秋大会(1)
1098年9月10日、ラミル上級学校は今日から恒例の秋大会が始まる。
本来の秋大会は、各学年から1名ずつの3人が1組となり、国境を持つ領地に出掛け、何か町の問題を見付けて解決したり、問題を提議して解決策を考えて纏めたりという実践方の実習だった。
しかし今年度は、10月に開催されるロームズ辺境伯杯の為に、ポルムゴールの指導とアタックインの指導を兼ねて、各地の上級学校8校と各地のレガート軍、各領地の領主屋敷に出掛ける遠征班と、ラミルに在るレガート軍本部、警備隊本部、王宮で指導する作製(製作)班に分かれて行うことに決まった。
ちなみに、本来なら全学生が地方に出掛ける予定だったのだが、出場予定の無かった警備隊本部チームと王宮チームが、自分達が出場できないのはおかしいと文句をつけて……いや、出場要請が強く上がったので、王都ラミルに残り大会の垂れ幕を作ったり、当日の案内板、ルール説明のチラシ、スコアボード、仕事の割り振り等を考える作製(製作)班とに分けることになった。
全学生には、ポルムゴールとアタックインの指導の他に課題が与えられる。
遠征班の課題は、地方で2つの特産品を広めるのに必要なことは何か?また、広げる手段を考えるというものだった。
作製班の課題は、ロームズ辺境伯杯を成功させる為に出来ることは何か?また、当日起こり得る混乱や問題を考えるというものだった。
午前8時、秋大会の出発式がグラウンドで行われ、校長が挨拶をした。
「今年は夏大会に続き、秋大会も例年とは違う大会となった。全てはレガート国の薬草不足という窮地を救う為に、ラミル上級学校が中心となり準備をし、これまで努力を重ねてきたのである。その成果がロームズ辺境伯杯で花開くことになる。レガート国の将来は君達に託された!課題もあるが……ポルムゴールとアタックインの魅力を存分に伝えて来るように・・・」
ちょっぴり長い校長の挨拶だが、レガート国の薬草不足を解消する為というハッキリした使命を受けて、学生達の顔は遣る気に満ちていた。
続いて執行部部長であるエンターが、挨拶のため演台に上がる。
「俺達は今、時代を動かす第一歩を踏み出そうとしている。俺達の一歩は、レガート国全土に新しいスポーツと競技を広め、それはやがてランドル大陸の全ての国を席巻するだろう。我々はスポーツや競技という平和的な文化で、困難に打ち勝つ手本を大陸中に見せ付けるのだ。ラミル上級学校の学生としての誇りを持ち、時代のリーダーたる責務を果たせ!俺は皆を信じている。必ずロームズ辺境伯杯を成功させることが出来ると!」
「オオーッ!」
少し短い挨拶だったが、充分にエンターの熱意は伝わったようで、学生達は拳を握り右手を高く振り上げ叫ぶ。
「やってやるー!」とか「任せろー!」と、あちらこちらで誓うように声をあげる。
エンターの挨拶の後、遠くに向かう学生達は待たせてあった馬車に乗り込む。隣の領地に行く学生達は、辻馬車に乗り目的地に向かう。
どの顔も楽しそうにワクワクしている。何せ今回は課題が簡単?だったのだ。
旅行気分半分、指導半分という感じで、嬉しそうに鞄を馬車の荷台に積んでいく。
今回は当然どの領地にも教師が引率する。各領地に2名の引率を充てたので、残った教師は製作班の指導や、ロームズ辺境伯杯の周知や集客をはかる為に、ドゴルや教会、レストランや商店等にポスターを張りに出掛ける。
「なんで執行部と風紀部は作製班なんですか?」
不服そうにブー垂れながらエンターに質問しているのは、新しく風紀部役員になった2年のエンドである。
昨夜発表された組分け表には、執行部と風紀部は全員がラミルに残り作製班と書かれていた。
もしかしたら行ったことのない領地に行けるのではと期待していたエンドは、3日前からワクワクしながら鞄に荷物を詰めていたので、居残りと知ってから全身でガッカリ感を滲ませていた。
