上位決定戦と合格発表
11月19日、約1週間ぶりにイツキは学校に戻り学生をしていた。
午後の武術の時間、武術大会を欠席したイツキは、剣術の順位決定戦をするため試合をすることになった。
エンター、ヤン、ミノル、エンド、パル、他にはナスカ、インカ、ホリー(ルビン坊っちゃんのお付き)が、今回の武術大会でベスト8に入っていた。
ホリーは前期までヤマノグループに居て、真面目に練習に参加していなかったが、後期になり真剣に練習しベスト8に入っていた。これにはイツキも驚いた。
しかし時間の関係で、ベスト8の代表者として……そして卒業前の記念として、剣術の講義が同じ日になっていないインカとエンターが対戦相手として名乗り出た。
本来今日は剣術ではない2人だが、特例として校長が認め試合が実現した。
インカは今回の大会で5位、エンターは1位だったので、インカに勝てばイツキが5位になり、エンターに勝てばイツキは1位になる。
イツキとインカとエンターは、体育館の中央で他の者には聞こえない声の大きさで、不敵に微笑みながら短く会話する。
「イツキ君、手加減は要らない。どうか全力で来てくれ。そして俺に、まだまだ鍛練が必要だと活を入れてくれ」
インカは真剣な顔をしてイツキにそう頼んだ。
「イツキ君、もしも俺が3分持ち堪えたら……フィリップ秘書官補佐と一緒に、君を守る役目を与えて欲しい」
こんな時だが、いや、こんな時だからこそ、エンターは自分がずっと心の中に秘めていた想いをイツキにぶつけた。
「分かりましたインカ先輩、全力で戦います。そしてエンター先輩、いつか……きっとその日は来ると思います」
2人の先輩と過ごす時間が、いつの間にか残り1ヶ月になっていたと気付いたイツキは、この出会いに感謝し、2人の熱い想いを受け止め、全力で戦おうと決心する。
大声援の中、3人の上位決定戦が始まった。審判はシルバン先生である。
5位のインカとは、開始後50秒という早業で、イツキがインカの剣をはらい、剣は大きく宙を舞い勝利した。
1位のエンターとは、試合開始から激しい打ち合いになった。周りの学生には2人の力が拮抗しているように見えたが、1分後接近戦から少し距離を取ったことで力の差が見え始めた。
エンターの剣はイツキに届くことはなく、エンターはイツキの剣をはらうのが精一杯になった。そして開始後2分、イツキの剣はエンターの胴を振り抜いた。
「ありがとうイツキ君。とうぶん精進するよ」
インカはスッキリした表情で、イツキに握手を求めにっこりと笑った。
「ありがとう。イツキ君が卒業するまで、警備隊で鍛え直すよ。そして必ずフィリップ様に、認められる男になる」
「はいエンター先輩。お待ちしています」
エンターは握手ではなく、イツキを軽く抱き締めるようにしてそう言った。イツキも嬉しそうに、待っていると応えた。
当然その光景を見たイツキ親衛隊や第2親衛隊から「ああーっ!」と叫び声が上がったが、素晴らしい頂上決戦の決着を、学生達は拍手で祝福した。
きっと夕食時間は、イツキの優勝と素晴らしい戦いの話で盛り上がることだろう。
20日、いよいよ今日は職員採用試験の合格発表の日である。
レガート城外門内の広場には、文官・軍・警備隊、そしてロームズ領関係の合格者の名前が貼り出された。
地方の文官や地方の教師の合格者は、その地方の役場で合格者発表をする。
レガート城で発表されるのは、上級学校を卒業した者、又は卒業見込みの者で、国に就職する上官コースの合格発表だけであった。
ロームズ医学大学は当然国立だが、ロームズ領の職員6人と中級学校の教員10人の合格者は、ロームズまで合格発表を見に行けないので、特例としてレガート城で合格発表される。
採用試験を受けた者が、午前8時頃から外門の前に並び始め、午前9時前には1,000人近い受験者が、今か今かとドキドキしながら並んでいた。
