イツキ、ロームズに帰る(1)
いつもの無茶振りを知っているフィリップは、またイツキがとんでもない無理をするのではないかと心配する。
それは此処に居る全員の思いでもあるが、王様も秘書官も無理をさせている張本人でもあり、強く叱ることも出来ない。
「フィリップさん。ロームズまでモンタンで行きます。ですから、刺客に襲われることも魔獣に襲われることもありません。それに、モンタンに2人は乗れません」
「・・・モ、モンタン!?では、ミノスまで一緒に行きます」
フィリップは大きく目を見開き驚いたが、確かに一緒には行けないとガッカリし肩を落とす。しかし思い直し、ミノスまでは随行するとハッキリ宣言する。
「ミノスまで行っていたら薬剤師試験に間に合いません。モンタンをギニ司令官の領地ソボエに呼びます。時間が無いので直ぐに発ちましょう。ギニ司令官、お願いすることがあるので一緒に来て貰えますか?」
「ちょっと待ってくれ……そのモンタンって何なのですか?」
ギニ司令官も王様も秘書官も、話が全く見えないままである。サイリスのハビテだけは「は~っ」と諦めの息を吐いている。
そしてギニ司令官は、時々話し方が敬語になってしまったりする。
「モンタンは僕の友達のビッグバラディスです。まあ世間では魔獣と呼ばれていますが、これからは聖獣と呼ぶことにします。どうぞ皆さんもよろしくお願いします」
「・・・そ、その魔、いえ聖獣モンタンとは、昨年ハキ神国軍を蹴散らしたビッグバラディスのことでしょうか?」
「はいそうですギニ司令官。モンタンで向かえば、ロームズまでは1日半です。明日13日の午後に出発すれば、14日の夕刻には到着出来ます。14・15日で教授達と話し合い、16日の早朝飛び立てば、17日の午後ソボエに戻ってこられます。それから馬車を飛ばせば、18日には僕の屋敷で試験官と検討会が出来ます。なので、すみませんが検討会の日程を、17日から18日に変更してください」
いつものように全てをイツキが決めてしまう。他の方法など思い付かず、反論したい気持ちは山々だが、魔獣を聖獣と言い切り、口を挟めそうにもない。
想像も出来ない方法で、しかもそれが本当に可能な方法であるなら、止めることが出来ない。
「フィリップさん。ソボエまでの送り迎えをお願いします」
「はい、承知しましたイツキさ……イツキ君」
イツキ様と言い掛けたフィリップは、イツキに睨まれてイツキ君と言い直した。
呆気にとられている他のメンバーを置いて、イツキはギニ司令官とフィリップを連れて会議室を出ていく。
残された王様・秘書官・キシ公爵・ハビテは、顔を見合わせて「ハーッ」と脱力する。そして何故かハビテが「すみません」と謝っている。
イツキがレクスに状況を説明し指示を出している間に、ギニ司令官は自分の馬車を用意してくれる。
「イツキ君、すまないが屋敷に寄ってもいいだろうか?5分で用は済む」
ギニ司令官は、馬車に乗って直ぐに、すまなさそうに屋敷に寄りたいと頼んできた。
「勿論いいですよ。せっかく領地に帰るのですから、必要な物があればお持ちください。奥様のフローズさんとネイシアちゃんはお元気ですか?」
「あぁ……フローズが昨日から少し調子が悪くて、大したことはないと思うのだが……」
そう言いながらギニ司令官は心配そうな顔をした。結婚を取り持ったイツキは、2人が上手くやっているようで安心するが、フローズの体調は気になった。
10分もすると馬車はギニ司令官のラミルの屋敷に到着した。
取り合えずイツキとフィリップも馬車を降りて、フローズさんに挨拶することにした。ネイシアちゃんは学校に行っているそうで、会えなくて残念なイツキだった。
玄関先まで来ると、何やら騒がしそうな声が聞こえてきた。
「旦那様大変です!奥様がお倒れになりました!」
「な、なんだと倒れた!そ、そ、それで医者は、医者は呼んだのか?」
「いいえ、今から呼びに行くところでございます!」
「それなら直ぐに行け!フローズは何処だ?」
「ギニ司令官、お医者様ならこちらにいらっしゃいますよ。しかも名医です」
ギニ司令官と執事の会話を聞いていたフィリップが、動転している2人に声を掛けた。
「ギニ司令官落ち着いてください。僕が診察します。その上で必要なら医者でも薬剤師でも呼んでください」
こんなに慌てて取り乱しているギニ司令官は初めて見たなと思いながら、イツキはギニ司令官と執事に落ち着くよう諭す。
フローズが寝かされている寝室にイツキが到着すると、ちょうど本人が目を覚ましたところだった。
「こ、これはロームズ辺境伯様!ご無沙汰しております・・・」
「ああっ、フローズさん、起き上がってはいけません。どうぞ横になったままで。僕は医師の資格を持っているので、気を楽にして、現在の症状を話してください」
無理矢理起き上がろうとするフローズを、イツキは優しい口調で止めて、再び横になるよう指示した。
フローズは本当にイツキが医者なのかと問うように、夫であるギニ司令官に視線を向ける。するとギニ司令官は大きく頷き「ロームズ辺境伯は、医師と薬剤師の資格を持っている。安心しなさい」と声を掛けた。
フローズによると、最近食欲がなくなり頭がフラフラしたり、ダルかったりして、今日は吐き気まであったと症状を説明した。
イツキは脈を取り、小さな声でフローズに2つ3つ質問をした。
フローズは少し驚いたように頷くが、目に涙を溜めながら首を横に振った。
「しかしロームズ辺境伯様、ネイシアの時はこんなことはありませんでした」
