攻撃と反撃(2)
10月5日・7日は、外伝に【北寮の乱】を、2話投稿します。
学生達の熱い?戦いのお話です。
ロームズ辺境伯杯の話は、10月9日に投稿予定です。
ガチャリと鍵の音がして、イツキはゆっくりと部屋のドアを押し開けた。
開かれたドアの向こうに見えた光景は、これまでに検査した3階の個室とは全く違っていた。
これまで検査をした3階の個室は、貴族らしい華やかさと豪華さが目を引く部屋ばかりだった。特にヨシノリやインカの部屋は、領主の子息らしい豪華な家具や調度品が並び、検査に同行した学生や教師達は「ほうっ」と感嘆の声を上げていた。
副教頭だけは、検査をしながら「贅沢な」とか「学生のくせに」と心の声が外に漏れ出て、周りの者はそれが妬みから来ているのだと分かると、人としての器の小ささに呆れた。
結局これまで調べた部屋の中からは、酒瓶も武器も違法な書物も見付けることは出来なかった。それでも副教頭はニヤニヤと不気味に笑っていた。
「すみません、書類が散らかっていますが・・・片付けてもいいですか?もしもこのまま入室されるのであれば、書類を踏まないでください。これらの書類の中に、先日の領主会議の時に依頼された、特産品の製造についての書類が入っています。秘書官様に提出するものなので、決して踏んではいけません」
イツキが開けたドアの先には、部屋中に散らばった書類があり、イツキは絶対に書類を踏まないでとお願いする。
「イツキ君、これ以上勉強することが未だあったの?この目の前の紙には、医学系?の問題が書いてあるようだけど?それにしても凄いね、この膨大な量の用紙は全てイツキ君の手書きなんだね」
フォース先生40歳が1枚の紙を拾い上げ、書いてある内容を見て驚く。
「こちらは経費明細書……?のような書き付けだが、これは……自領のものかな?イツキ君は……いったいいつ寝てるんだ?」
南寮の管理責任者であり文学部顧問のフルム先生40歳が、首を捻りながら質問する。
「それにしても、凄い紙の量だね・・・いつもこんなに散らかしているのかね?」
「ハハハ、いいえ、今日は天気が良かったので窓を開けて出たんです校長先生。机の上に置いて重しをしていたのにおかしいなぁ……」
イツキはそう言いながら、窓の方に視線を向けると、そよそよと風が吹き抜けていく。
「ああ~っ、大事な紙が飛んでいく」
イツキは上手に紙を踏まないようヒョイヒョイと片足で飛びながら、窓まで辿り着くと慌てて窓を閉めた。
「これでは検査も出来ない。イツキ君片付けなさい」
ボルダン校長は呆れたように命令し、大事な書類のようなので、他の者は触らないようにと、ナイスなフォローもしてくれた。
書類が片付けられると、他の派手な個室とは違い、地味で飾り気のない部屋になった。
「なんだか地味だねイツキ君……」
「フォース先生、それは……褒めてませんよね?」
イツキはちょっと剥れた顔でフォースに文句を言った。
本当は高価な家具なのだが、素人には地味な家具に見えたようである。
「それで副教頭、淫らな行為をした証拠とは、いったいどういう状況の……具体的には何をもって体を売っていると特定されるのでしょう?仮にベッドを使うとしても・・・どう見ても綺麗に整理され汚れているようにも見えませんが?」
ダリル教授は、何をもって淫らな行為をしたと決めるのかと副教頭に問う。すると、他の教師や学生達も、副教頭に厳しい視線を向ける。
「ま、毎日のように誰かが来ているのだ。必ず証拠があるはずだ。……そうだ!シーツだ!シーツを見れば必ず痕跡がある」
そう言いながら、副教頭はきちんと整えられた布団やベッドカバーをめくり上げる。そして、期待していた染みや汚れを探す。終いには敷き布団の臭いまでフンフンとかぎ、枕を放り投げたり敷き布団を裏返したりする。
