クレタ、仲間を誘う
◇◇ クレタ ◇◇
まいった!イツキ君が領主様・・・う~ん、でも教会の仕事はどうするんだろう?学校も続けるようだけど、必然的に欠席が増えるだろう。イツキ親衛隊隊長として、益々しっかりとイツキ君を守ってゆかねばならない。
イツキ君は15歳になるまで身分を伏せると言っていたが、何処から噂が広がるか分からない。きっと時間の問題だろう。
問題はヤマノ領の伯爵になったことだ。
あれだけヤマノ組と全面的に対立してきて、自分の親達は爵位を落とされ、突然キシ領の子爵が伯爵になった……それも唯一の伯爵にだ。奴等がそれを許せるのかどうかが問題だ。確かにリーダーだったブルーニやドエルはもう居ない。でも、ギラ新教徒であるルシフが残っている・・・
いやいや、今日はイツキ君の領主就任を祝うんだった。それに母上が事務長……ってことの方が大きな問題だ。やってくれたなイツキ君!始めからそのつもりで僕の家に来たのかなぁ……?
まあ母上が嬉しそうだったからいいけど、父上には本当のことは言えないな。きっと領主屋敷でメイド長として働くことになったとか、若い領主の身の回りのお世話係りになったとか……そんなところかな。
でも考えてみれば、これからのイツキ君の領主としての活動が、僕には分かるということだ。やった!きっと母上は僕に話してくれるだろう。イツキ君が汚いことを命じるはずがないし、ロームズの機密事項以外なら【イツキ伝】を書いていると言えば、分かってくれるはずだ。
そうこうしている内に、マサキ公爵のお屋敷の前だ。
「すみません。私はご子息ヨシノリ様の上級学校の学友でクレタと言います。面会をお願いしたいのですが」
僕は強面の門番さんに、丁寧に頭を下げて面会を申し出た。同じ領主でも、屋敷の大きさも違うし、ロームズ辺境伯邸なんて、門番も居ないし使用人だって2人だ。
8分程待ったところで、門番さんに屋敷の中に入る許可を貰った。
「クレタ先輩、どうされたんですか?何か急用でも?」
公爵家の子息ですと言わんばかりの身形で、優雅にヨシノリが現れた。
「ああ急用だ!エンター部長が集合を掛けた。これからヤンの家にも知らせに行く。午後6時に迎えに来るから準備を頼む」
「クレタ先輩、僕はリバード王子に勉強を教えていたので、宿題が終わってないんですが・・・あぁ・・・急用でしたね。いったい何事ですか?」
まだ宿題をやっていないとごねるヨシノリに、僕は厳しい視線を向けた。
「イツキ君が帰って来たんだが、大変なことになった。その件で・・・」
「ええっ!イ、イツキ君が?」
驚いて固まるヨシノリに、詳しいことは此処では話せない、とにかく、食べるものを確保して待っていてくれと指示を出し、わざと暗い顔をして立ち去った。
次はヤンの家である。
王都ラミルは、レガート城を中心に最上級住宅地があり、主に伯爵以上の貴族や大商人が住んでいて、商店も高級品の店しかない。その外に、子爵や男爵などの貴族が住む高級住宅地がある。その辺りは庶民的な店もあり非常に王都らしい賑わいがある。
またその外は、準男爵以下の貴族や庶民が住む住宅や商店の密集地で、完全に庶民的な店や屋台が並ぶ、庶民が王都観光をする場所だった。
ヤンの家は男爵だったが、ミノスに向かう街道に近い、ギリギリ貴族も住んでいる、ちょっと広い敷地を持つ軍関係者が多い場所に在った。
僕の家も領地を持たない男爵家なので、似たような大きさのヤンの家に、何だかホッとした。マサキ公爵の屋敷の印象が強過ぎたのかもしれない。
「ごめんください。ヤン居るかー?クレタだけどー」と、僕は気さくに声を掛けた。
