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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
領主の仕事と試験
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イツキ、ロームズに帰る(7)

「だから何度も言ってるだろう!ここの土地はご主人様がお買いになるのだ!」

「だから、わしも言っておる!ここは誰にも売る気はないと!」

「爺さん、こんな田舎の綿花畑を買ってやると言っているんだ!ブツブツ言わずに売ればいいんだ。それともお前達は貴族に、男爵様に逆らう気なのか!」


貴族……どうやら男爵家の使いと思われる30代の男と、目の前に広がる綿花畑の持ち主と思われる60代の男性が、売る売らないで揉めているようだった。

 そこに落ち着いた感じの50前くらいの男がやって来て、老人の隣に立った。


「私は村長だ。この村は前の領主が捕らえられ、皇太子シルバ様の直轄地になった。勝手に売ることは出来ない」


「俺は王都ヘサの男爵グラケ様の代理人だ。グラケ様は、この村の前の領主から土地を買って欲しいと頼まれていたのだ。だから、皇太子よりも先に約束していたことになる。つべこべ言わず売ればいいんだ!」


グラケ男爵の代理人と名乗る男は、一緒に居た人相の悪い3人の男に顎で合図をする。

 合図を受けた3人の男はいきなり剣を抜き、振り回したり突きのポーズをとったりして、明らかに脅しを掛け始めた。


 イツキとグライスは目で合図すると、荷馬車を勢いよく走らせ6人の間に割り込むようにして停車させた。


「すみません。隣のロームズの者ですが、村長さんはいらっしゃいますか?」


グライスは努めて明るく、村人の方に話し掛ける。


「なんだお前達は!ここは我々の土地だ。勝手に入ってくるな!」


代理人の男は、勝手に自分の土地のように装いながら、部外者を排除しようとする。


「ええっ、本当にこの土地は、ガラの悪い無礼で乱暴者達の土地なんですか?」


イツキは荷馬車の御者台に座ったまま、村長らしき男性に確認するように問う。

 すると剣を見て震えていた村長と村人は、プルプルと首を横に振り違うと訴える。


「どうやらこの土地は、アナタ方の土地ではないようだ。剣を抜いているのはどうしてなのです?もしかして……力ずくで奪おうとでも?」


「うるさい!部外者は引っ込んでいろ。俺はグラケ男爵様の代理人だ。他国の者がカルート国の貴族に逆らう気か?」


グライスの冷静な言葉に対して、代理人の男は喧嘩腰で喚きながら剣を抜きグライスに向ける。


「へ~っ、カルート国の男爵の使いを名乗る()()のお前は、レガート国の貴族に剣を向けたな。これは明らかな国際問題だ。国境に行って警備隊を呼んでこよう。そして至急ことの次第をシルバ皇太子に知らせ、大国レガートと戦争でもする気なのかと抗議しましょうグライス準男爵様」


「なっ……き、貴族だと?」


一見するとグライスのお供にも見えるイツキは、グライスを貴族だと言いながら、剣を向けたことを国際問題にすると言う。

 代理人の男は急に口籠ると、賢そうでもない頭で何かを考え始めた。


「準男爵……こちらは男爵……しかし……国際問題は不味い……しかし……う~ん」


大きな声で独り言を呟きながら顔をしかめ、供の3人に剣を納めるよう合図をし、「また来る。覚えておけよ!」と捨て台詞を吐きながら走って居なくなった。



「村長のベディトです。お助けいただきありがとうございます」


村長は丁寧に礼を言うと、レガート国の準男爵らしいグライスを警戒する。


「いえいえ、私は隣のロームズ領の準男爵グライスと申します。こちらはロームズ辺境伯キアフ・ルバ・イツキ・ロームズ様です」


グライスは軟らかい口調で名乗り、イツキを領主だと紹介した。


「「ええーっ領主様!」」


村長と村人は大声で叫び、どうして良いのか分からず平伏してしまう。


「はじめまして、領主のイツキと言います。どうかお立ちください。あのような輩はよく来るのですか?」


イツキは優しく声を掛け、そのように緊張しなくても大丈夫ですよと笑う。

 村長のベディトと綿花畑の所有者ニトベは、ロームズの住民から聞いていた通りの、若くて優しそうな領主様の笑顔を見て安心する。

 繊維工業の盛んなロームズは、ウエノ村から綿花を仕入れており、元々関係は良好であり、ロームズの住民の親戚縁者も多かった。その為、新しく領主になったイツキの噂はよく聞いていた。