校長以外の先生方は、クローゼットの中や荷物の中を調べ始める。目的物は酒瓶や禁止書物や武器である。勿論大金があるかも念入りに調べていく。
「副教頭、質問があります。僕は勉強が大好きで、つい夢中になり朝まで問題を解いたり発明品を考えたりするのですが、それでも勉強不足なようで、どうも副教頭が仰っている淫らな行為というのが、どういう行為なのかが分かりません。僕が無知なのだと思いますが、具体的に教えてください。あっ、少しお待ちください。今、ノートにきちんと書きますので」
先生方が部屋中を調べ始めたのを見て、イツキはわざわざ机についてノートを取り出すと、本当に記入する気でペンを握り、真面目な顔で質問した。
「今更……そこからなのイツキ君?ええっ?」(東寮の寮監トロイ)
「「「・・・・・・」」」(その他の皆さん)
イツキのとんでも爆弾発言を聞いて、学生達は驚き、教師達は探す手が止まった。
「な、何を今更!私は騙されないぞ!君はキシ公爵やヤマノ侯爵に体を売って爵位を得たはずだ。そうだ、その体を見れば分かる!服を脱ぎなさい!」
思うような成果が、いや証拠が出てこなかった副教頭は、とうとう教師にあるまじき言葉を言ってしまう。それも命令という形で。
「う~ん・・・体を売るって、だから具体的にはどういうことなんですか?体の一部を差し出す……?いや、働くみたいな……?服を脱げば分かると言うことは、体に何か痕跡が残るのですね?僕に皆の前で服を脱げと命令されるのですから、納得のいく説明を受けてからでないと脱げません。僕はこんなですが、一応伯爵なので。それに、キシ公爵様やヤマノ侯爵様にも関わる話のようなので、僕からことの一部始終を報告せねばなりません」
イツキは冷静に、そして無知であることを全面に出し、意外な方法で副教頭と戦うことにした。
「校長先生、これはもう貴族の当主に対する侮辱であり、領主に対する不敬罪が適応されると思います」
西寮の管理責任者であり、武術でイツキに剣を指導しているシルバン先生36歳は、もう駄目だ、これ以上続けさせられないと首を横に振りながら、校長に進言する。
「副教頭、何も怪しい物などありませんでしたよ!勿論、大金など見付かりませんでした。残るは、イツキ君の机の中だけです」
教師達が部屋の中を捜し終えたのを確認したインカ隊長が、まるで最後通告のように副教頭に迫る。
「ああそうですね。机の中がまだでした。副教頭どうぞお調べください。でも、その前に、僕には先程の問いに答えて貰う権利があると思います。ですから、この机の中を調べたければ、質問に答えてからにしてください。嫌疑の内容も分からないままでは、服なんて脱げませんから」
イツキは椅子からゆっくりと立ち上がると、怪しいほどに美しく微笑みながら、制服の上着のボタンを外し始める。
仕事の済んだ教師や学生達は、イツキの話を聞きイツキがどうするのか様子を見ていたが、本当に脱ぐ気なのかと驚き、当然慌てて止めようとする。
「やはりな!君はそうやって直ぐに服を脱ぐんだ!そうやって誘惑するのだ!」
副教頭はイツキを指差すと、まるで証拠でも見付けたように叫んだ。
他の者など眼中に無いようで、副教頭はイツキに対する敵意や憎しみの感情を、隠そうともしなくなった。シルバン先生の言葉も耳に入らず、イツキを罪人にすることしか考えられない狂人に成り果てていた。
校長や教師達は、その異常さに怒りを覚えるが、もはや普通ではないと感じていた。
学生達もまた、目の前の副教頭に対し「お前こそが変態だろうが!」と叫びそうになっていた。成人前の14歳の少年に、服を脱げと命令するなど、常人なら口にすることなど出来ないことである。
副教頭の狂気の宿った、イヤらしい目付きに、学生達はゾッとした。
