ロームズ辺境伯杯(6)
殺し屋の男を逃がしてしまったが、これ以上の犠牲者を出さずに済んだので「よくやったロームズ辺境伯」と言って、キシ公爵はしょげているイツキの背中をバシッと豪快に叩いた。
「痛いですよアルダス様!悔しいけど次は逃がしません。深くはないけど傷を負っているので、再び潜入してくることはないでしょう。それに、あの弾(玉)の香辛料の効き目は半日は続くでしょう」
イツキはポケットから真っ赤な親指大の弾を取り出し、掌に載せアルダスに見せる。
「うーん。これは効きそうだ・・・イツキ君、それで、これも売り物かな?」
「勿論ですアルダス様。特製ですから少々値が張ります」
アルダスの問いに答えながら、前向きに頭を切り替えるイツキである。
緊急事態Aは解除され、ギリギリのところで次の試合の入れ替えに間に合った。
ほぼ予定通りに招待客を入場させ、観戦の終わった客達は速やかに帰っていただく。
「イツキ君、殺し屋の件聞いたよ。あれがボンドン男爵だ。隣はエイベリック伯爵で、ボンドンは従者として入場した」
イツキのクラスメートであるホリーの働きで、ボンドン男爵を確認したイノ中佐は、ずっとボンドンの動きを注視しながらイツキに報告する。
「成る程、先程、特別棟の裏で御者の服が発見されました。やはりボンドン男爵と殺し屋は繋がっているようです」
イツキは治安部隊の制服を着たまま、イノ中佐と警備をしているように装いながら、ボンドンの顔を記憶する。どうやら息子のルシフは父親似のようだとイツキは思った。
ボンドンの乗った馬車が学校から出ていったのを確認し、イツキはイノ中佐と一緒に警備隊本部のテントに向かった。
午後4時前、上級学校で行われた予選は、予定通りに終了した。
イツキは本部席に戻って、交代でやって来た執行部のエンター部長、会計のインダス(発明部)に、緊急事態Aを発動した経緯を説明した。
「イツキ君、殺し屋って……この前戦ったアイツ?」(エンター)
「そうだよ。結局逃げられたけど」(イツキ)
「それにしても、治安部隊の制服を着てると、一段と強く感じるね。それに凄く似合うよ。でも、その姿を見た学生には、どう説明するの?」
インダスはうっとりとした表情でイツキを見ながら、ふと思った疑問を口にした。
「う~ん……王命でいいや。どうせもう直ぐロームズ辺境伯だと皆に知れるし」
イツキは仲間に囲まれ、ほっと一息つくことが出来た。
しかし、のんびりする暇もなく、軍会場での予選を終えた選手や関係者が、決勝戦の為にたくさんの馬車で上級学校にやって来た。
午後4時20分、予定通りの時間で決勝戦が開始された。
本来なら3位決定戦もしたいところだが、今回は優勝杯と準優勝杯しか準備出来ていないので、来年からの課題とすることにしたイツキである。
ポルムゴールの決勝戦は、軍本部 対 ラミル上級学校となった。
アタックインの決勝戦は、マキ領 対 ラミル上級学校となった。
王様、秘書官、領主、来賓、国賓は特別席で観戦し、出場選手と関係者と上級学校の学生は、各々の会場に分かれて応援する。
決勝戦は、他領の上級学校の学生がラミル上級学校の応援に回ったので、大人達は軍本部とマキ領の応援をした。
執行部の仕事で軍会場から帰ったエンドは、決勝戦ではポルムゴールのスターティングメンバーに入ってプレイしていた。
ポルムゴールは12人の選手を登録できるが、ベンチに入れるのは10人だった。
決勝戦のベンチメンバーにイツキも入っていたが、イツキは元々出場する気はなく、亡くなった警備隊の2人を、北寮の側で検死していた。
そこに、血相を変えた従者のパルが走ってやって来た。
「イツキ君、いやイツキ様、至急着替えて体育館に来てください。軍本部に苦戦しています。残り10分に出場してください!」
「パル、僕は今、仕事中だけど?」
「「なんだって!イツキ君は選手だったのか?」」
叫んだのはヨム指揮官とフィリップ秘書官補佐だった。
「決勝は軍本部とだったな。イツキ君、ここはもういいから試合に出てくれ。そして勝ってくれ!」
ヨム指揮官の言葉に、周りに居た警備隊員達もコクコクと頷き「絶対に勝ってください!」とお願いする。
警備隊本部と軍本部は、基本的に仲が悪かったし、ヨム指揮官もフィリップも警備隊の所属だった。
「でも、僕は試合後ロームズ辺境伯として表彰式に出るから、着替えもしなきゃいけないし……」
「大丈夫です。私が着替えを用意しておきます。試合後直ぐに体育館の用具置き場で着替えれば大丈夫です」
パルは寮の中心にある時計台の時計を見ながら、「急いでください」と言って、イツキを寮の部屋に引っ張っていく。
