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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
領主の仕事と試験

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イツキ、受験生になる

 午後からは実技(技能)試験である。

 受験者が62人もいる事務職員の実技は、ロームズ領の事務職員も大学の事務職員も同じ試験内容なので、特別教室棟の1階にある大教室(100人収容)で行われる。


 30人の中級学校の教師の実技は、1階の中教室A(50人収容)で行われ、実際に得意科目を5分間教壇に立って講義する。試験官は人事部の2人とラミル中級学校の教師10人で、他の受験生と一緒に生徒の役で質問したり、講義内容の採点をしたりする。

 研究助手の受験者22人の実技は、1階の中教室B(50人収容)で行われ、試験時間の半分は、イツキの指名で教え子の軍医ベルガが講義をして、その内容をまとめて提出させる。後半はイツキの作った問題をやる。

 大学警備の受験者の実技は、体術が武道場で剣と槍は体育館で行われる。



 実技試験開始5分前、イツキは事務職員の試験会場である大教室の1番後ろの席で、眼鏡を掛け顔を下に向けて座っていた。

 時々顔を上げて教室の様子を観察すると、意外にもラミル上級学校の制服を着た学生が3人居た。イツキは受験者の数は聞いていたが、その内容や内訳は詳しく聞いていなかった。なので、ラミル上級学校の受験者が居るのかどうかも知らなかった。


 制服を着た学生より、私服を着た一般受験者の方が少し多いようで、受験者の4分の1は女性だった。女性は窓際の列に座っていて、こちらは学生の方が多かった。

 イツキは知らなかったが、事務職の採用試験で実技が行われるのは初めてのことであり、誰も聞いたこともなければ経験したことも無かったのだ。

 試験官であるアンジュラ22歳とイシリア21歳は、イツキの指示通り試験用紙を持ち、偽試験官をドアの近くに立って待っている。


 開始時間3分前になり、自称試験官の子爵らしい男がようやく入室してきた。

 男はやや小太りで、これぞ貴族だと言わんばかりの華美な服を着ていた。鼻の下の髭を伸ばし自慢気に何度も触っている。

 その男は試験会場内を見渡し、仲間の商業部の男が居ないのを見て「アイツは何処に行ったんだ全く」と呟きながら、教壇の前に立つ。


「今から試験を開始する。一切の質問は受け付けない。これから助手が試験問題を配る。開始の号令があるまで試験問題を見てはならない。分かったな!」


自称試験官の男は、本来の試験官であるアンジュラとイシリアを助手扱いし、偉そうに命令する。

 受験者達は男の厳しい口調に「はい」と答えて姿勢を正した。

 アンジュラとイシリアは中央の通路を通り、左右に試験問題を配りながら上の段の後の席までやって来る。そしてイツキに目配せをすると頷き、そのまま自称試験官が立っている教壇まで戻ると、頭を下げて教室から出て行こうとした。


「おい!俺の分の問題用紙はどうした」

「はい?余分な問題用紙など有りませんが?」(イシリア)

「そんなはずはない!試験官用の問題用紙が有るはずだ!」

「ですが、無い物はどうしようもありません。それに質問も受け付けないのでしたら、必要ありませんよね?」


アンジュラの冷静な受け答えに男の顔は怒りで醜く歪むが、ここでことを荒立てる訳にもいかず、フン!とアンジュラを睨み付けて時計を見た。既に開始時間は5分も過ぎており、男は慌てて試験開始を告げた。

