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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
ロームズ辺境伯杯

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秋大会(5)

 教育棟の前まで来た3人は、教育棟から出てきた女性事務職員2人が、学生達の噂をしているのを偶然耳にした。


「なんだか神々しいオーラだったわね。他の2人も格好良かったわ。執行部とか風紀部の役員らしいから、家柄もいいはず。ちょっと早く生まれすぎたわ」 


「あの黒い瞳の子なんて、すっごい美少年だったわね。年上は嫌いかしら?それに、教育課長が礼をとっていたから、出身領の高位貴族の子息ね」


金髪で青い瞳の20歳くらいの女性と、先程イツキの対応をした受付のグレーの髪の女性は、学生達を誉めまくっていた。


『教育課長が礼をとっていた……?』(3人)

 一抹の不安を感じながらも、3人はイツキ達を探しながら、建物の正面付近や建物と建物の間にある花壇や木の下にも視線を向ける。

 裁判関連棟の前まで来ると、まだ先程のメンバーが、人数を増やして刑罰に関する討論をしていた。

 法務部事務官Cは、上官である法務部事務次官補佐のネイゼスの姿を見付けると、わざとらしい程丁寧に頭を下げた。


「申し訳ありません先輩方、この辺りで上級学校の学生を見掛けませんでしたか?我々と打合せをする予定でしたが、少し待たせている間に勝手に動き回ってしまい困っているのです」


法務部事務官Cは、なんだか皆の視線が冷たいような気がしたが、時間も無いので聞いてみる。


「さあ、確か1時間以上は前にここを通ったと思うが、お前達は何処に居たんだ?」


先程イツキと会話した20代後半の事務官が、冷たい口調で逆に質問してきた。


「はい、……実践棟の会議室でロームズ辺境伯杯について、会議をしていました」


法務部事務官Cは、やや口籠りながら先輩に答えた。そして都合の悪い話題を変えるため、事務次官補佐の前に行き、制服組から言われなき決闘を申し込まれたことを報告した。


「成る程……それは当然だろうな。君はどうやら警備隊本部には相応しくないようだ。決闘は私が許可する。お前達は、誰に喧嘩を売ったのか身をもって知るべきだ」


ネイゼス法務部事務次官補佐は、穏やかな口調でそう告げるが、瞳には怒りが滲んでいた。他の先輩方も視線を逸らしてしまう。


「「「・・・・・」」」


上官に見捨てられた感じになった3人は、混乱する頭で再び考える。【誰に喧嘩を売ったのか?】ってどういうことだと?



◇◇ 本部棟受付 ◇◇


 学生達も見付けられず失意のまま3人は本部棟にやって来た。【誰に喧嘩を売ったのか】という言葉をうわ言のように呟きながら。

 本部棟の入口には、沢山の人だかりが出来ていた。何かあったのだろうかと3人は顔を見合わせるが、自分達の身に起きたショック(決闘を受理されたこと)の方が大き過ぎて、今一つ脳が働かない。

 

 時刻は11時30分である。


 2分前に本部棟の受付に到着していたイツキ達は、室内の時計をじっと見ていた。

 受付の6人も、絶望的な表情で祈るように時計を見ていた。


「残念です。11時31分になりました。我々は帰らせていただきます」


イツキは椅子から立ち上がり、最後通告をする。きっぱりと。


「いや、ちょっと待てくれ!まさか本当に警備隊本部は、ロームズ辺境伯杯に参加しない等と報告するつもりなのか?そんな重要なことを、学生が勝手に決められると思っているのか?」


受付の上官が、帰ろうとしたイツキ達を引き留めて、まだ上から目線で脅してきた。


「すみませんが、重要なことなら9時から来ていた僕達は、何故担当者の方に会えていないのでしょうか?重要なことだと考えていないのか、ロームズ辺境伯杯をバカにしているのか……ロームズ辺境伯をバカにしているとしか思えませんが?」