イツキが体育館に駆け付けた時、残りの試合時間は6分だった。
イツキの登場にラミル上級学校の学生から歓声が上がる。何故イツキ君を出さないんだ?と思っていた学生達は、これで逆転できるかも知れないと期待する。
得点差は12点。監督兼選手のピドル(体育部部長でイツキ組)が、直ぐに手を上げ選手交替を告げる。
ピドルの指示で、全てのポルムがイツキに集められた。
ガタイのでかい軍本部の選手達を、ひらりヒラリとかわしイツキはシュートする。
当然対戦相手はガンガンぶつかって来ようとするが、何故か気付いた時にはイツキの姿はそこには無かった。見たこともないポルム回しと高速パスに、味方である上級学校の学生も、イツキの動きに着いていくのに必死だった。
観戦していたポルムゴールの出場選手達は、イツキのプレーに目を見張り、思わず身を乗り出したり、美しいシュート姿に「ほうっ」と熱い息を漏らした。
「行け-!」「やれ-!」「負けるな!」と会場中から声援が飛ぶ。
アタックインの会場に行っていた王様や秘書官は、残り時間2分になったところで体育館に戻ってきた。
当然試合にイツキが出場していることに気付き、もっと早く戻ってくれば良かったと後悔しながらも、ラミル上級学校を応援し、イツキの勇姿に目を細める。
残り時間1分を切ったところで得点差は2点。
軍本部チームは、イツキが入ってから完全に連携が乱れ、思うように得点出来ていなかった。その焦りからか、ある選手がゴールしようとしたイツキとぶつかってしまう。
その行為が反則と見なされ、ゴールチャンスを得ると、イツキは綺麗にシュート決め、とうとう同点に追い付いた。
会場内は大歓声となり、皆は拳を強く握り振り上げ、叫ぶように応援する。
このまま同点で終わるのかと誰もが思った時、イツキはエンドにパスを出しながら大声で叫んだ。
「行け-エンド!」と。
パスを受けたエンドは、センターラインの近くからポルムを思い切り投げた。シュートすると言うより、本当に投げたのだ。
審判をしていたのはインカ隊長だった。
ピーッという笛の音と同時に、ポルムはゴールに吸い込まれた。
会場内は選手も観戦者も全員が息を呑み、水を打ったように静まり返った。そして皆の視線は審判に向けられ、息をするのも忘れたように判定を待つ。
インカは急いで副審の2人を呼び、3人で協議を始めた。
そしてインカの右手は、ラミル上級学校側に向けて出された。
「ワーッ!」と叫んで上級学校側の応援団は立ち上がる。抱き合ったり、握手をしたり、感動の涙を流したりしながら、勝利を喜びあった。
負けた軍本部の応援団も、拍手でラミル上級学校の勝利を祝福する。
大騒ぎの中、イツキがチラリと特別席の方を見ると、王様と秘書官が両手を取り合って喜んでいた。
イツキはチームの全員から揉みくちゃにされながら、共に勝利を喜んだ。
だが、いつまでも勝利に酔ってはいられないイツキは、皆をきちんと並ばせ、軍本部の選手と握手をしていく。
午後5時20分、ロームズ辺境伯杯は様々な感動を生み、選手同士の友好を深めながら全試合を無事に終え、いよいよ表彰式と閉幕式が行われる時間になった。
「レガート国の歴史の中で、これ程感動的な大会があったでしょうか?ロームズ辺境伯杯は、ギラ新教が薬草を買い占めし、国内の薬草が不足したことを解消する為に行われた大会です。ラミル上級学校の学生が特産品やスポーツや競技を考え、それをロームズ辺境伯様が、行商人により薬草を卸させる方法として考えてくださった大会です。確かに薬草不足を解消する目的の大会でしたが、我々はポルムゴールやアタックインを通じて多くのことを学び、団結することの素晴らしさ・・・これからの・・・来年もまたお会いしましょう」
いつものようにちょっぴり長い校長の挨拶が終わると、参列者は皆、拍手をしながら「来年も来るぞ-!」「来年もまた!」と声を上げながら、記念すべき第1回大会の参加者に成れたことを、心から誇らしく思うのだった。
「続きまして表彰式に移ります。優勝したラミル上級学校とマキ領は代表者を2名、準優勝の軍本部とラミル上級学校は代表者を1名、前に出してください」
司会進行をしているのは、上級学校の警備を担当していたヨム指揮官である。
4チームの代表者6人がステージに上がると、会場中から拍手が起こった。
代表者の6人は、ステージ上の王様、秘書官、領主様や国賓に向かって深く礼をとる。それに倣って会場内の選手、関係者、ラミル上級学校の全学生が同じように深く礼をとった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
もう1話、ロームズ辺境伯杯にお付き合い願います。