「エンド先輩は、僕と一緒に王宮に行ったり、警備隊本部に行くのは嫌だったのですか?僕は楽しみだったのになぁ……」
イツキはわざとオーバーに、しょんぼりしてみせる。
「ええーっ!そ、そんなことないよ。初めて王宮に行けるんだ。楽しみに決まっている。そ、それにイツキ君と一緒に?えっ……俺、イツキ君と一緒のチームなの?」
「エンド、お前見てないのか?製作班の組分け表を。お前は、イツキ君、インカ隊長、パル、クレタの5人組だぞ!なんなら俺がチームを代わってやろうか?本来イツキ君を守るのは俺の役目だからな」
呆れ顔プラス羨ましそうに、風紀部副隊長のヤンが言う。
「そうだな、そんな浮わついた奴にイツキ君の護衛は任せられないな!」
だめ押しでエンター部長が、情けない奴には護衛させられないと言い出す。
「エンド、俺の護衛にエンター部長とヤンが就いてくれる。お前はパルと共にイツキ君とインカ隊長を守るんだ。もうイツキ君にケガを負わせたくないだろう?」
執行部副部長でありマサキ公爵家の子息であるヨシノリは、しっかりしろと背中を叩いた。
8月26日から学校に戻ったイツキは、校長会議の時に校長と一緒に先に学校に戻った従者のパルに泣かれ、心配していたイツキ組の者にも泣かれ、心配を掛けたことを詫びた。
パルから生死の境をさまよい、歩けなくなったと聞かされていたイツキ組のメンバーは、歩けるようになったイツキを見て安堵したが、これからは学校内であれ校外であれ、もっとイツキを守らねばならないと痛感した。
勿論、ギラ新教の狙いはイツキだけではなく、ヨシノリやインカ隊長も同じだと分かっている。
だからこそ、今回の秋大会では、出来るだけ校外には出ず、上級学校に留まっていた方が安全だと考えた。地方に行けば軍や警備隊の護衛が必要になる。下手をすれば他の学生を危険に巻き込むことにもなるので、治安部隊からの要請もあり、3人の保護対象者は居残り組の製作班に決まったのだった。
製作班のメンバーは38人で、イツキ組14人の他は発明部やイツキ親衛隊、イツキ第2親衛隊で占められていた。
イツキ親衛隊の植物部と化学部はアタックインを、第2親衛隊はポルムゴールの指導を担当する。
執行部と風紀部は、レガート軍本部・警備隊本部・王宮・製作の全てを担当し、指導する日程やグループ割りを決めたり、勿論指導もする。
もの作り専門チームも結成され、それなりに楽しみながら課題をこなすことにした。
初日は執行部と風紀部が、軍本部・警備隊本部・王宮へと出掛けて、指導する日程を打合せする。残りのメンバーは、ポスター製作をする。
イツキは行ったことのない警備隊本部に、ミノル・エンドを連れていく。
軍本部はインカ隊長が、ヤン・ナスカを連れて行く。
王宮は、エンター部長・ヨシノリ・インダス・イースターが担当する。
ポルムゴールについては、ゴールの作製が間に合わなかったので、指導や練習は全て上級学校で行われる。
アタックインは、王宮には既に設置してあるので練習試合をする程度で、軍本部と警備隊本部にはこれから設置される予定だった。
軍本部に行くインカ隊長達は軍の迎えの馬車に乗り、エンター部長達は王宮から迎えの馬車が来る予定である。さすがのギラ新教も、軍と王宮の馬車は襲わないだろう。
一緒に行けなくて涙目になっている従者パルの肩をポンポンと叩いて、イツキは迎えに来た治安部隊の馬車に乗って警備隊本部へと向かう。
馬車の扉を開けると、お約束のようにフィリップ秘書官補佐が座っていた。
「「お、おはようございます!」」とフィリップを見たエンドとミノルが驚いて挨拶をする。突然の大物の登場に、緊張して声が裏返っているけど、フィリップは何事もなくおはようと返す。
「おはようございますフィリップさん。今日は……護衛ですか?」
