イツキ、知らせを受けとる
少し長くなりました。
前話で女性4人の受験者を、学生3人と書いていましたが、2人の間違いでした。
「質問します。医学大学の助手の仕事の他に、薬草園の求人を出す可能性があります。その場合、給料は同じ金貨2枚ですが、主な仕事は医学大学の薬草園作りと薬草の栽培になります。特例として、薬草園で4年以上勤務した者には、薬剤師の資格取得試験を受けるチャンスを与えようと思います。ずっと医学大学で助手として働くのと、4年後に薬剤師の資格を取り、薬剤師として働くのではどちらがいいですか?」
イツキはこれまでと同じで考える時間は2分ですと言って、奨学生のモービル先輩と、元奨学生だった一般応募者の3人に質問した。
化学部副部長のモービルは、医学大学の助手を希望した。
一般応募者の内2人は、薬剤師になりたいと答え、1人は助手になりたいと答えた。
イツキは嬉しそうに微笑むと、思い通りの返答を聞いて『よしっ!』と心の中で叫んでいた。
それからイツキは4人の家族構成や、もしも合格したら家族をロームズ領に住まわせたいかどうかを質問した。
大学で助手の仕事をしたいと答えた1人は、結婚を約束している女性が居て、合格できたら一緒に住みたいと答えた。
薬草園を希望した2人とモービルは、家族に仕送りはするが、一緒には住まないと答えた。
4番目のグループは、全員がイントラ連合語でAを取得しており、成績も申し分のない者ばかりだった。なのでイツキは、遠慮なく4人の過去と未来について質問した。
「皆さんは上級学校在学中に、イントラ高学院を受験しましたか?合否は今回関係有りません。受験しようとしていたかどうかを聴きたいのです。そして、医学部と薬学部、どちらを受験したか、又は受験したかったかをお答えください」
合格したらどれ程頑張りたいかとか、どれだけ自分が役に立てるかを話そうと思っていた4人は、イツキの質問に驚いたというか戸惑った。
4人の内3人は一瞬で顔色が悪くなり、1人は俯いてしまった。
1人目の受験者は男爵家の長男で年齢は20歳。医学部を受験したが不合格だった。現在は地元カワノ領の役場に勤めている。
2人目の受験者は準男爵家の長男で、やはり医学部を受験したが不合格だった。現在はラミルの薬種問屋で働いており、年齢は22歳で、結婚しているので今の身分は平民である。
3人目の受験者は子爵家の次男で19歳。昨年薬学部を受験したが不合格だった。父親と兄はレガート軍で働いており、現在は親の領地を管理している。
4人目の受験者はミノス領の豪商の家の三男18歳。医者になることを反対され、昨年の医学部受験が出来なかった。そして卒業後は家を飛び出し、現在はキシ領の医院で助手をしている。
「もしも教授の元で助手をし、5年以上の経験と教授の推薦があれば、専門医になれるチャンスがあるとしたら挑戦したいですか?それとも助手として医学大学で学生を育てたいですか?専門医とは、外科の教授の元で働けば外科医、内科の教授なら内科医、他には眼科や耳鼻科医のことを指します。ロームズ医学大学は、レガート国立病院やロームズ医学大学病院で働ける、専門医を育てようと思っています」
「「「「医者になれるのですか!」」」」
イツキの質問に、全員が同時に驚きの声を上げた。そして互いに顔を見合わせて戸惑う。一般応募者からは2人しか合格できない。一般受験者は11人も居たのだ。
ここはどう答えるべきだろうか?・・・これは助手の応募の面接試験である・・・医者に成りたい等と言ったら落とされるかもしれない。でも、医者になれるのなら成ってみたい。ロームズ辺境伯様の真意はどこにあるのだろう?