「はーい、あれ、クレタ先輩どうされたんですか?まあどうぞ入ってください。パルが今日から泊まってるんで部屋が狭いですけど」
「パルが……それはちょうど良かった。エンター部長が集合を掛けた。緊急事態だ!」
「えっ!緊急事態?何が起こったんですか?」
「おーいヤンお客さんかー?・・・あれクレタ先輩、どうされたんですか?」
「イツキ君が大変なことになった。エンター部長が緊急召集を掛けた」
「「ええーっ!イツキ君が、ど、どうしたんですか?」」
仲良く驚いてハモる2人に、僕は暗い顔をして俯いた。そして何も言わず、ここに来る前にヨシノリにも声を掛けたと告げる。
「緊急召集・・・そ、それならインカ先輩とナスカにも声を掛けましょう。僕は今日、インカ先輩の家(カイ領のラシード侯爵家)の馬車で、1年のナスカと一緒にミノスから送って貰て到着したんです。ナスカはインカ先輩の屋敷に泊まっている筈です」
パルが青い顔をしてそう言う。そしてイツキ君大丈夫かなと心配する。
ちょっと心が痛むが、こんな楽しいことは途中で止められない。どうせ皆、後で大喜びするんだからと、僕は心を鬼にして言った。
「分かった。インカ隊長の家にも寄る。話がこじれたら泊まりになるかもしれないから、家族にそう言って早く準備しろ」と。
それにしても、これはどういう偶然だ?普段なら皆、7月30日ギリギリで学校に戻ってくるのに、パルにナスカにインカまで……まあヨシノリはリバード王子に勉強を教えていたので、やっぱりこれも偶然じゃあないんだろうか……?
イツキ君が、自分が領主になったことは、絶対に言わないでくださいと、マサキ公爵やラシード侯爵、エンター部長の親代わりの秘書官に頼んだと言っていたから、誰もロームズ辺境伯のことは知らないはずだ。
よし!メンバーは増えた方が楽しいに決まっている。フフフ……もうひと頑張りだ!
時刻は午後5時、ヤン、パルを連れ、徒歩10分の所にある馬車乗り場へ行き、8人乗りの馬車をチャーターしミノス街道を真っ直ぐ北へ向かった。
カイ領主ラシード侯爵の屋敷は、レガート城の東、ラミル正教会の近くに在った。
僕はラシード侯爵家の門番に名前を告げ、インカ隊長との面会を申し出た。ラシード侯爵家の門番は、馬車ごと門の中へ進むとよう言ってくれた。
「俺、インカ隊長の家は初めて来た」(ヤン)
「「右に同じ」」(クレタ、パル)
3人は馬車を降り、玄関先でインカ隊長を待っていた。すると10分後、1年のナスカを伴ってインカ隊長が現れた。
「すまん、待たせたな。今日はナスカと剣の稽古をして、汗をかいたので風呂に入っていた。ところで、みんな揃ってどうしたんだ?」
インカはタオルで髪を拭きながら、馬車でやって来た3人にどうしたのかと尋ねた。
「インカ隊長大変です!イツキ君が・・・」(パル)
「えっ?イツキ君がどうかしたんですか先輩?」(ナスカ)
「俺の口から詳しいことは言えない・・・エンター部長が緊急召集を掛けた。イツキ君の身に大変なことが起きたようだ・・・インカ隊長、夜通し対策を考えることになるだろうから、すまないが、食べ物を確保して一緒に来てくれ」
僕は緊迫した雰囲気を漂わせながら、出来るだけ急いでくれ、マサキ公爵の家にもヨシノリ君を迎えに行くからと言って、2人を急かした。
何がなんだか分からないまま、2人は泊まれる準備をし、夕食用に準備してあった数品のおかずとパンを、バスケットに詰めるよう指示する。
「お待たせ、ちょっと食べ物が足らないと思うが、大丈夫か?」
「たぶん大丈夫だインカ隊長。ヨシノリ君にも頼んだ。状況が状況だけに・・・食べ物が喉を通るかどうか・・・」
僕は辛そうに言いながら俯いた。だんだんと演技に磨きが掛かってくる。
