとうございます。王宮での経験を生かし、他国から入学する学生が不安にならないよう、精一杯努めます」
ユリーサは侍女長の下で働く優秀な侍女だった。堪能な語学力を生かし、国外からのお客様を担当しており、ハキ神国のラノス王子を担当させる予定である。
「ラミル上級学校モーティス18歳、医学・薬学概論の教授である領主の書記を命じる」
「・・・は、はい領主様、粉骨砕身書記として頑張ります!」
文学部副部長であるモーティスは、領主の書記と言われて一瞬ポカンとしてしまった。まさか自分がイツキの側で本当に仕事することになるとは思ってもみなかった。嬉し過ぎて思わず飛び上がろうとしたが必死に堪えた。
しかし、医学・薬学概論の教授って何だ?と後から首を捻った。
次はロームズ領の事務職員6人である。
5人はロームズ役場で働くことが決まっている。先に5人に内定書と仕度金を渡し、別の部署を担当する者の名が呼ばれた。
「王宮メイド、エリーザ23歳、ロームズ辺境伯邸での勤務を命じる。事務仕事及び来客担当とし、侍女教育をすること」
「はい領主様。王宮での体験を生かし、誠心誠意務めさせていただきます」
エリーザは王宮で、主に来賓や国賓の接客や食事の世話、パーティーでの給仕を担当していた。ロームズ辺境伯邸で働いているメイド達の教育を担当してもらう。
次は薬草園担当の4人である。
女性で合格したピアラ19歳を除く男性3人は手続きを終えていた。
「君達は薬草園で働き、4年後に薬剤師の試験を受けることになる。薬草栽培に真摯に取り組み、新しい薬草を発見し、薬草の可能性を広げて欲しい。時に他国へ赴き薬草採取することもあるが、初年度の夏はレガート大峡谷で薬草を採取する」
「はい、薬剤師の資格取得を目指し、懸命に努力いたします」
レガート大峡谷と聞いて驚き固まっている2人を余所に、返事を返したのはラミル上級学校植物部副部長のレグルだった。当然イツキ親衛隊に所属しており、合格を心から喜んでいた。
他の2人も直ぐに「ありがとうございます領主様。頑張ります」と返事を返していた。
最後に残っているのは医学大学の助手で、専門医を目指して貰う予定の5人だったが、手続きを終えていたのは1人だけだった。
「なあパル君、ちょっと聞くんだが……医学大学の助手は2つのグループに分かれていたが、どういう組分けなんだろう?」
「モービル先輩、それは俺も聞いてないんです。それにしても、合格したのに他のメンバーは何故来ないんでしょうか?」
モービルの問いに自分は何も知らないと答え、他のメンバーが何故来ないのかとパルは心配になった。確かに手続きは今日の午後5時までだから、遅れている訳でもないのだが、徹夜して主が選んだのに……と、パルは少し不機嫌になる。
化学部副部長のモービルは、化学部部長のクレタがロームズに行くと知り、自分もロームズで働こうと決めた。その後イツキがロームズ辺境伯だったと知ったのだが、今回の助手に合格できて心底喜んでいた。
彼は奨学生であり進学は出来なかったが、イントラ連合国語がAだったので、給料は金貨2.5枚と大変条件が良かった。王宮に就職出来ても金貨2枚なので、家族を養う身としては、医学大学に就職できて……そして医学に関係する仕事が出来るだけで、本当に、本当にモービルは嬉しかった。
その頃、王宮に近いとある公園で、社会人の男4人が愚痴り合いをしていた。
「だから、あの時の領主の問いは引っ掛けだったんだよ」(マサト・男爵家長男)
「でも、俺はロームズ辺境伯の人柄は気に入っている」(ネムラス・元準男爵家長男)
「ああ……また領地に戻って地味な事務仕事が……」(オーガス・子爵家次男)
「俺なんかクソみたいな医者の助手に戻るんだ。こうなったら来年医学大学を受験してやる!」
ロームズ辺境伯に悪態をついていたギミック18歳(豪商家三男)は、不合格確定だと思ってふて腐れる。
面接試験当日、この4人は同じグループになりイツキと面接していた。面接後、なんとなく一緒に夕飯を食べ意気投合していた。
昨夜は、ラミルの薬種問屋に勤めているネムラス22歳の家(既婚者)に、他の3人は泊めて貰っていた。なにぶん昨日は、国中から合格発表を見るため人が集まるので、宿を取るのが大変だからと事前にお願いしていたのだ。
1時間前のこと、一般人は2人しか合格できないと思っていた4人は、この中の誰が合格しても笑ってお祝いしようと決め、混雑を避ける為に少し遅れて王宮へと向かって歩いていた。
そこに偶然、医学大学の事務職員を受験したと思われる2人が通りかかった。
「まあ仕方ないよ。事務職員は一般人から2人しか合格できないんだ。助手だって合格した一般人2人は大喜びしてたじゃないか。でも、合格者11人中4人は薬草園って書いてあったぞ」
どうやら合格出来なかったと思われる、如何にも貴族のボンボンですといった感じの20歳くらいの男が、合格発表の様子を大声で話ながら前からやって来た。
「そうそう、しかも薬草園は3人が一般人だった……何でだろう?」
もう1人も貴族っぽい服を着た20歳くらいの男で、意味不明なことを話しながら通り過ぎていった。
「どうやら俺達は誰も合格出来なかったようだったな・・・」(マサト)
