秋大会(6)
9月22日、ロームズ辺境伯杯の準備は順調に進んでいた。
あれからイツキは、軍本部で【災害級の来訪者】と言われ、警備隊本部では【悪を許さぬ黒き戦鬼】と呼ばれながら、元気に?各部署との調整を続けていた。
ちなみにレガート城では【数字の魔術師】とか【最小領地の最強領主】と呼ばれている。しかし、最近レガート城で働く女性やレガート軍内では、【愛の天使様】とか【結婚の救世主様】等と呼ばれるようになっていた。
あのギニ司令官に見合をいさせ、1ヶ月足らずで結婚させた。そして、あのヤマギ隊長を婚約させたとして、別の意味で熱い視線を注がれていた。
噂を聞いて世話を頼もうとする者は多く居たが、ロームズ辺境伯は滅多と城にも来ないし、屋敷への来訪は安全上の問題から禁止されていた。
それでも強引に贈り物等を持って屋敷を訪れようとする者がいたが、漏れ無くレガート軍か警備隊に連行されていた。
秋大会の居残り組(製作班)は、役割分担が上手く機能し、あと1週間を残して予定の準備の8割を完了させていた。
ポルムゴール指導担当の責任者である3年ピドルと2年エンドは、午前中レガート軍チームとの試合を終え学校に戻り、昼食が出来るのを食堂で待ちながら寛いでいた。
「20日にレガート軍の体育館にポルムゴールのゴールが設置されて、本当に良かったよ。あのまま毎日上級学校の体育館で指導させられ続けたら、絶対に死んでるわ俺」
「ああ、そうだよなエンド。軍の人間は負けず嫌いだから勝つまでやろうとする……正直疲れた。でも俺は、卒業したらレガート軍でポルムゴールや新しいスポーツを指導したいんだ。今回いい機会をイツキ君が与えてくれたから、体育指導員になりたいと決心した」
ピドル(第2イツキ親衛隊の隊長)は、上級学校の最強チームを率いて、連日軍チームや警備隊チームや王宮チームの指導をしていた。その中で、指導をするという役割やその意義を知り、スポーツを通じてのチームワーク作りや連携について、イツキから聞いていた通り重要な仕事だと考えるようになっていた。
3年生は10月から正式な就職活動が始まる。
早い求人は9月中旬から出るが、国の仕事は10月1日に求人が出され、11月に試験が開始される。
10月20日に開催されるロームズ辺境伯杯が終われば、3年生は本格的に自分の将来に向かって戦いが始まるのだ。
進学についても今年から【レガート国立ロームズ医学大学】(正式名称)が出来たので、3年生は選択の幅が広がった。
「お疲れさま、ポルムゴールの指導は午前中で終わりかピドル?」
イツキ組のクレタがコップに水を汲んで、パルテノンと一緒にいつものテーブルにやって来た。
居残り組は全員がイツキ組か親衛隊関係者だった。そうは言ってもイツキ組の15人は別格だった。
この頃は、他の学生達も【イツキ組】という名称を知っており、最も尊敬され憧れるグループになっていた。【イツキ組】には決して簡単に入ることは出来ないし、皆も恐れ多くて一線引いていた。
そして食堂では、お決まりの2つのテーブルが【イツキ組】の定位置になっていた。
「お疲れ、ああそうだよ。既にクタクタだ。クレタ達は終わったのか?」
「午後から警備隊本部だよ。ほら、警備隊本部の出場が決まったのって20日だから、まだ1度しか教えてないんだ。でも、みんな凄く真面目に聞いてくれるから助かるよ。王宮だと自己主張が激しくて大変だけど……」
クレタは王宮チームの我が儘ぶりを思い出し、はーっと溜め息をついた。
「まあ……初日に警備隊本部はやらかしてくれたからな……あの時のイツキ君は、本当にカッコ良かったよ」
エンドは10日に打合せに行った時のことを思い出しながら、幸せそうな顔をする。
「それにしても、20日に行われたポルムゴールでの決闘は酷かったよな。警備隊本部の人も軍の人も見学に来て、凄い盛り上がりだったけど。最後は何故か警備隊の制服組とレガート軍チームの練習試合になってたし……あれも、イツキ君の仕込みだったのかな……と俺は思ったりもする」
いつの間にやって来たのか、インカ隊長が昼食をトレーに載せ会話に入ってきた。
「でも、事務官組は気の毒な程にボロボロだったな……まあ……決闘だし自業自得なんだが、せっかく指導した俺としては10点くらいは取って欲しかったよ」
警備隊本部でポルムゴールの指導をしていた1年のナスカもやって来て、あまりの不甲斐なさにがっかりしたと言いながら、昼食のトレーをテーブルに置く。
「でも、制服組は凄かったよなぁ……特にイツキ君の教え子が頑張る頑張る。・・・決闘を申し込んだのは2チームで・・・申込まれた事務官チームは1チームだから、最後は歩くのもやっとって感じだったけど」
これまたいつの間に座っていたのか、2年のミノルはパンを頬張りながら会話に参戦する。今日の昼食はソーセージの野菜スープと、鶏肉の香草焼きだった。
美味しそうな昼食を見て、他のメンバーは急いで配膳窓口へと向かう。
今回の指導を通じて、学生達は多くのことを学んでいた。
軍での決まりや警備隊本部の決闘とか、王宮のマナーとか、知らなかったことを沢山体験し、自分の成績では軍本部や警備隊本部や王宮になど、とても就職出来そうにない者にとっては、一生ものの思い出になった。
イツキはケガをしていたこともあり、薬草不足を解消するためにロームズ辺境伯杯が開催されることや、ただ参加したり応援するのではなく、国民が団結して特産品を広めることが大切だと、上級学校の代表であるエンター部長と共に、学生として各部署やドゴルや薬草店を回り、ポスターを貼らせて貰ったり協力を要請していた。
