ロームズ辺境伯杯(1)
10月20日、いよいよロームズ辺境伯杯当日がやって来た。
各地で勝ち上がってきた2競技16チームと、ラミル上級学校、レガート軍本部、警備隊本部、王宮の各8チームを合わせた全24チームがレガート城の外門内に集合した。
開会式は外門内で行われ、国王、2人の王子、秘書官もご臨席になり、各地の領主や各大臣達も出席し盛大に行われる。
ロームズ辺境伯杯開催中は、レガート城前の通りから、会場の一つである軍本部の隣の敷地に在る体育館と武道場までが歩行者天国になり、多くの屋台が並びまるでお祭りのように賑わっている。
軍本部の前に在る広場には、ポルムゴールを体験できるスペースが設けられ、子供から大人まで体験できるようになっていて、手本を見せるために、軍学校の学生達が一役買っていた。
「王様、天候にも恵まれ、思った以上の賑わいです」
「そうだなエントン。しかし、ロームズ辺境伯杯をお祭りイベントにするとは、学生の考えることは大人の我々では思い付かないことばかりだな」
「本当に……これなら国民はロームズ辺境伯の存在を好ましく感じるでしょうし、ポルムゴールやアタックインがどのようなものなのか、興味を持つに違いありません」
2人はレガート城の3階の廊下から通りの賑わいを観ながら、学生達のアイデアと運営方法に感服する。
ロームズ辺境伯杯は、ラミル上級学校と軍の体育館と武道場で開催されるのだが、軍の会場の方を一般人に解放し、レガート軍が全面的に警備を行うことになった。
こちらの会場への入場は有料で、50エバー(約500円)を払って入場券を買う。
多くの人が観戦出来るよう、アタックインもポルムゴールも、ひと試合が終わったら入れ替えになる。その為、入場券は1試合限定になっていた。
時間調整の為、選手達は次の試合まで練習時間を30分取ることが出来た。
上級学校の方は、一般人ではなく貴族や大商人、薬種問屋、薬種問屋が指定した行商人等、特定の招待客のみが観戦出来るようになっていた。こちらの警備は警備隊本部が総力を上げて行う。
入場は無料だが、やはり試合毎に観客は入れ替わる。ただし、こちらはポルムゴールもアタックインも両方観戦出来るよう、招待券には予め時間が指定されており、指定の時間以外は観戦出来ないとの注意書がされていた。
運営費は屋台の出店料で賄われ、入場料の半額がロームズ医学大学へ、残りの半額がレガート国立病院の建設費に充てられることになっていて、そのことは入場券にも書いてあった。
試合の組み合わせは、開会式の前に出場チームの代表が順番にくじを引き、既に決定していた。
ただし、軍本部チームとラミル上級学校チームは、大会ホストチームなので、自分の所の会場で試合をし、様々な仕事もこなさなければならない。
執行部は上級学校会場の進行役を担当し、風紀部は軍会場の進行役をする。
主催はロームズ辺境伯だが、今回の大会は薬不足を解消するために、上級学校の学生が作った特産品を広めることを目的とし開催されるので、国を上げての行事となっている。仕切りはラミル上級学校である。
午前8時30分、全出場チームと仕切りのラミル上級学校の執行部と風紀部、各会場の主審をする学生は、開会式を整列して待ったいた。
開会の挨拶をするのはエントン秘書官である。その後に国王陛下のお言葉があり、執行部部長のエンターから競技進行の説明と緒注意、風紀部隊長のインカは審判長として、審判団の紹介と反則行為の確認をし、開会宣言は選手代表の学生が行った。
肝心のロームズ辺境伯の出番は表彰式なので、イツキはごく普通に風紀部役員として仕事をこなしている。
外門から中に入れるのは関係者だけだったので、これと言った混乱もなく開会式は無事に終了し、関係者は一先ず安堵する。
王様からのお言葉を賜った選手達は、感動に打ち震えながら必ずや勝利するぞと己に誓っていた。
これまでのレガート国の長い歴史の中で、学生、貴族、軍、警備隊の全てが参加する競技や大会等は開催されておらず、今回が初めてのこととなる。その為、ここで勝てばレガート国で1番が決定し、大きな栄誉に輝くこととなるのだった。
