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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
領主の仕事と試験
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イツキ、ロームズに帰る(6)

 外科医のヴァンドと疫病学のユリウスが去ったところで、デザートが運ばれてきた。


「さあ皆さん、それでは忌憚なく質問等ありましたら意見を述べてください。その前に、僕自身のことを話させていただきます。そして僕が作りたい医学大学と目標について聞いていただきましょう」


イツキは今日1番の眩しい笑顔でそう言うと、残った4人の教授の前に2枚の証明書を広げて置いた。

 それはブルーノア本教会病院が発行した、医師資格証明書と薬剤師資格証明書だった。名前の欄はイツキ・ラビターからキアフ・ルバ・イツキ・ロームズと訂正されていた。


「「「「これは、本教会病院発行の資格証明書!」」」」


そう叫んだ4人はガタンと音をたて椅子から立ち上がると、驚いた表情のまま固まり、じっと証明書を見る。そして資格取得年齢欄に13歳と書いてあるのに気付き、視線を恐る恐るイツキに向けた。


「皆さん、どうぞお座りください。僕がパル・ハジャム医師(せんせい)から医学を教わり始めたのは4歳からです。ちょうどパル医師がイントラ高学院を卒業された年だったと思います。それから5年で医学全般の学習を終えた僕は、9歳からレガート国の軍学校で、軍用犬の研究者として働き始めました」


「ええっ!今9歳までに医学全般の勉強を終えたと聞こえましたが?」


「はいそうですデローム教授。パル医師がイントラ高学院で学んだ高度な外科手術を除き、ランドル大陸全ての言語も学び終えました。昨年の医師資格試験の時、僕はマーベリック教授にお会いしています。誰も僕を受験生だとは思わなかったようで、受験会場の1番後ろに座っていた僕に、マーベリック教授は筆記用具係りご苦労様と声を掛けましたよ」


イツキはマーベリックの瞳を見てにっこりと笑った。筆記用具係りとは、受験生のペンが折れたりインクが無くなった時に、替えの筆記用具を渡す係りのことである。


「ああぁっ!あの時の少年!・・・し、失礼しましたロームズ辺境伯様」


マーベリック28歳は、昨年の試験の記憶を辿り、確かにイツキが会場内に居たことを思い出した。


「領主様は天才……いえ、誰よりも努力家でいらっしゃいます」


ハキル学長は誇らし気にそう言うと、大事な証明書が汚れないよう片付ける。

 4人の教授は言葉にならず暫く呆然としていたが、イツキは続けてこれからのことを皆に話していく。

 話の内容は、学生達をより専門性の高い医者にしたいとか、奨学金制度により貴族や商家の子息でなくても、優秀な学生が学べる体制を整えたこと。また、女性も医師になれるよう受験資格を与えたこと。薬草研究にも力を入れ薬草園を作ったり、薬草学の第一人者になれる人材を育成したいこと、各診療科毎に医学学会を開催すること等をざっと語った。


 黙って聞いていたハキル学長と4人の教授は、イツキの考えを聞きながら、ウンウンと同意しながら何度も頷いていた。

 そしてデザートも食べ終わり、2度目お茶のおかわりを侍女長のソルさんが運んで来た頃には、医学や教育に関する熱い意見が交わされていた。


「領主様、我々はこのままロームズに留まり、前期分の教科書の作成に取り掛かりたいと思います」


 4人の纏まった意見として、イントラ高学院の教科書とは違う、新たな教科書作りに取り掛かることになった。また、住居をロームズ辺境伯邸に移し、ハキル学長と協力しながら必要な物を揃える手伝いをすることにした。

 どの顔も遣る気に満ち溢れ、前向きな意見は尽きないが、楽しい時間も気付けば午後9時を過ぎていた。


「皆さん、今日は有意義な時間が過ごせて楽しかったです。それで、もう1つお願いがあります。ここに僕が作成した医学大学の入試問題があります。これを明日の午前中に皆さんで精査していただき、訂正すべき箇所やおかしな部分を見付けて欲しいのです」


