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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
怒濤の後期スタート
6/222

イツキ、事務長を雇う

 イツキの買い物に付き合って欲しい発言に、夫であり主であるゴールトンが訊ねる。


「イツキ君は、親が居ないのかい?それは大変だね。じゃぁお兄さんが居るのかい?」

「いいえ兄は居ませんゴールトンさん。僕自信が子爵なんです」

「なんだって!そりゃあ大変だ。ティーラ、手伝ってあげなさい」

「ええ、私でお役に立てるなら、なんだって言ってちょうだいイツキ君」


ティーラさんはイツキに笑顔を向け、衣装選びを手伝うと言ってくれた。

 昼食後イツキ、クレタ、ティーラの3人は、少し歩いた場所にある馬車乗り場から、小型の馬車をチャーターし店に向かった。


「お店の名前はパトモス衣装店なの?あそこは高いけど大丈夫?」

「はいティーラさん。これから正装することが増えそうなので。ところでパトモス衣装店は、生地を持ち込んでシャツを作って貰うことは可能でしょうか?」


イツキはロームズを出る時に貰った綿や絹の生地を使って、シャツ等を仕立てたかったが、そういう店に関しての知識がなかったのだ。


「きっと大丈夫よ。生地を持っているのね。正装の服を頼めば間違いなく作ってくれると思うわ」


親の居ないイツキは、シャツひとつ作るにしても苦労しているのだとティーラは思った。シャツくらいなら作れるわよと声を掛けようかなと思ったりもする。



 馬車に乗っておよそ15分、目的のパトモス衣装店が見えてきた。イツキは窓から顔を出し、店の直ぐ手前を左に曲がって入るよう御者に指示を出した。馬車は店の手前を曲がり、大型の馬車がなんとか通れる路地に入ると、ある屋敷の前で止まった。

 イツキはクレタとティーラに降りるように言って、御者に料金を払った。家の前には馬車がぐるりと回れるよう円形の花壇があり、馬車はそのまま帰っていく。


「イツキ君ここは店の裏だけど、どうして店の前で降りなかったの?」

「クレタ先輩、生地を取りに来たんです。準備をするので中でお待ちください。お茶は出せないかも知れませんが、どうぞお入りください」


何がなんだか分からないという顔をしているクレタに、イツキはいつもの笑顔でそう言うと、玄関の鍵を開けようとする。すると玄関が内側から開いて、エントン秘書官の家の管理人リンダが出てきた。


「おかえりなさいませイツキ様、おや、お客様ですね。リビングの掃除は終わっています。どうぞお入りください」


「リンダさん、ありがとうございます。これからお世話になります。ご主人には管理人をお願いすることになり、何から何まで申し訳ありません」


「イツキ様、主人も私もこんな幸せな日を迎えられて・・・神に感謝申し上げているのです。さあどうぞ、お客様をお待たせしてはいけません」


リンダはそう言いながら、もう半分泣いていた。リンダや夫のドッターにとって、イツキは孫のようなものである。長く勤めてきたビター家(エントンの家)の血を引く唯一の跡取りなのである。


「イツキ君、ここはどちら様のお屋敷なの?」

「ティーラさん、クレタ先輩、今日からここが僕の家です。詳しい話はお茶でも飲みながら、ゆっくり話させてください。そしてティーラさんには、改めてお願いしたいことがあるんです」


ポカンとしている2人を、イツキはエントランスホールに招き入れる。


「ちょイツキ君、何この豪華な屋敷は?いったいどうしたの?」


キョロキョロと屋敷の中を見回し、クレタは驚きの声をあげる。イツキは中で話すよと言って、リビングへと案内する。


「これは凄いわね。維持費が掛かりそうだわ……それで、この屋敷に誰と住むのイツキ君?」


自分の家が半分くらい入りそうな豪華なリビングを見て、子爵が住める家ではないのに……と首を捻りながら、ティーラは維持費やイツキの人間関係を心配する。

 窓辺の風が通る対面式のソファーに座り、イツキは自分の置かれている事情を話し始める。


「ここに住むのは、僕と管理人のドッターさんだけです。今朝僕が買いました。諸事情あって、僕は是非ティーラさんに、この屋敷で働いて欲しいんです」


「ちょっと待った、自分で買った?ここを?」

「そうです先輩。だから学生の僕に代わって、ここを任せたいんですティーラさんに」


「それは、この屋敷の掃除をしたり、お料理を作ったりすると言うことかしらイツキ君?」


イツキの話を聞いても動じることなく、ティーラは淡々と質問をする。


「いいえ、それは先程のリンダがやってくれます。ティーラさんには事務長をして欲しいんです。これからこの屋敷には様々な人が訪れます。主に代わり書類に目を通したり決裁したり、重要なお客様との面談をお願いしたいのです。男性であれば家令と呼ばれる仕事になります」


イツキはそう話しながら、ティーラのオーラが次第に輝いていくのを視た。ティーラのオーラはオレンジ色で、意思の強さと誠実さを表しているのだとイツキは思った。


「この屋敷の主の身分は何かしら?家令が必要な家なら、伯爵家以上だと思うんだけど?」


ティーラは少女のような表情で、何かの秘密を解き明かす探偵のような瞳で質問する。


「はい。この家の主は領主です。レガート国で1番小さな領地の領主であり、新たにレガート国9番目の領地となった、ロームズ領のロームズ辺境伯の屋敷です」


イツキはティーラが成る程という顔で、ニヤリと笑ったのを見て、やはり自分が思っていた通りの人材だったと確信した。


「この私に、領主屋敷の家令の仕事が務まると、ロームズ辺境伯は思っていらっしゃるのかしら?」


ティーラは真っ直ぐイツキの瞳を見て、領主の名を聞いても顔色ひとつ変えない。まさか・・・という思い半分、確信に近い思い半分でイツキの返事を待つ。

 この時クレタは、2人が放っている表現しづらい何かに気圧され、会話に入ることが出来なかった。


「はい、僕はティーラさんなら、必ず期待に応えてくださると信じます。そしてティーラさんは、この仕事を必ず受けてくださると思います」


イツキはティーラの青く美しい瞳を見ながら、はっきりと断言した。

 するとティーラは立ち上がり、少し後ろに下がると両手でドレスをふんわりと摘まみ、右足を少し後ろに下げ膝を深く曲げてお辞儀をした。ドレスは全然高価ではないが、王宮で働いていただけあり所作が美しい。


