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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
領主の仕事と試験

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採用者検討会

 11月18日、今日は採用者検討会の為に、中級学校の教師採用の試験官をしてくれた5人と、教育部、人事部の部長・副部長がやって来る。


 17・18日は上級学校が休みで、いつものようにクレタ先輩、従者のパル、教え子のハモンド、レクス、ベルガ、事務長のティーラというメンバーで一緒に朝食を食べながら、イツキは15・16日に行われた武術大会の様子を聞いたり、ロームズでの出来事や、昨日の王宮での出来事を話していた。


「はい?もうお見合いの話が来たんですか?それも12件……」(パル)

「そりゃ領主様だから、当然と言えば当然だ」(ベルガ)

「どうするのイツキ君?」(クレタ)

「どうするもこうするも、僕は結婚する気なんて全くないよ。だから秘書官と王様には、秘書官とキシ公爵様、フィリップさん、ヨム指揮官、ソウタ指揮官が結婚したらお見合いしても良いと条件を出した」


ちょっぴり怒った感じのイツキは、見合いを断る強力なパンチを放って屋敷に帰ってきたと告げた。


「そ、それは王様も秘書官様も、何も言い返せなかったでしょうね」(ティーラ)

「う~ん、フィリップ秘書官補佐は結婚するかなあ……」(ハモンド)

「ヨム指揮官だって、氷の貴公子と呼ばれているしなぁ」(レクス)

「…………」(イツキ以外全員)

「まあこれで、僕は当分結婚話を聞かなくても済みそうです」


イツキは嬉しそうに笑いながら、食後のお茶を飲み干した。

 だがイツキ以外の全員、貴族の跡取りは、上級学校を卒業するまでに婚約者を決めるのが普通だと知っていた。だから喜んで良いのか憂慮すべきなのか、複雑な気持ちで答えが出せなかった。




 午前9時、中級学校教師採用試験の時の試験官だった5人が、ロームズ辺境伯邸にやって来た。

 ロームズ辺境伯邸に一般のお客様が来るのは珍しく、イツキは少し緊張していたが、やって来た教師達はもっと緊張していた。

 本来普通の教師の身分で、領主屋敷に呼ばれることなど無い。例え子息が学生として在籍していても、家庭訪問することもないし、格上の貴族である公爵様や侯爵様の屋敷に呼ばれたら、それはお叱りを受ける場合である。


 ラミル中級学校の教師5人は、ロームズ辺境伯邸の門の前まで来て、普通の屋敷より少し大きいくらいの屋敷を見て、ホッと胸を撫で下ろしていた。

 警備員も1人だけで(本当は屋敷の入口付近で、常に警備隊本部の隊員が警備にあたっている)、これなら伯爵家の家くらいだと思い、門の前に居た警備員に用件を伝え、門を開けて貰った。

 変わった形の門に驚きながら玄関前まで来ると、ロームズ辺境伯自らが出迎えに出てくれていて驚いた。


「急に日程の変更をしてしまい、申し訳ありませんでした。どうぞお入りください」


イツキは笑顔で謝罪を言った。その笑顔を見た教師5人は、何故だかドキドキする。整った顔は勿論だが、制服ではない私服の領主を見たのは初めてで、何だかキラキラと輝いているように見えたのだった。

 領主の案内でエントランスホールに入った教師達は、明るさと華やかさに驚いた。続いて案内されたリビングに入ると、その豪華さに息を呑んだ。

 広いリビングの窓際には、カーテン越しに陽の光が射し込み、白い大輪の花が咲いていた。その花と葉を見た教師達は息をするのを忘れそうになった。


「あれは……レガートの花?」

「はいそうです。王様から頂きました。申し遅れました、事務長のティーラと申します。どうぞお座りください」


ティーラは5人を中央の応接セットに案内し、暫く待ちくださいと言ってお茶を出した。教師達はいい香りのお茶を満足そうに飲みながら、少しずつ緊張を解いていく。

 5分後、イツキは筆記試験の結果を持って、レクスと共にリビングに現れた。そしてダイニングルームへと皆を移動させる。


「すみません。リビングよりこちらの方が、皆さんとの距離も近く緊張せずにお話し出来ると思いまして……それと、私の助手をしてくれているレクスです。同席させていただきます」