イツキは全く怯まず、逆に目の前の男に質問を返した。

 受付内には、靴下をはいた制服組の新たな10人と部隊長、他には完全に野次馬と思われる、本部棟の2階から下りて来た上官10人が居た。

 2階に居た上級学校警備部の中尉は、新たにやって来た部隊長と隊員の10人に恐れをなし、2階から下りてこなかった。


「うるさい!学生の分際で2時間、3時間待たされようと文句を言うな!お前達が勝手なことをするから・・・」と受付の上官が声を荒らげた時、制服組の10人が靴を脱ぎ靴下を脱ぎ始めた。


「何なんですか!俺達が何をしたと言うのですか!」


受付の上官は頬を引きつらせながら、じわじわと後ろに下がっていく。


「いったい何の騒ぎですか?・・・あーっ!お前達、受付に居たのか!このメモの内容はなんだ!そもそもロームズ辺境伯杯の仕切りをしている上級学校が、初めから警備隊を入れてなかったのが悪いんだ。何様のつもりだお前ら!痛い目を見た方が……」


ようやく辿り着いた担当者の警備隊少尉Aは、受付に居たイツキ達3人を指差しながら、いきなり恫喝した。しかし、受付内に制服組と部隊長、他部署の上官達が居るのを見て途中で口籠った。法務部事務官Cも頷きながら学生を睨み付けていたが、周りを見て血の気が引いていく。


「よし。やれ!」


部隊長の命令で、9人は受付の6人と3人の担当者に靴下を投げ付けた。


「誰か2階から担当者のリーダーである、上級学校警備部の中尉を引き摺ってこい!今直ぐだ!俺の靴下を投げ付けられたいのか!」


2階から下りてきていた中尉や大尉に向かって、部隊長は怒鳴り付けた。

 受付に居た者達は震え上がり、急いで2階に上がっていく。そして涙目になっている上級学校警備部の中尉を引き摺って来た。

 まだ1人だけ靴下を投げていなかった隊員は、思いっ切り靴下を投げ付けた。

 あまりの悲惨な状況に、いったいどうしてこんなことになったのかと、入口で成り行きを見守っていった他部署の者や、交代で出勤してきた事務官達が囁き合う。



「その決闘、俺が許可する。不敬罪と上官に対する暴言や職務怠慢は、後日正式に処罰する。受付の上官とロームズ辺境伯杯担当者の上官は、直ぐに俺の所へ来い!」


3階から階段を下りて来たのは、治安部隊ギラ新教担当者のイノ中佐だった。イツキと一緒にロームズへ行っていたイノも少佐から中佐に昇進していた。


 イノ中佐と教育課長のボグは、罪人扱いの10人を本部棟の外に連れ出し整列させる。

 そして10人の前に立ち、イノ中佐は犯した罪状を皆の前で明らかにしていく。


「受付の6人は、来場者の氏名や身分の確認を怠り記入もさせなかった。また、重要事項であるロームズ辺境伯杯の打合せに来た学生を、担当者の4人と示し合わせ、わざと打合せ出来ないよう謀った。また、上官に対し信じられない無礼を働いた。そして、あろうことか、領主様に対し許されざる不敬を働いた」


「「「ええぇーっ!!!」」」


罪状を聞いた受付の6人も、野次馬の皆さんも、予想以上の罪状に驚きの声を上げた。


「ロームズ辺境伯杯担当の4人は、打合せという自らの職務を放棄し、受付の6人と共謀しサボった挙げ句、上官の命令を守らず無礼を働いた。また受付の6人同様、領主様に対し不敬を働き、暴言を吐き、保護対象者として守るべき方を恫喝し傷つけようとした」


