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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
ロームズ辺境伯杯
42/222

4本目の聖水

 ラミル正教会のサイリス(教導神父)専用馬車が到着したのは、事務長が出掛けて10分後のことだった。

 出迎えたのは教会警備隊のハーベーさんと、ハモンド、レクス、ベルガの4人である。

 サイリス様と正教会病院の院長と、金髪に金色の瞳の美しい顔の女性……?いや服装から男性と思われる、妙に威厳というか神秘的な雰囲気の人が馬車から降りてきた。4人は正式な礼をとり深く頭を下げる。


「イツキ君の様子はどうかね?」

「はい病院長、今日は午後からの来客に向け、張り切っておいでです。足の方はまだ回復の兆しはありません」


軍医のベルガが代表でイツキの病状を伝える。病院長は校長会議の23日から毎日往診に来てくれていたので、ベルガ達はすっかり顔馴染みになっていた


「イツキ君大丈夫か?」


ハビテとパル院長と共にイツキの執務室に入ってきたエルドラは、椅子に座って仕事をしているイツキの体をじろじろ見ながら、ガバッと抱きついた。


「エルドラ様・・・痛い、痛いですって!」


ギュッと強く抱き締められてイツキは笑いながら、痛いと文句を言う。


「は~っ、もうお前ときたら・・・レイとメルダが自分が行くと言い出して大変だったんだぞ!ほら、これを試してみろ」


エルドラは呆れと安堵の混じった息を吐きながら、執務机の上に一本の瓶を置いた。

「これは?」と言いながら、イツキは青く色付けされた瓶を手に取り、エルドラに視線を向ける。


「自信は無いが……俺とメルダで創った毒消しの聖水だ。誰にも試していないから効果は分からない。結局お前の能力(ちから)次第ということだな」


エルドラはイツキの執務室の窓から、外の様子を警戒しながら説明する。ハビテから殺し屋の顔を見たイツキは、命を狙われる危険があると言われていたので、つい心配になってしまう。


「それでは、早速フィリップに試してみます」

「イツキ君、先ずは自分で飲んでみてはどうだい?」

「パル院長、そうですね。先に僕が飲んでからにしましょう」


イツキはパル院長とエルドラ様にそう言うと、レクスとハモンドを呼び、椅子を隣の寝室に移動させた。


 フィリップはあれから目を覚ますことなく、イツキのベッドで眠り続けていた。

 ベルガが下の部屋に移動させた方がいいと言ったが、イツキはそれを却下し、自分のベッドから移動させなかった。

 夜になると隣に横になり、イツキはこれ迄の出来事や思い出話を、眠っているフィリップに話し掛けた。返事は無いが時々フィリップの表情が和らぐような気がして、ついイツキは長話をしてしまった。

 フィリップは水分を上手く飲むことが出来ず、無理矢理飲ませようとすると、意識は無いがむせてしまうので、殆ど水分を摂取できていなかった。


「イツキ先生、俺達は下で待っていましょうか?」(ハモンド)

「なんで?そこに居ていいよ。これから飲むのはエルドラ様がお創りになった聖水だ。この青い瓶は毒消しの聖水だから、なんの心配もない。そうでしょうエルドラ様?」


イツキは教え子3人に部屋に居るよう許可を出し、エルドラ様に確認する視線を向けた。


「「「ええっ!エルドラ様!」」」


教え子の3人はエルドラ様という人物が、リース(聖人)様だと知っていた。だから、話に聞いてたリース様が目の前の人物だと知って、慌てて平伏した。

 3人が平伏し、エルドラが困ったような顔でハビテとパル院長を見た……その時、イツキはにっこりと笑うと戸惑うことなく、青い瓶の蓋を開けゴクッと毒消しの聖水を口に含んだ。


