秋大会(7)
ドゴル不死鳥、それは王都ラミルで1番大きなドゴルである。ということは、レガート国で1番のドゴルと言って差し支えない。
「ドゴル不死鳥は、いつから情報を学生から求めるようなドゴルに成り果てたのでしょう?もしも店長が、ラミル上級学校の執行部部長としての俺に質問されたのであれば、俺は執行部部長として、学校内の情報を何も話すことは出来ません」
エンターは立ち上がりキッパリと言うと、ヤンとイツキに向かって帰るぞと不機嫌な顔をして命令する。
「そうだな、ポスターを貼って、お金を貰ってさっさと帰ろう」
ヤンは無表情で立ち上がり、明らかにガッカリしたという感じで店長を一瞥した。
「「「・・・・・」」」
店長、副店長、ホームズは、学生達の予想外の態度に言葉が出ない。
確かに3人は冒険者としては初心者で、指導を受ける立場である。人懐っこい上に素直な3人の学生なら、重要な情報も特別に教えてくれると勘違いしていた。
エンター達にとって冒険者は副業であり、本業は学生なのだ。しかも、国立ラミル上級学校という由緒正しき学校の、伝統と格式を重んじる学生であることにプライドを持っているのだ。
別の言い方をすると、これまでラミル上級学校の現役の学生が、冒険者になったことなど無いに等しいことから、扱いを間違えてしまったのだ。
「フッフッフ、まあまあ先輩方、これはこれで有益な情報ですから、ここは僕の顔を立ててお座りください」
イツキは可笑しそうに笑って2人の先輩にそう言うと、2人を座らせてから、何時もの如く黒く微笑んだ。
その妙に落ち着いた態度と物言いに、ドゴル不死鳥の3人は違和感を覚えた。
確かにイツキは、ポム弾という常識外の武器を持ち込み商売をする異質な学生?……いや冒険者?……そう言えば異常な程の知識を持ち、店長や副店長に対しても全く物怖じすることもない。よくよく考えると、目の前の少年は全然普通じゃない……!
可愛い外見と、貴族だというのに全く偉ぶることもなく、どちらかというと守ってやりたい、応援してやりたいと思わせる何かがあり、つい、その異質さに向き合ってこなかった。が、しかし、今の笑いは何だ?これはこれで有益な情報?・・・不死鳥の3人は、イツキの黒い微笑みに別人のような得体の知れない不気味さを感じた。
「僕が冒険者として此処に居たら、その情報料には最低でも金貨10枚は頂きたいですね。だってそうでしょう?命に関わる情報ですよ。軍も警備隊も極秘にしている情報なんです。教えた者にも、それなりの危険やリスクがついてきます。それをタダで?」
イツキは冷静な表情のまま、何時もの声とは違う少し低い声で店長に問う。
エンターとヤンは腕を組み、超不機嫌な顔で副店長とホームズを睨んでいる。
「な、なんだと!」
店長は新米冒険者にバカにされたような気がして声を荒らげるが、それ以上に返す言葉が見付からない。考えてみれば、イツキの言うことは何も間違ってはいないのだ。
冒険者であれば、タダで情報を教えることなど無い。そして、学生としてなら、怒って席を立ち帰ってしまうのだ。
副店長やホームズは、異常な雰囲気を感じているが何も口が挟めない。生意気だと叱ろうにも、教えた者にも危険やリスクがついてくるという言葉に、自分達の方が考えが甘かったと思わざるを得ない。
「それでは、僕がドゴル不死鳥に依頼を出すことにします。そうですね、きっと命を懸けた仕事になると思いますので、金貨10枚では安過ぎるでしょう。なにせこの探し人の依頼を出したソレブ・ヤニアスという人物は、ギラ新教徒かその手先、そして、マサキ公爵家子息襲撃事件の犯人からの命令で動いているでしょうから。僕の依頼は、このソレブ・ヤニアスという人物の調査です。どうします?相手は銀貨2枚の依頼、こちらは金貨12枚出しますよ。簡単でしょう?探し人は8月23日に死んだと告げるだけです……そして男の跡をつけ、調査すればいいのですから」