今回の質問は、2分以内ではなく4分の回答時間をイツキは与えた。
すると現在キシ領の医院で助手をしているギミックが、イツキに質問をしてきた。
「ロームズ辺境伯様、1つだけ質問をよろしいでしょうか?」
「構わないよ。何だろう?」
「はい、昨日の実技試験の問題を作られたのは、ロームズ辺境伯様だと試験官から聞きました。あの問題は……医者や病院に勤めたことのある者が作った内容だと思いますが……本当にロームズ辺境伯様が作られたのでしょうか?」
ギミックはロームズ辺境伯が上級学校の学生だと知った時、ショックを受けたと同時に失望もしていた。学生なんかに医学大学の運営が出来るはずがないと。
しかもどうやら軍関係の仕事をしているようだと噂で聞き、嫌いな軍人が学校を設立?バルファー王は、医学大学の資金を半分しか出さないというし、医学を志す者をバカにしているとさえ思えてしまった。
自分が勤めている医院の医者は、威張ってばかりで間違った診察でもお構い無しの、腐った医者だったが、自分は医術を学ぶため我慢していた。だからこそ、今回の医学大学の助手に懸けたかったのに・・・
そして絶望感を持ったまま受験したら、試験官が信じられないような嘘を吐いた。
どう考えても医師や専門家でないと作れないような試験問題を、学生のロームズ辺境伯が作ったと堂々と説明したのだ。
『有り得ない!この国の教育に関することを仕切っている教育部の人間が、恥ずかし気もなく嬉しそうに、この問題をロームズ辺境伯が作ったと言うなんて……この国の教育はどうなっているんだ!』
昨日の筆記試験が終わって宿に帰り、怒りのあまり酒でも呑もうかと思い食堂に行ったら、同じ宿に泊まっていた事務職員と警備職員を受験している学生が、試験中に起きた事件について大声で話をしていた。
学生達の話に耳を傾けながら食事をしていると、ロームズ辺境伯のことを話しているのだと分かった。
その内容は、偽試験官をスカッとする方法で懲らしめたというものと、先日開催されたロームズ辺境伯杯で、信じられない活躍をしていたと言うものだった。
ギミックは、ロームズ辺境伯という人間について一晩中考えて朝を迎えた。
疑心と期待の感情が入り交じったまま、面接の為に図書室で待っていると、ラミル上級学校の学生2人が目に入った。そこでギミックはロームズ辺境伯はどういう人間なのかと質問してみた。当然他の受験者達も耳をそばだてる。
「ああロームズ辺境伯様……一言で言えば天才」(化学部モービル)
「もちろん、勉強も武術もだよ。そして我らの希望かな」(植物部レグル)
2人の学生の話を聞いてもギミックは信じられなかった。きっとこの2人は、領主の悪口が言えないのだろうと思おうとした。
しかし、学生の1人であるモービルは、信じられないことを付け加えた。
「入学早々、春大会で満点を叩き出した時は驚いたが、1年生で2つの専門スキル修得コースで認定試験に合格した。もしも学校が、全部の認定試験を受けさせてくれたら、きっと全部合格出来たと俺は思う。あんた、イツキ様に対して失礼な態度をとったら、俺達が許さないよ」と。
イツキ親衛隊の2人は、ロームズ辺境伯様をよく思っていない様子のギミックに、しっかりと釘を刺しておいた。それがギミックの為だと思って。
「ギミック君だったね。君は偉い人の話と自分で経験したことでは、どちらを信じるだろうか?というか、君は自分が信じるものを信じる……そういうタイプのようだ。医術において、おごった信念など何の役にも立ちはしない。大切なのは本当にこれで良いのかと疑う心と、本当にこれが最善なのかと自らに問う姿勢だ。とるに足らない先入観や知識は、命の前では邪魔にしかならない。だが、君の何故?本当に?と考える姿勢は悪くない。君の質問には、合格したら答えるとしよう」
イツキはそう言うとニヤリと笑った。
その笑みを見た4人は、目の前の少年は、領主様であり医学大学の設立者なのだと実感した。そして、発せられた言葉の内容と、威厳のある話し方と、黒く輝く瞳に思わず心を動かされた。
その結果、全員がキラキラ輝く瞳で、専門医に挑戦してみたいと答えた。
イツキは少しだけ微笑み「分かりました」とだけ答えて面接を終了した。
全ての面接が終了したのは、午後6時半頃だった。
イツキはラシード人事部長や人事部、教育部の関係者にお礼を言って、無事に全ての採用試験を終了した。
採点は5日以内……11月16日迄に完了させ、17日に試験官がロームズ辺境伯邸で検討会を行い、18日に合格者を決定することに決まった。
15・16日は、上級学校の秋期武術大会があるため、ちょうど休みになる17・18日が、イツキにとっても都合が良かった。
合格発表は、軍・警備隊・文官と同じ11月20日で、レガート城の外門内に貼り出されると決まっていた。
◇ ◇ ◇
採用試験を終えた翌日の早朝、疲れて早く寝たイツキは、いつもより早く目が覚めてしまった。こんな朝はハヤマのミムと遊んでやろうと思い馬場に向かう。
