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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
ロームズ辺境伯杯
46/222

秋大会(4)

◇◇ 本部棟受付 ◇◇

 10時30分、学生を待たせることに不安を覚えた警備隊少尉Bは、本部棟の受付にやって来た。

 そっと入口の外から中の様子を窺うと、待っているはずの学生達の姿が無かった。おや?と思いながら受付の中に入って行くと、事務官達の顔色がなんだか悪かった。


「すみません……学生達は何処へ行ったのでしょうか?」


警備隊少尉Bは恐る恐る受付に居た事務官に尋ねる。


「さあな、俺達は知らん!お前らのせいで俺達は教育課長に叱られたんだ。それから……これを教育課長から預かった。お前達がサボっていると知られたぞ」


受付の事務官は困った顔をして、イツキが書いたメモをカウンターの上に置いた。

 そのメモを見た警備隊少尉Bは言葉を失った。まさか……これは本当なのか?現実に不参加になったりするものなのかと、青くなりながら考える。


「ほ、本当に不参加になったりするのか?」

「そんなことは有り得ない。たかが学生の書いたメモだ。だが、下手をすると上級学校から苦情は来るかもしれんな」


受付の事務官の後ろに座っていた受付の上官らしき男が、面倒臭そうに質問に答えた。この時はまだ、受付の6人はことの重大さに気付いていなかった。

 それでも不安が募る警備隊少尉Bは、メモの内容を書き写し、仲間の元へ急ぎ戻って報告せねばと走り出した。



 10時40分、警備隊少尉Bと入れ違いで、バタバタと足音をたてながら、制服組の20人が勢いよく駆け込んできた。


「よし、受付は6人だ。誰がヤる?」


副部隊長が大きな声で問うと、ほぼ全員が手を上げた。

 副部隊長はニヤリと笑い、腕っぷしの強そうな6人を指差し顎で合図する。


「ロームズ辺境伯杯の打合せ担当者の、名前と所属部署と階級を書いて貰おうか!」


副部隊長は超不機嫌な顔をして、受付に居る全員を睨み付けながら言う。


「おいおい、汚れた靴で本部棟に入って来るなよ!お前達にロームズ辺境伯杯の担当者が誰かなんて、関係ない話だろうが」


受付の上官は、泥で汚れた床を見ながら文句を言う。どうやら副部隊長に対して文句が言えるところを見ると、副部隊長と受付の上官は、同じ階級のようである。

 受付の上官の態度と物言いを聞いた制服組の6人は、ムッとした表情で靴を脱ぎ靴下までも脱ぎ始めた。


 警備隊本部では、年に1回か2回決闘騒ぎが起こる。

 しかしこれ迄、受付が決闘に巻き込まれたことなど殆ど無かった。ギョッとした受付の6人は驚いて立ち上がり、カウンター担当の事務官は、震えながらロームズ辺境伯杯担当4人の名前が書かれた紙を差し出した。

 屈強な制服組と決闘にでもなれば、事務官達は……特にここに居る6人では絶対に勝てない。勝てないどころか痛い目に遭うことは必至である。


 これで助かった!と思った事務官達だったが、無情にも制服組の6人は、怒りの形相でカウンターの中に靴下を投げ付けた。

 そして何も言わず20人は外に出たが、副部隊長は渡されたロームズ辺境伯杯担当者4人の名前を確認しながら、怖い顔をして2階へ上っていく。

 2階に到着すると、警備隊本部上級学校警備部の中尉の前に立ち、睨み付けながら靴を脱ぎ靴下を脱ぐと、驚いた顔をして固まっている中尉の顔を目掛けて、思いっ切り靴下を投げ付けた。

 周りに居た他の部署の上官達は、何事かと立ち上がり成り行きを窺っていたが、どうやら決闘の、しかも団体戦の申し込みだと分かると「オオォーッ!」と声を上げた。


 決闘を申し込まれた当の本人は、何のことだがさっぱり分からず、どうして決闘を申し込まれたのかも分からなかった。

 茫然としている上級学校警備部の中尉に「フン!」と悪態をついて、副部隊長は去っていった。その直後、1階の受付から「ギャーッ!!」と悲鳴のような叫び声が聞こえ、なんだか大変なことが起きていると、2階に居た全員は察して、久し振りの決闘と、何が起こったのかを確認しようと1階に下りていく。



◇◇ 実践棟 ◇◇


10時55分、イツキ達は演習場を後にして実践棟にやって来た。

2階には打合せをすることになっている3人が居たのだが、イツキ達は丁寧に1階から順に見学を始めた。

 実践棟は、飲食店を模したり空家を模したり、様々な状況下でも作戦遂行出来るように造られていた。


「ワーッ、凄いね!まるで本当のレストランみたいだ」(エンド)

「確かに……食器は割れないように全部木製だけど……」(ミノル)

「よし、先ずはここに鬼が来たことを想定し隠れる練習をしよう」(イツキ)

「えっ?じゃあ俺は・・・カウンターの中だな」(エンド)