「イツキ君、それじゃあ執行部は、上級学校で競技するチームを率いて学校に戻るよ。決勝進出チームが決まったら引率して戻ってくれ。決勝戦は午後4時からの予定だから、進行頑張ってね」
「はいエンター部長、インカ隊長とヤンはポルムゴールの主審ですが、僕とエンド先輩は体育館と武道場の進行の確認です。進行は時間厳守で頑張ります」
エンターはポルムゴール6チーム、アタックイン6チームを引率し学校へ戻る前に、もう一度時間の確認をする。
「ポルムゴールは上級学校が審判をし進行するが、武道場のアタックインがなぁ・・・王宮チームがこっちのトーナメントに入ったから、時間が押しそうな気がしてならない」
ヤンは王宮チームの我が儘振りを、アタックインの指導をしていたクレタから聞いていたので、はーっと溜め息をつきながら頭が痛いと心配する。
「ヤン大丈夫だよ、武道場のアタックインの進行はソウタ指揮官がする。自分が出場出来なかったから不機嫌だ。流石の王宮チームも我が儘は言えないと思う」
超不機嫌な顔でアタックインに出場するチームの引率をして、軍の武道場へ徒歩で向かうソウタ指揮官を見ながら、大丈夫だと笑いながらイツキは言った。
王宮から軍の体育館と武道場への移動は、王宮前通りを通行せず、外門内から直接レガート軍本部に抜ける通路を使う。本当は選手のパレードをするという案もあったのだが、安全面から取り止めとなった。
午前9時、軍の体育館でポルムゴールの試合をする6チーム60人が整列した。
観客席は既に超満員で、現時点でチケットは第4試合まで完売になっていた。
「皆さんおはようございます。本日主審を務めるラミル上級学校のインカです。トーナメント表を貼り出しましたので、時間の確認をしてください。試合後負けたチームから次の試合の副審を2名出してください。選手の交代は監督が手を上げ私に了解を取ってからにしてください。それでは皆さん、ケガのないよう全力で戦いましょう!」
インカは選手達に向かって主審の挨拶をした。観客にも聞こえるように、イツキの作った簡易拡声器を使って。
「「ワーッ!」」と大きな歓声が上がり、観客も選手達も気合いが入っていく。
拡声器で話すインカを見たギニ司令官が「あれは何だ!」と驚き、大会終了後イツキの元に商談に来たのは余談である。
軍の体育館でポルムゴールの試合をするのは、軍本部、キシ領(軍)、ヤマノ領(上級学校)、マサキ領(上級学校)、ホン領(上級学校)、ミノス領(軍)の6チームだった。
軍の武道場でアタックインの試合をするのは、軍本部、王宮、マキ領(貴族)、カイ領(上級学校)、カワノ領(貴族)、ヤマノ領(貴族)の6チームだった。
ちなみに、マキ領とヤマノ領の貴族チームには、領主自らが選手として出場しており、会場を大いに盛り上げ話題を呼んだ。
試合方法はポルムゴールもアタックインも、1回戦は6チームがトーナメントで戦い、2回戦は勝ち上がった3チーム総当たりで戦う。勝ち上がった1チームは決勝戦へ進み、上級学校へと移動後、上級学校での勝者と決勝を戦う。優勝するには、4回勝つ必要があった。
今回の大会でイツキ達が特に気を付けて取り組んだことが2つあった。
1つは、大会の目標である薬草を卸してくれる行商人に、是非レガート国の特産品であるポルムを取り扱いたいと思わせることである。
その為に行商人には、上級学校で事前の登録をして貰い、仮予約証を発行する。12月中に一定の薬草や薬材をラミルの薬種問屋、または各領地の指定薬種問屋に納入すれば、今回限り市価の7割で販売することを約束する。
もうひとつは、ギラ新教徒や殺し屋を入場させても安全なように、武器類の持ち込みを禁止し、手荷物確認をすることだった。
それがどんなに高位の貴族であろうと関係なく、拒否すれば入場出来ないと予め公示し、検査員を各会場50人という体制で臨むことにした。
軍の2つの会場の前には、30人の軍学校の学生と、20人の兵士がずらりと並び、次々に効率よく観戦者の手荷物を調べていった。検査拒否者や武器の持ち込みをしようとした者は、静かに迅速に軍本部まで連行される手筈である。