「ああ……既に他の2人が合格したようだし」(オーガス)
「アエラさんガッカリするだろうなぁ……笑顔で送り出してくれたのに」(ギミック)
「それを言うなよ!ああぁ……アエラ、すまない・・・」(ネムラス)
すっかりしょんぼりした4人は、合格発表を見に行かず、気付けば公園で溜め息をついていた。自分こそはと自信があっただけに、落胆も大きかった。
そんなこんなで午前10時半になり、既婚者であるネムラスが立ち上がり言った。
「そう言えば薬草園に3人の一般人が合格していたと言っていた。もしかしたら、そこに合格しているかも知れない。とにかく見に行こうじゃないか」と。
何となく気は進まなかったが、もしかするともしかするかも……と前向きに考えた4人は、王宮へと重い腰を上げた。
そして道すがら、薬草園の仕事について4人は熱弁を振るっていた。何だかんだ言っても医学好きの4人である。薬草園の仕事だって医学大学の仕事なのだから、新しい発見や医学に貢献出来るかも知れないと、前向きな考え方をしながら歩く。
とうとうレガート城の外門の前まで来てしまった。
「よし!1人でも合格していたらお祝いだ!」と、いつも会話をリードする長男気質のマサト20歳がそう言うと、他の3人も「おう!」と応えた。
合格発表の掲示板前には、思ったよりも人が居た。今朝ラミルに到着する辻馬車で来た者もたくさん居たし、4人のように自信がなくて、ようやくやって来た者も居た。
ロームズ関係の掲示板は1番右端にあり、殆ど人が居なかったが、1人の女性が掲示板の前で号泣していた。
「あれは……確か同じ助手を受験していた娘だよな……ダメだったのかな?」
オーガス19歳は小声で呟き、あまりの泣きっぷりに3人の顔を見て、どうする?という視線を送る。が、4人は声を掛けようかどうか迷う。
「あ、ありがとうご……ひっく……ございます……ロームズ辺境伯……様うぅっ」
薬草園の職員に合格していたピアラ19歳は、掲示板を拝みながらロームズ辺境伯様に礼を言っていた。
あの娘は合格していたんだと分かった4人は、なんだか自分のことのように嬉しくなった。そして自分達も勇気を出して掲示板の前に立った。
左からロームズ領職員6人・中級学校教師10人・医学大学助手A7人・薬草園職員4人・医学大学事務職員12人・医学大学警備員10人、そして最後が医学大学助手B5人だった。
4人は左から順に確認していく。
思わず息をするのを忘れて医学大学助手Aの前まで来た4人は、そこに自分の、自分達の名前が無いことを確認し肩を落とす。助手はもうダメだと覚悟は出来ていたが、それでもショックだった。でも、気持ちを切り替え、隣の薬草園職員の合格者名簿の前で、祈るように手を胸の前で組んだ。
薬草園職員の合格者名簿の前で、ピアラはまだ悦びの涙を流していた。
ゴクリと唾を呑んだネムラスは、名簿をじっと凝視し、何度も自分の名前を確認する。「ごめんアエラ」と呟いてガクリと膝をついた。
掲示板の最後の合格者名簿は、医学大学の警備員の合格者の名簿だった。
終わった・・・4人はハーッと肩から息を吐き、目を瞑った。
「あのう……もしかしてオーガスさん……とかネムラスさんですか?」
なんとか現実を受け入れようとしていた4人に、ピアラが不思議そうな顔をして声を掛けてきた。
「ああそうだよ。俺はオーガスだ。合格したんだろ?おめでとう、良かったな。でも……どうして俺の名前を?」
オーガスは試験の時からピアラを可愛い娘だと思っていたので、自分の名前を呼ばれて少しだけ気持ちが上がった。
「あの~、隣の掲示板に名前が有りましたよ。おめでとうございます」
キョトンとした表情で、ピアラはオーガスを見ながら、隣の掲示板を指差した。
「「「「ええぇ~っ?」」」」
4人は大声で叫びながら、何故か2メートルくらい離れて置いてある掲示板に、よろけるように走って急ぐ。
「「「「ああぁ~っ!」」」
それから4人はピアラと一緒に、就職の手続きをするために軍の武道場に向かった。
ピアラは思った。男の人って結構気が弱かったのだと。
武道場までは徒歩5分である。5人はあれやこれやと楽しく話しながら歩く。
「私、妹と2人でロームズまで行くんだけど……恥ずかしながら旅費が用意できそうにないの……領主様は旅費をご用意くださるかしら?」
ピアラは急に俯いて、恥ずかしそうに元気のない声で4人に聞いた。
「そうだなあ……ロームズ辺境伯なら出してくださると思うぞ。俺も妻を連れて行くから、結構お金が掛かると思う。もしも必要なら相談してみたらいいよ」
家族持ちのネムラスは他人事ではないと思い、期待を込めてピアラに言った。
「薬草園の職員って、お給料はいくらなのかなぁ……はぁ……」
「ピアラさんの親は、お金を出してくれないのか?」
「オーガスさん。私達、今年両親を事故で亡くして……家も無くして……ご、ごめんなさい!せっかく合格して楽しい気分なのに……今の話は忘れてください」
ピアラは申し訳なさそうに頭を下げ、4人は掛ける言葉が見付からなかった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら教えてください。