「簡単?でも君は今、命を懸けた仕事だと言ったじゃないか」
副店長は首を捻りながら、イツキの話の矛盾を責める。
「ええそうです。相手に調べていると知られたら、絶対に消されるでしょう。そしてドゴル不死鳥が後ろに居ると分かれば、指示した者が誰なのかを調べるでしょう」
今度は冷酷に、それが当たり前だと言わんばかりに、ゆっくりと3人に視線を向ける。
その闇のように黒い瞳は、まるで心の中まで覗いているような気がして、不死鳥の3人はゾッとした。そしてエンターとヤンも、思わず背筋が凍った。
「お前さん、いったい何者じゃ?ただの学生ではなかろう?」
長くドゴルに勤め、多くの曲者を見てきたホームズが、イツキに疑う視線を向け問う。
店長も、イツキの話は学生のするような話ではないと頭で理解する。
元々探し人の依頼を怪しいと思っていたのだが、まさか、ギラ新教や襲撃事件の犯人という話を、目の前の学生から聞かされるとは思ってもみなかった。
その上【消される】という物騒な言葉が、可愛い顔をした貴族の学生から、世間知らずの甘ちゃんだと思っていた者から発せられたことに驚異……いや、畏怖の念を抱く。
イツキは席を立つと、それでは依頼票をください店長と言って、右手を差し出した。
店長は迷うが、ここはドゴルである。依頼は依頼票を見るまでは断れない。しかも冒険者からの依頼は優先されることになっている。店長は依頼票をイツキに渡し、ハーッと大きく息を吐いた。そして、何故こんなことになった?と、頭を抱えた。
心配そうにイツキを見るエンターとヤンに笑顔を見せて(怖くない笑顔)、イツキは長椅子に座ると依頼票をテーブルの上に置き記入し始める。
◎人物調査依頼 レガート城前の大通りで、公爵家の馬車が襲われた事件の時、怪我人の手当てをしていた学生風の人物を探して欲しいと、9月16日に依頼を出したソレブ・ヤニアスという人物についての調査をして欲しい。
◎依頼理由 当該少年は、死亡したとして教会で葬儀をしているにも関わらず、依頼人は生死を調べようとしている。また、その依頼人は【治安部隊】が探している犯人の可能性もある。もしもそうであれば、これは、国家的犯罪に関わる案件である。人物調査依頼を受ける場合であっても、速やかに【治安部隊】に届け出なければならない。
◎依頼料 金貨12枚
◎依頼者 不死鳥所属冒険者 キアフ・ラビグ・イツキ
ラミル上級学校 キアフ・ルバ・イツキ・ロームズ
「「「ええぇーっ!!!」」」
イツキが何をどう書くのか確認しようと、依頼票に記入していくのを覗いて見ていた不死鳥の3人は、大声で叫んだ。
【治安部隊】とか【国家的犯罪】という部分を見た時点で、3人は血の気が引き鼓動が激しくなっていたというのに、ラミル上級学校の後に記された名前は、年配者のホームズの心臓に負担を掛け、店長や副店長の顔色を一気に悪くした。
「ロームズ辺境伯領は貧乏で、だからポム弾を売らねばならなかったんですよ店長。それと、もうお分かりでしょうが、襲撃事件の時、ケガ人の手当てをしていたのは僕です。僕は医師資格と薬剤師資格を持っているので」
「「「・・・・・」」」
開いた口が塞がらない不死鳥の3人だが、イツキの雰囲気が柔らかくなったのを感じ、ホッと胸を撫で下ろした。そして、大事なことを思い出し、慌ててドアの前まで下がり、領主様に向かって礼をとった。
「店長、この件は【治安部隊】に任せてください。僕が指揮官に伝えておきます。明日には誰かが調査に来ると思いますが、もしもその間に依頼人ソレブが来たら、現在調査中で明日の午後には解答出来るだろうと答えてください」
