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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
ロームズ辺境伯杯
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ロームズ辺境伯杯(4)

 北寮は他の寮より少し小さく古いが、使われている素材や装飾に高級感がある。

 しかし、他の寮と違って階段は1ヶ所しかなかった。なので、下から敵が上がってきた場合は逃げ道がない。

 外部の人間に北寮が襲われた記録は、120年くらい遡らねば出てこないくらい、レガート国は平和で警備がしっかりしていたのだ。

 今回のように1度に大勢の部外者が上級学校に入ってくることなど、上級学校の歴史の中でも数回しか記録がない。


 北寮に入寮した学生は、もしもの事態を考えて必ず逃げる訓練をする。

 しかし想定では、1階と2階に住んでいる教師達が、命を懸けて学生を守る事が前提で、本当に危ない時は、廊下の窓から真下にある木に飛び降りるか、より勇気があれば頑張ってジャンプして、北寮の直ぐ後ろを流れるホイ川に飛び込むかである。


 リョウガは2階の自分の部屋に向かって、鼻唄を歌いながら階段を登っていく。

 殺し屋グラフはナイフを取り出すと、その輝きをうっとりとした表情で見ながら、フンッと鼻で笑ってナイフを制服の中に戻した。


「ここで学生が帰らねば騒ぎになる。殺すのは簡単だが……今は部屋の確認が優先だ」


バタバタと慌ただしく階段を降りてきたリョウガを笑顔で見送ると、グラフは普段の目付きの悪い冷酷な顔で呟いた。

 そして辺りを見回し、スッと北寮の中に姿を消した。

 用心深く階段を静かに昇って3階まで来ると、部屋の名前を確認しようとドアの横の名札を見る。・・・しかし、必ず名札が掛かっていると言っていたユダやルシフの話と違い、3階全ての部屋の名札入れには、何も入っていなかった。


『何故だ?規則が変わったのか……それとも……』

 グラフは「チッ」と舌打ちし、各部屋を開けようと試みる。しかし、どの部屋にも鍵が掛かっており開けることが出来なかった。

 ここは無理にでも開けるしかないと思った時、北寮に向かって近付いて来る話し声が聞こえてきた。


「おい、ここの見張りは何処へ行ったんだ?」

「昼食でしょうか?でも交替で食事をする決まりです。確認する必要があります大尉」


見廻りをしていた2人の警備隊員は、近くに隊員が居ないか声を掛け辺りを簡単に確認し、急いで2人を探すことにした。


 どうやら見廻りの警備隊のようだと、グラフは再び舌打ちする。

 見廻りは不定期に校内を回っているとユダが言っていた。ここで大きな音をたてるのは得策ではないと考えたグラフは、北寮を後回しにして体育館と武道場に向かうことにした。




◇◇ 軍会場 ◇◇


 殺し屋グラフが北寮に潜入していた頃、軍の会場では早くも2回戦の2試合目が中盤に差し掛かっていた。

 移動の関係で、軍会場の方が進行が早い。午後3時30分までには全試合を終了し、選手と関係者はラミル上級学校に移動しなければならない。


 王様と秘書官と王子様は、ポルムゴールを観戦するため、10分の休憩時間に体育館に入場された。

 チケットを買って会場に居た一般人を始めとする全ての者が、王様や王子様の御出座しに歓喜の声を上げ喜び、そして深く礼をとった。

 王様は安全な特別席まで来ると礼を解き、会場の皆に向かってお言葉を掛けられた。


「今日は最後までしっかりと応援してくれ。そしてポルムゴールの楽しさを人々に伝え、レガート国の特産品の宣伝を頼むぞ」


「はい、喜んで!」(会場内の皆さん)


慶事やこういうお祭り的な行事の時は「喜んで」と返事を返すのが慣例である。

 王様が椅子に座られたのを確認して、全員が着席する。


 現在試合をしていたのは、キシ領(軍)対 軍本部だった。

 当然軍同士の戦いなので、軍本部には負けられない意地があった。その上御前試合である。双方とも気合いが入るのは当然と言える。

 結局、10代から20代までの若手を中心にした軍本部と、30代の上官も入れたキシ領代表は、徹底的に勝ちにこだわり、身分や階級を問わず選手を選抜した軍本部に軍配が上がった。

 この時点で、キシ領(軍)は2敗しており、決勝進出を懸けて戦うのは、ホン領(学生)と軍本部に決まった。




 イツキはエンドと一緒にポルムゴール会場で見回りをしていたが、王様が観戦し始めて間もなく、言い知れぬ不安な気持ちになった。


『これは・・・北寮の僕の部屋に掛けた封印が反応したのかも知れない』


 イツキは出掛けに、部屋のドアノブを悪意ある者が回そうとすると、自分が感知できる封印を仕掛けておいた。とは言っても、これまで軍本部と上級学校の距離で関知できたことは無かった。無かったのだが……この気持ち悪さは何だ?

