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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
ロームズ辺境伯杯
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ロームズ辺境伯杯(5)

 緊急事態A、それは危険人物が会場内に入り込み、死傷者が出た場合に発動されることになっていた。

 学生や選手や招待客は、体育館や武道場の中から出ることを禁止し、受付や他の業務に就いていた学生も武道場に退避する。

 出来るだけ秘密裏に、招待客がパニックにならないよう、招待客や選手には知らせず試合は続行する。


 緊急事態B、それは多くの敵が潜入した場合又は、特別な危険人物が潜入し、無差別に殺人をする可能性がある場合か、特定の保護人物を殺傷する可能性が高い場合に発動されることになっている。

 全警備隊員と軍関係者は、直ちに厳戒体制で警戒し、招待客の安全を第一に、全戦力で敵を排除する。状況に応じて招待客を帰したり、安全が確認されるまで待機させたりする。



 イツキは緊急事態Aを発動し、迷わず北寮に向かった。

 途中で出会った学生達に緊急事態Aの発動を伝え、真っ直ぐ武道場へ向かい、決して騒がず執行部の指示に従うよう命令した。それはいつもの明るく聡明で、どこか癒しの存在であった風紀部のイツキ君ではなく、黒い治安部隊の制服を着て剣を持った、別人のように研ぎ澄まされた戦士のようだった。


 ヨム指揮官は部隊を3つに編成し直し、精鋭部隊を警護対象者である領主、ヨシノリの警護に充てた。他の2つの部隊は、戸締まり確認作業の小隊と、体育館と武道場を取り囲み、トイレ以外では誰も外に出さないように見張る大隊にした。

 居るかどうか分からない犯人捜索に回す人員は要らない。部隊を分散すれば守りが薄くなる。今必要な所にだけ配置し、犯人捜索と捕縛はイツキ達に任せることにした。



「僕とフィリップさんは中に入ります。アルダス(キシ公爵)様は3人を連れて北寮周辺を探ってください」


イツキは北寮の正面で、キシ公爵にお願いする。キシ公爵様と呼ぶと他の隊員が緊張するので、あえてアルダス様と呼ぶイツキである。


「了解イツキ君」


キシ公爵アルダスは、本来命令する立場ではあるが、イツキの感というかリース(聖人)能力(ちから)を信じて、イツキの指揮下に入ってくれた。

 当然精鋭部隊の3人は驚いたが、彼等は先日ロームズから帰ってきたリブルス28歳の同僚だった。

 3人はリブルスから、ギラ新教の大師と戦い、絶体絶命のところをロームズ辺境伯に助けられた話や、剣の試合をしたが全く歯が立たなかった話、そして軍師として天才だという話を、熱く熱く聞かされていたので、キシ公爵様でさえお認めになられているのだと思うことにした。


 イツキとフィリップはゆっくりと階段を上がっていく。

 2階と3階の全ての部屋の施錠を確認し、イツキは自分の部屋のドアノブに貼った紙を確認する。白い小さな紙は赤黒く変色していた。


『成る程・・・血を好む殺し屋で間違いなさそうだ』


イツキは心の中で呟くと、その小さな変色した紙をポケットに入れた。

 その時階下から「イツキ君ちょっと来てくれ!」と、アルダスの大きな声が響いた。

 イツキとフィリップは、ちょうど3階の確認を終えていたので、嫌な予感を抱えながら階段を急いで降りていく。


「イツキ君、寮の裏から2人の警備隊員の遺体が見付かった。首だけを狙って殺しているところを見ると……殺しのプロで間違いないだろう」


アルダスは暗い顔をして、イツキの感?に間違いはなかったと報告する。


「イツキ君、緊急事態Bに切り替えなくて大丈夫か?」


「フィリップさん、試合の残り時間は30分です。その間に犯人を見付けられなければ、緊急事態Bを発動します。取り合えず、次の試合の招待客を、学校内に入れるのを止めましょう。その為の人員をお願いします。犯人の行き先は分かると思います」