もちろんイツキ組以外の上級学校の学生に、イツキがロームズ辺境伯であることは知られないように万全の策がとられていた。
* * *
イツキとエンターとヤンは、出来上がったポスターを持って、久し振りにドゴル不死鳥に来ていた。
受付窓口で3人は冒険者証を提示して、今日は上級学校からのお願いもあって来たと告げる。
「お前らなあ・・・ほんといい加減にせえよ!今日は学生として来たじゃと?」
薬草担当のホームズさんがやって来て、呆れ顔で声を掛けてきた。ドゴルには似つかはしくない上品な上級学校の制服を着た3人を見て頭を抱える。
「はいホームズさん。ロームズ辺境伯杯のポスターを貼らせて頂きたいのです。来月の20日に上級学校と軍の施設で開催されます」
エンターは嬉しそうに笑って、ポスターをカウンターの上に広げた。
「そう言えば、君はスタンプが未だ2つだっただろう?大丈夫なのか?」
「はいホームズさん。今日は薬草を持ってきました。確認したら依頼票が出ていたのでスタンプゲットです。これで来年も3人で冒険者証を更新できます」
ヤンはご機嫌な顔で、鞄の中から薬草を取り出して見せる。
実は昨日、イツキと一緒にレガート軍の演習場で、ひっそりと花を咲かせている激レアな薬草を発見し、こっそりと頂いてきたのだ。当然植えられたものではなく、塀にとまった鳥がフンをして芽が出たようで、レア過ぎて誰も薬草だとは気付かなかったのだ。
「なんじゃこれは!幻の・・・」
ホームズはヤンが差し出した赤み掛かった葉の一株の薬草を見て、驚きながら途中で言葉を止め、何故かイツキの顔をジーッと見る。
「偶然見付けたのはヤンです。薬草だと教えたのは僕ですが、3人分のスタンプをお願いします」
イツキはにっこり微笑みながら「ホウネイヤ草の葉は血止めになり、根は強力な下痢止めになります」と付け加えた。
ヤンは嬉しそうに1株金貨1枚と書かれた依頼票も差し出した。
「報酬は帰りに受け取れ。ロームズ辺境伯杯に協力するよう王宮から要請があった。ポスターは目立つ場所に貼っていいぞ。その前にちょっと他の話があるんで3人とも奥に来てくれ」
副店長が何処からともなくやって来て、そう言うと有無を言わさず奥の個室にイツキ達を連れていく。
何事だろうかと3人は顔を見合わせるが、心当たりはなかった。
まあ座れと言って通された部屋は店長室だった。
部屋の中には、店長が腕組みをし難しい顔をして執務机に座っていた。イツキ達は言われるがまま応接セットの長椅子に座り、副店長とホームズさんと向かい合った。
「聴きたいことが2つある。1つは、ある噂の確認で、もう1つは、最近起きたマサキ公爵家の子息襲撃事件に関することだ」
店長は立ち上がると、1枚の依頼票を応接セットのテーブルの上に置いた。
それは探し人の依頼票で、そこには驚きの依頼が書かれていた。
◎探し人 8月21日にレガート城前の大通りで、公爵様の馬車が襲われたが、その時怪我人の手当てをしていた、学生風で15・16歳くらいの男性。
◎依頼理由 怪我の手当てをして貰ったが、お礼をしていないので、ぜひお礼がしたい。名前や住んでいる家が分かれば自分で礼に行く。難しければ、その男性が上級学校の学生かどうかだけでも調べて欲しい。ケガをしていたので、もしかしたら死んでいるかも知れない。その場合は生死だけでも教えて欲しい。
◎依頼料 銀貨2枚
◎依頼者 ソレブ・ヤニアス
依頼票の内容を見たエンターとヤンは、厳しい表情に変わる。
襲撃事件の時のことは、軍も警備隊も箝口令を敷き、関わった隊員や軍医の名も伏せられていると知っていた。当然多くの人に目撃されてしまったイツキのことも、そんな人物は居なかったという扱いになっており、軍の記録にも警備隊の記録にも、王宮の記録にも一切残っていなかった。
ただ後に、マサキ領出身の貴族で医学生の男性が居たとか居なかったとか……そんな噂話があったらしいと、王都では囁かれていた。
かなり無理のある箝口令だったが、あの現場に居た軍と警備隊の人間は、イツキの容姿や年齢について、決して話してはならないとの王命を受けていた。
話せば逃げた殺し屋に、ロームズ辺境伯が狙われると分かっていたので、容姿や年齢は決して漏らさなかった。
「店長さんは、これを怪しい依頼だと思われたのですね?それで、僕達に聴きたいこととは何でしょう?」
イツキはごく普通の表情と態度で逆に質問する。
イツキにしてみれば、やっと動き出した殺し屋が、ドゴルに依頼していたことは意外だった。
殺し屋の男は、毒に対して絶対的な自信があった筈である。だから、教会で行われた葬儀の人数や人物を確認したに違いない。
教会の記録には、8月23日の夜に貴族の少年の葬儀を極秘でしたと記載されている。
しかし、ここ最近イツキは軍本部や警備隊本部に顔を出すようになった。殺し屋が見張りを……いや、軍や警備隊の中にギラ新教徒が居たら、イツキが生きていたと知られた筈である。
依頼票の日付は9月16日だった。
「質問の1つ目は、8月21日に学校を休みケガをした学生が居たのかどうかで、2つ目は、ロームズ辺境伯が上級学校の学生だという噂の真偽についてだ」
店長は執行部の部長であるエンターに視線を向け質問内容を言った。エンターであれば、学生のことも極秘事項も知っているに違いないと確信して。
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