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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
怒濤の後期スタート
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イツキ、家を買う

 7月27日午前、イツキはエントン秘書官の馬車に自分の荷物を積むと、一緒に王都用の屋敷を買いに出掛けた。

 その屋敷はエントン邸から南に徒歩10分の所に在り、庭は狭いが馬車置き場と厩舎が付いていた。大通りに面した3階建ての衣装店の裏に在り、ちょっとした隠れ家的な場所に建っていた。


「この物件だがどうだろう?少し小さいかもしれないが、前の衣装店はキシ公爵やマサキ公爵も贔屓にしている格式のある店だから、怪しい客が来ることもない」


エントンはそう言いながら、不動産屋の主人に鍵を開けるよう指示した。


「こちらの物件は外見こそパッとしませんが、中は贅沢に造られております。15年前の偽王時代の伯爵が建てたものですが、その後直ぐにバルファー王の時代になり、爵位を剥奪され手放した物件です。その後はミノス領の伯爵様の別邸でしたが、この度手放されました。別邸でしたので、あまり使用されておらず中は綺麗な状態でございます」


 不動産屋の主人の説明を聞きながら屋敷の中に入ると、エントン邸の倍の広さはありそうなエントランスホールを見て、確かに外見からでは分からない贅沢な造りだとイツキは思った。2階まで吹き抜けになっているので、とても広く明るく感じる。

 右のドアを開けると広いリビングで、20人は座れそうなソファーセットが置いてあった。突然の来客でも5人くらいは寝れそうだとイツキは考える。何故か学友の顔が何人か浮かび、つい笑ってしまう。

 リビングの奥はダイニングとキッチンになっていた。ダイニングテーブルは8人掛けで、高級木材の美しい1枚板だった。椅子も同じ材質の木で作られており、高位の客をもてなしても恥ずかしくないと思われる。


 エントランスホールの左手には奥に続く廊下があり、2つの客室とバス、トイレ、その奥に使用人用の部屋があった。2つの客室の1つはご婦人用だろうか、ドレッサーがあり室内の装飾も可愛い花柄になっていた。もうひと部屋は少し広く2ベッドの部屋だった。内装は落ち着いた感じなので、元の主人の寝室だったのかも知れない。

 2階には執務室にちょうど良さそうな部屋が2つと書斎、バルコニーと広いクローゼットのついた主寝室があった。

 バルコニーからはレガート城が見えた。高い城壁に囲まれているので見えるのは上の部分だけで、ちょうど西棟の5階、王様の住居部分だけが家と家の間から見えていた。


 イツキがそのことに気付くと「偶然だよ」とエントンさんは笑って言った。


「如何でしょうか?少し奥に入っていますが立地的にも申し分無い物件だと思います。多少値は張りますが、秘書官様のご紹介ですので、金貨800枚のところ750枚までお下げ致しますが……」


「ええーっ!金貨750枚・・・予算は700だったので、残念ですが諦めます」


イツキはそう言ってスタスタと帰ろうとする。エントンも不動産屋も「ええっ?」と声を上げ、顔を見合わせる。


「お待ちくださいお客様。お買いになるのはお客様のお父様ですよね?お父様とご相談されてから決められては如何でしょう?」


少年のイツキを見て、不動産屋は親が買うものだと思っていた。恐らく来年辺りラミル上級学校を受験する、金持ちの貴族の子息だろうと考えていたのだ。


「えっとお名前は?」

「はい、ラミルで古くから不動産業を営んでおりますクーデル商会のクーデルと申します。名も名乗らず失礼いたしました」


どうして名を訊くのだろうと思いながらも、妙に堂々としている少年に、丁寧に頭を下げながらクーデルは名乗った。


「クーデルさんは、カルート国の中にあるレガート国の飛び地ロームズを知っていますか?」


「勿論でございます。先月ハキ神国との戦争に勝利し、レガート国9番目の領主様が誕生されたと聞いております」


「ロームズは人口8,000人の、決して裕福な町ではありません。この度、ロームズ領内にレガート国立医学大学を建設することとなり、ロームズはランドル大陸一の学都を目指しています。なので、お金が無いのです。申し遅れました、僕の名前はロームズ辺境伯キアフ・ルバ・ロームズと言います。若輩者ですが領主をしています」