マサキ公爵の屋敷でも、同じように屋敷の前まで馬車で入ることが出来た。
「クレタ先輩、それでイツキ君はどうなんですか?もしやケガでも?」
両手一杯に荷物を持った使用人を連れて、ヨシノリは馬車に向かって走り寄ってくる。
「とにかく乗れ、みんなも一緒だ」
ヨシノリに向かってそう言うと、使用人さんが持っていた食料を有り難く頂き頭を下げた。なんだか凄くいい匂いがする。さすが公爵家だと思いながら、同じ領主でもロームズ辺境伯とは大きな違いだと溜め息をつく。
さあ、後は厄介なエンター部長の家だ。仕上げが大事だぞ!と気合いを入れ直した。
時刻は午後6時20分、ほぼ予定通りである。
イツキ君の家で食事や掃除をしていたご婦人リンダさんは、なんとエントン秘書官の家の管理人さんだった。すなわちエンター部長が住んでいる屋敷の人で、僕の思い付きである、イツキ君の領主就任を祝う会をすることを大歓迎してくれた。
エルビス坊っちゃんには、夕食が遅くなるとだけ伝えておきますと、ニッコリ笑って協力を申し出てくれた。
とても穏やかで、イツキ君のことがとても大切そうだった。どういう関係なのか分からないが、きっと母上とも上手くやっていけるだろう。
エンター部長の家はレガート城の真ん前に在り、城の正門側の大街道は馬車を停車させることが禁止になっている。その代わり城の隣にある軍本部の前に、広い馬車乗り場があり、城や軍に用のある者は、此処に馬車を停車出来ることになっている。
僕は御者に10分待つよう頼んで、1人でエントン秘書官の家に向かった。
ヤンが付いて行くと言い出したが、騒ぎになってはいけないからと、よく分からない理由をつけて断った。
「ごめんください。エンター君は居ますか?クレタと言います」とやや大きな声で、玄関先で叫ぶように僕は言った。今、この家にはエンターしか居ないはずである。
「おーいクレタどうしたんだ?」
のんびりした声が2階からして、僕は2階を見上げる。そこには爽やかな笑顔のエンターが、傾きかけた夕陽に照らされながら窓を開け下を見ていた。
「緊急召集だ!イツキ君が大変なことになった・・・恐らく夜通し対策を考えることになるので、着替えも持ってきた方がいい。急いでくれ仲間も待っている」
「なんだって!イツキ君が?」と叫んだエンターは、慌てて着替えを鞄に詰め込み、テーブルの上に【友達の家に行きます。泊まると思います】と書き置きをして、バタバタと全力で走って玄関先までやって来た。
『う~んイツキ君、愛されてるねぇ。エンターとヤンは信者みたいなものだからなぁ……僕だってイツキ君のためなら何でも出来るけどね』
「それで、それでイツキ君がどうしたんだ?仲間って?」
エンターは青い顔をし、僕の腕を掴み質問する。半端ない焦り方だ。ちょっと……いや、かなり心が痛い。腕も……痛い。
「とにかく急いでくれ、馬車にインカ隊長やヨシノリ副部長、ヤン、パル、ナスカを待たせてある。これから向かう屋敷に到着するまで何も話すな!皆が不安になる。俺も詳しいことは分からないんだが、・・・イツキ君から知らせが来たんだ。皆にはエンター部長が緊急召集を掛けたと言ってある」
僕は最後の仕上げに掛かった。最後まで決して気を抜いたりはしない。
エンター部長を連れて馬車に乗り込むと、皆が一斉に部長に向かって「イツキ君は大丈夫なんですか?」と質問を浴びせる。部長はチラリと僕の顔を見て答える。
「俺にも詳しいことは分からないんだ!」
悔しそうに項垂れて、エンター部長は皆から視線を逸らした。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。