 人口2,000人の農業中心のウエノ村の者達にとって、ロームズは衣食や医療、教育において重要な生活圏でもあった。最近では農業の合間に、建設ラッシュのロームズに働きに来ている者も多かった。


「これは領主様、村長のベディトです。つい先日から、見知らぬ者が村にやって来るようになりました。どうしてこんな田舎の土地を欲しがるのか……」


「村長、それは僕が、いえ、僕とシルバ皇太子が、このウエノ村にロームズ医学大学附属病院を建てる予定だからです。病院が出来れば国中から人が集まります。だから土地を買い儲けようとする者が現れるのです」


イツキは少し申し訳なさそうに説明する。本当は先にウエノ村の皆さんの了解を取るべきだったのにと、領主らしからぬ低姿勢でイツキは謝罪した。


「なんですって!大学病院がこの村に出来るのですか!何てことだ……それは有り難いことです領主様。村の者は皆喜ぶと思います。ロームズの病院はお医者様が高齢で廃業され、先日までロームズ教会にいらしたお医者様に、こっそりと診察していただいておりました。カルート国の人間なのに、も、申し訳ありません」


村長とニトベは、病院が出来ると知り、ぱーっと明るい顔で喜び、その直後、他国のロームズに勝手に入り、医者に診察して貰っていたことを深く頭を下げ謝罪した。

 現在のランドル大陸では、他国の者が医者にかかる場合、高額な治療費を払わねばならない決まりがあった。その高額な治療費の殆どは、領主に税金として納められる。


「村長、現在ロームズには、お医者様が5人も居ります。皆医学大学の教授で腕は超一流です。ロームズ辺境伯として宣言します。ウエノ村の住民はロームズの医師に診察して貰っても税金はかからないと。後程私の屋敷にお越しください。正式な取り決めを書面にて交わしましょう」


イツキがにっこりと天使の如く微笑むと、村長とニトベは思わず平伏しそうになるが、なんとか堪えてありがとうございますと礼を言った。


 そのまま村長を荷馬車に乗せて、イツキとグライスはウエノ村を案内して貰った。

 力のある男達は、貴重な現金収入を得るためロームズに働きに出ており、村に残っていたのは女性が殆どだった。

 村人達は、ロームズの住民から聞いていた通りの、美男子で聡明で強く、その上平民にも優しく信心深い神々しい領主様に、ほうっと熱い視線を送りながら、元気に手を振ったり頭を下げて挨拶してくれた。


「村長、これからも土地を狙った商人や貴族が来ると思います。危険だと思った時は、ロームズの国境軍や警備隊に助けを求めてください。病院の土地はシルバ皇太子が買い上げられる予定ですし、綿花畑が無くなったらロームズの工場が困ります。僕からシルバ皇太子にしっかりお願いしておきますが、困った時は、ウエノ村の土地はレガート国の領主様に貸す約束をした。だから約束を破ると国際問題になると脅してください」


先程の場所まで戻ると、イツキは悪戯っぽくニコリと微笑みながら村長に対策を教えて、困った時はグライスに相談するよう伝えた。イツキとグライスは村長と握手を交わし、では後でと手を振りロームズに戻っていった。 