ラミル上級学校の3年生の8割も、この列の中に並んでいると思われる。
当日都合で来れない者は、事前に領主か上級学校の校長に届け出ていれば、代わりに手続きを代行してくれる。なので、各上級学校長は昨日からラミルに来ていた。
ラミル上級学校もそうだが、11月に入ると3年生は学校を休むことが多くなる。
国内外に散らばり就職活動や進学のために移動するので、10月20日から12月12日までは、休んでも欠席にはならない。
例えばホン上級学校やマサキ上級学校の学生で、10月20日に行われたロームズ辺境伯杯に参加した学生の内、11月1・2・3日に行われる軍・警備隊・文官の採用試験を受ける者は、片道5日以上かかる自領には帰らず、ラミルに留まり試験日を待っていた。
進学の場合は、医学と経済学を学ぶイントラ高学院、もの作りを学ぶミリダ王立先進学院・工業学院、音楽と芸術を学ぶダルーン王国のチート国立芸術学校、そしてレガート国立ロームズ医学大学があるが、受験は11月20日から12月5日までの間に行われるので、間に合うように辿り着かねばならない。
本日の合格発表も、他の領地から来ている者は、前泊して発表を確認する者が多い。合格していたら午前中に内定書を貰い、就職の手続きをする。そして午後には自分の領地に帰っていくのだ。
合格者の殆どは、赴任地や部署も決定しているので、1月10日に直接その部署に初出勤することになる。
ロームズ医学大学とロームズ領の職員も、1月9日迄にロームズに到着しなければならない。カワノ・マサキ・キシ領の者は、馬車を使ったとしても15日前には出発しなければ間に合わない。
ロームズ医学大学及びロームズ領職員に合格した者は、9時半からレガート軍の武道場で手続きが行われるため、外門内から軍本部に抜けられる通路を移動していく。
軍に合格した者は軍本部で、警備隊に合格した者は警備隊本部で、文官に合格した者は王宮横の資料棟で手続きが行われる。ロームズ関係の手続きは、場所が無かったので軍の武道場を借りて行われる。
「合格者の皆さん、私はロームズ辺境伯邸の事務長です。各々の部署ごとに手続きをしますので、自分の合格した部署の机の前に並んでください」
合格者54名の内45人が、ティーラの説明を聞きながら、医学大学の事務・助手・警備・薬草園、ロームズ領の事務・教師と書かれた6つのテーブルの前に並んでいく。
「俺は王宮警備隊所属、ロームズ領担当のレクス中尉だ。手続きが終わった者は、担当部署や仕事内容が書かれた内定書を、ロームズ辺境伯様が直接手渡してくださる。名前を呼ばれたら領主様の前に進み出て、お言葉と内定書を受け取るように。その後で、ロームズ領へ向かう日程とルートを発表するので、必ず申し込むように。分かったな!」
「「「はい、分かりました」」」
合格者達は喜びの表情で元気よく返事を返した。
午前10時の時点で辞退者は出ておらず、補欠の合格者は発表されていない。
受付をしているのは、ティーラ、レクス、ベルガ、ハモンド、教育部のアンジュラ、イシリアの6人である。
イツキの隣で内定書を渡す手伝いをするのは、イツキの従者パルである。
これから主に関わってくる者達なので、パルはしっかりと名前と顔を覚えようとする。特にロームズ領の職員は、自分から指示を出す可能性もある。
手続きが終わった者は、部署毎にパルの前に並び名前を告げる。その名前の内定書をパルがイツキに渡す段取りになっている。
先に医学大学の警備に合格した10人に内定書を渡す。担当部署は決まっていないが、狭き門を合格した10人はとても嬉しそうだった。軍学校の学生も2人含まれていた。
「君達10人はロームズへ向かう途中も、しっかり他の合格者を警護して欲しい。これからの活躍を期待している」
