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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
ロームズ辺境伯杯

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ロームズ辺境伯杯(3)

◇◇ 軍の会場 ◇◇


 午前中は大きな混乱もなく競技を終えたが、午後の試合を王様と王子様がお忍びで観戦される予定である。

 武道場で行われているアタックインは、観客の多くが子爵以下の貴族や金持ちの商人であり、特別席が設けてあったので、安全は割りと確保されている。

 しかも進行役はレガート軍の鬼指揮官ソウタである。今日は治安部隊の黒い制服を着ていて、恐さがいつも以上に増している。 

 武道場内にも黒い制服姿の者がチラホラ見受けられ、黒い制服を着た治安部隊だけは、剣を携帯して会場内に入っていた。


 午後1時、2回戦が始まった。

 2回戦の第1試合は、軍本部 対 王宮チームで、観客の殆どが身内だった。

 この試合のチケットを手に入れる為、王宮勤めの事務官と軍の一般兵が、朝早くから並んでいたらしい。ご苦労様です。


 この対決、意地と意地とのぶつかり合いで、隣同士なのに日頃から仲が悪い者同士、絶対に優勝するのは自分達なのだと、大会前から張り合っていた。


「ナイスイン!」と玉がポケットに入ると声援が飛ぶ。それもより大きな声で声援しようと、応援まで張り合っている。


「なんだろう……アタックインって優雅でカッコいい大人のイメージだったのになぁ……は~ッ……」


「イツキ君、まあこれは競技大会だから仕方ないよ」


イツキとエンドは溜め息をつきながら、左右に分かれて応援合戦をしている2つのチームに、ブツブツ文句を言う。


 アタックインは、2つの台を用意し、各台で同じチームの3人が交互に1から15までの数字の玉を、順番にポケットに入れていき、どちらのチームが15番までを早く落とすかを競うタイムアタックと、2つの台の全く同じ位置に玉を置き(わざと難しい位置に玉をセット)、次第に難易度を上げ最後に4個の玉を同時に落とすという、技を競うパーフェクトアタックという2種類のゲームをする。


 アタックインの競技は、タイムアタックで勝てば20点、パーフェクトアタックは1点の技から10点の技までのクリアした技の点を加算し、合計得点の多い方が勝者となる。その為、タイムアタックで勝っても、勝者になれるとは限らなかった。


「イツキ君、君のその意見、私も賛成だ。これでは貴族の社交場に相応しいゲームに見えないな」


いつの間にやって来たのか、王様と秘書官が隣に立っていた。そして秘書官がイツキの意見に賛同する。

 特別席であるステージの幕裏で、王様を待っていたイツキとエンドは、慌ててお2人に礼をとった。


「優雅さで言えばマキ公爵が1番だけど、カッコ良さならソウタ指揮官だと僕は思います」


「それは聞き捨てならないなイツキ君、私の名前が入っていないじゃないか」


「失礼しました王様、しかし僕は、王様や秘書官のアタックインの競技風景を見たことがありませんので」


イツキは失礼しましたと言いながら、全く悪びれる様子もなく、ごく普通に王様と会話をする。隣に居たエンドは、礼を解かれても頭を下げたまま震える思いで立っているというのに・・・