 試験問題を持って帰ろうと考えていた男は、試験後に回収した問題用紙を抜き取ればいいと思い直し、怒りを静めるように窓の景色に目を向けた。


 受験者は一斉に問題用紙を開き最初のページの内容を読むと、机の上に算盤を出し再び姿勢を正して試験官の方を見る。

 そして2分が経過したところで、後方の席から試験官に向かって手を上げて質問する者がいた。

「すみませ~ん。まだですかぁ?」と。


「うるさいぞ!質問は受け付けないと言っただろう!」

「でもぉ、最初のページに【これから試験官の説明があります。説明をよく聞いてから作業を始めなさい】と書いてありまーす」


イツキはちょっとふざけた感じで試験官に向かって発言する。


「何だと!説明を聞いてだと!」


男は教室内の視線が全て自分に向けられていることに気付くと、慌てて1番前の席に座っている受験者の試験用紙を確認し、愕然とした表情で固まる。


「早く説明してくださーい。もう10分近く時間が経過していまーす」

「う、うるさい黙れ!少し待っていろ!」


自称試験官の男は慌てて廊下に飛び出すと、誰か居ないかキョロキョロと辺りを見回す。しかし、残念ながら廊下に人の姿は無かった。

 困った男は隣の試験会場である中教室Aのドアを開け、そこに居た試験官にアンジュラ達は何処に居るのかと尋ねようとする。

 しかし、中教室Aは現在模擬授業試験が行われており、試験中なのにドアを開けて入ってきた男に、非難するような視線が集まる。

 仕方なく対応に出てきた人事部の試験官が、不機嫌そうに何の用かと訊く。

 男はアンジュラとイシリアいう女は何処に居るのかと試験官に尋ねた。


「アンジュラ達さんなら隣の試験会場に居るはずですよ。ところで貴方は誰です?ラミル上級学校の教師ですか?教師は立ち入り禁止ですよ」


「い、いや、私は教師ではない。失礼した」


試験官に怪しまれていると思った男は、教師ではないと答えると、勝手にドアを閉めて逃げるようにその場を立ち去り、大教室へと戻ってきた。

 ハアハアと息を切らせながら、受験者から問題用紙を取り上げるとパラパラと捲り、何とかしなければと焦る。そして最後の問題を見て手が止まった。

 そして助かったとばかりに息をつくと、大きな声で再び命令する。


「説明するはずの助手が勝手に……いや、少し手違いがあったので最後の問題から始めてくれ。この問題の制限時間は30分だ。25分後に戻ってくるので、それまでにやっておけ!」


最後の問題は、説明が無くても出来そうな問題だった。男はその間にアンジュラかイシリアを探し出せばいいと思い、教室を出ていこうとする。


「すみませ~ん。試験官が居なくても試験は有効ですかぁ?話し合ったり人の解答を見たりする者が居たらどうするんですかぁ?」


今度は手も上げず立ち上がって質問するイツキだった。


「またお前か!黙って言うことをきけばいいんだ!今度発言したらお前は不合格だ!分かったな!」


生意気な学生の質問にイライラした男は、イツキに向かって暴言を吐いた。

 受験者達は正しいことを言っている学生の方を、同情するようにチラチラと見て、もうこれ以上逆らわない方が良いぞと視線を送る。

 中には試験官の態度や一方的な不合格発言に、憤りを感じる者も居た。


 その視線の中には当然ラミル上級学校の学生が居るわけで、立ち上がった学生の制服を見て驚く。

 はて?あれはうちの制服だが、眼鏡を掛けたあんな3年生が居たっけ?黒い髪の背の低い3年・・・黒い髪・・・! あれは!と思ったラミル上級学校の3人が同時に立ち上がる。

 立ち上がった3人に向かって、イツキは眼鏡を外してニヤリと笑った。


「逃げるんですか!あなたが本当の試験官なら、そんな暴言を吐いたり試験会場を留守にするはずがありません。あなたのその態度は、受験者を冒涜しロームズ辺境伯を冒涜している」


「そうだ!ロームズ辺境伯様に失礼だ!」(先輩その1)

「横暴だ!我々にきちんと試験を受けさせろ!」(先輩その2)

「試験官ならきちんと説明出来るはずだ!」(先輩その3)


イツキの堂々とした主張に、ラミル上級学校の先輩3人は声を上げて抗議する。

 たちまち教室内はざわつき始め、イツキ達に賛同する者がポツポツと立ち上がり始める。特に学生達は「そうだそうだ!」とか「この試験はおかしい!」と声を上げながら立ち上がる。

