秋大会(3)
会議室を出ていったボグを呼び止めようと、イツキは慌てて廊下に出る。
「ボグさん、本部棟へ行くのなら伝言をお願いします」
「作戦参謀、どうして本部棟へ行くと分かったのですか?」
「ボグさん、僕が黙ってヤられていると思いますか?ヤるなら徹底的にヤらねば」
イツキはムフフと黒く笑うと、その場でさらさらとメモ書きをする。
「さあ、作戦開始です。ボグさんの役は……そうですねぇ……受付の事務官にメモを渡し、怒らずににっこりと「知らなかったで済むのかな?」と言っていただけたら充分です」
イツキは爽やかな顔でメモをボグに手渡し、怒ってはいけません、憐れんでくださいと付け加えた。
ボグは渡されたメモをさっと読んで、イツキの顔を見てニヤリと笑うと、楽しそうに本部棟に向かった。
「ねえねえイツキ君、今の人はイツキ君を作戦参謀と呼んでたよね」
「はいエンド先輩、ボグさんはロームズ奪還作戦の時、警備隊の上官としてお世話になった方なんです。僕は皆さんから作戦参謀と呼ばれていましたから」
「「・・・・・」」
急に自分達の知らない世界の、しかも軍や国の機密事項の話になり、返す言葉が無い2人だった。
「い、今のメモには何て書いたの?徹底的にヤるって?」
気を取り直して、ちょっと怖いけどミノルはイツキに質問してみる。
「メモにはこう書きました。午前11時30分までにお会い出来ない時は、警備隊本部はロームズ辺境伯杯には不参加であると報告します。出場したければ、打合せにおいでください。お待ちしております……かな」
「ええぇ~っ!」(エンド)
「完全に、上から目線!?」(ミノル)
「いや、だって、主催者は僕ですよ?」
「「ああ、そうか・・・」」
「20分経ったら移動しましょう。11時30分まで、あと1時間半です。出来れば逃げ切りたいですね。僕は鬼ごっこは苦手な方ですが、先輩方はどうです?」
まるで楽しいゲームを始めるような笑顔で質問された先輩2人は、これは絶対に敵に回してはいけない人だと・・・イツキ君が味方で良かったと思うのだった。
「俺は得意だぞ。折角だから実習棟にも行ってみようよ」
「おいおいエンド、それじゃあまるで僕達は、警備隊に追われる犯人みたいだぞ!」
「いいですねそれ、ちょっとワクワクしてきました。隠れながら敷地内をぐるっと回って、11時30分には本部棟の受付に戻りましょう」
もう完全にゲーム感覚だった。イツキにとっては部下を鍛える要素も含んでおり、平和ボケしていた本部の受付にもガッカリしていたのだ。
つい先日、城の目の前で大事件が起こったばかりだというのに、来客の身分確認や名前の記入もなかった。いくら今日上級学校の学生が来る予定になっていたとしても、悪意の第三者が学生に扮装して来たらどうするのだろう?先日の犯人は警備隊の制服を着ていたというのに……と、イツキは緊張感のなさに溜め息をつく。
◇ ◇ ◇
その頃、イツキ達と打合せをする予定だった警備隊の少尉A,Bと、法務部の事務官Cの計3人は、実践棟の2階でのんびり雑談をしていた。
「そもそも警備隊本部が参加予定に入ってないって、可笑しいだろう!」
警備隊少尉A28歳は、ロームズ辺境伯杯の最初の計画に、レガート軍が入っているのに、警備隊が入っていなかったことに納得がいかなかった。
「まあ仕方ないさ、ロームズ辺境伯は田舎の領主だし、世間を知らないのさ」
法務部事務官C22歳は王都ラミルの出身で、田舎者をバカにする癖があった。
「でも……ロームズ辺境伯は、ハキ神国との戦争で指揮を執って勝利させたと聞いたし、先日の襲撃事件でも活躍したとか……」
警備隊少尉B20歳は、先輩の2人に自分の知るロームズ辺境伯について、自信なさ気に意見してみる。
「まあ、そんな噂はあるが、そう言わないと格好がつかないだろう。本当はフィリップ秘書官補佐様が全ての指揮を執っていたのさ。まあ所詮、警備隊には関係のない人間の考えたことさ」
警備隊少尉Aは、フィリップ秘書官補佐の崇拝者だった。
警備隊本部において、少尉は一番下っ端だった。下っ端には重要な情報や機密事項が伝えられることなどない。聡い者は先輩から情報を収集し、周囲に目や耳を向ける。
本日現在で言えば、警備隊本部で働く者の中で、ロームズ辺境伯の人物像について、少しでも知っているという者は8割以上居たし、2割は実際に会ったことがある。
会ったことがある2割は、治安部隊の者とロームズから帰ってきた者、先日の襲撃事件で現場に出動していた者であった。
この3人は、いわゆる内勤組で現場には出ておらず、事務処理補助や備品担当等をしていた。残念ながら、ロームズ辺境伯の役職や実力を全く知らなかった。
Bは情報を集めていたし、学生に意地悪することを止めたが、まさかロームズ辺境伯が学生であるとは知らなかった。
「先輩方、俺……やっぱり様子を見てきます。もしも上官の息子でも来ていたら不味いでしょう?名前と家柄を確認してきます」
警備隊少尉Bは、なんだか不安になってきた。とんでもない、例えば大臣の子息でも居たら、後で問題になるかもしれないと思い始めた。