「「「・・・・・」」」


野次馬達は、もう何がなんだか分からず唖然としている。

 そんな中、外に出てきたイツキに向かって、制服組の10人と部隊長が、イツキの前に整列し正式な軍礼をとり頭を下げた。

 再び唖然、呆然としている野次馬達を完全無視し、イノ中佐と教育課長ボグも、イツキの前で軍礼をとった。

 ミノルとエンドも、何となく雰囲気でイツキの後ろに控えて正式な礼をとる。


「治安部隊指揮官補佐、大変申し訳ありませんでした。このようなことが2度と起こらぬよう、徹底的に鍛え直します。今回の件はヨム指揮官、フィリップ秘書官補佐にも報告し処分いたします」


イノ中佐の話を聞いていた周りの者達は、ポカンと口を開けてイツキを見るが、ヨム指揮官とフィリップ秘書官補佐の名前を聞いて震え上がり、とにかく自分達も軍礼をとった方が良さそうだと、慌てて軍礼をとる。

 

「イノ中佐、久し振りです。ロームズではよく頑張ってくれました。今回の件は、制服組との決闘で方を付けたいと思います。部隊長、決闘は10日後の9月20日に行います。場所は軍本部の体育館。決闘内容はロームズ辺境伯杯で行うポルムゴールとします。警備隊本部は、ここに居る10人によって残念ながら出場権利を失いました。しかし、僕を感動させるプレーが出来たら、再び出場権利を与えるかもしれません。決闘の打合せをしますので、教え子の3人を連れてきてください」


「「はい、承知しました治安部隊指揮官補佐」」


イノ中佐と部隊長は同時に返事をし、再び軍礼をとった。



「ちょっと待ってください!我々は領主様には不敬を働いてはいません」


受付の上官は本当に空気が読めなかった。ありもしない罪を着せられたと文句を言う。


「そうです。我々だって領主様に不敬を働いたり、暴言を吐いたりしていません!指揮官補佐って・・・そんなこと聞いていません!それにロームズ辺境伯杯の不参加を、いくら指揮官補佐でも決められる訳がありません」


法務部事務官Cは、色々なことが受け入れられず、不当な扱いを受けた気がして最後まで抵抗する。例え指揮官補佐だとしても、ロームズ辺境伯杯はロームズ辺境伯が行うものであり、国事にも等しいのに、目の前の学生ごときが、決められるものではないと意見してしまった。


「ロームズ辺境伯様、本当に申し訳ありません。私の教育が行き届きませんでした。責任は如何様にもとりますので、不敬罪だけはお許しください」


法務部事務次官補佐のネイゼスが現れ、イツキの前で正式な礼をとり、深く頭を下げ刑罰の軽減を願い出た。領主に対する不敬罪は、職を解かれ、下手をすると爵位も失うという大罪だったのだ。


「「「ええぇーっ!ロームズ辺境伯!」」」


イツキの正体を知らなかった全員が大声で叫び、慌てて直ぐに手のひらで口を塞ぎ、正式な礼をとりひざまずいた。



 暫く……時間にして2分、なんて長い2分だっただろうか、誰も言葉を発することもなく、本部棟の入口は静寂に包まれた。

 あまりに衝撃が強く、ロームズ辺境伯が学生で、しかも治安部隊指揮官補佐だった事実に、殆どの人間が混乱していた。


「ネイゼス法務部事務次官補佐、今日の僕は上級学校の学生です。不敬罪の心配はありません。しかし、治安部隊指揮官補佐は僕の仕事ですから責任があります。ダメなものはダメだと言わねばなりません。こんなに緊張感がない受付や事務官では、ギラ新教徒や先日の襲撃事件の殺し屋が潜入しても、誰も気付かないでしょう。それではダメなんです!警備隊は制服組であれ事務官であれ、住民を守り、住民の手本となり、悪を蹴散らし正義を貫かねばなりません。それは法の番人たる法務部も同じです。平和ボケしていた時代は……もう終わったのです」


イツキはその場に居た全員に聞こえるよう、ハッキリと厳しい口調で断言した。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

次話は、イツキのお見合い大作戦が閑話として入ります。

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