イツキはそう言うと、警備隊の1人を伝令に走らせた。勿論遺体の検分もしなければならない。しかし、ご遺体の2人には申し訳ないが、それは準決勝終了後に全ての招待客を帰らせてから行うことにする。


「2人はここに残ってくれ、犯人はこの北寮に戻ってくる可能性が高い。しかし、敵はプロの殺し屋だ。犯人が来たら戦わず笛を吹け。絶対に戦うな!」


「「はい了解しました指揮官補佐!」」 


イツキの命令に、警備隊の精鋭2人は姿勢を正して軍礼をとった。


「アルダス様、フィリップさん、僕に付いてきてください。それから剣は鞘ごと手にお持ちください。アイツはナイフを投げるので・・・自分の命は自分でお守りください。アイツはプロです。だから必ず心臓を狙い外さないでしょう。だからこそ、姿を見たら直ぐに心臓を守ればいいのです」


「イツキ君、首や眉間は大丈夫なのか?」


「アルダス様、あとは運です。アルダス様の反射神経なら大丈夫だと思いますよ」


イツキは自分の身は自分で守れと言いながら、ポケットから先程の赤黒く変色した小さな紙を取り出した。そしてそれを手のひらの上に載せ、ブルーノア語で呪文のような言葉を呟くと、口の前に持ってきてフーッと吹いた。

 するとその紙はヒラヒラと空に舞い上がり、風のない頭上を蝶のように馬場の方向へと飛んでいく。

 馬場は上級学校の敷地の1番端に在り、体育館と武道場の東隣に位置していた。その境には2メートルくらいの壁があり、人が飛び越えられない訳ではなかった。



 イツキ達は一旦裏門の前まで行き、2手に分かれ確実に犯人を追い込む作戦にでる。

 イツキとフィリップは直接対決する為にそのまま馬場の中に入り、アルダスは体育館と武道場の方へ回り、塀を越えて侵入する犯人を捕らえることにした。


 イツキとフィリップは大きなハルシエの木の陰に隠れて、紙の行方を見失わないよう注視する。

 馬場には観客席があり、イツキの放った紙は観客席の上段辺りで旋回するようにクルリと回ると、高く舞い上がりフッと消えた。


「あそこですね。ミムに行って貰いましょう」


イツキはそう言うと、「ミムー」と小さな声でハヤマ(通信鳥)のミムを呼んだ。

 ミムはイツキの相棒であり、各所との連絡に欠かせない存在である。

 元々2人が隠れていたハルシエの木にミムは居たが、イツキが放っていた緊張感や特殊な雰囲気を感じ取り、ミムはイツキの所に飛んで来なかったのだ。

 呼ばれたミムは殆ど羽音をたてることなく、静かにイツキの肩にとまった。


「ミム、観客席の上段辺りに敵が居たら、大きな声で鳴いてくれる?」


イツキがミムにお願いすると、普段ならピィピィポーを鳴いて了解するのだが、今日はイツキの頬に頭を擦り付けて了解する。そして木の枝まで飛び上がってから、観客席まで飛び立った。

 ミムは観客席の上段の上を飛びながら、ある地点でピーピーと大きく鳴いた。


「間違いない。あの鳴き方は危険を知らせる鳴き方に近いから、ミムは悪人だと認定したようです」


イツキ達はハルシエの木々の間をこっそりと前進する。途中2人は目配せをし、別方向に進んでいく。

 2人が各々観客席の端に辿り着いた時、階段式の客席の上段に設置してある得点板の後から、気配を消すようにグラフが姿を現した。

 思っていた通り警備隊の制服を着ていて、驚いたことに顔は変装していなかった。


「お前を招待した覚えはないが、何故ここに居る!」


フィリップは客席の正面に行き、グラフの方を向いて落ち着いた口調で話し掛ける。


「……お前は秘書官補佐。どうやら余程相性がいいようだ。ちょうどいい。殺すならお前でも構わない。領主だろうとガキだろうと殺す手間は同じだ。……いや、そう言えばお前は半殺しだった」