2人の先輩は、そんな必要はないと止めたが、警備隊少尉Bは本部棟に行くことにした。
◇ ◇ ◇
午前10時10分、ゆっくりと歩いてきた教育課長ボグは、本部棟の受付に到着した。
受付カウンターにある来客名簿を確認して、おやっ?と首を捻った。
「先程、上級学校の学生だと名乗る3人組に頼まれ事をされたが、どうして来客名簿に名前が無いんだ?あれは不審者なのか?」
「あぁ……いえ、彼らはラミル上級学校の学生です。ロームズ辺境伯杯の打合せに来たのですが……何処に行ったのかな……」
受付の事務官は、突然やって来た上官である教育課長に、気不味そうに答えた。
〈〈 ドン! 〉〉と大きな音を立てて、ボグはカウンターを拳で叩いた。その場に居た5人はビクリと驚き、何事だ?とボグの方を見る。
「警備隊本部の受付は、来客名簿を何だと思っているんだ?あの学生達がとんでもない人間だったらどうする?そうそう、これを預かった。責任を持ってことを収拾しろ。何かあれば、その責任はここに居る全員と、サボっている担当者にとらせる」
大きな音はたてたが、口調は穏やかに顔はやや引釣ってはいるものの、決して怒ってないぞとドグは思いながら、イツキの書いたメモをカウンターの上に置いた。
「あぁそうだ……お前達……知らなかったで済むのかな・・・」
イツキに言われた通り、不気味な言葉を残して、ボグは3階の上官室に向かって階段を登り始める。超不機嫌な顔をして。
◇ ◇ ◇
10時20分、教育棟の会議室から出たイツキは、やっぱり演習場に行ってみようと言い出し、喜ぶエンドを連れて演習場に行ってみた。
当然、何しに来たんだお前たち!的な視線を向けられると思っていたが、それはごく数人の者だけで、演習場には現場で働いている制服組の隊員達が居たのである。
「おい、あ、あれは、も、も、もしやロームズ辺境伯様ではないか?」
「はあ?何をバカなことを・・・ええっ!ほ、本当だロームズ辺境伯様だ」
「オオーッ!確かに。あの学生服姿……間違いない!」
憧れのスターが来たかのように、演習場はざわざわし、とても訓練どころではなくなった。何事かと思った上官はイツキを目に止めると、全速力で走り出した。
隊員達も部隊長に続いて、キラキラと瞳を輝かせながら走り寄ってくる。そして整列し正式な軍礼をとる。
「これはロームズ辺境伯様、先日は本当にありがとうございました。もう少しでマサキ公爵様のご子息を、殺されるところでした。ケガ人の手当てまでしていただき、あっ!おケガの方は大丈夫ですか?」
「お疲れ様です。部隊長さん。あの時は勝手に剣をお借りしてしまい申し訳ありませんでした。ケガの方は順調に回復しています。突然来てしまい訓練の邪魔をしました」
イツキは先日の襲撃事件の時に、ヨシノリの兄タスクを刺客から守るため、目の前の部隊長の剣を咄嗟に拝借していた。
「いえいえ、ロームズ辺境伯様が見学してくださるなんて、全員大喜びで張り切ります。ところで……本日はどうしてここへ?」
「はい、ロームズ辺境伯杯の打合せに来たのですが……どうも担当者は僕達に会いたくないようで、ずっと待たされるのも退屈だから、勝手に見学させて貰っています」
「「な、なんだってぇ!!」」と、部隊長以下、隊員達の怒りの声が響いた。
「あっ、でも受付では名前も聞かれませんでしたから・・・それに今日は、ただの学生として来ているので」
イツキはにっこりと笑い、別に怒っていませんよという風に演じる。
「・・・部隊の半分は、これより本部内を全速力で一周し、本部棟の受付に何も言わずに靴下を投げつけてこい!」
「はい部隊長!全速力で走ります。よし、2班と3班は俺について来い!」
部隊長は怒りのあまり声を震わせながら命令し、副部隊長と隊員達は悪人顔で指をボキボキと鳴らしてダッシュで走っていった。
「あの~……靴下を投げるとどうなるのでしょうか?」
ミノルは恐る恐る部隊長に質問する。これはもしや大変なことになったのではと、青い顔をしてイツキの顔を見るが、イツキはニコニコと微笑んだままだった。
「なに、決闘を申し込んだのさ。手袋は個人の戦い、靴下は団体戦の決闘なんだよ」
部隊長は何事も無かったかのようにイツキに深く頭を下げ、残った隊員を連れて訓練に戻っていく。
「カッコいい!あれが男ってもんだよね!決闘も見れるのかな?」
「エンド、お前は何を呑気なことを……いいのかイツキ君?」
「ミノル先輩、僕はありのままの真実を言っただけです。それにしても、僕は靴下だけは投げ付けられたくないな……臭いそうだし……」
「そこ?」
ミノルは改めて、ロームズ辺境伯としてのイツキの人気を知った。おまけに神経の図太さも知った。
それから20分、エンドとミノルは少しだけ訓練に参加し、すっかり隊員達と仲良くなった。そしてエンドは、絶対に卒業したら警備隊に入隊すると隊員達に誓っていた。
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