国賓会談(2)
イツキは昨日のお礼を4人に言って、秘書官の隣に座った。その隣にベルガが座り、その隣にクレタが座ると、必然的にクレタはシルバ皇太子の隣になってしまった。会談は円形テーブルで行われていたのだ。
顔面蒼白になっている2人を、イツキは4人に紹介する。
「僕の隣が軍医であり、ロームズ医学大学設立を手伝ってくれているベルガといいます。僕の教え子の中でも最も信頼できる3人の内の1人です。その隣はラミル上級学校の3年生で、来年からロームズ医学大学の特別医学部への入学が決まっているクレタ先輩です。クレタ先輩には、僕が頼んでロームズへ行って貰います」
イツキはにこにこと2人を紹介するが、何となく空気が重い。
王様も秘書官もカルート国の2人も、何故この場にこの2人を連れて来たのだろう……と思っている感じの空気が漂い、2人は益々小さくなってしまう。
「今日は忙しい中、呼び出してしまい申し訳ありませんでしたロームズ辺境伯。その前に、昨年命を救っていただいたお礼をしていませんでした。本当にありがとうございました」
「王子から話は聞きました。カルート国の希望をお救いくださり、私からも礼を言わせてくださいロームズ辺境伯」
シルバ皇太子に続いて、ガウル産業大臣も頭を下げてイツキに礼を言った。
「僕がシルバ皇太子を助けたのは偶然ですが、必然でもあります。人の縁とは不思議なもので、僕が今、ロームズの領主をしていることもそうです。あの時の出会いがなければ、僕は領主を引き受けてはいなかったでしょう。シルバ皇太子であれば、カルート国を必ず復興させ、ギラ新教徒と戦うことが出来ると思いました。ですから、シルバ皇太子をお助けしたのは、僕の使命だったのだと思います」
イツキの話し方はどこか上から目線で、国王や他国の皇太子に向かって話す口調ではなかった。下手をすると不敬な態度だと思われても仕方ないくらいである。
「使命ですか?」
シルバ皇太子はそう言って、軽く首を捻る。
バルファー王もエントン秘書官も、その意味が分かるので、何も言わずウンウンと頷いている。
もしも目の前の皇太子が死んでいたら、カルート国の未来は無かっただろうと考えると、殺され掛けた皇太子の命を救うことは、リース様としての仕事であったのだと2人は理解する。
「はい、使命です。僕は現在レガート国の領主であり学生ですが、本来この身は、何処の国にも属していません。僕はギラ新教と戦い、大陸に平和を取り戻す活動をしています。僕はブルーノア教会の者ですから」
イツキは回りくどい説明や、腹の探り合いは必要ないと考え、自分の立場や考えを明確にすることにした。その方が無駄な時間も不信感を与えずに済むだろうと。
「ブルーノア教会?それでは神父様……いや、でも・・・」
シルバ皇太子は、その意味を考えるが、イツキの年齢では有り得ないと再び首を捻る。
「それでは、教会の諜報活動をされているのですか?……いや、でも領主ですよね……」
ガウル産業大臣も首を捻りながら、イツキの言った意味が分からないと、視線をバルファー王に向ける。
「シルバ皇太子、ガウル産業大臣、イツキ君は、いやイツキ様は、ブルーノア教会のリース様ですよ。1回目のハキ神国が仕掛けた戦争の時も、2回目も、今回のロームズ侵攻も、全てイツキ様の働きで、ギラ新教徒であるオリ王子に勝利出来たのです」
バルファー王はそう言いながら立ち上がり、椅子の後ろに下がる。
「そうです。1回目は疫病から救い、2回目は空飛ぶ魔獣を使い、今回はご自分で考案された投石機を使って、ハキ神国軍……いや、ギラ新教からカルート国とレガート国を御守りくださったのです」
エントン秘書官もそう言った後、椅子の後ろに下がる。そしてベルガもクレタも同じように立ち上がり椅子の後ろに下がると、深く頭を下げて正式な礼をとった。
「「リース様!!」」
シルバ皇太子と産業大臣は、驚いて叫びながら立ち上がった。そして慌てて椅子の後ろに下がり、皆と同じように礼をとった。
初めて御会いするリース様に、2人はガタガタと震えてしまう。
レガート国王が臣下の礼をとっているのだ。本物のリース様に違いない。