イツキはにっこりと微笑み、自分の名を告げた。目を見開き驚くクーデルに「間違いなく領主様だ」とエントンが付け加える。


「貧乏なんです……本当に。でも、きっちり金貨700枚なら、今ここに持っています」


そう言ってエントン家の馬車の中から、イツキが用意した金貨350枚が入った袋と、エントンが用意した350枚が入った袋を、どっこらしょと言いながら取り出して見せる。


「これはご領主様、大変失礼いたしました。分かりました。ご領主様にお屋敷を提供出来ることは、商会の誉れでございます。金貨700枚でお売りいたします」


クーデルは個人の利益より、お客様との信頼と信用を大事にしていた。正直に貧乏だと言い切ったイツキに、大物振りを感じた。元来貴族とは威張りたがりの見栄はりである。だが、この領主は違っていた。貴族のプライドなど関係なく堂々と値切ったのである。


 一旦屋敷の中に戻り、正式な契約を結んだイツキは、領主の顔をしてクーデルにある商談を持ち掛けた。


「ロームズはこれからどんどん人口が増えていきます。しかし住居が足らないのです。来年には大学が開校するというのに、ホテルも足りません。どうでしょう、土地は安くお貸ししますので、貸家やアパート、ホテルを建ててみませんか」と。


 クーデルは目をパチパチと見開きながら、全く思ってもいなかった商談に驚いた。

 しかし、ロームズ辺境伯の言うことは真実に違いない。医学大学の話は知らなかったが、そのことを国中の者が知れば、誰でも商機だと気付くだろう。


「僕は、自分が信じられると思った人としか商談しません。信じられない人に大切な土地は貸せませんから。どうですか?お返事は明日でも構いません。8月から僕は上級学校に戻らねばならないので、出来れば早めにお返事頂ければと思います」


「ロームズ辺境伯様、そのお話、喜んでお受けいたします。私の弟がミノスで材木商をしておりますので早速ラミルに呼びます。詳しい話は来週でも構いませんか?」


「はい、次の日曜に帰りますので、詳しい話はその時に」


イツキはクーデルと握手し、来週の再会を約束した。それから荷物を……数着の服と本と少しの私物しか持っていなかったが、それらを購入した屋敷に運び込んだ。


「イツキ君、君は自分に必要な人間を引き付ける不思議な力があるようだ。クーデルは信用できると俺も思った。暫く忙しいと思うが、この屋敷はリンダ(エントン家の管理をしている婦人)の夫であるドッターが管理してくれる。安心しろ。リンダも毎日夫に会えて嬉しいと言っていた。あとは留守を任せる執事か事務仕事の出来る人材が必要だ。どうする?心当たりがなければ紹介するが?」


エントンはイツキの回りに集まってくる、いや、引寄せられるように出会う縁に不思議な力を感じた。屋敷の管理は任せろと笑顔で言い、留守を守る人材のことを心配する。

 イツキは心当たりがあるので、これから頼みに行きますと言い、その家の前までエントンに送って貰うことにした。イツキは近くでいいと言ったのだが、「大切な領主屋敷を預かる者の家を、私が調べないと思うのかい?」と黒く微笑まれ、イツキは承諾するしかなかった。




◇  ◇  ◇


 馬車で15分、目的の家に到着した。その家は、小さいながらも庭には美しい花が咲き乱れ、手入れされた庭は近所の家の中でも一際目を引く家だった。


「ここは、僕の親衛隊隊長であり、リバード王子の家庭教師であり、将来リバード王子を支えることになる、クレタ・ハッフ・ゴールトン先輩の家です。クレタ先輩には文官をしている兄がいるのですが、その人に頼もうかと思います。僕が教会での活動を教えたのは、エルビス(エンター先輩)とマサキ公爵の子息ヨシノリ先輩と、クレタ先輩だけです。勿論、先輩の兄が事足りる人物でなければ何も話しません」