グラフは一瞬驚いた顔をしたが、何故か嬉しそうにニヤニヤしながらターゲットを変更する。

 先日ギラ新教の本部から届いた手紙に、秘書官補佐のフィリップを、殺さずに本部まで連行しろとの命令が書いてあった。大師イルドラ様の命令だったが、死んでなければいいんだよな……っと、グラフはほくそ笑んだ。


「もしも俺を殺しても、お前がここから逃げられるとは思わないな」


「フッ!入れた時点で逃げることも可能だ。甘ちゃんの警備隊など敵ではないわ!」


グラフはフィリップから視線を逸らすことなく、ゆっくりと観客席から下りていく。そしてほぼ同時に剣を抜くと、グラフは一気に走り出した。

 2人は激しく打ち合い、互角の勝負をしているように見える。

 しかし、殺すことに快感を覚えるような狂人とフィリップでは、戦いに於けるズルさが違った。

 グラフは懐から小さな包みを取り出すと、それをフィリップに向かって投げた。フィリップはそれを反射的に剣で払ってしまった。すると破れた包みから白い粉が飛び散り、一瞬フィリップの視界が奪われた。


 グラフはお得意のナイフを手にすると、躊躇なく投げようと構えた。

《 パシッ 》と音がして、グラフは頭に軽い痛みを感じた。そして同時に耐え難い痛みが目に走り、呼吸をするとむせ込み息が苦しくなった。


『な、何が起こったんだ?!』


 グラフが咳き込む隙に、フィリップが斬り込んだ。

 しかし獣のような感でも持っているのか、グラフはすんでのところで剣をかわし、馬場の中を裏門に向かって走り始める。

 再び《 パシッ 》と音がして、グラフの肩に激痛が走った。

「ウッ……」とグラフは低く呻いたが、それでも走るのを止めない。

 しかしグラフの行く手を遮るように、誰かが立ち塞がった。


「今日は逃がさないぞ!」


イツキはポム弾を腰のベルトに刺すと、剣を抜き大きな声で叫んだ。

 グラフは霞む目で立ち塞がった男を見るが、イツキの撃った激辛香辛料入りのポム弾の弾(玉)のせいで涙が止まらず、黒い治安部隊の制服を着ている者のようだ……としか認識できなかった。

 しかし、この声には聞き覚えがある。

 毒で殺したはずの少年のような男だ!マサキ公爵の子息を襲撃した時、あと一歩で殺せるところを邪魔した奴の声だ。

 では、ドゴル不死鳥が調べた情報は嘘だったのか?


 グラフは驚きながらも、自分が助かる方法を瞬時に考える。考えながら声のした方向にナイフを投げるが、ナイフはイツキに当たることなく飛んでいく。

 イツキはこの時を逃してはならないと、集中して渾身の一撃を放つ。

 シュッと斬る音がして、イツキの剣先からは血が滑り落ちる。


『軽い、手応えが軽すぎる・・・』イツキは渾身の一撃を僅かに外されたと分かり、再び剣を構え直す。

 その時、フィリップが駆け付けて来る足音が近付いてきた。途端、グラフは全速力で走り出した。

 グラフが走り出すとは思わなかったイツキは、剣を構えていたので追うのが僅かに遅れてしまう。運動神経が抜群のイツキだが、全力で走っても何故か追い付かない。


『印持ち?アルダス様と同じ、足に印を持つ能力者なのか?』


 そう言えば先日の襲撃事件の時も、追走する警備隊員から逃げ切っていたことをイツキは思い出した。


 そして運悪く、裏門の外には屋台の後片付けの途中で待避させられた、学校職員の家族の皆さんが居た。

 殺し屋は警備隊員の振りをして「緊急だ通してくれ!」と叫びながら、まんまと裏門から逃げることに成功した。

 イツキとフィリップは職員の家族の安全を考え、これ以上深追いすることをあきらめるしかなかった。 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

次でロームズ辺境伯杯は終わるのかな・・・まとめる文章力を磨かねば……

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