「皆さん礼をお解きください。今日の僕はロームズ辺境伯であり、ちょっぴりリースですから。さあ、食事が来たようです。両国にとって有意義な話をいたしましょう」
イツキは優しい声でそう言って全員の礼を解き、食事を運んできた侍女長のノックに、「どうぞー」と元気に返事をする。そして、運ばれてきた食事を見て「美味しそうですね」と、凄く嬉しそうな子供のような顔をして言った。
クレタとベルガは思った。
そうだった。この中で1番偉いのは……1番高貴な方はイツキ君(イツキ先生)だったんだと。そう思うと妙な緊張感もなくなり、並べられた豪華な食事も普通に食べることができた。
そして結局、ロームズ辺境伯の無茶振りに従ってしまうことになるのだった。
「それでは、ロームズ領の前の村に大学病院を建てるということで準備を始めてください。領地はカルート国ですから、カルート国の住民はレガート国の住民と同じ料金で診察します。建設費の半額はロームズ辺境伯が出します」
イツキはロームズ領周辺の地図を広げて、すぐ前に在るウエノ村に病院の場所を決めた。
「カルート国が村人から土地を買い取り、カルート国がロームズ辺境伯に貸すという契約書を作ります。期限はどうしましょう?」
「ガウル産業大臣、病院の資金が出せるのは早くても来年の5月以降になります。それに、初めは内科と外科だけにします。学生が患者を診れるのは3年生になってからなので、正式な開院は1101年になります」
イツキは簡単な病院の図面を取り出しながら説明する。
図面には2階建ての病院が描かれており、入院施設は無い。予算も無いし人手もない。そこで5年後を目標に大学病院に相応しい建物を建設するということで合意した。
「レガート国の来年の入学要項と試験要項がこれです。是非カルート国も、奨学制度を作ってください。そうすれば卒業後は自動的にロームズ医学大学病院で働いてくれます。今年の他国入試枠は医学部も薬学部も5人しかありません。看護学部は2人ですが、その枠の全てをカルート国にお譲りします。来年の入試からは他国からの入学者も受け入れますが、毎年最低でも同じ数の学生は受け入れると約束しましょう」
イツキはにっこりと笑って、独断で全てを決めていく。
それに対して国王や秘書官が何も言わないので、産業大臣は決定事項の度に「王様もそれでよろしいでしょうか?」と確認をしていた。
シルバ皇太子も、レガート国立病院なのに、王様や他の大臣達は後から異議を唱えないだろうかと心配になる。
「シルバ皇太子、ガウル産業大臣、ロームズ医学大学は全てロームズ辺境伯に任せているんです。何せ王様は、資金の半分しかお金を出されませんし、準備や運営は全てロームズ辺境伯に丸投げしています。そのせいで、ロームズ辺境伯はお金を稼がねばならず、ドゴルに発明品のポム弾を売ったり、ポルムを作ったりと寝る暇も無いんですが・・・」
2人の国賓が不安そうに王様に確認しているのに気付き、エントン秘書官が決定事項の権限は、ロームズ辺境伯に有るのだと説明した。
「えっ?資金の半分しか国は出さないのですか?」
ガウル産業大臣は信じられないという驚いた顔をして、秘書官に確認する。
「ええ、この条件をのんで領主に成ろうという者は、レガート国には1人も居ませんでした。なので、ロームズにオリ王子が建てていた屋敷を医学大学に……っと、言い出したイツキ君に領主ごと押し付けたんです」
「「・・・・」」
シルバ皇太子も産業大臣も呆れたというか、そんな無責任な……という顔をしてバルファー王を見るが、バルファー王は涼しい顔をして「イツキ君は発明の天才だから」と言って笑っている。
他国からしたら、いや国内の常識ある者も含めて、国立大学と名乗っていながら、国は経営も運営も丸投げし、金も半分しか出さないなんて、それで本当に大学が出来るのかと思うだろう。
しかもブルーノア教会のリース様に丸投げするなんて……申し訳なさ過ぎだろう……
クレタとベルガは、この時初めてイツキに同情した。丸投げ・・・それじゃぁ寝不足にもなるし、倒れもする。そして死に掛けたりもした。忙し過ぎるだろう!!
