採用試験開始
11月1日、今日からレガート国の採用試験が始まる。
1日はレガート軍、2日は警備隊、3日は文官や技術職で、1次試験は筆記問題である。
上級学校の学生の場合、各地の上級学校で10月25日に一斉に行われた専門スキル修得コースの認定試験に合格していれば、学校推薦が貰えることになっている。
学校推薦があれば、筆記試験の専門試験は免除され、教養問題試験だけを受ければいいことになっている。
専門スキル修得コース認定試験を、1年生ながら挑戦したイツキは、開発コースと医療コースの2つを受験し見事に合格していた。
これによりイツキの飛び級は確定し、来年から3年生に進級する。
そんなイツキの1年生の茶色の革の校章には、認定試験に合格した証として、開発コースの【H】と医療コースの【I】のバッジが付けられていた。
「イツキ君、酷いじゃないか。イツキ君がロームズ辺境伯だと知っていたら、僕は絶対にロームズ医学大学の職員採用試験を受けたのに……もう絶対に無理なの?」
学食で昼食を食べていたイツキの元に、3年生の黒い革の校章に、文官コース認定試験に合格した【B】のバッジを付けた、文学部部長のロードスが泣き言を言いに来た。
「ロードス先輩、申し訳ありません。僕が思っていた以上に願書が集まりました。でも、文官や軍や警備隊と併願して受験する学生も多いので、そちらに合格すれば辞退する者も多いと思います。辞退者が多くて欠員が出たら、再試験するかもしれませんが……」
「いやいや、ロームズ辺境伯杯に来ていた学生は、ロームズ辺境伯が学生でありポルムゴールのヒーローだと学校に帰って教えたと思う。今やイツキ君は上級学校の学生の憧れの的だよ」
イツキとロードスの会話に入ってきたのは、武術の槍で親しくなった3年のガイガー先輩である。ガイガー先輩は校章に警備隊コース認定試験に合格した【K】のバッジを付けている。そして同じように、怨めしそうにイツキを見て「は~っ」と残念そうに息を吐いた。
イツキファンのロードスとガイガーの2人・・・いや、植物部、化学部、音楽隊の親衛隊メンバーの3年生も「は~っ」と息を吐きながら、願書の締切日をロームズ辺境伯杯の前日にしたイツキに、酷いじゃないですかと視線で訴えてくる。
「でもロームズ領は遠いし、医学大学の学長から、過労死しない元気な学生を集めるように頼まれてるくらいだから、職員になったらきっと大変だと思うよ……」
「それでも領主様になったイツキ君と、これからもずっと会えるってことだよね」
空気を読まないのか、わざとなのか……2年生のヤンが嬉しそうに言った。そして3年生に睨まれる。
「でも俺は、3年になってもレガート軍を受ける。軍の仕事で領主であるイツキ君を守ったり、仕事でロームズ領に行く。出世して軍本部で仕事をすれば、きっとイツキ君とも会える」
ヤンはニヤリと笑いながら、ロームズ領で働かなくても、イツキに関わる方法はいくらでもあると言う。
「そうだよな。王宮の文官に成ればいいんだ。そうすればイツキ君が来た時に会えるな。よし!3日の文官試験、何がなんでも合格するぞ!」
ヤンの話を聞いたロードスは、急に明るい顔になり、自分に気合いを入れながら去っていった。警備隊を受けるガイガーも、そうだなと言って明日の試験に闘志を燃やす。
イツキ親衛隊の3年生も、全員が認定試験に合格した強者揃いである。先程の怨めしそうな顔から、遣る気に満ちた引き締まった顔に変わっていく。
「今年の認定試験合格者が、例年の1.5倍だったのは、やはりイツキ君効果でしょうかね、校長」
イツキ達のやり取りを、近くのテーブルで昼食を摂りながら聞いていた教頭は、隣の校長にニコニコしながら話し掛けた。
「間違いないだろう。特に親衛隊のメンバーは、合格しない奴は親衛隊から脱退させるとクレタ隊長から脅されたらしい。風紀部1年の隊長であり天才でもあるイツキ君の親衛隊は、今では領主様の親衛隊だ。格が違うからな」
校長はそう言いながら、またしても3年生の遣る気を起こさせているイツキとヤンに、感謝さえしてしまう。
「この分だと、国の採用試験の合格率も、例年より上がりそうですね校長」
1年の学年主任であるダリル教授も、嬉しそうな表情で校長に言った。
イツキは自分の意図しないところで、3年生の遣る気を引き出し、校長や教師達を喜ばせていた。
◇ ◇ ◇
11月10日、いよいよロームズ医学大学とロームズ領の職員採用試験(筆記)の日がやって来た。
ちなみに明日11日は面接である。
本来なら警備隊本部の教育棟で行われる予定の筆記試験だったが、予想以上に希望者が多かったので、ラミル上級学校の特別棟を終日借りることになった。
人事部部長のラシード伯爵、教育大臣、秘書官3人の話し合いにより、今後、医学大学の職員とロームズ領の職員採用試験、医学大学入学試験は全てラミル上級学校で行うと決まった。
同じ頃に行われる軍・警備隊、文官等の試験と混乱しないよう配慮する為だ。
当然全ての試験日には万全の警備体制をとる。受験者の馬車での乗り入れは禁止され、受験票の無い者は学校内には入れない。
初日10日は上級学校が休日だったので、学生達はトラブルを避けるため、出来るだけ外出するよう校長から指示が出ていた。
受付や会場案内は、ラミル上級学校の教師が手伝ってくれている。