 同じようなことが東隣の村でも起こるかも知れないので、明日にでも家令のオールズと一緒に様子を見に行ってくれとイツキはグライスに指示を出した。

 レガート国の中ではロームズは小さい町に過ぎないが、カルート国の近隣の村にとってロームズは、生活上必要な町なのだとイツキは改めて思った。

 その辺りも、シルバ皇太子と話をした上で、近隣とは友好的な関係を築いていこうとイツキは考えた。





 屋敷に戻ったイツキは、4人の教授から医学大学の試験問題について意見を聞いていた。


「領主様、総評を申し上げますと、この問題はイントラ高学院の入試問題より、かなりレベルが高いように思われます。特に数学と薬学のレベルが高過ぎます。ラミル上級学校は、これ程にレベルの高い勉強をしているのでしょうか?」


代表してノーテス教授が総評を述べ、ラミル上級学校のレベルを問う。


「すみません、僕はまだ1年生で、2年生と3年生の教科書を見ていません。でも、校長に頼んで3年生の過去問をお借りして参考にしてみたのですが、どれが難しいのか分からず……僕なりに普通だと思える問題を集めたつもりでした」


「成る程……領主様の普通は当てにならない……いえ、常識外であることがよく分かりました。せめて6分の1は訂正させてください。これでは誰も7割以上の点数を取ることが出来ないでしょう」


ノーテスと他の教授達は、はーっと疲れたように息を吐いた。ラミル上級学校のレベルが特別に高いのではなく、領主様が普通ではなかったのだと納得する。


「しかし領主様は、何故上級学校の学生をされているのでしょう?上級学校の勉強など、退屈でしょうに……」


若いマーベリック教授は、どうしても不思議でならなかった。医師資格を持ち、常識外の知識も持っている領主様が、今更上級学校の学生として学ぶ必要はないはずである。せめてイントラ高学院の経済学部とかミリダ先進学院なら話は分かる。


「それは、僕が教会の養い子で、初級学校にも中級学校にも行ったことが無いからです。友達を作ることや人を知ること、いわゆる青春という体験をしたことがないので、一般常識や経済や組織について学ぶ為に、上級学校に入学しました」


「「「「ええぇーっ!教会の養い子?では、大貴族の子息ではないのですか?」」」」


辺境の地とは言え大国レガートの領主様である。当然家柄も良く父親は公爵か侯爵だろうと思っていた4人は、口を開けたまま固まる。


「はい、パル医師(せんせい)に教えていただいたのも正教会ですし、領主になったのは……9歳からレガート軍関係で働き、まあ色々とやっている内に、バルファー王に押し付けられたんです。全ての発端は、ロームズに医学大学を作りたいと、僕が言い出したことでしょうか……」


イツキとしてはレガート国で武器を作ったとか、戦争で作戦参謀をしたとか、ましてやリース(聖人)であること等は話せない。


「う~ん……それではレガート国王は、領主様の知恵や医学大学に対する熱意を買われて、領主に任命されたということですね。いやぁ……レガート国は実力のある者を登用する、先進的な国だったのですね」


薬学の教授ムッター50歳は、実力のあるイツキにも感心したが、それを認め領主に任命した国王にも感心した。貴族の出身でもない教会の養い子が領主様……これまでの常識では考えられない大出世だった。



 昼食時間も、学長を含めた教授達と楽しく医学談義に花を咲かせ、午後からは個人面談をしながら、他の教授は試験問題を完成させる作業をすることになった。

 個人面談は、無理難題を要望されることもなく、あっさりと終了した。

 強いて言えば、住居についての希望を聞き、開校するまでは領主屋敷に住み、その後は1年間学生が使わない本校舎の3階に住むことになった。

 後は来月やって来る、教会病院の教授や助教授や看護師の到着を待つだけである。



 翌16日早朝、イツキは教会前広場にモンタンを呼んだ。

 家令のオールズ、グライス、カイ領のクスコ、警備隊のセブルとエイコムは、恐怖に顔を引きつらせながらも、聖獣ビッグバラディスのモンタンの頬を、よしよしと撫でて仲良くなった?

 茫然自失の5人に手を振り、イツキは暁の空へと舞い上がり、レガート国へと飛び立っていった。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

仕事の関係で、更新が遅れがちになっています。

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