などと言いながら、1階の入り口から1番手前のレストランを模した部屋で、警備隊ごっごをしていると、誰かが慌てて階段を登っていく足音が聞こえた。


「どうやら僕のメモが、鬼に渡ったようです。さあ、隠れる場所を本気で探しましょう。賢い鬼なら直ぐに探しに来ますが、残念な鬼なら5分以上掛かります」


イツキは嬉しそうにそう言うと時計を確めた。時刻はちょうど11時だった。




***


「た、大変だー!受付に・・・受付に学生からメッセージが・・・それから俺達がサボっていると教育課長に知られたぞ!」


実践棟の2階にある小会議室に飛び込んできた警備隊少尉Bは、受付で言われたことをAとCに伝えた。


「たかが学生の分際で、打合せに来いだと!なんて生意気なんだ!」


法務部事務官Cは、不快感を前面に出しながら怒りに震える。


「でも、受付の上官は問題ないと言ったんだろう?教育課長……誰だそれ?」


警備隊少尉Aは、だからどうしたという表情で、心配性の後輩に尋ねる。


「新しい教育課長は、確かロームズから戻ってきた大尉だったと思う。凄く怖い顔で、何かあったら全ての責任は俺達4人と受付の6人でとれと命令されたそうだ」


警備隊少尉Bは益々不安になってくる。きっと軍の上層部の人間の子息が居たのだろうと考え青くなる。


「で、学生の名前は確認したのか?」(法務部事務官C)


「いや、受付の奴等、名前を書かせていなかった。ここに戻る時、建物の裏側を通って帰ってきたが、学生には出会わなかった」(警備隊少尉B)


「チッ!大尉か・・・面倒くせえな。裏側のコースで出会わなかったのなら、正面の道を歩いているんだろう。建物には勝手に入らないだろうから、演習場の見学にでも行ったんだろう。探し出してちょと脅しておくか」


警備隊少尉Aは、ある意味怖いもの知らずだった。自分に関係のない部署の上官にサボったことを知られても、注意されるくらいだと舐めていた。そして、悪びれもせず学生をいたぶることを考えていた。


 11時8分、残念な3人はようやく腰を上げ、学生達を探すことにした。

 これから演習場に行って、3つの建物の正面を歩いて受付に向かえば、必ず何処かで出会うはずだと甘く考えながら1階に下りると、念の為に1階の各部屋も調べることにし、3つある部屋を3人で手分けして確認する。


「もしもここに居たら、取り合えず親の身分を聴いてから、ちょっと痛い目をみて貰おう。まあ、俺の家は伯爵家だから、俺以上の貴族は居ないと思うが。学生の分際で大口叩いた罰は受けてもらう」


法務部事務官Cは、静かに指示を出せばいいものを、高笑いしながら大きな声で言った。

 わずか3分後、誰も居なかったと言いながら、3人は演習場へと向かった。



***


「バカなのか?俺は警備隊本部の事務官の将来が不安になった」


ミノルは疑似レストランの掃除用具入れから出てきて、は~っと残念そうに言う。


「制服組の皆さんは出来る人達だったのに、あんな鬼だとがっかりだな。それに、あんな伯爵家の息子と同等に見られるのは御免だ!」


伯爵家の長男であるエンドも、呆れたようにカウンターの奥から出てきて、事務官姿の3人に対し怒りの声を上げる。


「ミノル先輩、エンド先輩、見ていてください。警備隊本部はそんなに甘い所ではありませんよ。ああ、楽しみだな。よし、時間は残り15分です。折角だから見学しましょう」


イツキはそう言いながら、隣の廃墟のような部屋に向かっていく。




◇◇ ロームズ辺境伯杯担当3人 ◇◇


 演習場の入口に到着した3人は、演習場内に学生の姿がないかキョロキョロと探す。


「演習場に事務官が何の用だ?」


そう声を掛けたのは、先程受付に駆け込んだ副部隊長だった。

 副部隊長の後ろには、ニコニコと嬉しそうな顔で笑っている制服組の3人が居た。この3人は、全員が優秀な成績で軍学校を卒業し、上級学校に編入して後、警備隊に入隊したイツキの教え子達だった。


「はい、ロームズ辺境伯杯の打合せに来た学生達が、勝手に本部内を彷徨(うろつ)き、探しているところです。学生達を見掛けられませんでしたでしょうか副部隊長?」


法務部事務官Cは、本当に困ったもんだと言いながら副部隊長に事情を説明した。


「よし、やれ!」


副部隊長の号令で、後ろに控えていたイツキの教え子3人は、既に脱いでいた靴下を、3人の事務官の顔を目掛けて叩きつけた。


「な、な、何をするんだ!!!」


残念な事務官ABCは、驚きながら怒りの声を上げる。


「何をする?フン!自分達の上官を侮辱されたんだ。決闘に決まっている!」


イツキの教え子の一人が、当たり前だろうという顔で答えた。


 ここからロームズ辺境伯杯担当者の地獄が始まっていく。



 突然警備隊制服組の3人に靴下を投げ付けられた3人は、訳も分からないまま逃げ出した。

 気付くと自分達の周りを、30人近い隊員達に睨み付けられながら囲まれていたのだ。


「なんで、どうして?上司を侮辱された?何時?」


混乱する頭で警備隊少尉Aは考えるが、全くもって心当たりがない。

 他の2人も決闘を申し込まれたことに納得出来ないが、既に申し込まれてしまった。


「大丈夫だ。何か誤解があったようだ。それに中佐か事務次官補佐以上の許可が下りないと、決闘は成立しない」


法務部事務官Cは、冷静に考えれば心配することはないと、自分を勇気づける。


「いったいなんなんだ!まあいい急ごう。学生を探すことが先だ」


警備隊少尉Aはハアハア息を切らしながらも、忌々しい学生達を探すことを優先する。 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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