上級学校の教師は、問題漏洩や他の上級学校から不正を疑われるので、試験官にはなれない。なので、それ以外の仕事を手伝っている。
試験官は、王宮で働く人事部と教育部から派遣されており、同じメンバーで入学試験も行う予定なので、予行演習も兼ねていた。
「職員採用試験を受ける方は、受験する部所や職種に分かれて受付をしてください。医学大学の職員は右のテント、ロームズ領の職員は左のテントになります」
正門付近でうろうろしている学生や一般(学生以外)受験者に大きな声で案内をしているのは、イツキの担任であるポートだった。
今回の採用試験受験者の内訳は以下の通りだった。
◎ ロームズ領の事務職員6人(内一般2)に対し、受験者は14人。学生が8人、一般は6人。
◎ 中級学校の教師10人(内一般4)に対し、受験者は30人。学生が15人、一般は15人。
◎ 医学大学の事務職員12人(内一般2)に対し、受験者は48人。学生が20人、一般は28人。
◎ 教授や研究の助手12人(内一般2)に対し、受験者は22人。学生が11人、一般は11人。
◎ 大学警備職員10人(内一般4人)に対し、受験者は58人。学生が15人、一般は43人。
イツキが最も驚いたのが警備職員の応募人数で、一般受験者の内20人は軍学校の学生だったことである。
イツキは当初、軍学校の学生は軍か警備隊に入隊するのが目的なので、受験させることに難色を示したが、何故かギニ司令官が許可を出した。
軍学校を卒業して軍や警備隊に入隊するより、医学大学の警備の方が給料や他の条件が良かったのだ。
しかも軍学校の学生は願書の締切よりも早く、イツキの正体を知っていた。
軍学校にポルムゴールを教えに行った時、ハース校長がイツキをロームズ辺境伯と呼んでいたのを聞いてしまい、まさかのギニ司令官からのお許しも出たので、希望者が殺到したのだ。
イツキは軍学校の研究者としてまだ在籍扱いになっていた。そのせいで学生達はイツキ先生について、随分前から教師にしつこく質問していたのだ。
仕方なく、寮の管理者をしているイツキの教え子、ハヤマ育成士のポールと軍用犬訓練士のカジャクが、学生達にイツキ伝説の数々を語って聞かせた。勿論その頃は、イツキ先生がロームズ辺境伯に成るとは思っていなかった。
自分達より小さなイツキのポルムゴールのプレイに感動していた学生達が、ロームズ領での活躍の話(ごく一部)や寮管の話を聞き、イツキ先生に対する憧れが強くなったのは言うまでもない。
結局募集人数50人に対し、受験者は172人もいた。
イツキはロームズ辺境伯として学校に残っていたが、試験会場である特別教室棟の1階と2階ではなく、3階の風紀部室で様子を窺いながら、明日の面接をどうやってこなそうかと考えていた。
172人を1人ずつ面接することは不可能なので、教授や研究の助手をする者以外、グループ面接をすることに決めた。
「失礼いたします。ロームズ辺境伯様、午後の技能試験についてですが、事務職員試験担当の試験官が、受験者への説明の仕方が分からないと言っていますが、説明していただけますでしょうか」
風紀部室のドアをノックして入室してきたのは、教育部の女性職員だった。
「アンジュラさんも分かりませんか?」
「・・・いえ……元々私が試験官をする予定でしたので分かりますが……私から説明するのは少し・・・」
「成る程。それでその試験官の方はどこの部署の方でしょうか?」
「はい、商業部の次官補佐の部下の方です」
イツキはおや?っと首を少しだけ捻る。何となくアンジュラの態度も気になる。
「その試験官には子供が居ますか?しかも上級学校に……当然貴族ですよね?」
「はいロームズ辺境伯様。ご次男がミノス上級学校の2年生で、大変優秀なのだと自慢されていました。……身分は子爵だったと思います」
何だかイツキに何かを訴えたいのだが言えない……そんな雰囲気のアンジュラは、イツキの問いに驚いたように目を見開き、そして笑顔で答えを返した。
「医学大学の入試の試験官は、上級学校に子供が居ない者に限定しなければならないようですね。ありがとうアンジュラさん。僕が直接説明しましょう。もしかして、打合せの時とは違う試験官が他にも居ますか?」
「はい居ります。同じ商業部の人間で、わざわざ手伝いに来たのだから試験官を代われ……いえ、代わってやるとしつこくされ、出来ないと断った同僚のイシリアが……女のくせに生意気だと……」
アンジュラは怒りの表情で話し始め、言い難そうに言葉を詰まらせる。
「まさか手を上げたのですか?」
イツキは少し驚いた表情で、アンジュラの顔を確認するように見ながら訊ねる。
アンジュラは悔しそうに「はい」と答えると、自分の手首を隠すように擦った。
「その2人は、僕の顔を知っているでしょうか?」
「いいえ、私達にロームズ辺境伯様の容姿を聴いていたので・・・あぁ、勿論私達は何も答えてはおりません」
「全て僕に任せてください。アンジュラさんとイシリアさんは試験時間になったら、教室の廊下で待っていてください。どうやら僕は試されているようです」
イツキはそう言うと優しく微笑み、アンジュラに人事部長を呼んでくるよう頼んだ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
新しい物語を考案中です。そのため、更新が遅れがちになると思います。
イツキの話は続けて書いていきますので、今後ともよろしくお願いします。