いくらイツキ君が好きに運営出来るようにしてくれたとは言え、よくよく考えたら学生のイツキ君に丸投げするのは、流石に無責任だとクレタは思った。
イツキ君の周りには、指揮官とか秘書官補佐とか隊長とか部長とか、雲の上の偉い人達しか居ない。しかも、全員が忙しい人ばかりだ。
唯一他に信用出来るのが、ハモンド、レクス、ベルガさんの3人の教え子なのだとクレタは気付いた。
だからこそ、学生である自分やパルテノンに頼むしか無かったんだ・・・
そんなこんなの話し合いが終わりに近付いた時、イツキはシルバ皇太子に向かってとんでもないことを言った。
「クレタ先輩は将来、レガート国の皇太子の側近中の側近となり、国政にも大きく関わってきます。シルバ皇太子、時々医学大学に聴講生として勉強に来られませんか?来年の入学者の中には、ハキ神国の第2王子ラノス様がいらっしゃいます。将来ランドル大陸を背負っていく3人の皇太子が学友になる。どうです?素敵でしょう?レガート国の王子はまだ未成年ですが、僕が必ずお引き合わせします。先ずはクレタ先輩と学友になってみてください」と。
「ええっ!ハキ神国のラノス王子が入学されるのですか?」
驚いた顔でシルバ皇太子は固まった。昨年まで自国に戦争を仕掛けて来ていた国の王子である。学友以前に会う機会があるとは思ってもいなかった。
「我々の共通の敵はギラ新教です。オリ王子はギラ新教徒ですが、ラノス王子は熱心なブルーノア教徒です。ここだけの話、10年以内にハキ神国に内乱が起こるでしょう」
「なんだってイツキ君、そ、それは本当なのか?」
立ち上がって叫んだのはエントン秘書官である。同じようにガウル産業大臣も立ち上がっている。
「その内乱は、実質的にはギラ新教徒とブルーノア教徒の戦争になります。僕は昨年ラノス王子にお会いしましたが、彼は何度も命を狙われています。狙っているのはギラ新教徒です。ラノス王子の命を守るため、僕は医学大学への入学をハキ神国のラノス派の国務大臣に勧めました。レガート国も同じ状態です。だからこそ、次の世代の我々は、国同士で争っている場合ではないのです」
イツキはゆっくりと立ち上がり、これはリースとしての話になりますと言った。
自分達の知らなかった他国の話や、将来起こる戦争の話を聞かされ、しかもリースとして語られたことに、大人達は驚き困惑する。
「敵はギラ新教であり、レガート国、カルート国、ハキ神国の次期国王は、力を合わせて戦わねばならないと、そういうことなのですね?」
クレタも立ち上がりながらイツキに確認するように問う。
「そうですクレタ先輩」
「その為に3国の皇太子、いや次期国王は友となり備えなければならないと?」
シルバ皇太子も立ち上がり、これはリース様から自分に与えられた使命なのですね?と問う。
「そうですシルバ皇太子。大学という場所は政治不介入です。ですから政治外交ではなく、友人として語り合い、意見を交わし、そして共に学ぶ仲間となって欲しいのです」
「では私は教育者として、その次期国王の3人が、友として安心して学べる大学を作り、政治を介入させず、将来を語り合える場所を作ればいいのですね?」
ベルガも自分がここに連れて来られた真の役割を理解し、立ち上がって確認する。
「そうですベルガ先生。これから時代は益々混迷していきます。ロームズ医学大学の果たす役割は多岐に渡るでしょう」
若者3人はイツキの話を素直に聞き、瞬時に自分の役割を理解した。
バルファー王は心の底で思った。その皇太子の3人の中には、本来キアフ、君が入るべきなのだと。
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