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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
領主の仕事と試験

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イツキ、ロームズに帰る(4)

 責任者会議後、イツキは家令のオールズとカイ領のクスコと馬車に乗り込み、建設中の実習棟を見に行くことにした。


「ロームズ辺境伯様、弟のインカから上級学校でのご活躍の数々は聞いております。これからもインカ同様よろしくお願いいたします」


「クスコ様、どうぞ僕のことはイツキとお呼びください。インカ先輩にお世話になっているのは僕の方です。頼りになる風紀部隊長ですから」


イツキはにこにこと笑いながら、先日の全学生立て籠りの話をクスコに話した。


「副教頭はイツキ様を陥れようとしたのですか?」

「イツキ君でお願いしますクスコ様。そうです。副教頭はギラ新教徒だったのです」

「ギラ新教徒……教師までもが……そうですか。洗脳というやつは本当に怖いですね」


クスコは驚いた顔でイツキを見て、ギラ新教徒の魔の手は身近な所にまで迫っているのだと、改めて洗脳の恐ろしさと異常さに怒りを覚えた。


「クスコ様、もしもギラ新教徒ではないかという貴族に会ったら、ブルーノア教の祈りの3番【神の(しもべ)になりて】を唱えさせてください。唱えられなければ洗脳されている可能性があります」


イツキが洗脳者を見分ける簡単な方法を教えていると、馬車は目的地に到着した。実習棟は、屋敷から1キロくらいしか離れていなかった。

 馬車を降りたイツキは、クスコと家令のオールズから進捗状況の説明を受けた。

 資材は足りているようで建物は年内に完成し、来月から棚や机や椅子等の作製に取り掛かるそうだ。

 イツキは図面を見ながら、ざっと内部の確認をする。途中大工や職人達が挨拶をしてくるので、イツキも「ご苦労様、頑張ってください」と笑顔で返事を返していく。


「順調に工事が出来るのも、イツキ君が手配してくれた羽根(モンタンの羽根)のお陰です。あれがあれば、レガートの森を通行しても魔獣は襲ってきません。あれは、あの巨大な羽根は何なのでしょうか?」


クスコはずっと疑問に思っていたことを質問してみる。

 父親であるカイ領主から、レガートの森を通って建設資材を運ぶと聞いた時は、正直気が重たかった。しかしロームズ辺境伯様が、魔獣に襲われない秘密兵器があるから大丈夫だと言われたと聞き、そんな便利な物が有るのだろうかと疑った。

 でも、ミノス正教会からお借りした羽根を持っていると、本当に魔獣に襲われなかった。アパートやホテルを建てているミノスのマイス木材店の者達も、同じ羽根を使ってレガートの森を往き来しているようだった。


「あれはブルーノア教会の聖獣であり、僕の友達であるビッグバラディスのモンタンの羽根です」


「「ええっ!ビッグバラディスですか?」」


クスコとオールズは空飛ぶ最強魔獣の羽根と聞き、同時に驚きの声をあげた。


「そうです。実は僕、12日の朝ハキル学長の手紙を受け取り、昨日の午後ラミル近郊の町ソボエを出発したんです。そして今日の昼前にロームズに到着しました」


「今なんと?ご主人様は昨日ラミルを出発されたのですか?」


オールズは目をパチパチしながら、そんなことは到底信じられないという表情で、確認するように主の顔を見て問う。


「いったいどうやって1日で?まるで空でも飛んできたような話ですね……」


「フフフ、そうです。実はビッグバラディスの……いえ、ブルーノア教会が誇る聖獣モンタンに乗って、僕は空を飛んできました」


「「はい?」」


全く信じていない感じの2人に、明後日早朝帰るので、モンタンを紹介しましょうと言ってイツキは笑った。



 クスコと別れてイツキとオールズは、ホテルと学生アパートと職員アパートの建築現場に向かった。


「お疲れさまですマイスさん。学生アパートはもう完成したのですか?」


「はい建物は。職員アパートは1月末頃になってしまいそうです……学生アパートも家具職人の到着が遅れていまして……もしかしたら家具が間に合わないかも知れません」


「いいえ、遅れても大丈夫です。無理しないで作業してください。ホテルも夏までに完成すれば大丈夫ですから」


イツキはマイスと職人達を激励しながら、困ったことや不便なことがあったら、遠慮なく言って欲しいと声を掛けていく。

 マイスは毎週領主屋敷で会議をしているので、問題があれば皆で話し合い対応しているから大丈夫だと言ってくれた。



「うちの領民は、なんて働き者なんだ。僕が学生なばかりに苦労させてるなぁ……」


イツキは役場にやって来て、バリバリと働いている職員や町の人達を見て、申し訳なさそうに呟いた。


「何を仰っているのですか領主様?領主様のお言葉通り、自分達の町は自分達で守り、自分達で作っていかねばなりません。私達は領主様が作られる新しいロームズを、一緒に作っているだけです。それは私達の喜びであり希望なんです」


役場の事務部長の女性職員が、今更何を?という顔をして笑顔でイツキに言う。

 イツキが戻って来たと知った住民達が、役場前に集まってくる。そして「おかえりなさい領主様」「お帰りなさいイツキ様」と嬉しそうに声を掛けてくれる。

 時間のない帰郷だが、イツキは馬車を降りて役場の周辺を歩いて回りながら、手を振り笑顔で「ただいま」と応える。


 急激な発展で大変なはずなのに、皆が笑顔で迎えてくれた。イツキはそれが嬉しくて、2ヶ月に1度は戻ってこようと思うのだった。




◇ ◇ ◇


 午後5時、イツキは自分の執務室でハキル学長と打ち合わせをしていた。


「領主様、それでは本当に面接なさるのですね?」


「はいそうです。ハキル学長の推薦者4名は必ず採用したいと思います。でも、働きたくないと言われたら引き留めません。領主が誰であろうと医者を育てたいと思う人だけで構いません。実は、教会病院の優秀な医師20人が、教授として赴任したいと申し出てくれました。みな各地の教会病院で院長や副院長をしているの者達です。でも、それではダメなんです。これからは、教会病院、イントラ高学院、ロームズ医学大学が協力し合い、学会を開催して情報を共有し、より質の高い医学を目指すべきです」