イツキは4人の前に入試問題を置いた。興奮気味に問題を確認しようとする様子を見て、明日の午前中でお願いしますと笑いながら言った。


「この入試問題は、領主様がご自分で作られたのですか?しかもお1人で?」


「はいノーテス教授、僕は自分の基準で問題を作ったので、簡単なのか難しいのか……正直よく分からないのです。ただ、論文問題だけはこのままでいきたいと思います」


イツキは入試問題を取り上げると、睡眠不足では能力が低下しますからと、笑いながら付け加えた。

 いつの間にか教授達のイツキの呼び方が、ロームズ辺境伯から領主様とかロームズ辺境伯様に変わっていた。

 教授と呼ばれる医師達は気位が高く、領主くらいでは媚びることも、へつらうこともしない。自分より優秀な人間しか認めず、バカな領主など、余程のことがなければ往診にすら出掛けたりしなかった。


 だが、経験年数は少ないがイツキは同じ医師であり、しかも薬剤師資格も持っている。その上、資格はブルーノア本教会病院発行の資格である。このメンバーの中でイツキの資格が1番上だったのだ。

 ハキル学長も医師資格と薬剤師資格を持っていたが、薬剤師資格はイントラ高学院発行の資格だった。

 そして何よりイツキの夢や目標、医学大学に対する熱意に共感し、意識することなく自然に【様】を付けて呼んでいたのである。 


 まだまだ話し足りない感じの教授達ではあったが、イツキに言われ渋々ホテルに帰っていった。




 翌15日朝、イツキは久し振りに家令のオールズ、軍と警備隊担当事務官のグライスと一緒に朝食を食べていた。屋敷で焼いたのか、パンの香りが食欲をそそる。


「ご主人様、イントラ高学院に帰られる教授の馬車の手配は済んでおります」

「えっ?そうなの。さすがオールズ仕事が早いなあ」

「あの2人は散々暴言を吐いておりましたので、当然と言えば当然でございます」

「旅費と日当くらいは支払うべきだよね?いくらなら文句が出ないのかなぁ……」

「もう2度とロームズには来ないで頂きたいところですが、イントラ高学院に戻って、ロームズ辺境伯はケチだの世間知らずだのとほざかれては……失礼しました。まあ金貨3枚も握らせれば充分かと」


オールズは憎々しそうに言うと、追い出す2人の教授に金貨を渡し、ホテルから屋敷に移ってくる4人の教授を迎えに行くため、先に席を立って出ていった。

 イツキはパンを頬張りながら、濃い目の紅茶に砂糖をスプーン1杯入れ混ぜる。


「グライス、その後ハキ神国から移住してきた元軍人達の様子はどうだ?」

「はいご主人様、全員真面目に働いております。現在はレガート軍の建設部隊の手伝いをして、国境の壁の仕上げや中級学校建設の基礎工事をしています」


「そうか、真面目に頑張っているんだな……この後、町を荷馬車で回るから御者を頼んでもいいかな?そうだ、始めに教会に行こう」


「承知しましたご主人様。ところで、私はこのままこの屋敷に住んでいても良いのでしょうか?準男爵位を賜りながら、いつまでも甘えているのは申し訳なく……」


「グライスは独身だから、来年結婚するまでは屋敷に住んでいてもいいよ」

「はい?来年結婚するまでは……ですか?」


グライス38歳は何のことだか意味が分からないという顔をしてイツキを見るが、イツキはにんまりと笑うと、薬剤師のシルビア32歳の顔を思い浮かべた。


 そしてイツキはグライスに、ハキ神国の第2王子ラノス18歳と護衛兼従者のクロダ19歳が、医学部の特別医学部に入学してくることを告げた。その為の警護や屋敷の部屋割りについて考えておいてくれと指示を出した。


「ハキ神国の王子が入学してくるのですか!」


「そうだ。ラノス王子は常にギラ新教徒であるオリ王子と母親に命を狙われている。ラノス王子の命を守ることが、ハキ神国の未来を救うことになる。ああ……それから、カルート国のシルバ皇太子17歳も、上級学校を卒業したら聴講生として大学に入学してくる」