「いいえイツキ君、私の正式な所属は警備隊本部ですから。日頃王宮に居りますが、昨年までは警備隊本部の本部長でした。ですからお迎えに……迎えに来ただけだよ」
フィリップはつい敬語調で話していたことに気付き、途中で話し方を変える。
ミノルとエンドは一瞬おや?って顔をしたけど、憧れのフィリップ様と同じ馬車に乗るのだという現実に、緊張感が半端なく深く考える余裕などなかった。
警備隊本部に到着すると、フィリップはさっさと何処かへ行ってしまい、イツキ達は予定通りの行動をとることにした。
「すみません、ラミル上級学校からロームズ辺境伯杯の競技説明と、練習のスケジュール調整に来ました。担当の方をお願いします。私は執行部副部長のミノルと言います」
ミノルは緊張しながらも、堂々と受付で用件を告げた。
「ああ……上級学校ね、担当者は手が離せないから少し待っててくれ」
受付の男性事務官は、無愛想な感じでそう言うと、受付前の椅子に座って待つよう指示を出した。
警備隊本部で働いている者は皆エリートである。
事務官だって上級学校卒業が絶対条件だし、当然隊員も上級学校の卒業者が多い。
地方の警備隊は中級学校を卒業していれば入隊出来るが、本部で働く者の6割は上級学校を卒業し、2割が軍学校を卒業している。残りの2割は中級学校卒でも、実力を認められ少尉まで上がってきた者でないと、本部では働けなかった。
そのせいか、レガート軍本部と違い空気が重いと言うか……雑然とせず堅苦しい感じだとイツキは思った。
かれこれ20分が経過して、ミノルは再び受付に行って「まだお時間掛かりそうですか?」と訊ねた。すると「学生と違って忙しいんだよ」と返事を返された。
受付の奥に座っている5人の事務官達は、ミノルを見てニヤニヤ笑うと下を向いて仕事を続ける。
『成る程……そういうことね。それでは好きにさせて貰おう』とイツキはニヤリと笑い、立ち上がって背伸びをし軽い運動を始めた。
「イツキ君、座ってた方がいいよ……もう少し我慢しよう」
いつもは天真爛漫なエンドだが、警備隊本部の重い空気にビビって慎重になっている。
イツキは「そうなの?」と言って、にこにこしながら一旦座ることにした。
それからまた30分が経過して、ミノルは再び受付に行こうと立ち上がった。するとイツキも立ち上がり、今度は自分が行くと言ってミノルを座らせた。
「すみません。まだまだお待ちするようなので、建物の中を見学してもいいですか?警備隊本部で働くのって、多くの学生の憧れなんですよね。だから学校に帰ったら、警備隊本部がどんなに凄い所で、どんなに格好いい先輩方が働かれているのか、話して聞かせる約束なんです。見学の許可は要らないですよね?2階には上がりませんので、担当者の方が来られたら、どうぞ大きな声で呼んでください。ロームズ辺境伯杯の話に来た学生達は戻ってこいと」
イツキはにっこり黒く微笑むと、反撃に言い淀む受付の事務官に向かって「警備隊本部は事務官の人もカッコいいなあ」とか言いながら、2人の先輩を手招きし勝手に歩いて外に出ていこうとする。
予想外の展開に、事務官の男は立ち上がるがダメだと言いそびれてしまう。
「おい、どうするんだ!外に出たら担当者に会ってしまうぞ。受付でたっぷり3時間は待たせておけと、中尉から命令されただろう」
後ろに座っていた同僚の事務官が、慌ててカウンターまで来て受付の男に文句を言う。
「いや……そうだけど、お前ならああ言われて酷い言葉で叱れるのか?俺はラミル上級学校の卒業生だ。カッコいい先輩なんだよ!文句があるならお前が連れ戻せばいいだろう。俺はもう無理だ」
受付の事務官は後輩を虐めるのが辛くなり、自分はもう関係ないと開き直った。
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