イツキは自分の医学への熱い思いを学長に語る。

 ハキルは思った。自分は目の前のことで精一杯なのに、イツキ様は先の先を考えておられるのだと。常に大陸全体を1つとして物事を進めようとされているのだと。


 午後6時が近付いたところで、イツキは出来上がったばかりの入試問題をテーブルの上に置いた。

 その試験問題をパラパラと捲りながら、ハキル学長はウ~ンと唸った。

 イントラ高学院の入試問題を毎年見ていたハキルは、イツキの作った問題の内容が、基礎問題から難解な問題まで含まれていることに驚き、その量にも驚いた。筆記試験は2部あり、1部は普通の問題だが、2部は医学について論じるものだった。

 イントラ高学院は、論文問題を課してはいなかった。そして何より驚いたのが、1部の250問試験が350点配分で、2部の論文試験は150点配分だったのだ。合計500点の入学試験における論文の配分点が150点……それはハキルにとって衝撃的だった。




 午後6時、イントラ高学院から来ていた6人の教授達が、突然決まった領主との会食の為に屋敷に集まってきた。


「やっとこさ領主様のお出ましのようだ。この時期に帰ってきたと言うことは、入試の準備は国がやるのだな。そもそも試験問題が素人に作れる訳がない」


「まあまあヴァンド教授、せっかくの会食ですから出来るだけ穏やかにいきましょう。明日にはイントラ連合にお帰りになるのですから、ロームズ医学大学の入試内容まで、心配するには及びませんよ」


外科医第一主義のヴァンドを嫌いなハキル学長の友人ノーテスは、早く帰れとは言えないが、つい言葉の端々にイントラ高学院に帰れという内容を入れてしまう。


「領主が上級学校の学生である事実を伏せておけば良いものを……ハキル君も学長としての配慮が足らぬな。教会病院のパル医師の弟子などと言うから悪い。1時間教えを受けても弟子という者も居るだろうからな。所詮は研究の重要さも分からぬ子供だ」


午後5時頃、変人ユリウスは実習棟の建設現場に行き、自分専用の研究室を作って貰えないと知り激怒した。レガート国の資金を使って好きな研究をさせて貰えると期待していたので、その落胆は大きく、怒りの感情は領主に向けられる。しかし、他の教授達もユリウスの変人振りには手を焼いていたので、余計な口出しはしない。



「皆様お待たせいたしました。学長とロームズ辺境伯が参りました」


家令のオールズは、会議室のドアをノックして扉を開け、主と学長の登場を告げる。

 そんなオールズは、教授達が入室してからずっとドアの前に立っていたので、大きな声で文句を言う教授達の会話は全て聞いていた。そして、時折ポケットからメモ帳の様な物を取り出し、熱心に何やら記入していた。


 主と学長が着席したのを確認すると、オールズは頭を下げ退出する。そして侍女達に食事を運ぶよう指示を出した。

 それから事務室に行き、屋敷に勤めている事務官ビンツ26歳に、明日教授が2人イントラ高学院に帰るので、馬車をチャーターしておくようにと命令した。

 命令された事務官ビンツは、6月にハキル学長が率いてきた者で、イツキの活躍を知っているし領主であるイツキを尊敬していた。


 ビンツは11月5日に教授達が到着してから、宿の手配や町の案内等の世話をしてきたが、2人の教授が領主様をバカにしたりロームズをバカにするのを何度も聞いていた。その度に腸が煮え返りそうになったが、笑顔で対応してきた。

 なので、冷めた瞳で家令のオールズが馬車の手配を命じてきた時、思わずガッツポーズをとってしまった。事務官のビンツは、偶然にも警備隊のセブルとは上級学校の同期だった。同じ警備隊のエイコムと3人で、【領主様をお守りする会】なるものを立ち上げていた。




「皆様はじめまして。キアフ・ルバ・ロームズです。この度はロームズ医学大学の()()()()にご参加くださり、ありがとうございます。本日は高名な皆様の医学についてのご意見等をお聞かせいただきながら会食し、ご希望がありましたらその後で、お一人ずつ面談させていただきます。私個人に関することや、大学入試の内容等につきましては、個人面談をご希望された方に()()、お答えしたいと思います」


イツキはにこやかに微笑み皆に挨拶をした。話した内容には、いろいろと含むものがあり、笑顔で個人的な質問は受け付けないと釘を刺した。

 あれこれ質問し、イツキの化けの皮を剥がそうと考えていた2人の教授は、出端を挫かれる形になり歯軋りする。だが別の考え方をすれば、やはり皆の前で自分の正体を曝したくないのだとも考えられた。

 どうやらバカではないようだと、6人の教授はイツキの話を聞いて思った。それに、よく見れば聡明そうな顔をしている。


「料理も来ましたので、自己紹介などしながら食事をお召し上がりください」


学長のハキルの言葉に合わせて、右側から順に教授達は自己紹介を始めた。


 ここからイツキの容赦ない?誉めては落とすという教授選考が始まるのだった。  

  

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

20日連続勤務で体力消耗中・・・あと2日で休みが……1日中執筆出来る日が欲しい今日この頃。

急に寒くなってきました。皆様どうぞご自愛くださいませ。

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