 そして眠っているフィリップを抱き起こし、口移しで聖水を飲ませる。


 ふと視線をベッドに向けたエルドラは、思わず「アアーッ!」と叫んでしまった。

 当然全員が何事だ?と、エルドラ様の視線の先に目をやる。

 そして「「ああぁーっ!!」」と同じく叫び、何処かで見た光景に絶句した。



 1分後、奇跡の聖水のお陰でフィリップは目を覚ました。

 目覚めたフィリップは、どアップのイツキの顔が目の前にあることに驚き固まった。

 時間にして30秒……フィリップは自分がイツキに抱き起こされているのだと気付きアワアワする。


「おはようフィリップ。僕を助けてくれてありがとう」


イツキは極上の笑顔で、フィリップの美しい金色の瞳を見つめ、優しく声を掛けた。そしてふんわりとフィリップを抱き、ゆっくりと腕をほどいて頭を枕に戻した。


 口をパクパクさせながらその様子を見ていた6人は、何も言えないまま、とりあえず意識の戻ったフィリップを見て、フーッと安堵の息を吐いた。


 イツキはベッドから降りると、スクッと姿勢良く立った。

 そして何事も無かったかのようにスタスタと歩きだし、テーブルの上に置いてあった水差しの水をコップに注ぎ、ベッドの上に体を起こしたフィリップに差し出した。


「フィリップさん、水を飲んだら歩いてみてください。フィリップさんが歩けたら、僕は明日、学校に戻ります。エルドラ様、ありがとうございます。青色の瓶、完璧です。エルドラ様、どうぞ今夜はロームズ辺境伯邸にお泊まりください。これからのことと、大事な話があります」


イツキはフィリップが水を飲み始めたのを見て安心し、クルリと振り返りエルドラ様に正式な礼をとり、深く頭を下げ感謝する。


「イツキ先生!良かった歩けるんですね」と言いながら、ハモンドはイツキに走り寄り嬉しさのあまり抱き付いた。当然残りの教え子のレクスもベルガも駆け寄るが、抱き付くのは恥ずかしくて遠慮した。


「心配掛けたな。もう大丈夫だ。さあ、ここから巻き返すぞ!僕が学校に居る間、遣るべきことは山程ある。ロームズ辺境伯杯で僕が正式に表舞台に立つまでに、ギラ新教の拠点を調べ動きを探れ。手出しする必要はない。こちらの動きを邪魔させないことが重要だ」


イツキは3人の教え子の頭をグシャグシャっと順に撫でて、回復したばかりだというのに戦う者の顔になっていく。


「おいイツキ、無理はするな!お前は3日前に死に掛けたんだぞ!パル院長からも言ってください」


俄然遣る気になっているイツキを見て、父親代わりであるハビテは頭が痛くなる。この無茶振りはどうしたものかと困った顔でパル院長に助けを求める。


「今回僕は身に染みた。自分の健康管理が出来ていなかったと。敵と対峙した時、全力が出せるよう余裕を持つことが大事だと心底思った」


イツキは胸を張り、ハビテが心配する気持ちを充分に理解した上で、これからの自分はきちんと健康管理に気を付けると言う。


「全然説得力が無い気がするけど……まあ自分で気を付けると皆の前で宣言したのだから、せめて1日6時間は寝てくれるのだろう……そうだろう?イツキ君」


イツキの恩師でもあるパル院長は、話し半分で聞いておこうといった感じで笑う。


「イツキ、秘書官補佐にあまり心配を掛けるなよ。お前が死んだら秘書官補佐も生きてはいない。それを心に刻んで気を付けろ!」


ハビテは心配そうにイツキを見ているフィリップに視線を向け、イツキに言い聞かす。


「エルドラ様ありがとうございます。ハビテ様ありがとうございます。私はイツキ様にお仕え出来ることが喜びなのです。しかし、これよりは、守る者としてもっと厳しくあろうと思います。無茶を止めるのも私の役目と、心を入れ替えます」