秋の澄んだ空気を堪能しながらハルシエの木の近くまで来ると、珍しい青く美しい羽を広げたミムが、待ち兼ねたように飛んできて肩に停まり、ピッピッピと短く鳴いた。この鳴き方は?と首を捻っていると、焦げ茶色の羽を広げて別のハヤマが飛んできた。
イツキが右腕を出すと、そのハヤマはイツキの腕に停まり、ピィピィポーと鳴き手紙を届けに来たと告げた。
「君は教会のシークだね。急ぎの手紙なのかな?」とイツキは呟きながら、シークの足に付いている手紙箱を開け、中から手紙を取り出した。そしてシークの頭をよしよしと撫でてやる。
手紙はサイリスのハビテからで【至急ロームズに向かわれたし、午前9時に王様に謁見すること】と書いてあった。
何事だろう?教会から知らせが届いたということは、ハキル学長からの緊急連絡に間違いないだろう。
イツキはポケットから紙とペンを取り出し、【了解】と短く返事を書いてシークの手紙箱に入れた。もう1度頭を撫でてから、イツキはシークを教会に向け飛ばした。
午前8時、イツキは校長にしばらく学校を休むかもしれないと告げると、簡単な手荷物だけを持って学校を出た。従者のパルが付いて行くと言ったが、長期間休む可能性もあったので残るように指示する。
途中屋敷に寄り、出勤してきたレクスを連れて王宮へと向かった。
イツキとレクスは到着すると、直ぐに3階の会議室に通された。
部屋に入ると王様と秘書官とギニ司令官、そしてサイリスのハビテが待っていた。
イツキはレクスに目配せをして、隣の治安部隊の作戦室で待つように指示する。
「皆さん、おはようございます。ギニ司令官までいらっしゃるということは……ロームズで軍事的な危機でも起こったのでしょうか?」
イツキは待っていたメンバーの顔触れを見て、別段嫌な予感もしなかったのだが……と首を捻る。
「おはようイツキ君。そうじゃあないよ。ハキル学長から困ったことになったという知らせが届いたんだ。ロームズ医学大学に招く予定の、イントラ高学院の教授3人が、領主に会ってみなければ、働くかどうかの返事が出来ないと、ロームズでごねているらしいんだ」
困ったことになったという顔をして、秘書官のエントンは溜め息を吐いた。
「確かに、現時点で完成していない建物や施設を見れば、不安にもなるだろう。本来ならレガート国から正式な使者が出向き、イントラ高学院の学長に頭を下げるべきなのだが、ハキル学長に王様からの親書を届けさせただけだった。それでもイントラ高学院の学長は3人の優秀な教授を、今月中に派遣してくれたのだが……」
エントン秘書官は続けて話しながら、届いた手紙をテーブルの上に置いた。
手紙は2通あり、1通はハヤマ便で届いた小さな手紙と、もう1通は普通の大きさの手紙で、偶然同時に昨夜届いたらしかった。
小さな手紙には、このままでは教授がイントラ高学院に帰ってしまうので、今月中にロームズ辺境伯を帰して欲しいと書いてあった。
普通の大きさの手紙には、イントラ高学院の教授達は若いが優秀で、出世欲もあり真面目だが、自分の信用した者の為でないと言うことを聞かないかもしれない。長くイントラ高学院で働いてきた自分のことは信頼してくれるだろうが、領主が上級学校の学生だと知ると、帰ると言い出すかもしれない。イツキ様に直接会えば必ず分かってくれるだろうから、イツキ様をロームズ領に帰らせて欲しいと書いてあった。
「どうするイツキ君?今から行けば、採用試験の合否は人事部に任せるしかない。医学大学の入試にも大きな影響が出るだろう。しかし、行かねば大学自体が開校できなくなる可能性がある」
バルファー王は腕組みをし、カレンダーを睨みながら、どんなに強行軍で出発しても、到着は18日くらいになるから、用件を済ませて帰って来ると、26日の薬学部(ロームズ辺境伯枠)の入試に間に合わないだろうと計算する。
「イツキ君、護衛には俺が就く。他は……フィリップ、レクス、ハモンドでいいだろう。人数は少ない方がいい」
ギニ司令官は、自分が護衛でロームズ領に行くと言い出した。
イツキがレガート国の王子であると知ってから、ギニ司令官の気持ちは変わった。口には絶対に出さないが、イツキ様や自分達や教会が、いつの日かギラ新教を倒したら、この国の王子として……そして将来は王として……と思い始めていたのだ。だから、何がなんでも守らねばならないと。
「分かりました……急いで行く方法はあります……しかし、僕一人で行かせてく・・・」
「何を言っているのですイツキ様。そんなこと絶対に許可できません!」
イツキが話し終える前に、いきなりノックもせずにフィリップが文句を言いながら入室してきた。その後ろにはキシ公爵アルダスの姿もあった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
更新遅くなりました。