「まさか、罪状や嫌疑内容も説明できない……なんてことはありませんよね?ここは教育の場です。副教頭、貴方は教育者であり僕は生徒です。罰を与えるには説明責任を果たさねばなりません。そうですよね、校長先生?」
「いや、イツキ君・・・しかし・・・そこまで君がする必要はない。机の中を調べて何も見付からなければ、持ち物検査は終了する。何も見付からなければ、副教頭には相応の責任はとらせる」
校長は困ったような顔で、イツキが何をしようとしているのか図りかねてしまう。
まさか、本当に脱いだりしないよね……?的な視線をイツキに向け、どう決着をつけるのだろうかと困惑する。
これ以上のことをしなくても、イツキの無罪は立証される。その上で副教頭の行動を責め、これだけの暴挙に出たのだから、解雇だって可能だと校長は思っていた。
「校長、本人が脱ぎたがっているのです。いいだろう……そんなに聞きたいなら教えてやろう。よーく知っているくせに質問するとは、驚きの淫乱だな。お前がしていた淫らな行為とは、男同士でセックスすることだ!ここで、このベッドでしていたことだ。お前が毎晩・・・」
「止めろ!この変態じじい!!」(トロイ)
「これ以上イツキ君を汚すことは許さない!」(インカ)
「これは、学生に対する冒涜であり、罪なき者を陥れるための謀略だ!インカ隊長、今から我等学生は、全校集会を開く。執行部部長の名にいおいて、副教頭の解雇と偽の情報を提供した学生や教師の弾劾を行う!校長先生、これより全学生は体育館に立て籠り、3日以内に納得する解答が無い場合は、王宮に直訴します!」
エンターは怒りの形相で断言すると、インカ隊長を連れてイツキの部屋を飛び出していった。
「ふぅ、せっかくだからダリル教授、僕の机の中も検査してください。フォース先生もどうぞ。・・・副教頭、執行部と風紀部が動き出したので、僕は学生として、風紀部1年の隊長として行動させていただきます。どうせ脱ぐなら、全校生徒の前の方が効果的ですし。ただし、全学生が必要と認めたらの場合です」
イツキはにっこりと笑うと、「さようなら」と凍えるような声で副教頭に挨拶した。
その挨拶を聞いてしまったその場にいた副教頭以外の者は、恐怖で震え上がった。
「ダリル教授、何か怪しい物が有りましたか?」
「いや、何も・・・怪しい禁止物は何も入ってなかった」
ダリル教授は、イツキの机の2番目の引出しの中の、【ロームズ医学大学職員採用試験問題】と書かれた冊子を見詰めながら応えた。
「そうですか、それでは先生方、あとは宜しくお願いします」
イツキはそう言い残し、トロイと南寮と西寮の寮監の先輩を連れて部屋を出ていった。
【 ラミル上級学校規約、第11条 】
◎ ラミル上級学校の学生は、校長や教師から言われなき罰則や不当な課題を与えられた時、執行部部長の権限により、学校に対し抗議の立て籠りをすることができる。
学校側は、学生の言い分に対し、3日以内に返事をすること。
◎ 上記の場合に、風紀部隊長が同意し加われば、学校の返答に納得できない場合、国王に直訴することを認める。
2日後の10月3日、ボルダン校長は副教頭を治安部隊に逮捕させた。
その容疑は、ギラ新教徒の疑いが濃厚であること。領主に対する不敬罪。学生に対する弾圧。その他であった。
情報を提供した教師のルイスは3ヶ月間の停職、学生3人がペナルティー3となった。その学生の中にルシフの名前も上がったが、ルシフは酒盛りの話しかしていなかったとして、ペナルティー2が課せられた。
後に、この3日間のことは【北寮の乱】と呼ばれ、正義を貫く執行部と風紀部に語り継がれていく。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
外伝投稿のため、次話は10月9日予定です。よろしくお願いします。