フィリップはエルドラとハビテの前でひざまずき、2人に誓うように深く頭を下げた。


「よろしく頼むよフィリップ秘書官補佐。冬にロームズ領に戻った時にでも、イツキと一緒に本教会に来てくれ。リーバ(天聖)様が会いたがっておられる」


「はっ、ありがたき幸せ」


フィリップはエルドラに向かって軍礼をとり、嬉しそうに笑った。リーバ様に認めていただいたのだと思うと、嬉し泣きしそうになるが、グッと堪えて笑顔を作った。





 午後6時【お見合い大作戦】も無事に終了し、イツキは一息つくと事務長を呼んだ。

 昼前に事務長が屋敷に戻った時には、ハビテもエルドラ様もパル院長も、ラミル正教会に帰っていた。

 普通に歩いているイツキを見て、ティーラは泣きながら抱き付き、良かった良かったと何度も言いながら、ひざまずき神に感謝した。

 どうして治ったのかは夕食前に話すと言って、午後からは【お見合い大作戦】に集中した。


「事務長、本当にありがとうございます。21日からずっと泊まり込みで働いていただき、申し訳ありませんでした。家の方は大丈夫なのですか?」


「イツキ様、私のことはどうぞご心配なく。今日少し家に戻りました。あまりに夫が心配するので、自分の勤務先はロームズ辺境伯屋敷だと教えました。伯爵家に働きに出ていると告げていましたが、真実を話しますと、先日のマサキ公爵家子息襲撃事件のことを耳にしていたようで、是非辺境伯様をお支えするようにと言われました。どうやら城の中では先日の事件……特にロームズ辺境伯の活躍は噂の中心になっているようです。ついでにロームズ辺境伯がイツキ様だと教えますと、3分は口を開けたままでした。私、可笑しくて帰りの馬車の中で暫く笑いが止まりませんでしたわ」


事務長は笑いながら夫の話をし、給金のことと事務長になっていることは話してないので、いつか話す時が楽しみだと付け加えた。


 やっぱりティーラさんは違う……とイツキは感心する。母親の居ない自分は、ついティーラさんに甘えているのだと分かっているのだが、それはティーラさんも分かっていて、時に母親のような口調で叱ってくれたりする。いい人材に恵まれたとイツキは神に感謝する。


「それから、今日泊まられる予定のお客様は、本教会から来られたリース(聖人)様です。お名前はエルドラ様と言って、今回僕とフィリップさんを助けてくださいました。でも、気さくな方なので何も心配ありません。今夜はどうぞ皆と一緒にダイニングで食事をしてください」


イツキは今夜の夕食は、エルドラ様、フィリップさん、ハモンド、レクス、ベルガ、ティーラさん、エントン秘書官と自分の8人でテーブルを囲むと告げた。

 ティーラは驚き、畏れ多すぎて自分には無理だと断ったが、エルドラ様から皆に話があるので、絶対に一緒に食事をするようにと……これは命令ですと笑ってイツキは言った。

 今夜の夕食は、リンダが腕によりを掛けた料理で、イツキとフィリップの全快祝いをするのだと張り切っている。



 明日の早朝学校に戻ると決めたイツキは、食事会という名の会議で、これからロームズ辺境伯として自分が行動するであろう予定と、皆にして欲しいことを話した。

 途中から裏切者?のハモンドとレクスが、エルドラ様の誘導尋問に引っ掛かり、ロームズでのイツキの無茶振りを暴露し、イツキは呆れられたり叱られるはめになった。


 食事の最後にエルドラ様は、どうかこれからもイツキを守り支えてやって欲しいと、キラッキラの微笑みで皆にお願いされた。

 イツキ以外の全員がドアの前まで下がり、エルドラ様に礼をとり「命に代えてもお守りいたします」と誓い頭を下げた。

いつもお読みいただきありがとうございます。

夏バテかな・・・少し更新が遅れるかもしれません(^_^;)

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