「はい?カルート国の皇太子も……ですか?」


グライスは軽いめまいを覚えながら、この屋敷の図面を頭の中で描いた。当然ハキ神国のラノス王子は、領主であるイツキ様の寝室の隣の部屋にするのが良いだろう。従者はその隣か向かいの部屋だな……と考える。

 イツキは屋敷の警備責任者のコウタさんと一緒に相談して決めておいてくれと言い、屋敷には薬学部の学生が3人一緒に住むが、この3人は同じ部屋で構わないと付け加えた。




 午前9時、荷物を持った4人の教授達が引っ越ししてきた。

 いずれは職員アパートの特別室か一戸建てに移って貰うことにするが、当面はこの屋敷で生活して貰う。


「おはようございます領主様。それでは早速、試験問題の精査に取り掛かります。会議室を使ってもよろしいのでしょうか?」


「おはようございますノーテス教授、皆さん。それでは会議室でお願いします。昼食後はハキル学長と一緒に、給料等について個人面談をさせていただきます。僕は明日の早朝ラミルに帰らねばならないので、疑問点や確認したいことがあれば、それまでに考えておいてください」


引っ越しも終わり、遣る気満々の教授達に試験問題を渡すと、イツキは侍女長のソルさんに世話を頼み、グライスと一緒に町をぐるりと見て回ることにした。



 始めに向かったのはロームズ教会である。


「これはご領主様おはようございます。朝の祈りに来た町の人達から、イツキ様がお帰りになったと聞き、これからご報告に伺おうと思っておりました」

「おはようございますギルバート神父。何か問題でも起こりましたか?」

「いえ、そうではありません。2日前に本教会より通達文が来ました。どうぞ執務室にお越しください」


モーリス(中位神父)のギルバートはそう言うと、イツキだけを執務室まで連れていく。


 本教会から来た通達文には2つのことが書かれていた。

 1つは、ギルバート神父をミリダ国に移動するという内容だった。

 もう1つは、ロームズ教会を正教会とし、新しくファリス(高位神父)を赴任させるという内容だった。

 そしてそのファリスが、カルート国とハキ神国との国境の街、ハビル正教会のシーバス様に決まったと書いてあった。


「レガート国の新しい領地に領主が誕生したので、ロームズ教会は正教会に格上げされ、領主様を補佐するためファリスが赴任します。シーバス様は、是非自分をとリーバ(天聖)様に願い出られたそうです。私も、本来なら神父の資格を剥奪され、修道会送りになるべきところを、新たな赴任地を与えていただきました。全てはイツキ様のお陰です。シーバス様は来月から赴任されます。移動前にイツキ様に御会い出来ましたこと、心より感謝申し上げます」


すっかり改心し心を入れ換えたギルバート神父は、ひざまずいてイツキに深く頭を下げ、最後にリース(聖人)であるイツキに会えた僥倖を神に感謝した。


「そうですかミリダ国に・・・ギルバート神父、ミリダ国でのギラ新教の活動に注視してください。国王様は病弱で、皇太子は決まっていますが、他にも王子がいます。王子達に近付く者達を監視し、情報を本教会に送ってください」


ミリダ国のギラ新教の動きが気になっていたイツキは、ギルバート神父に新しい任務を与える。

 ミリダ国の王妃はバルファー王の姉エルファで、イツキには伯母にあたる。エルファは女の子しか授からなかったので、側室の産んだ第1王子が皇太子になっている。しかし、他の側室も王子を産んでいた。

 ミリダ王家にも、必ずギラ新教の魔の手が伸びるだろうとイツキは予感していた。



 教会を出発したイツキとグライスは、カルート国側の検問所へ行き、国境軍と警備隊の者から最近の様子を聞き、街道を挟んだ向かい側にあるウエノ村に向かった。

 ウエノ村には、ロームズ医学大学附属病院を建設する予定である。

 村に入ると、なにやら数人が集まり揉めているようだった。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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