「成る程、それもそうだな。よしエントン秘書官、ソウタ指揮官、もう直ぐ休憩に入るから、3人でアタックインをしてみよう」


「王様、そのような予定にないことをされては困ります。何処にギラ新教徒が潜んでいるか分からないのですから」


いつもの国王の思い付きに、ソウタ指揮官は困り顔で却下する。


「何を言っている!なんの為の治安部隊なんだ?ほら行くぞ!ソウタ指揮官のカッコいいという競技姿を見せて貰おう」


「はーっ、何なんですか?こんな所で張り合わないでください王様!」


エントン秘書官は、イツキの前でカッコいいところを見せたい親心と、ソウタ指揮官に嫉妬する子供のようなバルファー王に、呆れながら止めようとする。


「それでは7分だけですよ。そして、アタックインがバンバン売れるよう、しっかり宣伝してくださいね。もちろん、カッコよく、優雅にお願いします」


イツキは主催者として王様にオッケーを出した。当然ソウタ指揮官とエントン秘書官は驚き、『イツキ君、何言ってくれてんの!』的な視線を向けてくるが気にしない。

 イツキは試合が始まってからずっと、悪意ある者を見分ける自分の能力を使い、悪者が居ないかどうか探っていた。だから、現在の会場内が安全だと分かっていたのだ。


「エンド先輩、先程の屋台に行き、ランカー商会のランカーさんに、用意していた物をお願いしますと言って、飲み物を持ってきてください。ダッシュでお願いします」


イツキはエンドの耳元で小声で囁き、にっこり微笑んでお使いを頼んだ。

 ちょうど競技が10分間の休憩に入り、嬉しそうな王様と、やれやれという疲れた顔の秘書官と、勘弁してくれという顔のソウタ指揮官が、ステージ横のドアを開けて武道場内に姿を現した。


「おい、あれは王様じゃないか?」(王宮勤めの人その1)

「そんな筈はない・・・?えっ秘書官?」(王宮勤めのその2)

「あれはソウタ指揮官?」(レガート軍の少佐)

「ちょっと指揮官、治安部隊の貴方が何してるんです!」(治安部隊の大尉)


「王様と秘書官と指揮官だ!」(会場内の皆さん)


 観客と選手全員が立ち上がり、慌てて礼をとる。

『観戦じゃなくて参戦?』と皆は動揺しながら3人の動きを注視する。

 すると、当然のような顔をした王様が、アタックインの台に近付き置いてあった棒を手に取った。


「遣るからには負けられませんね」(エントン秘書官)

「当然でしょう秘書官。カッコいいと褒められた姿を披露しなければなりませんから」


ソウタ指揮官は、今日の競技に参加出来なかった鬱憤を晴らすようにニヤリと笑った。


 開始から5分、互角の勝負をしていた3人の元に、レモンを添えたレモンウォーターのグラスをトレイに載せたイツキが、まるで宮仕のように姿勢を正し3人に近付いていく。そして軽く頭を下げると、競技をしていない2人にグラスを取るように促す。

 そして小さな声で「カッコよく飲んでください」と指示を出した。

 王様と秘書官は苦笑いして、イツキの演出に噴き出しそうになるが、言われるまま上品に微笑みながら、出来るだけ美しい所作でレモンウォーターを飲む。

 そしてバルファー王は自分のグラスを持ったまま、残っているグラスを取ると、見事にカップインしたソウタ指揮官に極上の笑顔で差し出し、「ナイスイン!」と言いながら軽くグラスを合わせた。


 その様子を見ていた貴族のご婦人方は、「ほうっ」と熱い溜め息をついた。

「なんて素敵なのかしら!」とか「カッコいいわぁ」と言いながら、熱い視線を送る。特に独身の秘書官とソウタ指揮官に独身女性の視線が集まる。

 もちろん王宮関係者と、軍関係者は、王様とグラスを合わせるという光景に、羨まし過ぎると思いながら、「さすが王様カッコいい」と尊敬の眼差しを向けた。


 そして、その光景に熱い視線を向けるご婦人方の反応を見て、『なるほど!こういうのが女性にうけるのだ』と学び、心の中でガッツポーズを取ったりする。

 どうやらイツキの演出は成功したようである。

 これ以降、アタックインはお洒落な飲み物を飲みながら、相手のプレーを褒めたり時々乾杯したりするというのが、レガート国中に広まっていくことになる。




◇◇ 上級学校会場 ◇◇


「警備隊の制服です。北寮に向かわれますか、それとも体育館や武道場に向かわれますか?国王は決勝戦から来るようです。それから仰っていた黒髪・黒い瞳の学生は何処にも見当たりません。私は入隊してまだ2週間ですから、自由に動けないので、これからまた馬車の停車場に戻らねばなりません」