イツキは屋敷購入の礼と、この家は心配は要らないと言って馬車を降りた。


「おや、家の前に馬車が止まったようだが……誰だろう?」


クレタの父キトノスは、そう言いながら窓の外を見た。今日は日曜なので、ゴールトンは家に居たのだ。

「うん?あれは秘書官様の馬車じゃないか!」と驚いた声を上げ、慌てて窓辺から離れた。何故こんな場所に?いったい何処の家に来られたのだろう……と思っていると、馬車は直ぐに走り出した。思わず緊張したが、やれやれと安堵の息を吐きソファーに座った。その直後、誰かがゴールトン家の玄関のベルを鳴らした。


 対応に出たのはクレタの母ティーラだった。


「こんにちは。突然お邪魔して申し訳ありません。僕はクレタ先輩に大変お世話になっている、後輩のイツキと言います。クレタ先輩はご在宅でしょうか?」


「あら、クレタのお友達?どうぞ入って、直ぐに呼んでくるわね」


ティーラはにっこりと笑いイツキを玄関に招き入れると、奥の方へと走っていった。


『クレタ先輩はお母さん似だな。それに……とても聡明そうだ。何より珍しいオーラの色を持っている。滅多と視えることはないんだけどな……』とイツキは首を捻った。


「あーっ!本当にイツキ君だ!ど、どうしたの?いつラミルに帰ってきたの?」

「色々とご心配をお掛けしました。つい最近です。少しいいですか?」

「勿論だよ!さあ入って入って。母上、お茶をお願いします」


イツキはクレタに案内され、リビングで父親と祖母にキアフ・ラビグ・イツキですと挨拶して、クレタの部屋にやって来た。

 クレタの部屋は広くはないが、窓から見える庭は美しく1枚の絵画のようだった。


「狭くて恥ずかしいけど、イツキ君が来てくれるなんて夢みたいだよ」


クレタはそう言いながら、持ってきた椅子にイツキを座らせ、自分は勉強机用の椅子に座り、嬉しそうにイツキを見た。直ぐに先輩のお母さんがお茶を持って来て、昼食も食べてねと声を掛けてくれた。そう言えば昼前だった・・・。

 そこからイツキは、なんとなく遠回しに家族のことや家の様子を質問したりして、兄の様子を聞き出した。


「ザクロス兄さんは22歳なんだけど、今年ようやく文官として採用され、今は王宮の用度課で働いてるんだ。そして先日結婚し、3日前から休みを貰って旅行に行ってるよ。兄さんは父上に似てのんびりしてるからなぁ」


クレタは自分は母親に似て勉強好きだが、兄は真面目なんだけど要領が悪いんだと、兄ザクロスについて語った。

 イツキはどうやら当てが外れたようだと少しガッカリしたが、それでもクレタ先輩の家に来ようと思ったのは事実なので、他の家族のことも訊いてみる。


「お母さんは勉強好きなの?」


「フッ、うちで1番頭がいいのは母上だよ。ラミル女学院(女子の上級学校)を首席で卒業し、卒業後は王宮で王妃様の侍女をしていたくらいだから。料理も完璧、何事にも手を抜かない……なんだか母上には一生勝てない気がするよ。母上の実家はファリス(高位神父)様を輩出した家で、それがとても自慢なんだ」


「ふーん、素敵なお母さんだね」


「それに、嫁が来たから働きたいなんて言うんだ。僕は賛成だけど、貴族の婦人が働く場所があればだけどね」


 その時ちょうどクレタ先輩自慢のお母さんが、昼食が出来たと呼びに来てくれた。

 食事中イツキは然り気無く学校の話をしながら、クレタの母ティーラ42歳の話に耳を傾けながら、あるお願いをすることにした。


「ティーラさん、あのーお願いがあるんですけど……今度領主様にお会いするんですが、僕には親が居ないので衣装の選び方がよく分かりません。もしもこれからお時間があれば、クレタ先輩も一緒に洋品店で正装を選んでいただけませんでしょうか?」


イツキはティーラの顔を真っ直ぐ見てお願いする。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] イツキくんの隠しごとをせず、正直に手の内を明かすというか、窮地に対してなりふり構わずというところと上手いこと立場をわきまえるという具合がはまって、色々と人脈の連鎖が起きてる様が楽しいです。…
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