上級学校も同じで、領主や貴族だろうが豪商だろうが構わず、学生25人と警備隊の事務官25人がずらりと並び、にっこりと微笑みながら、有無を言わせず検査する。
しかも上級学校には公示の他に、【ギラ新教徒入場拒否!我等の学舎を悪の手から守れ!】という、これ見よがしな横断幕が手荷物検査場の後ろに掲げられていた。
なので、手荷物検査を断ると、ギラ新教徒だと疑われることとなり、誰も断れないようにした。それでも用心の為に、手荷物検査場の隣にテントを立て、【治安部隊様】というプラカードを出しておいた。
いよいよ試合開始の時間である。
試合前には観客にもルールが分かるよう、レガート軍の皆さんがデモンストレーションとして、5分間の試合をゆっくりとした試合運びで行う。このデモンストレーション、観客は試合毎に入れ替わるので、計6回行うことになる。
ポルムゴールの1回戦第1試合は、マサキ領(学生)対 ホン領(学生)の対戦だった。
初戦が上級学校の学生同士の戦いということもあり、若さ溢れる爽やか且つ懸命な戦い振りが、観客達の目に好印象に映り大いに盛り上がった。
第2試合は、ヤマノ領(学生)対 キシ領(軍)の対戦で、キシ領の兵士達の容赦ない戦い振りに、観客は弱冠引き気味だったが、ヤマノ領の学生達も最後の頑張りを見せ、惜しいところまで追い上げ大きな拍手を貰っていた。
第3試合は、ミノス領(軍)対 軍本部の対戦で、ある意味プライドを賭けた大人の意地の戦いとなった。
ミノス領はカルート国との国境を護り、魔獣や隣国からの侵入者を排除する精鋭部隊を持っていた。元々軍関係者はミノス領やキシ領の出身者が多く、特にミノス領の貴族の大半が軍関係者だった。
激しいぶつかり合いでケガ人も出たが、結局3点差で軍本部が勝利し、2回戦へと駒を進めた。
軍の体育館で行われたポルムゴールは、ホン領(学生)・キシ領(軍)・軍本部で2回戦をすることになった。
2回戦は総当たり戦で、2勝したチームがラミル上級学校で行われる決勝戦へと進む。
ちょうど切りの良いところで昼になったので、イツキ達は選手と関係者だけが利用できる、ロームズ辺境伯が用意した屋台で昼食を摂ることにした。
この屋台、出店してくれたのはランカー商会と、ラミル正教会の婦人部だった。
全ての食材と人件費はロームズ辺境伯持ちで、利用者は無料で食事が出来た。
「いやー思っていたより美味しいね」(ヤン)
「そりゃあ、材料費を奮発したから。パンも美味しいなあ」(イツキ)
「ところで、武道場の様子はどうだクレタ?審判に文句を言う奴は居ないか?」
「なんとかやってるよインカ隊長。まあ、体育館と違って武道場は静かだから、騒いだら目立つしな」
クレタはちょっと疲れた顔をして、それでも楽しく審判をしていると言った。
「なんと言っても、マキ領とヤマノ領の領主の出場は盛り上がったよ。観客席に自領の応援団が居て、新しい応援の仕方が定着しそうだよ」
ハハハと笑いながら、同じく審判をしているパルテノンが、応援の掛け声の真似をした。
同じように、ラミル上級学校の並木道にも、多くの屋台が並んだが、それらは全て上級学校の調理人と、裏門の外にある職員住居に住む職員の家族達と、応援で駆け付けた軍学校の調理班が運営していた。
ちなみに出場選手とラミル上級学校の学生は全員が無料で、招待客は有料となっていた。貴族や大商人専用に出した高級屋台は、バンバン売れて品切になる程だった。
学生も選手も関係者も招待客も全員が屋台で食事を食べ、その美味しさに満足し、並木道の紅葉も堪能出来たことで、大盛況の昼食となった。
当然材料費はロームズ辺境伯持ちで、人件費が出ない代わりに売上は出店者で分けることになっていた。
メニューこそ多くはないが、厳選された材料を使った料理は、選手や関係者の胃袋をガッツリ掴み、食事を提供したロームズ辺境伯の株はグンッと上がった。
軍と警備隊の関係者は、自前のお弁当を食べるか、屋台で買って食べるようになっていた。まあ、仕事なので当然ではある。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
少し更新が遅れました。