「フローズさん。いつも症状が同じとは限りません。中にはずっと具合が悪いままの方も居ますが、だいたい2・3ヶ月で治まります。出血さえなければ大丈夫ですよ」
イツキはそう言いながら、大丈夫ですよとフローズの手を取り「暫くは安静にしてくださいね」と優しく笑った。
フローズの青く美しい瞳から、ぽろぽろと喜びの涙が零れていく。
「どうしたんだフローズ!何故泣いている……イツキ君、フローズは何の病気だ?今、出血と聞こえた気がしたが・・・そんなに悪いのか?」
青い顔をしたギニ司令官が、おろおろしながらフローズさんに駆け寄ってくる。そして泣きそうな顔をして手を握る。
「ギニ司令官、これからはフローズさんをもっと労ってください。自分の感情のままに愛してはいけません。睡眠不足は絶対にダメだし、不安を与えてもいけません」
「それからフローズさん。何もしないのも良くありません。気分の良い時は庭を散歩したり、無理して食べなくても大丈夫ですが、水分は適度に取ってください」
「はいロームズ辺境伯様。ありがとうございます。ご指示に従います」
すっかり医者の顔になっているイツキに向かって、フローズは素直に返事を返した。
だがギニ司令官の方は、この世の終わりかと思われるような表情でイツキを見る。
「ギニ司令官、来年の夏休みはロームズに戻っていると思うので、お祝いには駆け付けられません。なので、お祝いは洗礼名にさせてください」
イツキはそう言うと、どういう意味だか分からず、不安そうなギニ司令官を横に退けて、優しく微笑んだままフローズのお腹の上に左手を置いた。
「これは・・・男の子と女の子の双子のようです。フローズさん、6月に入ったら毎週教会病院で診察を受けてください。おめでとうございますフローズさん。しっかりしてくださいねパパ」
イツキは極上の笑顔で双子だと告げると、ギニ司令官の背中を気合いを入れるようにバシッと叩いた。
「おめでとうございますギニ司令官、フローズさん」(フィリップ)
「おめでとうございます旦那様、奥様」
執事さんは泣いていた。ギニ司令官よりも早くイツキの診察結果を理解していたようで、ハンカチを取り出して目頭に当てている。
「や、やったー!双子だー!本当に?本当に子供が出来たのかイツキ君?」
「ギニ司令官、イツキ様を誰だと思っているのですか?」
「・・・そ、そうだなフィリップ。イツキ君ありがとう!ありがとうフローズ。ああ、愛してるよ」
レガート国で双子は、富をもたらす幸運の印だとして、無事に産まれてくれば大喜びをされる。
実際に双子は大変珍しく、無事に産まれてきた子供は、大人になって活躍することが多い。小さく育てば学者や文官になることが多いが、大きく育てば武術に長けていることが多い。
ギニ司令官の意外な一面を見てしまったイツキとフィリップは、結局出発までに30分待った。
これからソボエに行くと言ったら、あれこれ滞っていた書類やら陳情書やらを、領地を任されている家令のボイヤーさんに、届けて欲しいと執事さんに頼まれた。
目も通していない書類もたくさんあり、ソボエに着いたら領主としての仕事をきちんとしてくださいと、ギニ司令官は執事さんに怒られていた。
なにやってるんですか!と、突っ込みたいイツキだったが、人のことを全く言える立場ではなかった・・・
うきうきルンルンで妙にテンションの高いギニ司令官との馬車の旅は、「俺に似ているかなぁ」とか「無事に産まれるだろうか」とか「ねえ本当に双子なのイツキ君?」とか「フィリップ!お前も早く結婚した方が良いぞ」とか、なんだか面倒臭かった。
ハヤマのミムは、ギニ司令官の屋敷を出発する時からずっと、馬車中でイツキの肩に停まっていた。これから長旅に出て貰うので、少しでも疲れないように休ませている。
ソボエの町の領主屋敷に到着したのは、午後4時前だった。
「ミム、モンタンを探して連れて来て欲しいんだ。くれぐれも凶暴な鳥に気を付けてね。近くまで来たらこの屋敷に居るから、知らせに来てね」
イツキはそう言いながら、何度もミムの頭を擦ってやる。ミムも嬉しそうにイツキの頬に頭を擦り付けて、元気にピィピィポーと鳴く。
そして美しい青い羽根を広げて飛び立つと、3回程イツキの頭上を旋回して、ミノスの近くのレガートの森を目指して飛んでいった。
「早ければ明日の午後、遅くても夕方までには到着してくれると思います。モンタンは夜でも飛べるので、出発の準備をしておきます」
イツキはミムの姿が見えなくなると、ギニ司令官にそう説明する。
夏大会以来、久し振りのギニ司令官の領主屋敷に足を踏み入れると、凄くいい笑顔の家令のボイヤーさんが現れ、深々と頭を下げてイツキに礼をとった。
「ロームズ辺境伯様いらっしゃいませ。フィリップ秘書官補佐様もお久し振りでございます。今日は如何されたのでしょうか?その書類の山は?」
ボイヤーさんは嬉しそうに挨拶をして、イツキとフィリップが持っていた(持たされていた)書類の束を見て、大袈裟にハンカチを取り出し目頭に当てる。
イツキはボイヤーさんの苦労を思い同情するが、ロームズの屋敷の家令オールズを想い、何処の家令も苦労しているのだと申し訳なく思った。
「おいボイヤー!主の俺は無視か?」
「ああ、これはご主人様、お帰りなさいませ。ロームズ辺境伯様には結婚もお世話いただき、この度は溜まった仕事を片付けさせるために主人をお連れくださり。重ね重ねありがとうございます」
再び深々と頭を下げたボイヤーさんは、イツキの持っていた書類の束を受け取りながら礼を言った。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。