「王宮警備隊のレクス中尉です。ロームズ辺境伯の元で勉強させていただいてます。よろしくお願いいたします」


イツキは最近、会議をする時にはダイニングルームを使うようになっていた。レクスを紹介しながら最初に着席する。


「それでは、皆さんが推す10人の候補者と、その10人を推薦される理由をお聞かせください。それと、今回の採用試験における改善点を教えてください」


イツキはそう言いながら、受験者の名簿をテーブルの上に広げて、推薦者の名前と総評を書き込んでいく。


 教師達は思った。

 領主様なのに自分達の話す内容を自ら書き込み、時に質問し、意見を交わされる。それはとても真摯な態度であり、決して見下すような素振りも見せず、領主の固定観念を打ち破る、領主らしからぬ領主であると。

 確かに上級学校の学生をされてはいるが、飛び抜けた優秀さは上級学校のボルダン校長から聞いていたし、ポルムやアタックインを開発した天才でもある。


 なのに、全く威張ったところがない。

 きっと知らない人が見たら、教師と生徒の会話のように見えるだろう。

 しかし時間が経つに連れて、厳しい突っ込みが入ったり、教育に対する概念や個性の話に発展すると、教師達は様々な驚きとは別に、この領主様の考え方の根底にあるのは、自身に対する厳しさと、他者に対する慈愛だと気付いた。


「ロームズ中級学校には、上級学校に進学するための特別コースが出来るそうですが、それは具体的にはどういうお考えがあっての設定なのでしょうか?」


5人の中でも1番若い20代後半の教師がイツキに質問した。


「僕は学生の学ぶ権利を守り、真剣に学びたいと思う者の才能を伸ばしたいと思っています。勉強の仕方から教えますが、自ら考え工夫できる教育をしたいのです。ですから、自主性を重んじた教師を雇い、学ぶことは楽しいのだと知って欲しい。そしていつか、人の役に立てる人間になりたいと思って欲しいのです」


教師から一方的に情報を与えるだけの学習ではなく、考える力を伸ばしたいとイツキは説明した。

 質問した教師はイツキの考え方に賛同し、自分もロームズ中級学校で働いてみたいと思うのだった。


 イツキの考え方や理想を聞いた上で、5人の教師達は推薦する10人を変えた。

 個性的な教師を排除していたのだが、遣る気と情熱は他の誰よりも強そうだった2人を新たに加え、いかにも無難と思われた2人を落とすことにした。



「今日は色々と勉強になりました。僕は中級学校には行っていないので、考えが足らない部分や分からないことも多いと思います。宜しければ、これからもご意見をお聞かせください」


午前11時半、イツキはエントランスで5人に礼を言って、一人一人と握手をする。


「こちらこそ勉強になりました。呼んでいただければ、いつでも参ります」(副教頭)

「とても有意義な時間が過ごせました。私はロームズ辺境伯様を応援します」(主任)

「私でお役に立てることがあれば、何なりとお訊きください」(教師A)

「ぜひラミル中級学校にも足をお運びください」(教師B)

「次の採用試験の時は、ぜひ挑戦したいと思いますロームズ辺境伯様」(20代の教師)


教師達は自分達の役割を終え、満足した顔をしているが、どこか寂しい気持ちになる。まだもっと、この領主と話していたいと思ってしまう。


「心ばかりのお礼でございます。主が自らデザインしたノートとペンでございます。試験官としてご協力くださった方の分も入っております。宜しければお使いください」


事務長のティーラはそう言うと全員に謝礼の品物を渡す。この国では何かのお世話になった場合、お金ではなく品物を渡す習慣があった。

 ティーラが渡した高級ノートにはロームズ辺境伯の家紋が入っており、医学大学で使用するために、ランカー商会(トロイの父親)に特別注文していた品だった。

 ペンもランカー商会に頼んで職人に作らせた物で、市販されているペンと違い、イツキの知恵とポムを使った画期的なペンだった。試作を何度も繰り返した結果、昨日ようやく完成しランカー商会から納品されたのだった。