イツキはステージに置かれていた仕度金(金貨1枚~2枚)と一緒に、1人ずつ名前を呼びながら内定書を手渡していく。
「ありがとうございます。命に代えても学生と皆の命を守ります!」
全員が受け取り終わると、代表で年長者が挨拶し、残りの9人も「頑張ります!」と答えて、再び出発の日程を決めるため受付に戻っていく。
次は医学大学の助手に内定書を渡していく。助手は既に担当が決まっている。
「ミノス領カルム22歳、ロームズ医学大学の助手を命ずる。担当はハキル学長の書類整理及び手伝いをすること」
「はい、ご期待に添えるよう頑張ります」
カルムは元奨学生で、既に結婚をしているので夫婦でロームズに移り住む。
「ラミル女学院ライラ17歳、ロームズ医学大学助手を命ずる。担当はリーズ看護教授の助手とする」
「はい、ありがとう……ございます。全力で……全力で頑張ります」
ライラは自分が合格できると思っていなかったので、嬉しさのあまり声が詰まった。
「ラミル出身ミリアン20歳、ロームズ医学大学助手を命ずる。担当は薬剤師のシルビア助教授とする。しっかり勉強し4年後に資格試験を受けよ」
「はいありがとうございます。未来の道を開いていただき感謝いたします」
ミリアンは薬草園を希望していたが、シルビアの助手が必要だったので、シルビアの元で学んで薬剤師資格試験を受けさせることにした。
普通の助手の合格者は7人だったが、まだ3人しか手続きをしていなかった。
教育部のアンジュラは、残りの4人は学生なので、文官に合格した可能性が高いと言っている。
次は中級学校の教師10人である。
ここは10人全員が揃っているが、担当が決まっていないので、警備と同じようにイツキが全員に言葉を掛け、1人ずつ内定書と仕度金を渡し、次の受付に向かう。
教師達とは、開校前に個別に面談し、その時に担当教科を告げることになった。
中級学校の校長は、警備隊本部で出会ったネイゼス事務次官補佐46歳に決まっている。ネイゼスは医学大学で法律を教える講師も兼務していた。
次は医学大学の事務職員12名である。
ここも辞退者が出ることなく全員が手続きをしていた。
担当が決まっていない8人は、普通に大学の事務処理全般をこなして貰うので、9日までに上司である教育部の上官が決定する予定である。
ちなみにこの8人の中に、ラミル上級学校の先輩ライスが含まれている。
「法務部文官ヘーデル22歳、ハキル学長の秘書を命じる。学長の為に最善を尽くせ」
「は、はい!ありがとうございます。全力で学長をお支えいたします」
ヘーデルはエリートである法務部を辞めて、医学大学の事務職員を希望した変わり者である。ヘーデルは元々医者に成りたかったが、金銭的な事情で諦めていたので、学長秘書と聞いて嬉し涙を零しながら内定書を受け取った。彼はイントラ連合国語・ハキ神国語はAで、ミリダ語はBという秀才だった。
「キシ女学院イメリア17歳、ソデブ副学長の秘書を命じる。副学長はブルーノア本教会病院の医師も兼務している。ハキ神国への出張もあるので、しっかりついていくように」
「はい領主様。医学大学の受験を諦めて良かったです。必ず役立つ人間になり、副学長の手足となり頑張ります!」
イメリアはキシ女学院で、ロームズ医学大学の看護学部の奨学生を希望したが僅差でダメだった。それでも医学への思いは諦め切れず、事務でもいいから医学大学で働こうと気持ちを切り替えていた。
イツキが副学長の秘書にしたのは、武術(剣・馬術)の成績がAだったからである。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
訂正 誤)イツキの剣はフィリップの銅を振り抜いた。
正)イツキの剣はエンターの胴を振り抜いた。