 古代語であるブルーノア語を細く小さく切った紙に書き、ドアノブの見え難い場所に貼っておいたイツキである。


「エンド先輩、僕は急いで上級学校に戻らねばなりません。インカ隊長に先に帰ったと伝えてください」


「えっ?何かあったの?どうやって帰るの?」


「何も無いかもしれません……何だか嫌な予感がするだけです。軍の馬車で帰りますので、後のことは任せます」


イツキの真剣かつ緊張した顔を見て、エンドは「任せろ!」と返事をするしかなかった。


 イツキは特別席の近くで控えていた、秘書官補佐のフィリップに声を掛けた。


「フィリップ、学校で何か起きている……これは……この気持ち悪さには覚えがある。あの殺し屋だ!直ぐに学校に戻るぞ!」


「何だって!殺し屋?では先日の襲撃の犯人が上級学校に潜入したと?」


驚いたように声を掛けてきたのはキシ公爵だった。


「はい……僕の杞憂で終わればいいのですが……フィリップさんを連れて行きます」


しまった!とイツキは思ったが、既にキシ公爵に聞かれてしまった。


「俺も行こう!どうせ後から行くのだ。少し早くなっても構わない。俺は王様の警護からは外れているから」


キシ公爵はニヤリと笑い、行かないという選択肢は無いぞという表情でイツキに言う。

 やはりこうなるか・・・と、イツキは渋い顔をしながらも、一刻を争う状況から了承するしかなかった。

 本来なら小隊のひとつも連れて行きたいところだが、上級学校には警備隊本部の精鋭と、選手としてカイ領の隊員が居る。それに、上級学校の警備責任者はあのヨム指揮官である。



 キシ公爵の豪華な2頭だての馬車に乗ったイツキは、フィリップに至急用意して貰った治安部隊の制服に、さっさと着替え始めた。


「何だろうか、公爵の前でこうも堂々と着替えが出来るというのも……」

「ああそう言えば、先日上級学校内で捕らえた副教頭は、僕がキシ公爵様とヤマノ侯爵様に体を売って爵位を得たと、本気で騒いでいましたよ。きっとギラ新教徒の間ではそういう話になっているのでしょう」


イツキは着替えながら、呆れて文句を言うキシ公爵に爆弾発言をする。当然キシ公爵もフィリップも驚いた顔をして、「なんだとー!」と激怒する。


「最近忙しくて報告していませんでしたが、ヤマノ領のイツキ伯爵は毎晩男に体を売るふしだらな学生だと……そんなことも言われました。は~っ……ロームズ辺境伯に成ったら、次はなんと言われるのでしょうか……」


「イツキ様、それで、その副教頭はどうなったのですか?」


怒り心頭の怖い顔をしたフィリップが、剣に手を掛けながら質問してきた。


「う~ん……全学生立て籠りの後、僕を殺そうとして教室に乱入し、警備隊がギラ新教徒として捕らえていったから、今頃は鉱山かなぁ」


「アーハッハッ、イツキ君、俺も昔言われたよそれ。上級学校の教師から。だから立て籠ってやったぞ3日間」


キシ公爵は笑いながら、自分と似た境遇のイツキの話を聞き、自分も立て籠ったと昔話を自慢する。




◇◇ 上級学校 ◇◇


 そんなこんなの緊張感のない会話をしていると、あっという間に上級学校の正門前に到着した。

 正門を潜ると、イツキはフィリップから自分の剣を受け取る。そして、治安部隊指揮官補佐の顔に変わっていく。

 馬車はグラウンドの馬車置場ではなく、本部になっている工作棟の前まで行き止まった。3人は馬車から降りると、馬車は所定の場所へと移動していく。


「お疲れさま、今は3人だけ?」

「ええっ?イ、イツキ君?どうしたのその服装?」

「ナスカ、これは治安部隊の制服だ。それで例の人は来た?」

「ああ、30分前に来たよ。今ホリーがイノ中佐を連れて会場に行ってる」

「イツキ君、何かあったの?」

「イースター、殺し屋が入り込んだかもしれない。緊急事態Aを発動し、学生の見回りを禁止し、特別棟や寮、一般棟や食堂への立ち入りも禁止だ。状況によっては招待客を帰し、試合会場を軍本部に移動する可能性もある」


イツキは厳しい表情で、危険が迫っているのだと緊急事態を宣言する。


「それじゃあ、本当に緊急事態Bを発動する可能性もあるんだんな?」


ナスカは驚き最悪の事態も想定しなければならないのだと、両拳を握り緊張した顔になっていく。


「イースター、俺が会場に知らせに走る。ここを頼む」


「ナスカ、警備隊の本部テントに行くから付いて来てくれ。これからは1人で行動することも禁止だ。ネイゼス事務次官補佐、混乱も予想されます。本部はこれより治安部隊の指揮下に入ります」


「了解しました。打ち合わせ通りに動きます」


イツキは本部席に残るイースターとネイゼスに指示を出すと、ナスカと共に体育館の手前にある警備隊本部に走って向かう。

 既に警備隊本部に到着していたキシ公爵が、少佐以上の部隊長に緊急事態A発動を告げ、警備体制を変えるよう命令していた。


「恐らくマサキ公爵家子息襲撃事件の犯人と同一人物です。下手に斬り掛かると殺されます。あの男の特徴は右頬に斬られた傷があり、前髪でそれを隠している筈です。顔を変装していなければの話です。・・・またしても、警備隊の制服を着ている可能性があります」


イツキは要点だけ言い、警備隊員に変装して潜り込んでいる可能性を指摘した。


「イツキ君、万全の警備体制の中、どうやって侵入したんだ?」


「ヨム指揮官、御者です。そして……手を貸した隊員が居るかも知れません。しかし今は、それを議論している時間がありません。僕の思い込みであればいいのですが……」


イツキはそう言うと、ナスカの警護を頼み、フィリップ、キシ公爵、精鋭の3人を連れて北寮へと向かった。

 その直後、北寮の前で警備をしていた2人が、行方不明であると報告が届いた。 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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