「ロームズ辺境伯様、女の身である私に、このような大役を与えてくださり、ありがとうございます。領主様のご期待に添えるよう誠心誠意務めさせていただきます」


「ありがとうございます。嬉しいです。クレタ先輩、そういうことで、これからティーラさんはロームズ辺境伯屋敷で働くことになりました」


イツキはいつもの眩しい笑顔の数倍輝く笑顔で、クレタに向かって微笑んだ。イツキ親衛隊隊長のクレタは、思わず「眩しい」と言いそうになりグッと堪えた。


「イツキ君、いやロームズ辺境伯様、何でまた領主に?」

「クレタ先輩、イツキ君でいいですよ。それでは、4月にヤマノ領の伯爵になったところから説明しましょう」




 それから30分、リンダの淹れてくれた美味しいお茶を飲みながら、ハキ神国との戦争の話と、医学大学設立の経緯について話した。


「それじゃあ王様は、イツキ君が自由に大学運営が出来るよう、わざと厳しい条件を与えられたんだね」


「そうですクレタ先輩。だから貧乏なロームズ領主としては、1エバーたりとも無駄に出来ないんです。ティーラさんならきっと、厳しい対応とか、男性にも負けない知力で、ロームズの為に共に戦ってくださると思うんです。あーっでも・・・本来なら家令には金貨5枚以上の給金を払うそうなんですが、うちは……金貨3枚からですが大丈夫ですか?」


イツキは本当に申し訳なさそうに、給金の話をティーラにする。


「あら、そんなに頂いたら息子の給金を越えてしまうわね。フフ、クレタ、父上と兄さんには秘密よ!」


ティーラはフフフと笑いながら、2人に向かってウインクをする。

 成る程……先輩が一生母上には勝てないと言っていた意味が、なんとなく分かったような気がするイツキである。


それからイツキは、2人を連れて屋敷内を案内した。


「この部屋を事務長の部屋として使ってください。隣の僕の執務室と合わせて必要な机や書類棚を買ってください。屋敷の購入資金を値切り、金貨50枚を用意出来ました。僕の礼服や家具を買って足りるでしょうか?」


イツキは礼服や家具の値段なんて、特に高価な物の値段なんて知らなかった。


「あら、領主様、私を誰だと思っていらっしゃるのかしら?貧乏な男爵家の嫁を22年もやってきましたのよ。値切りに掛けては何処の貴族にも負けませんわ。それに、私の後輩が家具店に嫁いでいますから、金貨15枚は残してみせます。それで食器や布団も買いましょうフフフ」


事務長ティーラ、期待してます。それでは礼服を注文しに行きましょう」



 メチャクチャ男前……いや、頼もしい事務長は、お隣のパトモス衣装店でもニッコリ笑いながら値切っていた。


「うちの領地は織物業が盛んなんです。お近づきのご挨拶の品として、こちらの生地をどうぞ。もしよろしければ、うちの製品も使って頂けると有り難いんですが」


そう言ってイツキは、最上級の絹の生地を渡した。恐らくレガート国ではこれ程の物は入手出来ないのだが、イツキはそれを知らなかった。

 店主は思った。貧乏だけど気前のいい領主であると。そして隣が領主になったことを心から喜んだ。これからロームズ辺境伯を訪ねてくる貴族は、必ず自分の店を目印にして来るだろう。より名前が知られることになるのは間違いないと。

 若く苦労している領主に好感を持ったパトモスは、イツキがこっそり注文した、持ち込み生地によるティーラのブラウスとクレタのシャツを、無料で仕立てようと思うのだった。




 屋敷に戻った事務長(ティーラ)は、これからのスケジュールをイツキから聞き、とてものんびりしていられないと言って、直ぐに家具を買いに出掛けた。

 クレタは、夕方エンター部長にも事情を話そうと思っているとイツキが言ったので、折角だからラミルに居るヨシノリや、ヤンも呼ぼうと言い出した。しかも屋敷に到着するまで、エンター部長が集合を掛けたことにし、全員をビックリさせると張り切っている。当然泊まる気満々である。


 学校では伯爵になったことだけを公表する予定だと知ったクレタは、大きな声でイツキの領主就任を祝えないのは残念だと思い、せめて仲間だけでも祝ってやろうと考えたのだ。母親の後を追うように、クレタは直ぐに辻馬車に乗りヨシノリとヤンの家に向かった。



「ごめんねリンダ、急にお客が増えちゃって。買い物手伝うよ」

「いいえイツキ様、領主様が外で買い物されてはいけません。イツキ様はロームズの顔なのです。そろそろ主人が来ますので、仲良く買い物に行ってきます」


リンダはイツキの友達が集まるのが嬉しかった。大好きなイツキが笑顔になってくれるのが、何よりも幸せだった。 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 行く先々で自分の今までやってきたことが実を結んで、信用につながるというのはイツキくんが頑張ってきた何よりの証ですね、人が何より大事なのだとわかります。
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