言葉遣いからすると、きちんとした家で育ったと思われるその男は、2週間前に警備隊に入隊したばかりで、訓練生として本部で教育を受けていた。

 身長は170センチくらいの痩せ型、グレーの髪にグレーの瞳で丸顔、貴族の家の人間か元貴族の人間か、どこか品があり苦労をしてきたようには見えない。年齢は20歳くらいに見えるが、もしかしたらもう少し若いのかも知れない。


「俺は勝手に動く。お前は高師様が無事に帰られるよう、警備隊の動きを注視しろ」

「はい分かりましたグラフ様。私は昨年ここを卒業したばかりですから、どうぞお任せください」


若い男はそう言うと、頭を下げて持ち場へと戻っていく。

 グラフと呼ばれた男は警備隊の制服を受け取ると、素早く建物の陰に行き着替える。

 そして顔のキズを隠すように髪を整え、取り出した3本のナイフを、器用に制服の中や太股のホルダーに装着した。


「さて、あのガキが居ないのであれば……公爵の息子か……フッ、国王でも構わないな」


グラフと呼ばれた男は、悪人顔をしてニヤリと笑うと、一瞬で別人のような善人顔に表情を変えた。

 グラフが殺し屋として優秀なのは、どんな人物にでも成りきれるからで、顔のキズさえ暴漢に襲われた被害者として立ち回る。


「まさか2度も警備隊員に成り済ますとは、誰も思わないだろう。こうして入り込めた時点で俺の勝ち。所詮警備隊なんて甘ちゃんの集まりだ」


ボンドン男爵の手駒であり、ギラ新教大師ドリルから直接指令を受けて動いているグラフは、大声で笑いたい気持ちを堪え早足で北寮へと向かう。

 上級学校内の地図は、先程の警備隊に入隊させたユダに描かせておいた。


 ユダは昨年この学校を卒業し、父親の家業である古美術商を継ぐため実家で働いていた。母親は男爵家の娘で気位が高く、贅沢で派手な暮らしを望んだ。

 その為、ユダの父親は贋作に手を染めてしまった。そしてそれを知ったある伯爵が激怒し、ユダの父親を警備隊に突き出そうとした。その時、ユダの父親と伯爵の間に入り、法外な和解金を支払って助けたのが、商人仲間だったボンドン男爵だった。

 それ以来、ユダと父親はボンドン男爵の手駒となった。いや、立て替えた和解金分の働きをせざるを得なくなったのだった。


 だがユダも父親も、ボンドン男爵と和解金を受け取った伯爵が、最初から組んでいたことを知らない。

 その伯爵とは、今日ボンドン男爵を連れてきたエイベリック伯爵である。

 エイベリックもまた、借金の肩に屋敷をボンドン男爵に明け渡し、ボンドン男爵の指示で、ユダの父親の古美術商から美術品を購入していた。

 そしてエイベリック伯爵もユダ親子も、ギラ新教徒になっていた(されていた)。

 ギラ新教徒になった彼らは借金の為ではなく、ギラ新教徒として崇高な教えの元、喜んで働く者になっていた。



 ボンドン男爵、またの名を【高師 リグド】は、言葉巧みに人を洗脳する能力を持ち、完全ではないがギラ新教徒に洗脳することが出来ると大師ドリルに認められ、レガート国の信者達を纏める【高師】に任命された者である。



 殺し屋グラフは北寮の前まで来ると、ヨム指揮官の指示で北寮を警備していた2人の隊員に話し掛ける振りをし、首を狙いあっさり殺すと北寮の裏に引き摺っていった。


「すみません、学生ですが北寮に用事があって、直ぐに用は済みます」

「何階に用事かな?」

「はい、2階です」


 死体を運び終え、北寮の正面に戻って来たグラフは、走ってきた学生に話し掛けられ、警備隊員の顔をして普通に対応した。 

 息を切らしながら走ってやって来たのは、北寮の2階でイツキの従者であるパルの同室で、2年首席であり植物部であり、イツキ親衛隊のリョウガだった。 


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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