 その様子を見たイツキは嬉しそうに微笑むと、1番後の席から教壇に向かってゆっくりと歩き始める。


「あれはラミル上級学校の制服だ」とひそひそと囁く声があちらこちらから聞こえる。


 その時、教室のドアが開きアンジュラとイシリアが入室してきた。

 男は2人を睨み付けると、拳を握り締め怒りの形相でわなわなと腕を震わせる。そしてアンジュラの前に立つと手を上げようとした。


「試験官に何をする気だ!まさか汚い手で殴ろうとでも言うのか偽試験官!」


イツキはよく通る声で言いながら、アンジュラを守るように男の前に立ち塞がった。

 すると男は完全に冷静さを失い「お前ごとき学生が!」と叫びながら、イツキに殴りかかろうとする。イツキは眼前に伸びてきた男の腕を掴むと、思い切り投げ飛ばした。

 ダーン!と大きな音がして、投げられた男は「ウウッ……」と唸る。



「試験会場で暴れているのは誰だ!不法侵入者を捕らえろ!」


バタバタと足音がして、警備隊の隊長が大声で叫びながら、隊員5人と共に突然教室内に突入してきて、教室内は騒然となる。

 当然受験者達は、ラミル上級学校の学生が逮捕されると思って慌てる。悪いのは学生じゃないんだと訴えようと立ち上がる者が続出する。

 投げられた男は痛みで顔をしかめながら「あの学生だ!あいつを捕まえろ」と掠れた声で叫ぶ。そして、助かったと安堵し大きく息を吐いた。


 しかし警備隊の隊員は、投げられた男を立ち上がらせると、両脇をがっしりと拘束し引き摺るように教室の外に連れ出していく。


「ち、違う俺じゃない!暴れたのは学生だー!」


何が何だか分からない自称試験官の男は、大声で叫びながら暴れようとする。だが、イツキのよく知る警備隊の隊長にボカッと頭を殴られ、怒りの形相で睨まれる。

 隊長は「縛り上げろ!」と部下に命令し、部下達も怒りの形相でぎゅうぎゅうに縛り上げていく。

 男の叫び声が次第に遠ざかると、受験者達はポカンと口を開けたまま呆然としていた。当然ラミル上級学校の学生が逮捕されると思っていたのに、試験官が連行されたのだ。ラミル上級学校の先輩3人と一部の受験者以外は、目をパチパチさせながら、残ったイツキとアンジュラとイシリアに視線を移した。



「大事な試験会場に、偽の試験官が入り込み、本来の試験官である女性を暴力で脅した。偽の試験官の目的は試験問題を盗むことだと思われる。そして常識を逸脱した言動や態度は、ギラ新教徒である可能性も疑われる」


イツキは教壇の前に立ち、受験者達に説明する。


「ええーっ!あれは偽の試験官だったのか」

「ギラ新教徒だって!」

「試験問題を盗むなんて、いったい何処の貴族だ?」

「でも何で、あの学生はそんなことを知っているんだ?」


イツキの説明を聞いた受験者達は、驚いたように騒ぎ始める。


「静かに!今は試験中だ。ロームズ領には威張った貴族は必要ない。必要なのは本当に実力の有る者であり、正義の心を持った常識のある大人である。これから本物の試験官が試験内容について説明し、試験時間は30分延長される。試験に不手際があったことは申し訳なかった。このくらいのアクシデントに動揺することなく、実力を発揮できることを期待する」


イツキは堂々と、完全に上から目線で話し終えると、にっこり笑って軽く右手を上げ教室から出ていった。

 受験者達は「えーっと……?」と首を捻るが、イツキの正体を知っていた者は、ウンウンと頷きながら流石ロームズ辺境伯だと思った。


「皆さん、本物の試験官のアンジュラです。ロームズ辺境伯様は如何なる不正も許さない御方です。領主様のお言葉を忘れず、期待を裏切らないよう頑張ってください。この問題を作られたのは、今教室を出ていかれたロームズ辺境伯様ですから」


「「「えええぇーっ!ロームズ辺境伯様!」」」


あの学生がロームズ辺境伯様だったのだと知った受験者の驚きの声を静めるように、アンジュラは「説明を始めます」と大きな声で言った。 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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