イツキは領主の顔をして店長に指示を出し、同時にソレブについてのお願いもした。
「はい、承知しましたロームズ辺境伯様。・・・ところで、こ、これからも冒険者として活動をされるのでしょうか?」
「当たり前じゃないですか!うちの領地は貧乏なんです。それに僕はパーティーを組んでいますから……なぁエンター、ヤン?」
「そうだなイツキ君!情報部に就職するなら、冒険者の方が活動の幅が広がるよな」
エンターはそう言うと、これからもよろしくお願いしますと店長達に頭を下げた。
「俺だって卒業したら軍で治安部隊を目指す。冒険者は変装にも便利だ」
ヤンも当然だと言いながら、これからも腕を磨きますと店長達に約束する。
型破りで常識外の3人の学生を見て、頭の痛いこともありそうだが、将来が楽しみになる不死鳥の店長、副店長である。
薬草担当のホームズは、イツキをドゴルに就職させることが出来なくなったと残念に思いながら、あの知識は薬剤師資格を持っていたからなのだと納得した。
「ところで、今日は領主としてお願いがあって来ました」
「なんじゃ、それじゃぁ、最初から領主だと名乗るつもりじゃったのか?」
「はい、そうですよホームズさん。実はドゴル不死鳥にロームズ領に支店を出店して欲しいんです。しかも買い取りは薬草だけの販売専門店として」
そう言いながら、イツキはロームズの地図を取り出す。
その地図には何故か既に【ドゴル不死鳥】という名前が書き込んであった。
「ドゴルなのに販売専門だと?」
店長の、お前何言ってんの的な質問をさらーっと無視して、ロームズに医学大学が出来ることや、ガラの悪い人間をロームズに入れたくないこと等を話した。
そして、ロームズに出店する特典として、カルート国におけるポム弾の冒険者に対する販売権利の独占と、レガート国の特産品の販売権利を付与することを告げた。
「レガート国の特産品とは、ロームズ辺境伯杯で使用する、アタックインとポルムゴールとか言うやつのことか?いくら領主様でも勝手には決められんだろう?」
「レガート国内の販売元はアタックインがマキ領主、ポルムゴールがホン領主と決まっています。しかし、作ったのは僕ですから、誰も文句は言わないと思いますよ副店長。それに特産品は独占ではありませんし」
「「「はい?作ったのは僕?」」」
呆れたと言うか、もう何が何だか分からなくなった感じの3人は、深く考えるのは止めようと思うことにした。
「だってイツキ君だからなぁ……」(エンター)
「そうそう、イツキ君と居ると、いつもこんな感じですよ!」(ヤン)
エンターとヤンはハハハと笑いながら、目の前のおじさん達に言う。
しかし、それを「あぁ、そうなんだ」と言える程、おじさん達の頭は柔らかくなかった。なので、次はイツキの屋敷で打合せすることに決めた。
そんなこんなで店長、副店長、ホームズの3人は、ポスターを貼り、薬草の報酬である金貨1枚を受け取った3人を見送ると、再び店長室でどっと疲れて倒れ込んだ。
常識外の学生達だが、これからの時代は、ああいう若者達がつくっていくのだろうと、3人はお茶を飲みながら話し、ロームズ辺境伯杯を見に行くと決めた。
ドゴル不死鳥を後にしたイツキ達は、その足でレガート軍本部に向かった。
もちろんドゴルでの件を報告し、対策を打つためである。
ロームズ辺境伯杯の指導ですっかり顔パスになっていた3人は、何故か打合せの後で、ソウタ指揮官のチームにアタックインの試合を申し込まれ、夕食時間ギリギリまで付き合わされてしまうのだった。
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