 教師達はそのペンを見て歓喜の声を思わず上げてしまった。

 そのペンは、検討会の間中イツキが使っていた物と同じもので、イツキは会議中1度もインクを使わなかった。それを不思議に思った副教頭がイツキに質問したところ、自分が開発した試作中のペンであり、まだ市販はされていないと答えた。

 なんて便利なペンなのだろうと、教師達の目は会議中釘付けになっていたのだ。


「市販前の試作品です。不具合があるかもしれませんが、そこはご容赦ください」


イツキは笑顔でそう言って、感想や使い心地等を、屋敷までお知らせくださると有り難いですと付け加えておいた。

 5人の教師達は目を輝かせながら、来て良かったと話しながら帰っていった。




 午後2時、今度は人事部長のラシード伯爵40歳、副部長のエンケル準男爵39歳と、教育部の部長エザック伯爵52歳、副部長のゴウダイ男爵50歳がやって来た。

 4人は全員王都ラミルの貴族であり、ロームズ辺境伯に対して大変協力的だった。


「今日は急な日程の変更にも拘わらず、ご足労頂きありがとうございます」


イツキはエントランスホールで笑顔で出迎え、今度は事務長のティーラとハモンドが同席する。ティーラはこれまでも2つの部署に度々顔を出し打合せしていたので、すっかり顔馴染みである。


「レガート軍ハモンド中尉です。この度医学大学警備員の担当教官に成りました」


ハモンドは自己紹介をすると、4人が持ってきていた書類を持ち、会議室という名のダイニングルームへと4人を案内していく。

 午後からはリンダがお茶を出してくれるので、ティーラは検討会に参加する。


「午前中に決まった教員はこの10名です。それから、医学大学の助手12名ですが、受験者が予想以上に優秀だったので16名採用しようと思います。その内4人は薬草園管理と病院で薬剤師の助手をさせます」


イツキはこれまでに採用が決定している26名の、名簿と履歴書を人事部長のラシード伯爵に渡す。


「了解しました。昨日この4人で検討会を行った結果、大学の事務職員12名、警備員10名、ロームズ領の事務職員6名を決定しました。成績を7割、面接を3割で採点した結果で選出しました。それから国の文官や軍や警備隊に併願している者を考慮し、補欠も5人まで選出しました」


ラシード部長はそう言って、各部署の合格者(補欠を含む)の名簿をイツキに渡した。

 イツキは早速考査するので、4人には暫くリビングで待って貰うことにした。

 待って貰う間に、イツキは先にお礼のノートとペンを4人に渡し、使い心地や感想を聞かせて欲しいと頼んだ。帰る時には、ランカー商会で昨日買った、マキ領特産の珍味を渡すことにしている。


「何ですかこれは?なんて便利なんだ!」(ラシード伯爵)

「書き心地も良いし見た目より軽いですね」(エンケル副部長)

「これ、ロームズ辺境伯の発明品ですよね……文具まで作れるんだ」(エザック部長)

「これは事務の仕事の効率を上げる、画期的なペンです」(ゴウダイ副部長)


4人はペンをしげしげと眺めたり、紙に文字を書いてみたりしながら感想を言い合う。

 ペンの上部は固いポム、ペン先はやや柔らかいポムを使い、ポムの中にインクを入れ、ペンを持つ指の辺りを軽く押すと、インクが出てくる仕組みで、自分でインクの量を加減できる優れ物だった。しかもポムによりペンだこが出来ず指が痛くならない。

 こんな大事な発明品を貰ってもいいのだろうかと、4人は真剣に悩み始める。ペンの価値を思うと、試験官や面接官のお礼で貰える代物ではないはずだと恐縮する。



「お待たせしました。皆さんの決めていただいた合格者でお願いします。合格発表の20日には僕も王宮に行き、直接採用決定書を手渡したいと思います。辞退者が予想以上にいた場合は、また相談させてください」


「ロームズ辺境伯様、そのようなことはないと思います。では、合格者の貼り出しは人事部が責任を持って行います」


ラシード伯爵はそう言って笑うと、本当にペンを貰っても良いのかと訊ね、20日には必ずペンの感想を書いてお渡ししますと約束し、4人は上機嫌で王宮に帰っていった。 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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